「お金」と「やりがい」で迷ったら?キャリアの軸選びの戦略論
ぼくらの戦略論は、ベンチャーキャピタリストの高宮慎一さんと編集者・ポーカープレイヤーの長谷川リョーさんが戦略について語る番組です。今回は「報酬」をテーマに、AIエンジニアの採用バブルを入口にしながら、企業側・個人側それぞれの視点で「お金」と「やりがい」のバランスをどう考えるべきかを議論しています。その内容をまとめます。
福祉×ポーカーという新たな挑戦
本題に入る前に、長谷川さんから新しい事業構想の紹介がありました。現在日本で急速に広がっているアミューズメントポーカーお金を賭けずにポーカーを楽しめる店舗形態。バー併設型が多く、都市部を中心に急増中。ゲームセンターに近い位置づけ。を「表」に、福祉事業を「裏」にした事業所を大阪・江坂で開こうとしているそうです。
風営法5号風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の第5号営業。ゲームセンターなど遊技設備を提供する営業に必要な許可。の許可と福祉の行政許可という2つのハードルがありますが、行政書士と連携しながら進めているとのこと。利用者にはポーカーのプレイだけでなく、チップ磨きなどの作業を切り出すことも想定しており、モデルが確立できれば多店舗展開も視野に入れているようです。
これ真似できないと思うんで、結構難しいですよ
高宮さんも「2つの許認可を同時に取る」という参入障壁の高さに触れつつ、その難しさがむしろ競合優位になるのではと示唆していました。
AIエンジニア争奪戦と「札束でしばく」リスク
リスナーからの質問をきっかけに、本題である「報酬と採用」の話に入ります。シリコンバレーではMeta旧Facebook。Mark Zuckerbergが創業したテクノロジー企業。近年はAI開発にも巨額投資を行っている。をはじめとする大手企業が、AIエンジニアに50億〜100億円規模のサラリーを提示して人材を奪い合っているという現状があります。
高宮さんはこれを「セオリー的に言うと結構アカンやつ」と断言しました。その理由はシンプルです。
お金で来る人ってお金で去るんですよ
ただし、AI領域では特殊事情もあると高宮さんは補足します。超有名エンジニアや研究者を1人雇うと「センターピン」になり、その周りに優秀なチームが形成されるという効果があるためです。
つまり100億円は「1人分の採用コスト」ではなく、「チームを一気に立ち上げるコスト」として捉えられているわけです。しかし本業の業績が悪化して報酬が払えなくなった場合、ビジョンへの共感がなければ簡単に次の高額オファーへジョブホッピングしてしまう。長期的に見れば「悪手」になる可能性が高いというのが、高宮さんの見立てです。
高額報酬で人材獲得
短期的にはチーム立ち上げに成功
業績悪化・報酬が下がる
ビジョンへの共感がないため離脱
組織のターンオーバーが加速
採用費・教育費が再びかさみ、ROIが悪化
一方で、出遅れた企業が「確信犯的にセオリーの逆張りをする」戦略としてはアリだとも述べていました。セオリーを知った上であえて逆を行くのか、守るのか——その選択こそが戦略だという話は、まさに番組のタイトルにふさわしい視点です。
金銭報酬の「3つのものさし」
では適切な金銭報酬はどう決まるのか。高宮さんは3つの視点を挙げました。
この3軸は企業側が採用時に使うフレームですが、高宮さんは「個人側もこの3つを意識した方がいい」と付け加えています。前職の年収が高いからといって外部市場とかけ離れた交渉をすると自分自身がしんどくなることもありますし、ビジョンに強く共感する企業に入りたいのに社内相場と乖離した条件を求めると入社自体ができなくなるかもしれません。
非金銭報酬を重視すべき理由
高宮さんは自らの考えを「宗教」と呼びつつ、「非金銭的な報酬を重視した方がいいのではないか」と繰り返し語っていました。非金銭報酬とは具体的に何を指すのでしょうか。
給与・賞与・ストックオプション・生株など
自己実現・自己成長の機会、ビジョン・ミッション・バリューへの共感、一緒に働きたい人の存在、カルチャーへのフィット
特に若いうちは非金銭報酬に振った方がよいと高宮さんは考えています。自己成長や自己実現は「蓄積系」で複利のように効いてくるため、結果的に金銭的なリターンもついてくるという論理です。
実際にAI領域でも、最先端の研究者たちは「最先端のイケてるリサーチャーがいる環境で自分も最先端のことをやりたい」という非金銭的なモチベーションで動いているケースがあるそうです。あるグローバルAIスタートアップの研究者は、商用化(D)よりもリサーチ(R)に集中できる環境を求めてGoogle DeepMindGoogleの子会社であるAI研究機関。AlphaGoの開発で知られる。基礎研究から応用研究まで幅広いAI分野をカバーしている。のような場所に移ったとのことです。
