「あるべき姿」から「ありたい姿」へ──50歳を前にしたキャリア終盤の方向転換
ぼくらの戦略論は、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタル(VC)。スタートアップへの投資・育成を行い、メルカリやカヤックなど数多くのIPO実績を持つ。代表パートナーの高宮慎一さんと、編集者・ライターの長谷川リョーさんが戦略について語る番組です。今回は高宮さんが年末年始に考えたという「あるべき姿」と「ありたい姿」の違いをテーマに、キャリア終盤の方向性やプロ意識との折り合いについて議論しました。その内容をまとめます。
短期目標より中長期の方向性
新年の抱負を聞かれた高宮さんは、「年次の短期目標はあまり立てない」と語ります。ベンチャーキャピタリストという仕事柄か性格か、1年という区切りが中途半端に感じるのだそうです。高速でPDCAPlan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)のサイクルを回す業務改善手法。経営やプロジェクト管理で広く使われる。を回すには長すぎるし、腰を据えて取り組むには短すぎる──そこで高宮さんが重視するのは「3年くらいの中期ゴール」と「直近3ヶ月で何をするか」の2軸です。
割と中期的なゴール、3年ぐらいと、直近3ヶ月何しようか。それぐらいのブレイクダウンなのかな
去年はGTローニンジャイアント・トレバリー(GT)を対象としたルアーフィッシングの競技。GTは大型のアジ科の魚で、釣り上げるには高度な技術と体力が要求される。の日本一を決める大会で総合5位に入ったとのこと。定量的で期限が明確なものは1年単位で仮置きするものの、個人的に大事にしているのはあくまで中長期の方向性だと話します。
50歳の「第3次思春期」と2つの姿
今年50歳を迎える高宮さん。周囲の同世代、いわゆる76世代1976年前後に生まれた世代。日本のスタートアップ・IT業界では、mixi笠原健治氏やGREE田中良和氏らを輩出した世代として知られる。の仲間たちも「キャリアの最後の1周をどうするか」を考え始めているそうです。高宮さんはこれをミッドライフクライシス中年期に訪れる心理的な危機感や自己疑念。40〜50代で「自分の人生はこれでよかったのか」と感じる現象。心理学者エリオット・ジャックが1965年に提唱した概念。ほどの悲壮感はないが「第3次思春期」と表現します。
ここで高宮さんが語ったのが、今回の核心テーマである「あるべき姿」と「ありたい姿」の違いです。キャリアの序盤から中盤にかけて、高宮さんは社会的な要請──つまり「あるべき姿」を圧倒的に重視してきたと振り返ります。自分が何をやるかを考える時によく使われる「社会的な要請があること」「好きなこと」「得意なこと」の3つの円で言えば、社会的な要請が常に最優先で、得意なことはそれを実現する手段だったと言います。
社会的な要請・責任を最優先に据える。「世の中にとって何が正しいか」が軸。キャリア序盤〜中盤で強く意識しがち
自分の意志(ウィル)・美学を起点にする。「自分は何をしたいのか」が軸。キャリア終盤で改めて見つめ直すべきもの
しかしキャリアの終盤に差し掛かった今、3つの円のバランスを「リバランス」する時期が来ているのではないか。好きなことの優先順位をもう少し上げて、社会的な要請にも応えていく──そんな微妙だけれど大切なシフトが必要なのではないかと、高宮さんは年末年始に考えたそうです。
プロ意識の功罪──期待値を超え続けることの落とし穴
長谷川さんから「なぜそう思うようになったのか」と問われた高宮さんは、自身のプロフェッショナリズムに対する「反省」を語ります。コンサルタントとしてお金をもらったら対価以上の価値を出す。投資家として預かったお金には期待以上のリターンを返す。それは当たり前のことだと思ってきたし、常に期待を上回る「オーバーデリバー顧客やステークホルダーの期待を超える成果を出すこと。コンサルティング業界やプロフェッショナルサービスで重視される姿勢。」が基本動作だと信じてきたと言います。
常に期待を上回ってオーバーデリバーするみたいなのが基本動作みたいに思い込んじゃうわけですよ
しかし、その姿勢の軸はあくまで「人から何を期待されているか」。そこを起点にオーバーパフォームかアンダーパフォームかを測る思考になると、結局は他人の評価軸の中でしか自分を評価できなくなってしまうと高宮さんは指摘します。
さらに「価値の総量」を突き詰めると、世の中に最も価値を出すのはアメリカ大統領や国連事務総長かもしれない。その軸一辺倒では目的と手段がこんがらがってしまう。だからこそ「あるべき姿」ではなく「ありたい姿」──自分のウィルや美学を今一度言語化して自覚的になることが、キャリアの最後の1周には大事なのではないかと結論づけました。
