人生の苦境から脱するには?「Why」の確信を深める戦略論
ぼくらの戦略論は、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタルの一つ。略称GCP。IT領域のスタートアップ投資を中心に、メルカリやアイスタイルなど多数のIPO実績を持つ。代表パートナーの高宮慎一さんと、編集者・ライターの長谷川リョーさんが戦略について語る番組です。今回はリスナーからの「スタートアップのハードシングス時にどんな戦略を取るか」というお便りをきっかけに、苦境を乗り越える鍵としての「Why」──自分がなぜそれをやるのかという確信(コンビクション)をどう深めるかについて語り合いました。その内容をまとめます。
エリート投資家にもあった苦境
リスナーからの相談は「スタートアップのハードシングス起業家が直面する極めて困難な局面のこと。ベン・ホロウィッツの同名著書で広まった概念で、資金難、組織崩壊、事業の行き詰まりなどを指す。時にどのような戦略を取りますか?」というものでした。Whyが大事なのか、それとも苦境ではそんなことを言っていられないのか。ピボットの基準や粘るべきポイントについて教えてほしい、という内容です。
スタートアップのハードシングス時、どのような戦略を取りますか? 結局は「Why」が大事なのか、そんなことは言っていられないのか。ピボットの基準や、粘るべきことを教えてください。
長谷川さんが「経歴だけ見るとピカピカのエリートで苦境なんてないんじゃないですか?」と水を向けると、高宮さんは意外な過去を語り始めます。1980年代の帰国子女親の海外赴任などで幼少期を海外で過ごし、日本に帰国した子ども。語学力が注目されがちだが、文化の違いによる適応困難を経験することも多い。時代には、ダイバーシティという概念もない環境で露骨な差別を受けたこともあったそうです。大学受験も現役時に不合格、浪人しても前期試験に落ち、対策していなかった後期の小論文でギリギリ合格したという経緯でした。
ダイバーシティもSDGsもクソもないような80年代なので、露骨に「イエロー」とか「ジャップ」みたいな世界なわけですよ
長谷川さんが「それって自分にしか分からないですもんね」と応じたように、周囲から見えるのは200〜300文字のプロフィールだけ。テキストの裏側にある苦労は、こうして深掘りしなければ見えてこないものです。
「レベル上げ」の目的化という罠
高宮さんはいわゆる76世代1976年前後に生まれた世代。日本のインターネットバブル(1999〜2000年頃)と同時期に社会人になり、起業ブームを肌で経験した世代。。周囲の友人が続々と起業するのを横目に、「自分に経営ができるのか」「外さないテーマは何か」と悩んだ末、アーサー・D・リトル世界最古の経営コンサルティングファームの一つ。1886年にアメリカで設立。技術経営やイノベーション戦略に強みを持つ。へ進みます。コンサルに行けば経営力もテーマ選定眼も身につくに違いない──そう考えてのことでした。
ところがコンサル時代の終盤、深刻な行き詰まりに直面します。「早い日は10時から12時、遅い日は3時まで」というハードワーク自体は耐えられた。問題はそこではなく、レベル上げそのものが目的化してしまったことにありました。
レベル上げ・ゲームに勝つこと自体が目的になる
結果が出ないとモチベーションが維持できない
相対評価の世界で「負けたらしんどい」
本来は「ゲームをすること自体が好き」なら負けても平気なはず
→ Whyの脆弱さが行き詰まりの根本原因
高宮さんはこの状態を「第二思春期」と表現しました。就活時に「やりたい仕事って何だろう」と考えた第一思春期に続いて、コンサル4〜5年目で再び「本当にやりたいことは何か」という問いに直面したのです。2週間ほど微熱が下がらなかった時期もあり、「今思うと結構危なかった」と振り返ります。
「ゲームに勝つ」「偏差値を上げる」ことを目的化しちゃうと、結果が出なかった時にしんどい。本来ゲームをすること自体が好きなら負けたっていいはず。そこの「Why」の部分が脆弱だから行き詰まるんじゃないかと
悩んだ末に高宮さんは「逆に振り切ってみよう」と留学を決断。学生という身分でノーリスクに近い状態を作り、起業の真似事に挑戦します。結果として事業そのものは立ち上がりませんでしたが、「2歩進んで1歩戻る」形でベンチャーキャピタルという道にたどり着いたそうです。当時の日本のVC市場は年間投資額300億円程度。「スタートアップもないのにVCなんて市場がないじゃん」と言われながらの飛び込みでした。
ハードシングスを「ハードじゃない」と思える理由
ベンチャーキャピタリストになってからも苦境はありました。投資先がハードシングスに陥り、それが複数社で同時に重なることもあったそうです。投資先と気持ちが自己同一化しているため「自分も死んじゃう」という感覚になり、コスト削減のターンアラウンド経営が悪化した企業の立て直しを図ること。事業再生。コスト構造の見直し、組織再編、事業ポートフォリオの整理などが典型的な施策。や、退職を考えるナンバー2・3との面談など実務タスクも膨大に。精神的にも物理的にもすり減る日々だったといいます。
しかし高宮さんは、コンサル時代の苦境とは「質が違った」と断言します。
