IPOは目指すべき?押さえておくべき「上場」の戦略論
ぼくらの戦略論第24回では、リスナーからの「IPOは事業側にとってどんな意味があるのか?」という質問をきっかけに、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタル(VC)。メルカリやカヤックなど数多くのスタートアップに投資してきた実績を持つ。代表パートナーの高宮慎一さんと編集者の長谷川リョーさんが、投資家と経営者それぞれの視点からIPOの意義を掘り下げました。資金調達・信用補完・経営と所有の分離など、上場を取り巻く論点が整理された回です。その内容をまとめます。
「エグジット」は投資家の言葉である
今回のテーマは、リスナーからの「IPOは事業側にとってどんな意味があるのか?」という質問です。以前の放送でM&Aについて語った際、投資家側の都合は理解できたが、起業家や会社側の視点が抜けていたのではないか──という指摘がきっかけでした。
高宮さんはまず、大前提として「エグジット」投資家が保有する株式を売却し、投資リターンを確定させること。IPOやM&Aがその代表的な手段。という言葉自体が投資家目線の用語であることを強調します。投資家は株式を購入し、その株式の値上がり益で収益を上げるビジネスモデルです。株を売却することが前提の言葉であり、ポジティブでもネガティブでもなく、単にそういう仕組みなのだと説明しました。
たまに「VCが売却してエグジットしてけしからん」みたいな話も出るんですけど、いやいやもう前提としてそういうビジネスモデルですからしょうがないんです
つまり「エグジット」の議論は投資家が主語の話であり、ここからが本題──会社にとってIPOとは何なのか、という問いに入っていきます。
事業側にとってIPOの最大の意義は「資金調達」
高宮さんが明言したのは、会社側から見たIPOの一番の意義は資金調達だということです。未上場時にVCから資金を調達するのと同じ延長線上にある「資金調達イベント」であり、投資家のエグジットを作ることが目的ではないと言います。
上場すると株式が公開市場で自由に売買できるようになります。未上場の場合、株式の売買は相対取引「あいたいとりひき」。証券取引所を介さず、売り手と買い手が直接交渉して価格や条件を決める取引方法。で行うしかなく、買い手と売り手が自分たちでマッチングする必要があるため非常に非効率です。さらに、未上場では開示義務が規定されておらず、投資家はデューデリジェンス投資先の事業・財務・法務などの実態を詳細に調査すること。略して「DD」とも呼ばれる。を独自に行わなければなりません。
一方、上場企業にはフェアディスクロージャー公正な情報開示。すべての投資家に対して同じ情報を同じタイミングで開示する原則。日本では2018年に「フェア・ディスクロージャー・ルール」が施行された。の原則があり、どの投資家にも同じ情報が公開されます。そのため流動性が高く、追加の資金調達もしやすくなります。
まとめると、上場は「今回の資金調達」であると同時に、「今後の資金調達をしやすくするお膳立て」でもあるということです。
未上場:相対取引で非効率 / 開示義務なし / デューデリ必須 / 流動性が低い
上場後:公開市場で自由に売買 / フェアディスクロージャー / 流動性が高い / 追加調達が容易に
社会的信用と金融的信用の補完
資金調達に加えて、IPOには副次的なメリットもあります。高宮さんが挙げたのは大きく2つの「信用補完」です。
1つ目は社会的な信用です。スタートアップでは、大企業からの転職者が「そんな小さい会社に転職して大丈夫?」と家族に反対される、いわゆる「親ブロック」「嫁ブロック」が起きることがあります。上場企業であればそうしたハードルが下がり、採用面でも有利に働くという話です。
2つ目は金融的な信用です。上場審査をくぐり抜け、投資家から数百億円規模の時価総額で評価されている企業であれば、銀行からの借入も起こしやすくなります。金融用語でいう「信用補完」にあたるもので、資金調達手段の幅が広がるという効果があります。
さらに副次的な目的として、未上場時の投資家にエグジット機会を提供するという側面もあります。ただし高宮さんは、エグジットを作る手段はIPO以外にもM&Aやセカンダリー取引未上場企業の既存株主が保有株式を第三者に売却する相対取引。会社は上場せず、株主だけが変わる。近年スタートアップ界隈でバズワード化している。があるため、IPOの主目的にはなり得ないと位置づけました。
経営と所有の分離、そしてゴーイング・コンサーン
話は「創業者と会社の関係」という根本的な問いへと進みます。長谷川さんが投げかけたのは、企業はゴーイング・コンサーン企業が将来にわたって事業を継続していくことを前提とする会計上の考え方。「継続企業の前提」とも呼ばれる。(永続を前提とする)はずなのに、創業者がすべての株を売ってしまったら何がそれを担保するのか、という疑問でした。
高宮さんの回答は明快です。会社と創業者個人は分離して考えるべきだと言います。シード期やアーリーステージでは両者が不可分な部分が大きいものの、時間軸を100年、200年と広げれば、創業者は必ずいなくなります。だからこそ、後継者の設定(サクセッション)や資本政策の安定性を考える必要があるのです。
人は死ぬけど会社は永続させるためにどうしなきゃいけないか。親と子をちゃんと親離れ子離れしましょう的なニュアンスで、別物として切り分けなきゃいけないんです
