承認欲求は自分を飲み込む魔物──戦略論的な付き合い方
ぼくらの戦略論第8回は、リスナーからのお便りをもとに「承認欲求とどう付き合うか」を戦略目線で語る回。ベンチャーキャピタリストの高宮慎一さんと編集者の長谷川リョーさんが、それぞれのバーンアウト体験や"降りた"経験を振り返りながら、「相対軸」から「絶対軸」へのシフトという処方箋にたどり着きます。その内容をまとめます。
リスナーからの相談──承認欲求とどう付き合う?
番組にはリスナーからの"がっつりした"お便りが届きました。要約すると、「これから戦略的に人生を考えるにあたり、承認欲求とどう付き合っていくかについて、戦略目線での考えを聞かせてほしい」というもの。送り主は40代で、長谷川さんの生き方に共感しているとのことです。
これから戦略的に人生を考えるにあたり、承認欲求とどう付き合っていくかについて、戦略目線でのお考えをぜひお聞かせください。
高宮さんはこのテーマを一言で「魔物ですよね」と表現。若い頃は勉強やスポーツで一番になりたい、モテたいという欲求があり、歳を取れば消えるかと思いきや、形を変えてずっと付きまとうものだと語ります。
承認欲求ね。まあ、魔物ですよね。飲まれますよね
バーンアウトと「降りる」という選択
長谷川さんは、かつてうつっぽい状態に陥った経験があるそうです。学生上がりで制作会社を立ち上げ、マネジメント経験がないまま採用や事業運営を進めた結果、キャパシティが溢れてバーンアウト燃え尽き症候群。過度な仕事や責任によって心身が消耗し、意欲や活力を失う状態。WHO(世界保健機関)は2019年に職業上の現象として国際疾病分類に含めた。に近い状態になり、ベッドから起き上がれなくなったといいます。回復には約3年を要しました。
転機となったのはケニアへの渡航と、現地で会社を解散する決断でした。役員報酬だけもらって何もしていない状態に「気持ち悪さ」を感じ、意を決して解散。経済的には厳しくなったものの、逆に気持ちが楽になったそうです。
あるときに意を決して解散したら、割と逆に気持ちが楽になったというか
全てを「レット・イット・ゴー」というか、手放すっていう。いや、それめっちゃわかる
制作会社を経営
学生上がりで起業。マネジメント未経験のまま拡大
バーンアウト
キャパ超えでベッドから起き上がれない状態に
ケニアへ渡航
物理的に環境を変える。1〜2年かけて回復
会社を解散
「手放す」ことで気持ちが楽に。経済的には厳しいが精神的に解放
コンサルの昇進レースから離脱して気づいたこと
高宮さんにも承認欲求に飲まれかけた経験がありました。もともと起業に興味があってコンサルティングファームに入ったものの、いざゲームが始まると「コンサルというゲームで高得点を取ること」に囚われ始めたといいます。昇進の速さ、給料の高さ──周囲との比較がどんどん苦しくなっていきました。
リセットのきっかけはハーバード・ビジネス・スクールハーバード大学の経営大学院(MBA)。世界中からトップ人材が集まることで知られ、各学年約900人が在籍。ケースメソッドと呼ばれる事例研究型の授業が特徴。への留学。コンサルという名誉とお金のレースから自ら「はい、棄権」と脱落し、別のゲームに移ったのです。
ところがMBAの世界にもまた別の相対軸がありました。2006年当時はサブプライムバブル2007年に崩壊した米国の住宅バブル。崩壊前はプライベートエクイティやヘッジファンドが全盛で、MBA卒業生の間でもこれらの業界が「勝ち組」とされていた。の真っ盛りで、「プライベートエクイティに行く」「ヘッジファンドに行く」というのが"偉い"とされる空気。しかも周囲には、コンサル6年のキャリアでは太刀打ちできないほどファイナンスに長けた同級生がゴロゴロいたそうです。
そこで高宮さんは「ファイナンスで勝負しても勝てない」と腹に落ち、あえてお金にならなそうなデザインファームを起業する道を選びました。結果的にお金にならなくても好きなことをやれて幸せだという感覚を得られたことが、大きな転換点になったといいます。
捨てるものを決めて、自分の絶対軸が何かと腹に落ちたときに、承認欲求お化けから離脱できた
承認欲求はドライバーになり得るか?
