雑談力の戦略論──会話を成功させる4つの秘訣と「そもそも雑談力は必要か」問題
ぼくらの戦略論第5回は、ベンチャーキャピタリストの高宮慎一さんとブックライターの長谷川リョーさんが「雑談力」をテーマに議論。ビジネス書で根強い人気を誇るこのテーマを戦略論の視点で因数分解し、「そもそも雑談力を上げるべきなのか?」という問い直しにまで踏み込んだ内容をまとめます。
雑談力を構成する4つの要素
長谷川さんから「高宮さんは雑談力が高い」と振られた高宮さんは、意外にも「自分は雑談が苦手」と答えます。ただし好きな領域の話になると延々と話せるし、事前に考えているからこそ瞬発的に見えるだけだ、と。そのうえで、雑談力を4つの要素に分解しました。
雑談力はこの4つの複合スキルであり、単純に「話がうまい」だけでは成り立たないという整理です。自分がどの要素に強みや弱みを持っているかを把握することが、戦略の出発点になります。
コンテンツの「TAM」──話題の市場規模という発想
4要素のうち最初に取り上げられたのが「コンテンツの受けの広さ」。高宮さんはこれをスタートアップ用語のTAMTotal Addressable Marketの略。ある製品・サービスが理論上リーチできる最大の市場規模を指すスタートアップ用語。(トータル・アドレッサブル・マーケット)に例えました。
パンダだったら割と国民全体いけるけど、ストックオプションみたいな話になったら、スタートアップの中がマックス限界だよね
つまり「天気の話」は誰にでも通じるがTAMは広い反面、刺さりは浅い。「ストックオプション企業が従業員や役員に対し、あらかじめ決めた価格で自社株を購入できる権利を付与する仕組み。スタートアップでは報酬の一部として用いられることが多い。の制度設計」はTAMが極端に狭い代わりに、該当する人にはとても深く刺さります。
天気、パンダ、スポーツの結果など。
誰とでも話せるが、会話は浅くなりがち。
専門領域、ニッチな趣味など。
刺さる相手は少ないが、深い関係を築ける。
高宮さん自身は「好きな領域の話は事前にインプットしているから深い話ができるが、流行のアイドルや俳優の名前が出てこない」とのこと。TAMが広い話題のストックは少ないという自己認識を持っているそうです。
そもそも雑談力を上げるべきなのか?
ここで高宮さんは議論を一段引き上げます。「課題設定として『雑談力が低い』は本当に正しいのか?」という問いです。
高宮さんの主張は明快です。雑談力を上げたいと思う前に、「そもそも自分の目的に雑談力は必要なのか?」を考えるべきだと。
たとえば、目的が「その場を社交的にやり過ごす」ことなら、TAMの広い万人受けする話題を持つ意味はあります。しかし目的が「特定の相手と深い信頼関係を築く」ことであれば、TAMが狭くても刺さる話題のほうが有効かもしれません。
| 目的 | 求められるスキル | 例え |
|---|---|---|
| 広く好かれたい | TAMの広い話題+万人受け力 | お茶の間人気No.1タレント |
| 深く刺さりたい | TAMは狭くても専門性の深い話 | 熱狂的ファンがつくお笑い芸人 |
| 交渉を有利に運びたい | 相手を知る力+質問力 | M&A交渉の場面 |
これは『起業の戦略論』高宮慎一さんの著書。スタートアップ成功のための40のセオリーを解説する。2025年刊行予定。にも書かれている「戦略の8割はドメイン設定で決まる」という考え方と同じ構造です。雑談力に限らず、「英語力を上げたい」「◯◯力を身につけたい」という前に、その"What"の設定が本当に正しいのかを問い直す必要があります。
具体と抽象を行き来する思考の筋トレ
雑談力の話から、自然と「戦略的思考そのもの」の話に発展しました。高宮さんいわく、同じフレームワークが何にでも当てはまるのは、「抽象度の高いレベルに引き上げてから当てはめている」からだそうです。