ここで重要なのが「経営と所有の分離株式会社の基本原則の一つ。会社の所有者(株主)と経営者(CEO等)の役割を分けること。株主は株主総会で経営者を選任し、経営者は株主から委託を受けて業務を執行する。」という大原則です。創業者は「経営者」と「株主」の2つの帽子を被っています。経営者としての正当性は経営手腕と業績に基づき、株主としての権利は株式保有に基づきます。この2つは本来別の論理で動くものだと高宮さんは説明します。
株主から信任を受けて経営を執行する立場。正当性の源泉は経営手腕・業績
株主総会で経営者を選任する権利を持つ立場。正当性の源泉は株式の保有比率
つまり、極端に言えば「大株主としての創業者」が「経営者としての創業者」の能力に疑問を感じたら、大株主の利益のために経営者を交代させるという判断もあり得る──それが経営と所有の分離の帰結です。
ファミリービジネスと上場企業の難しい両立
長谷川さんから「上場企業でもファミリーが何世代にもわたって株を持ち続けるパターンはあるのか?」という質問が出ます。高宮さんの答えは「ありっちゃあり、ただし非常に難しい」というものでした。
ファミリーだけで全株を保有しており、全株主が合意しているのであれば、経営者として60点でもファミリーの一員に任せるという判断は成り立ちます。しかし、そこに外部株主が入った瞬間に状況が変わります。外部株主は投資利益のために出資しているため、「ファミリーの生活のため」という論理は通用しなくなります。少数株主の利益をどこまで犠牲にしていいのか、という問題が必然的に発生するのです。
ここで高宮さんが興味深い例として挙げたのがトヨタ自動車日本最大の自動車メーカー。創業家である豊田家が代々経営に関与し続けていることで知られる。株式保有比率は低いが、危機時に豊田家が経営トップに復帰するパターンが見られる。です。トヨタは株式保有比率こそ低いものの、危機になると豊田家が戻ってきて「天皇的な立ち位置」でリーダーシップを発揮し、危機を乗り切る。一方で豊田家以外が社長を務めるパターンもある。これは欧米的な株式会社制度の原理原則からすると非常に異質なモデルだと高宮さんは指摘します。
経営と所有のフレームワークからしたら、天皇みたいなシンボリックなものって何なんだろうって感じですよね
株の比率、株主としての権利だけじゃないところでちゃんと影響力を持っているからそれが成り立つ。ただ資本主義原理主義でいうと、契約で規定されてないものは関係ないじゃんって話になりがち
高宮さんは、トヨタのようなモデルが欧米の行き過ぎた株主資本主義企業は株主の利益を最優先すべきだとする考え方。株主価値の最大化を経営の第一目標とする。近年は従業員や社会全体の利益も考慮すべきだという「ステークホルダー資本主義」との対比で議論されることが多い。に対するアンチテーゼになり得るとしつつも、教科書論としての出発点はやはり「経営と所有の分離」であると結びました。
エグジットのためだけの上場は本末転倒
最後に高宮さんが強調したのは、エグジットを作ることだけを目的としたIPOは望ましくないという点です。
たとえば時価総額10億円程度で無理に上場した場合、上場後に投資家がつかず、流動性がすぐ枯渇し、株価も下がってしまうことがあります。そうなると、上場の最大のメリットである資金調達の恩恵を何も受けられないまま、上場維持コスト上場企業が負担する各種コスト。決算開示のための監査法人費用、IR活動費、上場審査料、内部統制整備コストなどが含まれ、年間数千万円〜数億円に及ぶこともある。だけを負うことになります。
高宮さんの主張は、会社全体の最適を常にファーストに考えるべきだということです。エグジットしたい株主がいるなら、セカンダリーで個別に対応する方法もあるし、場合によってはM&Aという選択肢もある。エグジットのために無理にIPOを行い、上場市場に「質の低い銘柄」が滞留すれば、マーケット全体が荒れ、エコシステムの信用が毀損されます。それは結局、自分たちの首を絞めることになると警鐘を鳴らしました。
株主のエグジットだけを目的に小規模IPO
投資家がつかず流動性が枯渇 / 株価下落
資金調達メリットなし+上場維持コストだけが残る
会社がより苦境に陥り、マーケット全体の信用も毀損
まとめ
今回のエピソードでは、「IPOは事業側にとってどんな意味があるのか?」というリスナーの質問に対して、投資家と経営者それぞれの視点からIPOの意義が整理されました。
「エグジット」は投資家の言葉であり、会社側にとってのIPOの本質は資金調達です。それに加えて社会的・金融的な信用補完という副次効果がありますが、エグジットを作ること自体はIPOの主目的にはなり得ません。また、経営と所有の分離という原則に立てば、創業者個人と会社の時間軸は異なるものであり、ゴーイング・コンサーンを考える上では両者を切り分けて考える必要があります。
「IPOすべきかどうか」は立場や状況で答えが変わります。大切なのは、会社全体の最適を最優先に考え、その中でエグジットの折り合いをつけていくこと。それが長期的なWin-Winにつながるという高宮さんのメッセージが印象的な回でした。
- 「エグジット」は投資家側の用語。会社側にとってIPOの最大の意義は資金調達イベントであること
- 上場により公開市場での株式流通が可能になり、今後の追加調達もしやすくなる
- 副次効果として、社会的信用(採用・取引)と金融的信用(借入のしやすさ)の補完がある
- 会社と創業者個人は「経営と所有の分離」の原則に立って切り分けて考えるべき
- エグジットを作る手段はIPO以外にもM&Aやセカンダリー取引がある
- エグジットだけを目的としたIPOは、会社にもマーケットにも悪影響を及ぼすリスクがある
