AI時代の起業の戦略論!事業構造と個人の働き方はどう変わる⁉︎
ぼくらの戦略論 ep.7では、ベンチャーキャピタリストの高宮慎一さんと長谷川リョーさんが「AI時代のスタートアップ戦略論」を正面から語りました。AIの進化によって事業の作り方・育て方・お金の集め方、そして個人の働き方まで、何がどう変わるのか。その内容をまとめます。
HowからWhat・Whyへ──人の価値はどこに残るか
高宮さんはまず、2000年代のIT革命インターネットの普及に伴い、ビジネスのオペレーションや情報流通が劇的に効率化された一連の変革。主に「How(手段)」の改善が中心だった。と現在の「AI革命」を対比するところから話を始めました。IT革命がもたらしたのは「How」──手段やオペレーションの効率化で、コスト30〜50%削減の世界観だったといいます。
一方、AI時代はHowの効率化が当たり前になり、その先の「What(何をやるか)」まで AIが担えるようになっています。「デジタルBtoBで事業機会を探して」とAIに聞けば、世の中一般論としての事業機会をかなりの精度で提示してくれる時代です。
では、人に残る価値とは何か。高宮さんの答えは明快で、「Why(なぜ自分がそれをやるのか)」の領域だといいます。市場機会という外発的な要素と、原体験や情熱といった内発的な要素の掛け算でWhatが決まるとすれば、内発的動機の源泉であるWhyにこそ人の存在意義が凝縮されていくという見立てです。
「How」を効率化
コスト30〜50%削減
人はWhat・Whyを担当
How+Whatの下流までAIが代替
コスト1/10〜1/100の世界
人の価値はWhyに凝縮
テクノロジーだけでは進まない──社会の受容性という壁
AIの導入を考えるうえで、技術の完成度だけを見ていると判断を誤るかもしれない──高宮さんはそう指摘します。重要なのは「テクノロジーのレディネス(Readiness)技術が実用に足る水準まで到達しているかどうかの度合い。もともと米軍の技術評価指標(TRL)に由来する概念。」だけでなく、法制度や社会の受容性も含めた「3つのレディネス」を見ることだといいます。
わかりやすい例として挙がったのが自動運転人間のドライバーなしで車両を走行させる技術。レベル0(手動)〜レベル5(完全自動)まで段階が定義されている。です。サンフランシスコではWaymoGoogleの親会社Alphabet傘下の自動運転車開発企業。サンフランシスコやフェニックスなどで無人タクシーサービスを商用展開している。がすでに走っており、テクノロジーとしては十分に実用レベル。しかし、いわゆるトロッコ問題倫理学の有名な思考実験。暴走するトロッコの進路を切り替えれば5人が助かるが、代わりに別の1人が死ぬ。功利主義的に「被害の少ない方」を選ぶべきか、という問題。自動運転の判断アルゴリズムの議論でしばしば引用される。──AIが合理的に「3人より1人の犠牲が少ない方を選ぶ」と判断した場合、その1人の責任は誰が負うのか──という法的・倫理的な問題は未解決のままです。
高宮さんは「3人より1人のほうがマシじゃん」「いや、そういうマシとかする話じゃないんだ、人が死んでるんだよ」という議論を例に、テクノロジーの準備度と社会・法制度の準備度にはギャップがあることを強調しました。スタートアップがAIビジネスの参入タイミングを判断する際には、この「社会側のレディネス」を見落とさないことが重要だということです。
AI導入の3ステップと「AIパワードBPO」
では、AIは実際のビジネスにどのような段階を経て浸透していくのか。高宮さんは会計SaaSを例に、3つのステップを提示しました。
技術的にはAIが入力からデータ取得、仕訳まで自動でこなせる状態でも、「万が一間違ったら誰が責任を取るのか」という問題が立ちはだかります。そこでまず訪れるのが、BPOBusiness Process Outsourcing の略。自社の業務プロセスを外部企業に委託すること。経理・人事・コールセンターなどが代表例。の形で人が品質保証と責任を引き受け、裏側でAIがオペレーションを回す「AIパワードBPO」というステップ1です。