ボトムアップの経験いちいち覚えてるのが面倒くさいから、抽象化したものだけ自分の中に保存してる感覚がある
具体的な経験をもとにフレームワーク(抽象)を作り、それをパターン認識で別の場面に当てはめていく。ただし高宮さん自身も「抽象的な話だけだと、その領域に詳しくない人には刺さりにくい」という弱点を自覚しています。
具体的な経験
実際のビジネス交渉、趣味の会話、失敗体験など
抽象化・フレームワーク化
「TAMの広さ」「ドメイン設定」など汎用的な構造に落とす
別の具体に当てはめる
雑談力、英語学習、事業戦略…何にでも応用可能
長谷川さんはこれを「水戸黄門みたいなもの」と表現しました。毎回同じ構造が出てくるけれど、具体の題材が違うから飽きない。この「具体と抽象の行き来」を繰り返すことで、フレームワークが血肉になっていくという話です。
質問力──雑談力と対をなすもう一つの武器
話題は「雑談力と傾聴力の関係」に移ります。長谷川さんが「相手の話を聞く力(傾聴力)も大事なのでは?」と振ると、高宮さんは「傾聴は雑談力の中に含まれている」と整理したうえで、雑談力と本当に対になるのは質問力だと指摘しました。
自分からコンテンツを話す力。
傾聴力はこの中に含まれる(相手の興味を感じ取る力)。
相手にコンテンツを話させる力。
「いい質問ですね」と思わせる核心をつく問いを投げる力。
高宮さんが例に出したのが、ある知人の質問力の高さです。感じが悪くない形で核心をつく質問を投げかけ、相手が「いい質問ですね」と気持ちよく語り出してしまうような力。それにはイシューアナリシス「本質的に答えを出すべき問い(イシュー)は何か」を見極める分析手法。コンサルティングや事業開発の基礎スキルとされる。的な思考が前提にあるとのことです。
しょうもないこと聞くと相手は気持ちよく話さない。「いい質問ですね」みたいな質問を投げかける力が質問力
逆に、調べればすぐわかるようなことを聞いてしまうと相手の気持ちは離れます。高宮さんはこれを「ググレカス」というネットスラングで表現しました。質問力を高めるには、事前準備と「何が本質的な問いか」を見抜く力の両方が必要です。
会話の戦略論──自己認識から始める
最後に高宮さんは、これまでの議論を「会話の戦略論」として統合しました。戦略を立てる前にやるべきは、外部環境(相手の興味・場面)と内部環境(自分の得手不得手・コンテンツのストック)を正しく認識することだといいます。
高宮さん自身のケースで言えば、TAMが広い話題のストックは少ないが、好きな領域に入ったときの即興力(インプロバイズ力)には手応えがある。だから無理に万人受けを目指すのではなく、狭いTAMの中で相手とマッチする領域を探り当て、そこで深い話をする──という戦略を取っているわけです。
これは戦略論の基本形そのものです。外部環境と内部環境を正しく認識し、目的に合った打ち手を選ぶ。雑談という身近なテーマを通じて、戦略的思考の根幹が見えてくるエピソードでした。
まとめ
今回のエピソードでは、雑談力を「コンテンツの受けの広さ」「相手の興味を感じる力」「事前にネタを準備する力」「即興で合わせ込む力」の4要素に分解し、さらに「そもそも雑談力を上げるべきなのか」という問い直しにまで踏み込みました。戦略の8割はドメイン設定で決まる──この原則は、雑談力に限らずあらゆる「◯◯力を上げたい」場面に当てはまりそうです。
- 雑談力は「コンテンツの広さ」「相手の興味を感じる力」「事前準備力」「即興力」の4要素の複合スキル
- 話題にもTAM(市場規模)がある。天気は広いが浅く、専門話題は狭いが深く刺さる
- 「雑談力を上げたい」の前に、本当にそれが正しい課題設定かを問い直すべき(ドメイン設定=What)
- 雑談力と対をなすのは「質問力」。核心をつくいい質問は、相手が気持ちよく話したくなる効果がある
- 会話の戦略も、自分の強み・弱みの自己認識(内部環境の把握)から始まる
