VCが教える「バックキャストの資金調達」──エクイティは"最後のボタン"
ぼくらの戦略論第18回は、リスナーからの「資金調達についてもっと知りたい」というお便りをきっかけに、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタルの一つ。略称GCP。メルカリやアイスタイルなど多数のスタートアップに投資してきた。代表パートナーの高宮慎一さんと編集者・長谷川リョーさんが、そもそも資金調達は何のためにするのか、どんな時にエクイティで調達すべきなのかを掘り下げます。その内容をまとめます。
資金調達は「目的」ではなく「手段」
メディアでは「10億円調達」「100億円調達」といったニュースが華々しく報じられます。しかし高宮さんは、資金調達はあくまで事業を伸ばすためのHow(手段)であって、目的ではないと強調します。
エクイティ株式を投資家に発行・売却して資金を得る方法。返済義務はないが、株式の持分=将来のリターンや経営権の一部を渡すことになる。での調達は、株式を渡す行為です。経営コントロール権の一部を譲り、将来のリターンも分け合うことになります。デット銀行借入や社債など、返済義務のある資金調達方法。金利コストはエクイティより低いのが一般的。(借入)よりも実質的なコストが高いため、「調達なしでいけるなら、いくに越したことはない」というのが高宮さんの基本スタンスです。
エクイティでの調達って「ニトロを入れてブーストする」みたいな話。ちょっと極端に言うと「悪魔に体の一部を渡す」行為なんで、本当にそこまでして調達しなきゃいけないんですかと
起業家が目指すビジョンの高みに急成長しなければ届かない、あるいは競争が激しくて競合に先んじないとシェアを奪われる──そうした「よっぽどの事情」がない限り、実は調達しなくてもいいケースが多いのではないか、と高宮さんは問いかけます。
AIが変える「お金がなくてもスケールできる」世界
長谷川さんが「生成AIで数人レベルでもユニコーンを作れるのでは」と話を振ると、高宮さんもこの潮流に同意します。AIを使いこなすことで、プロダクト開発・社内オペレーション・営業などの限界コスト生産量を1単位増やすときに追加でかかるコスト。AIの活用によりこのコストが劇的に下がる事業が増えている。が極小になるケースが出てきているからです。
フィジカルの時代からITの導入で資本集約度が大きく下がったのと同じように、AIがさらにその流れを加速させているという見方です。「お金なくても事業スケールできるなら、無理して調達しなくていい」──VCの立場としてはビジネスがなくなるリスクを感じつつも、起業家を主語にすればそれが合理的だと高宮さんは率直に語ります。
成長スピードと競争環境が調達の分かれ道
では、実際にエクイティ調達が「必要になる」のはどんなケースでしょうか。高宮さんが挙げるのは、PMFProduct Market Fit。プロダクトが市場のニーズに合致し、顧客が継続的に使い始めている状態。スタートアップの初期フェーズで最も重要なマイルストーンの一つ。が見えかけていて、「お金の力で事業成長をブーストできそうだ」というフェーズです。GCPが投資するシリーズA前後は、まさにここに該当します。
一方、ZOZO(旧スタートトゥデイ)のように、外部調達なしで巨大企業に成長した例もあります。前澤友作ZOZOの創業者。VCからの大規模なエクイティ調達をせずに事業を成長させ、高い株式持分を維持したまま大きなリターンを得た。さんが大きな資産を得られた理由の一つは、株式を外部に渡さず高い持分を保ち続けたからです。
ZOZOの話は「結果論」。当時ファッションECに競合がそんなにいなかったから、事業のキャッシュフローだけで十分大きくなれた。有力な競合がいたら、お金の力で勝ち切らなきゃいけなかったかもしれない
