想い(Why)を引き出し、戦略(How)を磨き上げる!「壁打ち」の極意
ぼくらの戦略論ep.21では、高宮慎一グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)代表パートナー。Forbes「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」2018年1位。メルカリなど多数のスタートアップに投資。さんと長谷川リョー編集者・ライター・ポーカープレイヤー。経営者や企業の発信支援を行う。主な編集協力に『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文・落合陽一)など。さんが、スタートアップ界隈で広く使われるようになった「壁打ち」という言葉の本質に迫ります。良かれと思ったアドバイスが相手に響かないのは「前提のズレ」が原因かもしれない——VCと起業家の関係から、上司と部下、あらゆる人間関係に通じるコミュニケーションの要諦が語られました。その内容をまとめます。
大人の趣味は「再発見」から始まる
冒頭の雑談では、長谷川さんがスペイン発祥のスポーツ「パデルテニスとスカッシュを融合させたラケットスポーツ。ガラスの壁に囲まれたコートで行う。スペインではテニスに匹敵する人気を誇り、近年世界的に競技人口が急増中。」に興味を示したことから、大人になってからの趣味選びの話に。高宮さんは「自分は一途」と語り、釣りもDJも小学生〜学生時代に好きだったものを大人になってから「再発見」しているパターンが多いといいます。
昔好きだったものを一周回ってまたやると、より楽しくなって深掘るみたいな感じが僕は多いですね
息子さんが金魚好きで競技金魚すくいを始め、子供の部で全国4〜5位になったという小ネタも飛び出しました。ただ、それはあくまで子供きっかけであり、30代・40代での「0→1」の趣味はほぼないとのこと。自分の好きの「深み」の中に新しい発見を求めるスタイルだそうです。
VCの仕事としての「壁打ち」とは
ここから本題へ。長谷川さんが「高宮さんはVCベンチャーキャピタル(Venture Capital)の略。スタートアップに出資し、経営支援を行いながらリターンを目指す投資会社・投資家のこと。の仕事としてメンタリング経験豊富な人物(メンター)が、相手の成長を支援するために対話やアドバイスを行うこと。コーチングよりも広く、寄り添い型のニュアンスが強い。をよくやっている」と指摘したところ、高宮さんから「壁打ち」という言葉の起源が語られました。
起業家からピッチを受けた際に、ピッチの改善点や投資家が見るポイント、ビジネスモデル上押さえるべき論点などをフィードバックする。そうした行為を総称する言葉として、高宮さんは「壁打ち」を使い始めたそうです。テニス経験者であることが、この比喩の着想源でした。
「メンタリング」「コーチング」「ティーチング」といった既存の言葉は、どれも「上から教えてあげる感」や「寄り添ってあげる感」が含まれており、高宮さんの感覚とはズレていたといいます。壁は教えない。ただ、打たれた球を跳ね返すだけ——そのニュートラルさが「壁打ち」という言葉に込めた本質でした。
「壁」はあくまで中立——答えは起業家の中にある
高宮さんは「壁打ち」の比喩をさらに掘り下げます。テニスの壁打ちでは、壁から返ってくるボールの方向や速さは、自分が打ったボールのインプットでしか変わりません。同じように、起業家が「なぜその事業をやるのか(Why)」「何をやるのか(What)」を言語化できていなければ、壁(VC側)がいくら跳ね返しても有意義なフィードバックにはならないのです。
つまり「壁打ち」には、「こちらが大層な答えを持っているわけではない」という自戒の念が込められています。起業家の中にあるWhyやWhatを浮き彫りにし、クリスタライズ(結晶化)する手伝いをする「触媒」としての役割。それが高宮さんの考える壁の本質です。
長谷川さんも取材やインタビューの仕事で「相手の中にあるものに気づかせる」という感覚に通じるものがあると応じつつ、高宮さんは「壁はコーチよりもっとニュートラル」と強調しました。
前提(Why/What)がなければ戦略(How)は決まらない
ここで話は、壁打ちの実践的なテクニックへと進みます。高宮さんがよく最初に聞くのは「どれぐらいこの事業をスケールさせたいんですか?」という問いだそうです。
ピッチでは「こういう課題を解決します」「市場規模はこれくらいです」という定性的・社会的な話は出てきやすい一方、量的な目標——どこまで大きくしたいのか——は暗黙の前提になりがちだといいます。しかし、この前提が違えばフィードバックの内容はまったく変わります。
リスクゼロで100年続けたい
→ 堅実な収益モデル、自己資本経営
赤字を掘ってでも市場を取りに行く
→ 大型調達、先行投資型の戦略
この番組のテーマに一気通貫する話として、高宮さんは「戦略はHowの大上段であり、WhyとWhatの前提がない限り最適なHowは決まらない」と断言します。壁打ちの初回面談では、いきなりHowの議論に入るのではなく、まず「前提を教えてください」から入るパターンが多いそうです。