やりたいことをやっている上での苦境は、スポーツに例えるとトレーニングの辛さに近い。好きなことでも楽しいだけということはないけれど、「乗り越えれば明るい未来があるに違いない」と思えることで踏ん張れる──これがコンサル時代との決定的な違いだったといいます。
長谷川さんはこの話を受けて、苦境に直面した時の受け止め方は「その時点でWhyをどこまで突き詰められているか」で変わるのではないかと指摘。高宮さんはそれを「コンビクション英語で「確信」「信念」の意味。投資の世界では、ファクトや分析を超えた強い確信を持って投資判断を行うことを「コンビクション投資」と呼ぶ。(確信度)」という言葉で受け止めました。
やりたいかどうか分からない中での苦境
→ 結果が出ないとモチベーションが崩壊
→ 精神的ダメージが大きい
やりたいことの上での苦境
→ 乗り越えた先に未来がある確信
→ ハードだけど「ハードじゃない」
Whyを支える2つの矢印──原体験と未来思考
では「Why」とは何でできているのでしょうか。高宮さんはWhyをほぼコンビクションと同義だとした上で、その要素を2つに分解しました。一つは「未来思考のビジョン」、もう一つは「過去から来る原体験」です。
長谷川さんは「原体験がある人ってそこまで多くないのでは?」と疑問を投げかけます。しかし高宮さんの答えは明確でした。「原体験がない人はいない。ただクリスタライズ「結晶化」の意味。番組内では、漠然とした体験や感覚を明確な言葉やコンセプトとして磨き上げるプロセスを指す。過去回で詳しく取り上げたテーマ。(結晶化)されていないだけだ」というのです。
原体験は「後付け」でいい
高宮さんによれば、原体験はドラマチックなエピソードである必要はありません。当たり前の日常の中で発見した「本当の自分」でもいいし、人と比較して初めて「それって当たり前じゃないんだ」と気づいた自分ならではの生い立ちでもいい。
長谷川さん自身も、親戚や家族に大学進学者がいない環境で初めて大学に進んだという背景を持っています。「誰も行ってないなら自分が第1号になる」──過去の環境を「だからできない」と捉えるのではなく、「だからこそ切り拓く必然がある」とストーリーテリングすることもできるわけです。
ここで重要なのは、原体験は「後付け」で構わないという視点です。未来のビジョンから逆引きした時に、過去の体験が「だからこそ今ここにいる必然がある」と繋がる。そのストーリーを自分自身が信じられることが、コンビクションの強度を高めるのだと高宮さんは語ります。
長谷川さんも「過去起点で自分を規定するのではなく、未来という視点から人生を紡ぎ直せるという考え方自体が面白い」と応じました。Whyが分かればWhatやHowは演繹的に導き出せる。だからこそ、誰もが最も悩むのがWhyの部分なのかもしれません。
暫定的なWhyを磨き続ける
会話の終盤で高宮さんが語った印象的な指摘があります。「どの歳になっても完全なるWhyをクリスタライズしきれないのではないか」というものです。
「暫定的なWhy」を常にクリスタライズし続けて、その時々の純度100%に近いんだけど、さらに純度を上げていく作業をし続けてるだけ
Whyは一度見つけて終わりではない。その時点での「暫定的なWhy」を最大限の純度でクリスタライズし、さらに磨き続ける。未来だったはずのものが過去になり、新たな出会いが眠っていたパーツを引き出すこともある。高宮さん自身、スタートアップエコシステムの成熟とともに、10年前よりもむしろ今の方が悩みが深くなっている感覚があるそうです。
長谷川さんはこの話を受けて、スタートアップにおけるビジョンと個人のWhyが同じ構造を持っていると指摘しました。「長谷川リョー株式会社のビジョンを作ったら、一番最初にそれに共鳴しなければいけないのはCEOたる自分自身」。CEOからビジョンが出てくるのと同時に、ビジョンがCEOを形作るという両輪が回り続けている──それは個人の人生においても同じだということです。
まとめ
「ハードシングス時の戦略」というお便りから始まった今回は、結果として「Whyをいかに深めるか」という本質的なテーマに着地しました。直接的なピボット基準や撤退判断のHowについては「また別途」と予告されていますが、高宮さんの経験を通じて見えてきたのは明確なメッセージです。苦境の「しんどさ」は、状況の厳しさよりも、自分のWhyに対する確信の深さで決まる。そしてそのWhyは、過去の原体験と未来のビジョンを「後付けでもいいからストーリーとして繋ぐ」ことで強化できるということでした。
次回は「10年前の自分と今の自分、そして10年後」というテーマでさらに深掘りする予定とのこと。二人の対話の中でWhyがどう変化していくのか、続きが楽しみです。
- 苦境が「ハード」になるかどうかは、状況の厳しさより「Why(自分がやる理由)」への確信度で決まる
- Whyの構成要素は「過去の原体験」と「未来思考のビジョン」の2つ。この2つが繋がるストーリーがコンビクションを強くする
- 原体験はドラマチックである必要はなく、「後付け」でもいい。未来から逆引きして過去に必然を見出せれば十分
- Whyは一度見つけて終わりではなく、「暫定的なWhy」を常にクリスタライズし続けるプロセスが大切
- 「レベル上げ」や「ゲームに勝つ」こと自体が目的化すると、結果が出ない時にモチベーションが崩壊する。手段と目的の取り違えに注意