要するに、調達が必要かどうかは「目指す高み × 必要なスピード × 競争環境」で決まります。競争が穏やかで、自社のキャッシュフローで投資できるなら調達は不要。逆にメルカリフリマアプリ大手。競合のフリルなどと激しいシェア争いを展開し、大型の資金調達でネットワーク効果を先に確立して勝ち抜いた代表例。のように競合がひしめく市場では、先にシェアを押さえてネットワーク効果利用者が増えるほどサービスの価値が高まる現象。フリマアプリでは出品者と購入者の双方が増えることで取引の流動性が上がり、後発の参入障壁になる。を効かせるために大量の資金が武器になるわけです。
・競争環境が穏やか
・事業キャッシュフローで投資可能
・起業家のビジョンがゆるやかな成長でも達成できる
・競合に先んじてシェアを取る必要がある
・急成長しないとビジョンの高みに届かない
・お金の力で事業をブーストできるフェーズにある
調達額の決め方──マイルストーンから逆算する
「何十億調達しました」というリリースを見ると、あの金額はどう決まっているのか気になるところです。高宮さんによれば、100万円単位の精緻な見積もりで決めているわけではありません。しかし、「このラウンドで何を達成するか」というマイルストーンは明確に握っているとのこと。
たとえばSaaS企業がチャネルマーケティングの仕組みを構築するために5億円調達した場合、「ざっくり何に何億」くらいの粒度では握ります。しかし、最も大切なのは金額の内訳ではなく、「この資金で何を達成し、それが達成できたら次のラウンドに進める」という合意を起業家と投資家の間で持っておくことです。
次のラウンドの成立条件を定義
次の調達に必要な事業進捗(マイルストーン)を明確にする
マイルストーン達成に必要な施策と金額を逆算
例:チャネルマーケ構築に3億、プロダクト強化に2億
バッファを加えて今回の調達額を決定
マイルストーン達成+余裕資金で調達額が決まる
また、時間軸でのコミットは難しいと高宮さんは指摘します。スタートアップは仮説検証の連続であり、「If Yesならこう、If Noならこう」という分岐が無限に広がるからです。極論、5億で2年遅れてもマイルストーンを達成できれば「良かったね」になる。ただし、競争に負けていなければ、という条件つきです。
「今回の調達で何を達成しますか」を起業家と投資家で握っておいて、「達成できたら次のラウンドもやりましょうね」と最初から合意しておくのがすごく大事
シリアルアントレプレナーと「赤字を掘る」ゲーム
日本のスタートアップエコシステムが成熟するにつれ、2回目以降の起業に挑むシリアルアントレプレナー連続起業家。一度事業を立ち上げてイグジット(売却やIPO)した後、再び新しい事業を立ち上げる起業家のこと。過去の実績があるため、投資家からの信頼が高い。が増えています。彼らがVCから大型の資金を調達する理由について、高宮さんはこう説明します。
シリアルアントレプレナーは大きな市場で競争の激しい領域を狙うケースが多く、競合にやられる前に面を取り切るためにアクセルを最大限踏み込みます。その結果、短期的に燃やす金額が増え、キャッシュフローの赤字幅が大きくなる。その赤字を埋めるために大規模な外部調達が必要になるという構造です。
シリコンバレーではシリアル同士の競争がインフレを起こし、「100億集めた相手に勝つために150億」「150億に勝つために200億」と調達規模が雪だるま式に膨らんでいきます。打率は下がりますが、うまくいった時のリターンが桁違いに大きくなる──ハイリスク・ハイリターンの極致です。
長谷川さんがソフトバンク・ビジョン・ファンド孫正義氏率いるソフトバンクグループの投資ファンド。サウジアラビアの政府系ファンドなどから巨額の資金を集め、世界中のスタートアップに大型投資を行った。の例を挙げると、高宮さんは「資金力で勝ちを作れるならイージーなゲーム」だったが、マクロ環境が変わるとその前提が崩れるリスクを指摘します。コロナ後に金融引き締めが始まり、上場市場のマルチプル企業価値を算定する際に使われる倍率指標。売上高やEBITDAに対して何倍の企業価値がつくかを示す。市場環境によって大きく変動する。が半分になったケースでは、「事業が2倍に成長してようやくトントン」という厳しい状況が生まれました。
