AI時代にヒトに残るものは?「Why駆動」で生きるという生存戦略
ぼくらの戦略論で、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタルの一つ。メルカリやカヤックなど多数のスタートアップに投資実績を持つ。代表パートナーの高宮慎一さんと、編集者・ライターの長谷川リョーさんが、AI時代に人間に残る価値とは何かを議論しました。10年続けたライターという職業が消えつつある現実を出発点に、スキル職の未来、「人のぬくもり」の行方、そして最後に残る「Why(なぜやるか)」の重要性まで踏み込んだ、その内容をまとめます。
ライター業界で起きている「全滅」の現実
長谷川さんはライター歴10年以上。しかし最近、かつて一緒に仕事をしていたライターたちが「ほぼ全滅」状態だと語ります。「全滅は言い過ぎかもしれないが、数人しか残っていない」という言葉には、業界にいる当事者ならではの実感がこもっています。
「あれ、ライターの人たちどこ行ったんだ?」ってぐらい、僕の知ってる人ほぼ全滅。数人しか残ってなくて。
廃業した人がほとんどで、何らかのピボット(方向転換)をしていると思われるものの、具体的に何をしているかは見えにくいのが現状だそうです。長谷川さん自身も、福祉業界への転身という「文脈のないところへの飛び込み」を選んだ一人です。
書く仕事はどこまでAIに置き換わったのか
長谷川さんが編集協力した新刊『メタスキル正式タイトルは『努力の価値が変わる時代のAI×自分戦略「メタスキル」』。けんすう・小原・深津の3名による共著で、2025年5月18日発売。』の制作過程が、まさにAIによる置き換えの実例になっています。
従来の本作りは「著者・編集者・ライター」の3人1組が基本でした。著者にインタビューし、編集者が全体をプロデュースし、ライターが文章を書き起こす。しかし今回、長谷川さんはライティング作業の大部分をGeminiGoogleが開発した大規模言語モデル(LLM)。テキスト生成、要約、翻訳など幅広いタスクに対応する。に投げたと明かします。
著者 + 編集者 + ライター(3人1組)
著者 + 編集者 + AI(ライターは「サブ編集者」に変化)
構造化、論理の接続、構成の組み立て──こうしたライティングのコアスキルは「精度で言えばもう人間より高い」と長谷川さんは認めます。残った仕事は、AIっぽい文章の「気持ち悪さ」を取り除くチューニングと、そもそも何をコンセプトにするかという企画の上流部分でした。
ライターと名乗りつつ、もはやサブ編集者、企画者に近いんですかね。ライティングという機能はもうほぼ置き換わっちゃっていて、編集者が二人いるみたいな構造になってる。
元々ライター業界では「ライティングだけしかできない人は弱い」という評価構造があったそうです。企画会議に参加できる、チームにモメンタムを出せる──そうした上流スキルを持つ人が以前から重宝されていました。AIの登場は、その傾向をさらに浮き彫りにしたと言えます。
スキル職に共通する「上流だけが残る」構造
この「上流しか残らない」問題は、ライターだけの話ではありません。エンジニアやデザイナーにも同様の構造変化が起きています。
高宮さんが投資先企業で見ている景色も同じだと言います。エンジニアの場合、上流の設計工程と最後のQA(品質保証)Quality Assuranceの略。ソフトウェアが正しく動作するかをテスト・検証する工程。にフォーカスが移り、「コードを書く」部分はどんどんAIに置き換わっている。結果として、純粋な頭数(FTE)は減少し、ジュニアコーダーの仕事がなくなりつつあるとのことです。
上流工程(企画・設計・意思決定)
→ シニア人材が集中。価値が残る
中流〜下流工程(実装・執筆・制作)
→ AIが代替。定型化しやすい部分から消滅
ジュニア人材の育成パスが断絶する問題
ここで高宮さんが指摘した深刻な問題があります。シニアエンジニアは最初から天才として生まれるわけではなく、経験を積んで育つもの。ジュニアの仕事がなくなれば、将来のシニアをどう育てるのか──この「育成パスの断絶」は、あらゆるスキル職に共通する課題かもしれません。
さらに高宮さんは、「非定型のふわっとした仕事」も安泰ではないと指摘します。AIの真の強みは、例外処理の積み重ねによって「例外を例外でなくす」こと。定型化されていない領域でさえ、パターンの蓄積によっていずれ対応可能になる可能性が高いと見ています。