ステップ2では、AIがメインパイロットとなり、人は「いざとなったらブレーキを踏む」コパイロットの役割に後退します。がんの画像診断AIのように、精度自体はAIのほうが高くても「あなた、がんです」と告げるのは人の医師であってほしい──そうした社会の心理的受容のために人が残るフェーズです。
そしてステップ2で社会が十分に慣れた後、ようやくステップ3として「AIオンリー」のプロダクトが成立します。長谷川さんが挙げたカスタマーサービスの例のように、「チャットの方が早いし正確だよね」と感覚が浸透すれば、人の介在は自然になくなっていくという見方です。
医者ががんですってずっと言われ続けたけど、よく考えたらAIの書いてあること読んでるだけだよね──って人側が慣れてくると思う
Jカーブが浅くなる時代の事業成長モデル
ここから話題はスタートアップの資金調達や成長モデルの変化に移ります。従来のスタートアップは、大きな先行投資で赤字を掘り、やがて急成長して回収する──いわゆる「Jカーブスタートアップの成長曲線をグラフにしたときの形状。初期は先行投資で赤字が膨らみ(Jの下部分)、PMF後に売上が急伸して黒字化する(Jの上昇部分)。を掘る」モデルが定番でした。
しかしAI時代のステップ1──AIパワードBPO──では、人を大量に雇わずにAIで裏側を回すため、「めちゃめちゃ儲かるBPO」になるのだと高宮さんは指摘します。先行投資が軽く、黒字化も早い。つまりJカーブが浅く短くなるというわけです。
深いJカーブ(大きな先行投資)
黒字化まで数年
大規模な資金調達が必要
浅く短いJカーブ
早期に黒字化する可能性
投資のウィンドウが狭い
VC側から見ると、「投資できるウィンドウがめちゃくちゃ狭くなる」という悩みが生まれます。プロダクト開発フェーズに必要な資金は少額で期間も短い一方、PMFProduct-Market Fit の略。プロダクトが市場のニーズに合致し、持続的に成長できる状態になること。スタートアップの最初の大きなマイルストーン。後にマーケティングで一気にスケールさせるフェーズでは大きな資金が必要──ただしバリュエーションも急騰しているため、投資の判断がよりシビアになるのだといいます。
「賽の河原」の競争環境で堀を築くには
Jカーブの変化にはもう一つの含意があります。それは「浅いJを何度も繰り返す」ことになりかねないという話です。高宮さんはAIアプリケーションレイヤーの競争を「賽の河原」に例えました。積み上げた石を鬼にひっくり返され、また積み上げる──下手すると1週間単位で「このツールが一番いい」という評価が変わってしまう世界です。
ファウンデーションモデル大量のデータで事前学習された大規模AIモデル(GPT-4、Claude、Geminiなど)。アプリケーション開発者はこれをベースに、特定の用途に合わせたプロダクトを構築する。を外部に依存している場合、アプリケーションレイヤーだけでどれだけ差別化できるのか、どれだけ競争優位のMoat(堀)城の堀に由来するビジネス用語。バフェットが多用したことで知られ、競合他社が容易に模倣・参入できない構造的な強みを指す。を築けるのか──高宮さんはかなり厳しい見方を示しました。
その中でもなんとか堀を築くための鍵として挙がったのが、データのフライホイールです。ファウンデーションモデルをユースケースに当て、ユーザーに価値を出し続ける中で生まれる独自データを蓄積し、さらにモデルをチューニングしていく──このサイクルが回れば、新しい汎用モデルが登場してもすぐには追いつかれにくい構造になります。
ファウンデーションモデル × ユースケース
汎用モデルを特定の業務に適用
ユーザーへの価値提供
業務をこなす中で独自データが蓄積
モデルの再チューニング
独自データでさらに精度・価値が向上
競合が簡単に追いつけない堀
データの独自性 + アプリケーションのブラッシュアップが回り続ける
さらに、プロダクトでの差別化が効きにくい分、マーケティング・営業コストは上がる傾向にあるといいます。しかし、せっかく営業の力で築いた市場シェアも、翌日に10倍のパフォーマンスで10分の1のコストの新プロダクトが出てきたら「鬼にボーンって崩される」可能性がある。高宮さんが「修羅の国」と表現したこの環境で生き残るには、自分の今の事業を自分の次の事業で殺す覚悟──「打倒トヨタはトヨタがやる」を地で行くような自己破壊の姿勢が求められるという話でした。
