連続起業家・けんすうの「戦略なき戦略」論──エフェクチュエーション、ハック思考、物語思考の交差点
ぼくらの戦略論の番外編に、連続起業家・けんすう古川健介。アル株式会社代表取締役。学生時代に「したらば掲示板」を運営し、nanapi創業→KDDIグループへのM&Aを経て現職。Podcast「ハイパー起業ラジオ」MCも務める。さんがゲスト出演。「人生に戦略はほとんどない」と言い切るけんすうさんのキャリアを、VC・高宮慎一グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)代表パートナー。Forbes「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家」2018年1位。メルカリ等に投資。さんと編集者・長谷川リョーさんが深掘りしました。戦略と戦術の違い、ファウンダー・マーケット・フィット、そして「物語思考」の実践まで、起業と人生の歩き方を考えるヒントが詰まった回です。その内容をまとめます。
人生に戦略は必要か?──エフェクチュエーションという考え方
「人生の戦略論」を掲げる番組にゲストとして呼ばれたけんすうさんですが、開口一番「個人で言うとあんまり戦略はない」と断言。人生を戦略的に歩んできたと語る人の大半は「後付け」だと指摘します。ほとんどの人は、その場その場で対応すべきことにうまく対処しているだけではないか、というのがけんすうさんの持論です。
高宮さんは、キャリア論でも同様の議論があると補足します。ゴールを設定して逆算する「コーゼーション目的を先に決め、そこに至る最適な手段を選ぶ因果論的アプローチ。OKRやMBOなどの目標管理はこの思想がベース。」に対して、目の前のチャンスを掴み続けると芋づる式に良いキャリアが築かれるという「計画された偶発性理論スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱。キャリアの8割は偶然の出来事で形成されるため、偶然を計画的に引き寄せる姿勢が大切だとする考え方。」の考え方です。
けんすうさんはさらに、エフェクチュエーションが日本人に合っていると指摘します。キリスト教文化圏のように「神との契約で使命がある」という発想は日本人にはなじみが薄い。それよりも、目の前のことに夢中になるオタク的な在り方のほうがフィットするのではないか、と語りました。
よく人生の戦略論みたいな話ありますけど、個人で言うとあんまり戦略ないなっていうのが結論としてあります
キャリアの原点──大学受験サイトと「したらば」掲示板
けんすうさんの起業キャリアの出発点は、浪人時代に作った大学受験生向けコミュニティサイトでした。予備校生と地方の高校生のあいだに圧倒的な情報格差があることに気づき、「みんなで情報を持ち寄れば有利になるはず」という発想でサイトを立ち上げたそうです。2000年頃のことで、月に何千投稿も集まり、1000万PVを記録。この成功が現在のキャリアにつながる最初の一歩でした。
大学入学後、「2ちゃんねる1999年にひろゆき(西村博之)が開設した日本最大級の匿名掲示板。当時のインターネット文化に大きな影響を与えた。」の対抗サービス「1ちゃんねるTV」に管理人として応募し、そこで大炎上を経験。面白がって住所や電話番号をサイトに公開していたところ、連絡してきたのがひろゆき西村博之。2ちゃんねる創設者。現在はフランス在住で、YouTube配信やPodcastなど多方面で活躍。さんの友人だったといいます。その縁でひろゆきさんと出会い、ひろゆきさんが「周りで一番社長に向かなそうなやつにやらせよう」と選んだのがけんすうさんでした。こうして「したらば掲示板」の社長に就任します。
高宮さんが「マーケットを分析して参入したわけじゃない」と指摘するとおり、まさにエフェクチュエーションの実例です。自分の課題を解決しようとしたら同じ悩みを持つ人が集まり、そこから生まれた人脈が次のステップを開いていったという流れでした。
実験と好奇心で駆動するイノベーション
インターネット上に住所や電話番号を公開するという行動について、高宮さんは「戦略的に面白い問い合わせを狙っていたのでは?」と切り込みます。しかしけんすうさんの答えは「何が起こるんだろう」という純粋な好奇心でした。当時、ネット上に個人情報を出す人はほとんどおらず、「実際何が危険なのか知りたかった」と語ります。