誰を「顧客」として意識するのか
話題は「自分が誰を顧客として意識しているのか」へ展開します。高宮さんは投資家として、直接の顧客は「支援する起業家」と「お金を預けるLPLimited Partner(有限責任組合員)。ベンチャーキャピタルのファンドに出資する投資家のこと。年金基金、大学基金、保険会社などが代表的。」の2つだと整理します。しかし、その先にある一番回したい大きな歯車は「日本に新たな産業が生まれること」。三方良しの3つ目は社会であり、もっと言えば「日本」だと明かしました。
その背景には、帰国子女として6年間海外で過ごした経験があるそうです。海外に出るたびに「日本人であること」を意識せざるを得ず、コミュニティの一員として認めてもらうには「まず貢献しなければ」という強迫観念に近い感覚が生まれたと話します。
一方の長谷川さんは、大学時代にグローバルジャスティス国際正義。政治哲学の一分野で、国境を越えた公正・正義のあり方を考える。ジョン・ロールズの正義論を国際社会に拡張する議論などが代表的。(国際正義)を学んだことで国家という概念が相対化されていると言いつつも、ケニアに3年住んだ経験から「日本人であることは逃れようがない厳然たる事実」だと共感を示しました。
長谷川さん自身が意識する「顧客」は2つ。ミクロには福祉事業で目の前にいる利用者さん。マクロには自分の生き方をコンテンツ化して届ける読者です。特にAI時代にホワイトカラーとしてどう生きるかに不安を感じている人々へのメッセージングが、無意識の行動原理になっているかもしれないと語りました。
自分の人生を実験じゃないですけど、現在進行形で解を出せると思ってないけど、解に向かって生きてることのエクスキュースかな
アートかデザインか──発信する動機の正体
高宮さんは長谷川さんの発信スタイルについて、「アートとデザインの違い」というフレームで問いかけます。アートは作家性がほとばしり、世の中が受け入れるかどうかに関係なく発信し続けるもの。デザインは使い手を明確に意識して構成するもの。プロダクトアウト技術やアイデアを起点に製品・サービスを作る手法。対義語のマーケットインは顧客ニーズを起点にする。かマーケットインか──長谷川さんはどちらなのか。
ほとばしる作家性を起点にする。受け手の反応に関わらず発信し続ける
使い手・読者を明確に意識し、その課題解決のためにコンテンツを構成する
長谷川さんの答えは「デザイン性のあるアート」。文章を書いてnoteで発信する時点で誰かに見てもらいたいという欲がある以上、完全なアートではない。かといって、読者の解像度を極端に上げてマーケットインに寄せすぎると、自分の生き方を出発点にした発信の意味が薄れてしまう──そのバランスの中に自分のスタイルがあるのだと語ります。
高宮さんはこの話を聞いて「長谷川さんは本能型ではなくアーティスト型」と評しました。自分が直面する課題に同じ思いを持つ人と一緒に考え、解決の方向性を見出していく──その姿勢が長谷川さんの無意識の行動原理なのかもしれない、と二人は意見を一致させました。
まとめ
キャリアの序盤〜中盤は、社会的な要請に応え、期待を超え続ける「あるべき姿」を追うことが大きな推進力になります。しかし、キャリアの終盤に差し掛かったとき、その軸だけに頼り続けると、他人の評価軸でしか自分を測れなくなるリスクがあります。高宮さんが語ったのは、「好きなこと」の優先順位を上げ、自分のウィルや美学──つまり「ありたい姿」を改めて言語化すること。それは万人に当てはまる公式というよりも、責任感ドリブンでキャリアを積んできた人への問いかけなのかもしれません。
一方で長谷川さんのように、もともと「好きなこと」軸で生きてきた人にとっては、逆に社会的な要請との接点──自分が誰の顧客なのか──を意識することが新たな発見になることもあるでしょう。どちらが正しいという話ではなく、自分の中の3つの円のバランスを定期的に見直すことが、キャリアのどの段階においても大切なのだと思われます。
- 年次の短期目標よりも、3年スパンの中期ゴール+直近3ヶ月の行動計画の2軸で方向性を定める
- キャリアには「第1次(就活)→ 第2次(30代)→ 第3次(50歳前後)」の思春期があり、それぞれで自分の方向性を問い直すタイミングが来る
- 「社会的な要請」「好きなこと」「得意なこと」の3つの円のバランスは、キャリアの段階に応じてリバランスが必要
- プロとして期待を超え続ける姿勢は大きな強みだが、他人の評価軸だけに依存すると目的と手段が逆転するリスクがある
- 「あるべき姿」から「ありたい姿」へ──自分のウィルや美学を言語化し、自覚的になることがキャリア終盤の鍵
- 自分にとっての「顧客は誰か」を意識することで、発信やキャリア選択の輪郭が明確になる