AI時代の個人の働き方──レビュワーか、隷属か
番組の後半では、スタートアップの話がそのまま個人の働き方に接続されていきます。高宮さんは「スタートアップと個人の生き方がすごく似てくる」というのが番組全体のコンセプトだと語り、AI時代にはその類似性がさらに強まるといいます。
長谷川さん自身のケースが具体例として語られました。ライティングの実務はAIが行い、自分は「完全にレビュワー」。会計士もエンジニアもデザイナーも同じ構造になっていくだろうと見ています。ただし、ライターとしての素地やスキルがなければそもそもレビューができない。つまり専門性がレビュー能力の前提になるという構造です。
一方で「解放されるのか、奴隷になるのか」という問いも投げかけられました。長谷川さんはSlackやメールの例を挙げ、「便利になったはずなのに常時追われている」という構造がAIでも繰り返されるのではないかと指摘。高宮さんもVibe Codingコーディング未経験者でもAIに自然言語で指示するだけでアプリが作れる手法。Cursorなどのツールで急速に普及。を実際に試した体験を語り、「次何したらいいの?」とAIに聞き続ける作業が、「ケーキ工場でひたすらイチゴを乗せるバイト」のような単純作業に感じられたといいます。
「次何したらいいの?」ってひたすらAIに聞くって、確かに単純作業の生産設備の一部になった気分だなって
フルスタック人材の希少性と育成の矛盾
コーディングを先進ユースケースとして見ると、今後のキャリアの構造が見えてくると高宮さんは続けます。フルスタックエンジニアフロントエンド、バックエンド、インフラなど開発の全工程を横断的に担えるエンジニア。AI時代には上流の設計からレビューまで一貫して判断できる能力が求められる。のスーパーエンジニアが1〜3人いれば、あとはAIで代替できる時代が近づいています。超高付加価値の人材は上流を中心に残っていく一方、その人材を育てるための「新卒の弟子」ポジションが不要になるという自己矛盾が生まれます。
フルスタックの人が引退したらどうするのか? 少数精鋭の徒弟制で育成されていくのか、それともAIの進化が速すぎてフルスタック人材のポジションすらAIに置き換えられるのか──答えは出ていませんが、「フルスタックの上流から入れる人であれば数年はまだいける」というのが高宮さんの現時点での見立てです。
ジュニア〜シニアまでピラミッド型の人員構成。OJTで段階的に育成。
フルスタックのトップ人材が少数 + AIが実務を代替。中間層のポジションが縮小し、育成パスが細る。
まとめ
今回のエピソードでは、AI時代にスタートアップの事業構造と個人の働き方がどう変わるかを、マクロな構造変化からミクロなキャリア論まで一気通貫で語られました。
AIがHowとWhatの下流を担うようになり、人の価値はWhyに凝縮される。しかし、テクノロジーの準備度だけで判断すると社会の受容性とのギャップにハマる。導入はステップを経て段階的に進み、その各ステップに合わせた「全張り」の事業戦略が必要──。従来のJカーブモデルも変容し、浅く短いサイクルを繰り返す「賽の河原」の競争環境の中で、データのフライホイールで堀を築けるかが勝負の分かれ目になりそうです。
個人の働き方についても、上流から全体を見渡せる「フルスタック人材」であれば数年は活躍できる一方、中間層のポジションが消え、人材育成のパスが細るという構造的な矛盾も浮き彫りになりました。スタートアップの戦略と個人のキャリア戦略は、AI時代においてますます相似形になっていくのかもしれません。
- AIがHow・Whatの下流を代替する時代、人の価値はWhy(なぜ自分がやるのか)に凝縮される
- AIの導入は「AIパワードBPO → AIセントリックワークフロー → AIオンリープロダクト」の3ステップで進む。テクノロジーだけでなく、社会・法制度の受容性も見極めが必要
- スタートアップのJカーブは浅く短くなり、投資のウィンドウも狭まる。一方で競争環境は「賽の河原」のように激しく、データのフライホイールによる堀の構築が生存の鍵
- 「自分の今の事業を自分の次の事業で殺す」自己破壊の覚悟と、全ステップへの全張り戦略が求められる
- 個人のキャリアも同構造。フルスタックで上流から入れる人材は残るが、中間層の育成パスが細るという矛盾が今後の課題
