海外生活、経験しておくべきか?異文化体験がもたらす「自己相対化」の戦略論
ぼくらの戦略論ep.44では、高宮慎一グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)代表パートナー。Forbes「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」2018年1位。ハーバードMBA取得。さんと長谷川リョー編集者・ライター・ポーカープレイヤー。東大情報学環→リクルート→独立→ケニアで3年のポーカー生活を経て現在。さんが「留学」をテーマに、それぞれの海外経験や異文化に身を置くことで得られる「自己相対化」の重要性について語りました。その内容をまとめます。
長谷川リョーの留学体験──オハイオ州での異文化適応
長谷川さんは高宮さんのような帰国子女ではなく、「ガチのただの東京の人」として英語ゼロからスタートした組だといいます。中学時代に猛勉強して高校の英語科に入学し、自分は英語ができるようになったと思っていたそうです。しかし、クラスに10人ほどいた帰国子女たちがほぼネイティブスピーカーとして話す姿に衝撃を受け、「井の中の蛙だった」と痛感したとのこと。
机の勉強をしていても彼らみたいには喋れないと思って、すぐ留学というか現地に行かなきゃ無理だなと痛感しました
そこから1年後、アメリカ・オハイオ州アメリカ中西部に位置する州。大都市圏から離れた地域は農業が盛んで、保守的な地域文化が残ることでも知られる。の現地校に交換留学高校生が1年間、海外のホストファミリー宅に滞在しながら現地の学校に通う留学プログラム。費用は通常の私費留学より安い傾向がある。で1年間渡米します。当時はスマートフォンもなく、日本語が完全に遮断された環境。しかもアジア人は自分だけという状況で、英語力は大きく伸びたそうです。
差別的な経験については「ほぼなかった」と長谷川さんは振り返ります。クロスカントリー野山や丘陵地帯を走る長距離走競技。アメリカの高校では秋のスポーツとして人気が高い。をやっていた際に、当時NBAで活躍していた中国人選手・ヤオ・ミン元NBA選手(2002〜2011年、ヒューストン・ロケッツ所属)。身長229cmの中国人センターで、アジア人初のNBAスーパースターとして知られる。の名前でいじられた程度で、周囲は皆やさしかったといいます。
「悪かったことは正直ない」と長谷川さんは断言します。あのまま日本で高校生活を1年間過ごしていた場合と比較しても、マイナスは見当たらないとのことでした。
高宮慎一の原体験──80年代イギリスでの人種差別
長谷川さんとは対照的に、高宮さんの海外経験には「差別」がはっきりと伴っていました。最初の渡英は幼稚園の年長から小学1年生にかけて。1980年代前半のイギリスです。
「ジャップ」とか「イエロー」とか「Go back to your country」とか、普通に割と漫画に出てくるような絵に描いたような人種差別がありました
もちろん仲良くなった友達もいたとのことですが、80年代前半のイギリスでは露骨な差別表現が日常的にあったようです。高宮さんはその後も小学5年生から中学2年生にかけて再びイギリスで生活しており、海外での差別体験は幼少期の強烈な原体験となっていることがうかがえます。
この対比は興味深いポイントです。同じ英語圏でも、時代・地域・年齢によって海外生活の体験はまったく異なるものになります。2000年代のアメリカの田舎町と80年代のイギリスでは、アジア人に対する空気感が大きく違っていたのかもしれません。
時期:80年代前半(幼稚園〜小1)、その後もう一度(小5〜中2)
場所:イギリス
背景:帰国子女(親の赴任)
差別経験:あり(露骨な人種差別)
時期:高校時代(1年間)
場所:アメリカ・オハイオ州
背景:自分の意思で交換留学
差別経験:ほぼなし
留学のタイミングと「いつ行くべきか」問題
高宮さんによれば、「海外留学って行ったほうがいいんですか?」「いつ行くべきですか?」という質問は、起業家やVC志望者からよく聞かれる「あるある」の質問だといいます。二人の経験を踏まえると、タイミングに正解はないものの、いくつかの示唆が見えてきます。
高宮さんの場合は幼少期からの帰国子女で、英語が「デフォルト」として身についたパターン。一方の長谷川さんは、高校時代に「自分の英語力では足りない」と気づいた危機感がきっかけでした。長谷川さんは「ハイクラスじゃなくとも、留学って役立つのかもしれない」と指摘しており、MBAのようなエリート留学に限らず、もっと広い文脈で海外経験の価値を考える意義を提起しています。
注目したいのは、二人とも「行って悪かったことはない」と口を揃えている点です。キャリアのどの段階であれ、海外生活にはその時々で得られるものがあるというのが、経験者としての実感のようです。
異文化体験がもたらす「自己相対化」
この回で最も重要なキーワードは「自己相対化」です。長谷川さんは自身の留学体験から、「文化の違いに対しても寛容になった」「自分と違うものを受容できるようになった」と語っています。これは単なる語学力の向上とは別の、もっと根源的な変化を指しているようです。
長谷川さんが高校の英語科で帰国子女と出会い「井の中の蛙だった」と気づいた瞬間。これこそが自己相対化の典型的な体験です。自分が「できる」と思っていたものが、異なる環境の人と比較された瞬間に相対化される。この感覚は、日本国内にいるだけではなかなか得にくいものです。
高宮さんの場合は、幼少期に差別という形で「自分は異質な存在なのだ」と突きつけられた経験が原体験になっています。それは辛い体験であると同時に、日本にいれば当たり前の「マジョリティ」としての自分が通用しない世界があるという強烈な学びでもあったはずです。
この「自己相対化」は、起業家やビジネスパーソンにとっても重要な能力と言えるかもしれません。自分が属する業界や市場を「外側から見る」視点は、戦略立案の基本でもあります。海外経験はその訓練を、生活レベルで強制的に行ってくれるとも言えるでしょう。
まとめ
今回は、高宮さんと長谷川さんそれぞれの海外経験をもとに、留学や異文化体験の価値について語られました。高宮さんの80年代イギリスでの差別体験と、長谷川さんの2000年代アメリカでの穏やかな留学体験。時代も場所も背景も異なる二人ですが、共通しているのは「海外に出たことで自分を相対化できた」という点です。
語学力の向上や視野の拡大ももちろん大きな収穫ですが、最も本質的なのは、自分の「当たり前」が当たり前ではないと気づける体験そのものなのかもしれません。長谷川さんが言うように、それはMBAのような「ハイクラス」な留学に限った話ではなく、異文化に身を置くこと自体が持つ力なのでしょう。
- 長谷川さんは高校時代にアメリカ・オハイオ州に交換留学。日本語が遮断された環境で英語力と異文化への寛容さを身につけた
- 高宮さんは80年代イギリスで帰国子女として過ごし、露骨な人種差別を経験。時代・地域によって海外体験は大きく異なる
- 「海外留学はいつ行くべきか」は起業家・VC志望者からの定番の質問。MBAに限らず、異文化体験そのものに価値がある
- 海外経験の最も本質的な収穫は「自己相対化」──自分の当たり前が通用しない環境に身を置くことで、自分自身を客観視する力が育つ