全ては置き換わる。時間の問題だ。それが三年、五年、十年、二十年なのかわからないけど、いつかは全部来る。
人間のぬくもり・権威性はいつまで持つか
「じゃあ人間に何も残らなくなるのか?」という問いに対して、高宮さんは要素を整理します。
インタビューのスキル → AIが上回る可能性
話を聞き出す力、構造化する力といったインタビュースキルは、本質的にロジカルな能力です。すでにAI面接AIが面接官として候補者と対話し、発言内容からスキルや適性を評価するシステム。先読みして質問を組み立てる機能を持つものも登場している。のシステムが実装されつつあり、AIが「話の流れを先読みして質問を繰り出す」ことは技術的に可能になりつつあります。
長谷川さんは「人間ならではの脱線力」──ビデオポッドキャストで本来結びつかない点と点をつなぐような展開──がAIには難しいのではないかと問いかけますが、高宮さんの見方は厳しいものでした。
長谷川さんの転がし方と僕の転がし方は違うけど、その両方を実装して、トータルで転がし方がうまくなりうるのは人じゃなくてAI。
AlphaGoGoogle DeepMindが開発した囲碁AI。2016年に世界トップ棋士を破り、人間が見つけられなかった新しい定石を発見したことで話題になった。が人間の定石の外に新しい定石を見つけたように、AIは「属人的な暗黙知」の先にあるパターンまで到達しうるという見方です。
権威性 → 時間の問題で逆転する
「何を言うかより誰が言うか」という権威性の問題も、現時点ではAIが嘘をつく可能性があるから信頼されていないだけ。AGIArtificial General Intelligence(汎用人工知能)の略。特定のタスクだけでなく、人間と同等またはそれ以上の幅広い知的能力を持つAIを指す。が十分に普及すれば「AIの方が正解っぽい」と権威性が逆転する可能性は十分にあると高宮さんは指摘します。
人のぬくもり → 世代によって変わる
がんの診断結果を「機械に機械的に言われたくない」という感覚は、現世代にとってはリアルな話です。しかし、「AIマザー」に育てられた世代が登場すれば、AIに温かみを感じるのが当たり前になるかもしれない──社会的に人間側が変わっていくことで、「ぬくもり」という最後の砦も崩れうるという議論です。
最後に残るのは「Why」──非合理的なパッション
「そうなるとマジで人間に何も残らなくなっちゃう?」という長谷川さんの問いに対し、高宮さんが出した答えが「Why」──なぜそれをやるのか、という個人のパッションです。
長谷川さんが例に挙げたのは、無水カレーを毎日作り続けてYouTubeにアップしている人。AIに「再生数が回るコンテンツを出して」と頼んでも、無水カレーは絶対にリストの上位には出てきません。でも、その人にとっては「やりたいからやっている」。この非合理的なパッションこそが、AIには生み出せないものだと高宮さんは語ります。
文章を書く、コードを書く、構造化する、リサーチする、最適な施策を選ぶ
なぜやるか決める、非合理的な情熱、個人の原体験に根ざした意思決定
この話は起業家にも当てはまります。高宮さんはAI以前から「なんでこの事業をやりたいと思ったんですか?」を投資判断で重視してきたと言います。パッション、コンプレックス、原体験、未来へのビジョン──形はさまざまでも、原動力の強さがハードシングス起業や事業運営で直面する困難な局面のこと。ベン・ホロウィッツの著書『Hard Things』から広まった表現。資金難、組織崩壊、市場変化など、精神的にも追い詰められる状況を指す。を乗り越える鍵だからです。
長谷川さん自身の「福祉×ポーカー」という事業も、まさにこのWhyの産物です。AIに「福祉と絡めて儲かるビジネスアイデアを出して」と聞いても、ポーカーとの組み合わせはトップ10には入らないでしょう。しかし長谷川さんの人生──東大からリクルート、独立、ケニアでのポーカー生活──という固有の経験があるからこそ生まれた発想です。
世の中一般論での合理じゃないんですよ。もう個人にめちゃめちゃ根ざしたパッションだから。
高宮さんはさらに踏み込みます。AIによってマージナルコスト追加で1単位の生産・サービス提供にかかるコスト(限界費用)。AIやエージェントの普及により、プロダクト開発やマーケティングの追加コストが限りなくゼロに近づくと、収益分岐点が劇的に下がる。が限りなくゼロに近づけば、プロダクトを作るのもマーケティングもほぼコストゼロで「全部やればいい」世界になる。そうなると、めちゃくちゃ小さなマーケットでも成り立ってしまう。無水カレーで生活が成り立つ世界です。