金融緩和下:マルチプル高い → 事業が2倍成長すれば2倍のリターン
金融引き締め後:マルチプル半減 → 事業が2倍成長してもようやくトントン
日本は米国ほどバブリ度合いが大きくなかったため、コロナ後の修正幅は比較的小さかったとのことです。
リビングデッド問題と投資家との契約設計
「リビングデッド「生きているが死んでいる」状態の企業。縮小均衡して黒字ではあるものの、これ以上の成長が見込めない状態を指す。投資家にとってはイグジット(株式の現金化)が困難になるため問題視される。化する」問題は、資金調達と直接結びつくのでしょうか。高宮さんの答えは「あんまり関係ない」。市場の成長が止まれば、外部調達の有無にかかわらずリビングデッド化は起こり得ます。
問題になるのは、リビングデッド化した後の投資家のイグジットです。投資家には償還期限VCファンドには運用期間(通常10〜15年程度)が決まっており、その期限までに投資先の株式を現金化してリターンを出資者に返す必要がある。があるため、「いつか現金化しなければならない」という宿命を抱えています。事業がトントンで成長もしない状態では株価がつかず、損失を確定するかどうかという厳しい判断を迫られます。
高宮さんは、過去の日本の悪い慣習として、希少な起業家タレントを囲い込むためにピボットを繰り返させ、結果として起業家の持分がどんどん希薄化してモチベーションが下がるパターンを挙げます。
両足動かして関係ない事業やるんだったら、一度畳んで資本政策もゼロリセットして、同じ起業家・同じ投資家でもう1回始めた方がいい
この「プロジェクト的な見切り」はエコシステム全体で見ても重要です。起業家という希少な資源の「打席数」を増やすことで、同じ打率でもホームランが出やすくなる。シリコンバレーの見切りの速さは、エコシステム全体のイノベーション生産性を高める仕組みになっていると高宮さんは分析します。
投資家間の利害調整と株主間契約
投資家が複数いる場合、事業を畳む判断で意見が割れることもあります。「うちのファンドはリターンが出ているから損切りしていい」という投資家もいれば、「今このタイミングで損が顕在化するとまずい」という投資家もいるからです。
高宮さんによれば、こうした対立を防ぐために株主間契約でプロセスを事前に設計しておくことが重要です。お互いに切羽詰まっていない段階で「もしこうなったらこう解決しましょう」を合意しておく。それが、ラウンドをリードする投資家の「設計能力」としての腕の見せ所だと言います。
まとめ
エピソードの最後に高宮さんが強調したのは、「スモビジだからこう」「スタートアップだからこう」という型にはめない思考の重要性です。ゼロベースで自分の事業を見つめ、「いくらお金が必要なのか」から始める。それは目指す高みまでのスピード、競争環境、そして手当てできる資金源を順番に考えた先に、最後の手段としてエクイティ調達があるという構造です。
圧倒的に当てはめられる正解とか公式ってない。「自分たちの事業はいくら必要なんですか」から始まるのが大事
番組内でも繰り返されてきた「戦略はWhatを実現するHowの代償だ」というフレーズの通り、資金調達は典型的なHowです。Whatが明確でないまま走ると、調達が目的化し、本来不要だったコスト(株式の希薄化、外部株主との調整コスト)を背負い込むリスクがあります。
- エクイティ調達は「ニトロ」であり「最後のボタン」。目的ではなく手段として位置づける
- 調達が必要かどうかは「目指す高み × 成長スピード × 競争環境」で決まる
- AIの進化で限界コストが極小化し、調達なしでもスケール可能な事業が増えている
- 調達額は「次のラウンドに必要なマイルストーン」からバックキャスト(逆算)して決める
- シリアルアントレプレナーの大型調達は、大きな市場で赤字を掘ってでも先にシェアを取るゲーム
- リビングデッド化自体は調達の有無と関係ないが、投資家のイグジット設計が課題になる
- 株主間契約で「もしもの時」のプロセスを冷静なうちに握っておくことが重要
- 「自分たちの事業はいくら必要なのか」という問いからすべてが始まる