ここに、戦略との決定的な違いがあります。戦略は「いい結果を出す」ために設計されますが、けんすうさんの場合は「実験の結果が分かった時点で自分の中では完結している」。結果の良し悪しではなく、実験そのものに価値を見出すスタンスです。
高宮さんは、これをイノベーション戦略既存の延長線上にない革新を生み出すための経営戦略。狙って発明できないものに対して、実験的なアプローチを許容し、失敗からも学びを蓄積する姿勢が重視される。の考え方に通じると指摘します。3M米国の多国籍コングロマリット。粘着テープや研磨材で知られる。「失敗を許容する文化」で有名で、ポストイットも偶然の失敗から生まれた製品。のポストイット誕生がまさにそれです。強力な粘着剤を作ろうとして「すぐ剥がれる接着剤」ができてしまった。普通なら失敗ですが、3Mは失敗をストックする文化があり、後日それがポストイットとして大ヒットしました。「パルプンテを唱えてみて何か面白いこと起きないの」を許容するのが、実はイノベーション戦略の要諦だと高宮さんは語ります。
ゴールを設定→逆算して計画→「いい結果」が出れば成功
好奇心で実験→結果の良し悪しに関わらず学びを得る→次の一歩へ
戦略と戦術の違い──「戦術家」けんすうの自己分析
けんすうさんのリクルート時代のエピソードが、「戦術家」としての本領を物語っています。新卒配属の希望を通すために、事前にキーマンと飲み会で仲良くなって指名してもらったり、社内名簿の備考欄に全社員の名前を入れて検索で必ず自分がヒットするようにしたり、炎上に詳しいキャラを確立して偉い人の会議に呼ばれるようにしたり——徹底的なハックの数々です。
けんすうさん自身の定義では、戦略は「圧倒的に有利な場所に自分を置いて、戦わなくても勝ち続ける状態を作ること」。戦術は「戦わなきゃいけない状態になった時にうまく勝つ方法」。そして自分は「全部戦術レベル」だと言い切ります。
大枠を決め、圧倒的に有利なポジションに身を置くこと。長期的・構造的な意思決定。
目の前の局面ごとのハック、テクニック、立ち回り。短期的・具体的な行動。
しかし、けんすうさんは自分の戦術ドリブンな進め方を「成功しづらい」と冷静に分析しています。U-NEXT日本最大級の動画配信サービス。宇野康秀氏が創業。「動画サービスは無理」と言われ続けたが、信念を持ってやり続けて大成した。の宇野さんが「動画サービスなんて絶対うまくいかないと言われたが、本気でやってないだけ」と語ったインタビューを引き合いに出し、信念と軸を持ってやり続ける人の方が最終的には強い、と認めます。戦術家は「その場の最大風力は出るが一貫性がない」ため、「この角を曲がるのは早かったが、進行方向で言うとちょっと遠くなってる」ということが起きがちだと、自戒を込めて語りました。
戦術とかハックでやってる人って、その場その場の最大風力は出るものの、一貫性がなかったりあっち行ったりこっち行ったりする
ファウンダー・マーケット・フィットとチームの組み方
では戦術家のけんすうさんがなぜnanapi生活の知恵やハウツーを集めたWebサービス。2009年にけんすうさんが創業し、2014年にKDDIグループにM&Aされた。でイグジットを実現できたのか。高宮さんが注目するのは、nanapiのエンジェル投資家起業初期に個人資金を投じる投資家。創業者に対して資金だけでなく、経験やネットワークも提供することが多い。だった小澤隆生シリアルアントレプレナー。複数回のイグジットを経験し、Yahoo! JAPAN社長も務めた。現在はブーストキャピタルを運営。さんとのタッグです。「ハウツーをやれ」という小澤さんの方向性と、けんすうさんのコンテンツへの愛とハック力が噛み合ったことが成功要因だったと、けんすうさん自身も振り返ります。
ここから導き出されるのが、ファウンダー・マーケット・フィット創業者の経験・スキル・パッションと、参入する市場の特性が合致していること。「なぜこの人がこの事業をやるのか」の説得力。の重要性です。1人で全機能をカバーする必要はなく、チーム全体として必要な機能がカバーされていればいい。けんすうさんは「チームの選び方、領域の選び方」を戦略的に行うことが、戦術家にとっての戦略になりうると整理します。