高宮さんはこれを「クリエイターエコノミー」という言葉で括ることにも注意を促します。AIがコスト側を限りなく下げることで、いわゆる「クリエイター」でなくても自分のパッションで生計を立てられるようになる。それは特別な才能の話ではなく、「ただ自分がやりたいことをやっているだけ」の人にも開かれた可能性だということです。
AIボーナスタイムをどう使うか
最後に二人が議論したのは、「今この瞬間をどう使うか」というタイミングの話です。
高宮さんは、AI活用の先行者利益を重視します。Claude CodeAnthropicが提供するAIコーディングツール。コマンドラインから対話的にコードを生成・修正できる。スタートアップ界隈のアーリーアダプターを中心に急速に普及している。のようなツールに飛びつくのはまだアーリーアダプターに限られていますが、1年待てばもっと使いやすいツールが出てくるとも予想。「楽しめるならやってみたら?」というテンションでもいいとしつつ、個人的には早めに触っておくべきだという焦燥感があると語ります。
一方で高宮さんは冷静な視点も忘れません。現在、AIのマージナルコストが安いのは、AnthropicClaude開発元のAI企業。数十億ドル規模の資金調達を行い、AI安全性を重視した開発で知られる。2025年時点で売上は数十億ドル規模に達しているが、インフラ投資が膨大で依然として赤字が続いている。やOpenAIが大量の資金調達をして赤字を掘りながら安く提供しているからです。実際のサーバーコストや設備投資の減価償却まで含めると、「しょうもない個人用ツール」のユニットエコノミクスが成り立つかは未知数です。
AI企業が大量のエクイティ(株式資金)で赤字を補填
→ 一般ユーザーは本来のコストよりはるかに安くAIを使えている
ボーナスタイムのうちに使い倒す
→ AIリテラシーの蓄積 + 先行者利益の獲得
割安で本当は高いものを使える、今ちょっとボーナスタイム。
それに気づいてない人多いですもんね。使い倒した方がいいんでしょうね、ボーナスタイムに。
大事なのはコーディングスキルではなく、「こういうものが作りたい」というアイデアや欲望。高宮さんは「名店の予約を自動で取るBot」や「珍しいルアーを相場以下で自動落札するエージェント」など、身の回りの「ちょっとした便利」を例に挙げました。以前はコーディングコストと便益が釣り合わなかったものが、今は釣り合う。しょうもなくてもいいから、まず何か作ってみることが大事だという結論です。
まとめ
ライティング、エンジニアリング、デザイン──あらゆるスキル職で「上流しか残らない」構造変化が進んでいます。人間のぬくもりや権威性でさえ、世代の変化やAIの学習の積み重ねによって、いずれ相対化される可能性があります。
そんな中で最後に残ると二人が見ているのが、個人に根ざした「Why」です。合理的な市場分析からは出てこない、非合理的なパッションこそがAIとの差別化になる。そしてAIがあらゆるコストをゼロに近づける世界では、その小さなWhyだけで生活が成り立つ可能性が開けてきます。
ただし、今は大手AI企業が赤字で安く提供してくれている「ボーナスタイム」。この窓が開いている間にAIを使い倒し、自分だけのWhyをかたちにしてみること──それが、AI時代の生存戦略の第一歩かもしれません。
- ライター業界では10年来の同業者が「ほぼ全滅」。ライティング機能はAIにほぼ置き換わり、残るのは企画・コンセプトなどの上流工程のみ
- エンジニア・デザイナーも同じ構造。ジュニアの仕事が消え、「シニアをどう育てるか」という育成パスの断絶が新たな課題に
- 人間のぬくもり・権威性もAIネイティブ世代の登場やAIの信頼性向上によって、永続的な強みとは言えない
- 最後に残るのは個人に根ざした「Why(なぜやるか)」。一般的な合理性からは出てこない非合理的なパッションがAI時代の差別化要因になる
- AIによるコスト低下で、小さなマーケット・小さなWhyでも生計が成り立つ「スモビジ」の時代が来る可能性がある
- 今はAI企業が赤字で安く提供している「ボーナスタイム」。使い倒して先行者利益を得るべき