ここで長谷川さんが問いを投げかけます。「承認欲求がいい方向に作用したとき、ドライバーとしてうまく乗りこなせる人もいるのでは?」と。
高宮さんの答えは「もちろんいるが、それは修羅の道」。世界一の権力、世界一の資産──そこで勝ち切る道はあるものの、100円あったら1,000円、1,000円あったら1万円と永遠にゴールが後退していく餓鬼道仏教の六道の一つ。飢えと渇きに苦しむ世界のこと。ここでは「どれだけ得ても満たされない状態」の比喩として使われている。のような構造になっていると指摘します。
承認欲求 → パワーに変換
「認められたい」がモチベーションとなり成果を出す
ゴールの後退
達成しても次の比較対象が現れ、満足できない
エンドレス餓鬼道
世界人口の頂点に立たない限り「勝ち」がない。29億9999万9999人は不幸せに
つまり、相対軸の中で戦い続けるという選択肢もあるけれど、そこから離れるのは人生を幸せにする戦略の一つだというのが高宮さんの見解です。
「相対軸」から「絶対軸」へシフトする
では、どうすれば相対軸から離れられるのか。高宮さんは「とはいえ、自分が何を好きだったか分からないから、みんな人の相対軸に乗っかってしまう」と認めつつ、ここで戦略論の考え方を持ち出します。
ポイントは、「正解を一発で出す力」ではなく「正解に近づく力」。ざっくり正しいと思う方向に進みながら軌道修正を繰り返せば、ジグザグでも正しいところに行き着くという考え方です。
戦略論の一番のメリットは、正解を導き出す力じゃなくて正解に近づく力です
自分にとっての「絶対軸」は最初から見えるものではない。だからこそ、少しずつ軌道修正しながら自分の正解に近づいていく──それが承認欲求に対する戦略論的なアプローチだと高宮さんは語ります。
偏差値・年収・昇進速度・IPO数……
他人と比べるから際限がない
承認欲求の温床になりやすい
好きだからやる、面白いからやる
結果が出なくてもプロセスが幸せ
自分で自分を認められる状態
自己満と承認欲求の境界線
話題はSNS発信の話に移ります。長谷川さんは、Facebookで起業家が長文のポエムのような投稿をしているのを見かけると語りつつ、「自分も結構ポエマーなタイプ」だと自認します。10人中8人に痛いと思われても、1人に深く刺されば強烈な応援者になる可能性がある──そんな考え方です。
高宮さんはここで原動力の違いに注目します。
インスタ映えを「狙って」発信
グルメインフルエンサーになりたいから無理して高い料理を食べる
目的=他者からの評価
好きだから誰に見られなくても発信
プロダクトアウトで食べ物の写真を上げ続けたら結果的にインフルエンサーに
目的=自分の満足
いい意味での自己満が、承認欲求お化けを倒す秘訣なんじゃないかな
具体例として挙がったのが、長谷川さんがケニア滞在中に書いた6〜7万字のnoteクリエイター向けの文章投稿プラットフォーム。長文の記事やエッセイの発信に使われることが多い。の記事。「究極の自己満」「自分の棚卸し」として書いたものが大きくバズり、今でも多くの人から「いい影響をもらった」と言われるそうです。高宮さんは、あざとさのない「原始の生の気持ちの発露」だからこそ共感を呼んだのではないかと分析しています。
玉ねぎの最後の一皮──人生の残り時間と向き合う
終盤、長谷川さんが『Die With Zero』ビル・パーキンス著の書籍。「ゼロで死ね」をコンセプトに、お金を貯め込むのではなく人生の経験に投資すべきだと説く。日本でも大きな話題を呼んだ。という本に触れたのをきっかけに、話は「人生で本当に大事なものは何か」という深い問いへ向かいます。
高宮さんは「玉ねぎの皮を剥く」という比喩で説明します。名誉、プライド、お金──これらの皮を一枚一枚剥いていくと、最後に残る「芯」が見つかる。それは人によって違い、創作活動かもしれないし、家族かもしれない。その「最後の一皮」だけ守っていればいいのではないか、と。
48歳の高宮さんは、自身のキャリアの「最後の一周」をどう使うかを考え始めているといいます。VCとして1兆円のスタートアップ産業を作るのか、それとも別の道か。いずれにしても、惰性ではなく「最後の一皮はこれだ」という確信を持ってやりたい──そんな思いを語りました。
相対軸でリターン上がったらかっこいいじゃんって話じゃなくて、自分がミッションだと思ってるからやりますっていうところに対する確信が、今一度確かめたくなりますよね
高宮さんは承認欲求を仏教の「大欲と小欲」仏教の考え方で、個人の煩悩としての小さな欲(小欲)に対し、世のため人のための大きな欲(大欲)は肯定される場合があるという教え。空海の言葉「大欲は大善に通ず」などが知られる。の概念とも重ね合わせます。個人的な小さな欲(承認欲求)が大きくなり、世の中のためになる大欲=ミッションに昇華されたとき、それはもはや「欲」ではなくなる。それが自分の絶対軸を見つけるということであり、相対軸からの「解脱」なのかもしれないと締めくくりました。
まとめ
承認欲求は、他者との比較という「相対軸」に乗っている限り、どこまでいっても満たされない魔物のようなもの。高宮さんと長谷川さんは、それぞれコンサルの昇進レースやバーンアウトという形で承認欲求に飲まれかけた経験を持ちながら、「降りる」「手放す」という選択を通じて楽になれたと語りました。
戦略論的な処方箋として提示されたのは、相対軸から離れて「自分の絶対軸」を見つけること。ただし、それは一発で見つかるものではなく、ジグザグしながら軌道修正を繰り返して近づいていくものです。不確実な時代だからこそ、狙って正解を引き当てるのではなく、「好きだからやる」というプロセスの中で玉ねぎの皮を一枚一枚剥いていく──その先に、自分だけの「最後の一皮」が見えてくるのかもしれません。
- 承認欲求は「相対軸」(他者比較)に乗ると際限がなくなる魔物
- 長谷川さんはバーンアウト→ケニア渡航→会社解散の「手放し」で楽になった
- 高宮さんはコンサルの昇進レースを自ら棄権し、好きなことを選んだことで解放された
- 承認欲求をドライバーにする道もあるが、「エンドレス餓鬼道」の修羅の道になりやすい
- 戦略論的なアプローチは「正解を出す力」ではなく「正解に近づく力」──ジグザグでもOK
- 「いい意味での自己満」が承認欲求お化けを倒す秘訣
- 玉ねぎの皮を剥くように不要なものを手放し、最後に残る「芯」(絶対軸)を見つけることが大切