ただし高宮さんは「非金銭報酬の方がいい」というのはあくまで自分の「宗教」であり、価値観次第だとも認めています。ハーバードMBAの同級生の中には、仕事を「お金を稼ぐゲーム」と割り切り、ヘッジファンド富裕層や機関投資家から資金を集め、さまざまな投資戦略で高いリターンを目指すファンド。報酬水準が非常に高いことで知られる。で毎年10億円を稼ぎ、卒業後20年で引退して余生を楽しんでいる人もいるとのこと。それも一つの立派な選択肢です。
それって高宮さんだから言えるんじゃないのっていう…学歴なんて意味ないよって言うのは結局学歴が高い人たちですよね
長谷川さんのこのツッコミに対して、高宮さんは「置かれた環境や人生のフェーズによってバランスは変わっていい」と応じました。お金に余裕がなければまず年収1,000万円を目指す時期があってもいいし、余裕ができたら非金銭報酬に振り切ってもいい。大切なのは固定的に考えないことだと語っています。
ビジョンもPDCAで回していい
ここで話は個人のキャリア戦略の核心に入ります。高宮さんがスタートアップや企業に対して繰り返し語っている「ビジョン」のフレームは、個人にもそのまま当てはまるというのです。
この3つのベン図複数の集合の関係を円の重なりで視覚化する図。ここでは3つの要素が重なる部分が「ビジョン」になるという比喩として使われている。の真ん中がビジョンであり、「定量目標」の部分がまさに金銭報酬の話に当たります。「どれくらいお金が欲しいのか」は人によって異なるので、一律の正解はないということです。
「ビジョンは一生変わらないもの」と思い込んでいる人は少なくないかもしれません。しかし企業のビジョンですら環境変化に応じてアップデートされるのだから、個人の人生やキャリアにおけるビジョンが変化するのはむしろ自然なことだ、と高宮さんは力説していました。長谷川さんも「ビジョンさえもPDCAがかかり続けるものというメッセージングはめちゃ重要」と共感しています。
企業と個人は「対等なパートナーシップ」
終身雇用が前提でなくなった時代、企業と個人はどんな関係であるべきなのでしょうか。高宮さんの答えは明快でした。
企業と自分って「対等なパートナーシップ」であるはず。お互いにGive & Giveして貢献し続ける限りにおいて一緒に働けばいい
Win-Winが成り立っている間は一緒に働く。前提が変わってWin-Winでなくなったら「プロジェクト解散」でよい。企業側は人材を引き留めたければ成長機会や自己実現の場を提供し続ける努力が必要で、個人側もGiveしてもらった分に見合う貢献をする。この対等な関係性を意識することが、企業側・個人側の双方にとって重要だという話です。
高宮さんはさらに、個人側が気をつけるべき点として「就社特定の企業に所属すること自体が目的化し、社内の人脈や根回しスキルばかりが蓄積される状態。社外では通用しにくいスキルセットになるリスクがある。」のリスクを挙げました。社内での仕事の回し方ばかりに精通して「何の専門家でもない」状態になると、社内市場では高く評価されても外部市場では価値が低くなってしまいます。
社内ローテーションで「社内の動かし方」に精通。社内評価は高い
外部市場に出た瞬間、専門性がなく評価が低い。身動きが取れなくなる
いつでも環境を変えられるように、自分1人で価値を出せる「プロフェッショナルとしての塊」を磨いておくことが大切だと、高宮さんは締めくくっていました。
まとめ
今回のエピソードでは、AIエンジニアの採用バブルという時事トピックを入口に、「金銭報酬と非金銭報酬のバランスをどう考えるか」を企業側・個人側の両面から掘り下げました。
高宮さんの一貫したメッセージは「食うに足りるだけのお金を確保したうえで、非金銭報酬を重視する方がいい」というものでした。ただし、それが絶対の正解ではなく、あくまで「宗教」——つまり一つの価値観に過ぎないとも正直に認めています。
金銭報酬を判断する「3つのものさし」(外部市場・社内市場・前職比較)を知っておくこと、そしてビジョンは固定するものではなく人生のフェーズに合わせてPDCAを回していくものだという考え方は、キャリアに迷うすべての人にとって参考になるのではないでしょうか。
- 「お金で来る人はお金で去る」——金銭報酬だけで人材を獲得するのは長期的には悪手になりやすい
- ただし、出遅れ挽回の「短期的な劇薬」として高額報酬を確信犯的に使う戦略もあり得る
- 金銭報酬の適正値は「外部市場の相場」「社内の相場」「前職からの比較」の3軸で判断する
- 非金銭報酬(自己実現・成長機会・ビジョンへの共感・カルチャー)は複利的に効く。特に若い時ほど重視した方が結果的にリターンも大きくなりやすい
- ビジョンは固定するものではなく、人生のフェーズや環境に応じてPDCAを回して更新していくもの
- 終身雇用が前提でない時代、企業と個人は「対等なパートナーシップ」。Win-Winが崩れたら解散してもよい
- 「就社」ではなく、自分1人で価値を出せる専門性を磨いておくことが、環境を選べる自由につながる