組織のコミュニケーション不全は「前提のズレ」から
話は起業家とVCの関係から、より広い人間関係へ。長谷川さんが「大企業のマネージャーと部下の1on1上司と部下が1対1で行う定期的な面談。リクルートでは「よもやま」と呼ばれ、業務報告に限らず雑談や悩み相談も含む自由な対話として位置づけられている。でも使える考え方か」と問いかけると、高宮さんは「まさにそう」と即答しました。
良かれと思って空気を読まない斜め上のアドバイスをして押し付けるのは、まさに前提が釣り合ってないから
日本はハイコンテクスト言語学者エドワード・ホールが提唱した文化分類。共有された文脈・暗黙知が多い社会をハイコンテクスト、明示的な言語表現に頼る社会をローコンテクストと呼ぶ。日本はハイコンテクスト文化の代表例。な文化圏であるため、前提を明示しなくても「ぬるぬるっと」会話が進んでしまうことがあるといいます。一方、英語圏では「前提としてこうで、その上でどう思いますか?」というプロトコルが標準的で、掛け違いが起きにくいとのこと。
価値観が多様化した現代では、「前提が違うかもしれない」「前提が明らかでないかもしれない」というアンテナを高く張ることが重要だと高宮さんは語ります。ただし同時に、「そう言っている自分が前提を分かっていないことに無自覚かもしれない」という入れ子構造の怖さにも触れました。永遠に続く自問自答ではあるものの、「とにかく自覚的であること」が分かり合い度を上げる鍵になるのではないか、と。
相談者の暗黙の前提
「小さくてもいいからリスクを抑えたい」
アドバイザーの暗黙の前提
「当然スケールを目指すべき」
結果:噛み合わないアドバイス
「良かれと思った助言が響かない」
時代による前提の変化と戦略のアップデート
最後に、「前提そのものが時代とともに変わる」というテーマが語られました。具体例として挙がったのが、プロダクト開発におけるリーンスタートアップエリック・リースが提唱した起業メソッド。最小限の製品(MVP)をすばやく作り、顧客の反応を見ながら改善を繰り返す手法。2010年代にスタートアップの定番手法として広まった。のセオリーです。
「最初は紙芝居レベルのPoCでユーザーに当て、仕様が固まってから本格開発する」というのは、IT時代の前提では正解でした。1プロダクト作るのに数千万〜1億円かかり、手戻りが致命的だったからです。
しかしAI時代に入り、Vibe Coding(バイブコーディング)AIを活用して自然言語の指示だけでプログラムを生成する開発スタイル。プロンプトで「こんなアプリが欲しい」と伝えるだけで、動くプロトタイプが短時間で完成する。2024〜2025年に急速に注目が集まった。のような手法が登場したことで、前提は大きく変わりつつあります。1日で動くモックが作れるなら、紙芝居よりも実際のプロダクトをユーザーにぶつけた方が正しいフィードバックが得られるかもしれません。フルスケールの実装をしても開発費がかつてほどかからないなら、「サクッと作っちゃえばいい」という選択肢もあり得ます。
IT時代:開発コスト数千万〜1億円 → 手戻りが致命的 → 紙芝居PoCで検証してから開発
AI時代:Vibe Codingで1日でモック完成 → 動くプロダクトで検証 → 最初からフル実装もあり
結局、どんなセオリーも「前提次第」。前提が変わったのに過去の成功パターンに固執すると、戦略のアップデートタイミングを逃してしまいます。壁打ちの場面だけでなく、自分自身の意思決定においても「いま依拠している前提は正しいのか?」と問い続けることが重要だという結論に至りました。
まとめ
今回のエピソードで語られたのは、「壁打ち」という一見カジュアルな言葉に込められた深いコミュニケーション哲学でした。壁は教えない。壁は寄り添わない。ただ、打たれた球を素直に跳ね返すだけ。そこにこそ、相手の中にある答えを引き出す力がある——高宮さんがスタートアップ界隈に広めたこの概念は、VCと起業家の関係にとどまらず、あらゆる対話の場面に応用できる考え方です。
前提をすり合わせる側も、すり合わせてもらう側も、「自分の前提が見えていないかもしれない」という謙虚さを持つこと。そして、時代の変化によって前提そのものが変わり得ることに敏感でいること。壁打ちの極意は、結局のところ「前提に対する感度」に集約されるのかもしれません。
- 「壁打ち」はメンタリングやコーチングとは異なり、壁としてニュートラルに球を跳ね返す行為。答えは相手(起業家)の中にある
- 戦略(How)はWhyとWhatの前提がなければ決まらない。壁打ちではまず「前提を教えてください」から入ることが重要
- 前提のズレは、起業家とVC間だけでなく上司と部下、あらゆる人間関係でコミュニケーション不全の原因になる
- 日本のハイコンテクスト文化では前提が暗黙のまま進みがち。多様な価値観の時代だからこそ、前提を明示する意識が求められる
- 時代の変化によって前提そのものが変わることがある。戦略のアップデートタイミングを逃さないために、前提への感度を高く保つべき