さらに話題は、ひろゆきさんの事業スタイルとの比較へ。ひろゆきさんは「面倒なことを一切自分でやりたくない」という特性を活かし、ボランティアや切り抜き部隊が全自動で動く仕組みを設計します。2ちゃんねるのモデレーション方針——「あなたは死ねという権利はあるが死ねと言われるかもしれません」——もまさにそれで、削除コストという最も重い運営負担を丸ごとスキップする極端なバランスポイントです。高宮さんは「大企業は真ん中で安定したバランスを取るが、ひろゆきさんは極端なところでもバランスが取れると見抜いてやっている」と評しました。
AI時代においては、こうした「ボトムアップで打席に入り続け、帰納的に当たりを見つける」アプローチのコストが限りなくゼロに近づいているため、けんすうさんのハック的なスタイルとの相性は極めて良いのではないか、と高宮さんは展望を語ります。
物語思考──後付けでストーリーを紡ぐ力
けんすうさんの著書『物語思考けんすう(古川健介)著。「なりたい状態」を起点に自分の人生にストーリーを紡いでいく思考法を提唱した書籍。幻冬舎刊。』の制作秘話が、本人の強みと弱みを浮き彫りにします。担当編集の箕輪厚介幻冬舎の編集者。『多動力』(堀江貴文)など数々のベストセラーを手掛けたことで知られる。さんに「どんなものでもコンテクストを持ってきてロジカルに書いて言い包めるのが長けすぎている。本当のものが見えなくなっている」と指摘されたそうです。
感情がニュートラルで、どちら側にもロジカルに語れてしまう。高宮さんは「ブラックハックスキルを持った善人」と表現し、「悪いことを無限に思いついているけど、やってない」と笑いました。ひろゆきさんに至っては、けんすうさんのことを「刺激を与えたら動くだけの昆虫みたい」と評したそうです。
物語思考のエッセンスは、WHYやWHATがなくても人生は進められるという点にあります。けんすうさんいわく、「なりたい状態」や「なりたくない状態」はみんなスラスラ言える。「お金に困りたくない」「10年後こんな生活をしていたい」——それを軸にすれば、今やるべき行動が見つかるはずだと語ります。
長谷川さんもまさにその実践者です。ケニアでの3年間のポーカー生活から帰国後、大阪で福祉の仕事を始めるという一見不規則なキャリア選択。しかしけんすうさんは、「西成に行ったらコンテンツとしては面白いが、コンテンツ目的が透けて見えて冷める。大阪で福祉やるのは妙に生々しくて手触り感がある」と、その選択のリアリティを評価しました。
WHYがいらない、WHATもそんなにいらない。ただ「なりたい状態」と「なりたくない状態」はみんなスラスラ言える。それを軸にすれば今やるべき行動が見つかる
まとめ
「戦略がない」と言い切るけんすうさんのキャリアを追うと、むしろそこには「戦略なき戦略」とでも呼ぶべき一貫した行動原理が浮かび上がります。好奇心と実験で打席に入り続け、結果の良し悪しに関係なく学びを得る。その場その場のハックで最大風力を出しつつ、足りない部分は補完してくれるチームを選ぶ。そして後から物語として紡ぎ直す力が、次のステップへの推進力になる——。
高宮さんが最後に冗談交じりに言った「戦略なき戦略という戦略を遂行している」という言葉が、この回の本質を見事に言い当てていたかもしれません。AIの時代、1打席あたりのコストが限りなくゼロに近づく今こそ、けんすうさんのようなハック的・帰納的アプローチが輝きを増す可能性があります。
- けんすうさんの人生哲学は「エフェクチュエーション」──ゴールから逆算せず、今ある手段から次の一歩を積み上げる
- 実験と好奇心が駆動力。「悪い結果が出ても、実験として成功」という独自のスタンス
- 戦略は「戦わない状態を作ること」、戦術は「戦う局面でうまく勝つこと」。けんすうさんは自分を「戦術家」と分析
- 戦術家は一貫性を欠きやすい。補完する相方との「ファウンダー・マーケット・フィット」が鍵
- 物語思考の核心:WHYやWHATがなくても、「なりたい状態」を起点にすれば行動は決まる
- AI時代は1打席のコストが限りなくゼロに。ハック的・帰納的アプローチの価値が高まる可能性
