専門性の「高さ」は、視野の「広さ」から生まれる──思考のタコつぼ化を防ぐ戦略論
ぼくらの戦略論ep.38では、高宮慎一グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)代表パートナー。Forbes「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」2018年1位。メルカリなど多数のスタートアップに投資。さんと長谷川リョー編集者・ライター・ポーカープレイヤー。東大情報学環→リクルート→独立→ケニアでのポーカー生活を経て、現在は大阪で福祉事業に携わる。さんが、福祉業界に飛び込んだ長谷川さんの実体験をきっかけに「専門性を深めるほど視野が狭くなるジレンマ」をどう乗り越えるかを語りました。その内容をまとめます。
福祉業界に没頭しすぎることへの漠然とした不安
大阪に移住して福祉事業に取り組む長谷川さんは、「福祉の知識だけを追い求めていて、本当に未来はあるのか」という漠然とした不安を感じていると語ります。福祉業界では4年に1回、厚生労働省の報酬改定介護・障害福祉サービスの報酬単価や算定要件が見直される制度。直近では2024年度に改定が行われ、サービスの質や経営効率に大きな影響を与える。があり、そのルール対応に業界全体のリソースが吸い取られがちだといいます。
本来はビジネスとして事業を拡大するために、マーケティングやDXの観点を取り入れるべきなのに、厚生労働省のルールにばかり目線が向いてしまう。福祉の知識を深めるのは「楽」だからこそ、スタートアップの動向や経営の知見など、本来追うべきものを見落としているのではないか──そんな危機感がエピソードの出発点でした。
福祉のことを追い求めるのが楽だからやってるんだか、なんか若干心配だなって思ってきたんですよね
「専門バカ」の構造──縦と横の2つのタコつぼ
高宮さんは、この不安を「横」と「縦」の2つの軸で整理しました。
福祉業界に染まりすぎて、他業界のイノベーションを持ち込めなくなる。業界の常識が世の中の非常識であることに気づけない状態。
メンバーレベルで目先の業務に集中しすぎて、管理職や経営者として次のステップに進むための仕込みができなくなる状態。
高宮さんは一般的な会社の「営業 vs 開発」を例に挙げます。営業はお客さんのニーズに応えるあまり「ご用聞き」に陥り、特定のN1にしか通用しないカスタム品を求めてしまう。一方で開発は「いいものを作れば売れるはず」と考え、営業が突きつけてくる現実的な制約に反発する。それぞれが自分の専門のタコつぼに閉じこもると、全体最適は見えなくなります。
経営者になるためには、営業も開発もマーケティングもファイナンスも分からなければならない。「全体感・統合感の下で、どこに今力点を置くのか」を判断できることが求められる、と高宮さんは指摘します。
長谷川さん自身は、今の自分が「守」のフェーズにいることをメタ認知した上で、あえて福祉の勉強に集中していると言います。役所の勉強会や部会に参加し、業界のネットワークを作る。ただし、その「守」から出られなくなるリスクは常に意識しているとのことでした。
π型人材とスカンクワーク──幅を広げる仕組み
では、専門性を深めながらどう幅を広げるのか。高宮さんはπ型人材T型人材(1つの専門性+幅広い知識)をさらに発展させた概念。πの字のように2本以上の深い専門性を持ち、それらを横串で結ぶ汎用的なスキル(経営力など)を備えた人材像。という概念を紹介しました。
横棒:汎用スキル(経営・マネジメント)
営業・開発・マーケ・ファイナンスなど複数領域を俯瞰する力
縦棒①:専門性A(例:福祉の現場知識)
業界固有のルール・実務・ネットワーク
縦棒②:専門性B(例:マーケティング・DX)
他業界からの応用知識・イノベーションの種
πの作り方には2通りあると高宮さんは言います。1つは横串(汎用的な経営スキル)から入って各専門機能を身につけていくやり方。もう1つは、縦軸を複数積み重ねていくうちに、その頂点同士をつなぐと横軸ができていたというボトムアップ型のやり方です。
かつての日本の大企業では、終身雇用を前提としたジョブローテーション営業→企画→人事→海外など、数年ごとに部署を異動させることで幅広い経験を積ませる人材育成手法。長期雇用が前提だからこそ成立した仕組み。がこれをシステマティックに実現していました。しかし終身雇用が当たり前でなくなった今、それを会社に頼るのではなく自分で意識的にやる必要があります。
高宮さんが具体的な方法として挙げたのがスカンクワークGoogleの「20%ルール」や3Mの「15%カルチャー」に代表される、業務時間の一部を本業以外の自由な探索・研究に充てる仕組み。GmailやPost-itなど、スカンクワークから生まれた有名なプロダクトも多い。です。目先の業務に8割集中しつつ、残りの2割を中長期的な自己成長のためのR&Dに充てる。会社が制度として用意してくれなくても、自分で意識的にやるべきだと強調しました。
長谷川さんにとっては、この「ぼくらの戦略論」の収録自体がスカンクワークの役割を果たしているとのこと。福祉の現場に没頭する日常の中で、俯瞰的に議論する場を持つことが視野を広げる貴重な機会になっていると語りました。高宮さんも「僕も本業とはなんも関係ない」と笑いつつ、言語化や異分野との対話が自分の専門性を客観視するきっかけになると同意しています。
好奇心とフットワーク──間口を広げる習慣
高宮さんは、ベースが広くないと深さも出ないという原理を繰り返し強調します。リベラルアーツ特定の専門分野に限定されない幅広い教養。人文科学・社会科学・自然科学などを横断的に学ぶことで、多角的な視点と判断力を養う考え方。的に自分の専門外の業界や人に触れ、そこで得た知見を自分の専門の中で応用する──この循環を回し続けることが重要だと言います。
VCという仕事柄、高宮さんはさまざまな領域の起業家と会うことで自然と「間口の広さ」が担保されているそうです。しかしそれだけでなく、デザイナー、政治家、官僚、アスリート、さらには趣味の釣りで出会った「世界一の釣り船の船長」との会話からも、応用できる学びがあると実感しているとのこと。
本当のリベラルアーツって別に学問じゃなくてもいいんじゃないかな
長谷川さんも、福祉の支援を始めてから飲食店のスタッフの挙動やオペレーションに目が行くようになったと語ります。鳥貴族のオペレーション、渡辺料理店の微妙な調整──日常の体験がすべて学びになる感覚は、専門性が深まったからこそ生まれたものかもしれません。
ただし、インプットの質には注意が必要です。長谷川さんは「ビジネス動画メディアを何となく見て満足してしまう」ことへの自戒を語りました。高宮さんも、動画や活字はあくまで二次情報・代替手段であり、直接の生情報・生体験に触れるのが一番だと指摘。「好奇心を駆動にしてフットワーク軽く動き回る」ことが、間口を広げる最良の方法だとまとめました。
まとめ
人は気を抜くとすぐに日常に埋没してしまいます。長谷川さんが感じた「福祉のことばかりやっていて大丈夫か」という不安は、どの業界・どの職種にも当てはまる普遍的な問題です。
高宮さんは、スタートアップの経営者が中長期戦略を考えるために「毎週土曜に経営陣だけで集まる」といった仕組みでブロックするやり方を紹介。個人レベルでも同じで、10%でも20%でもR&D的な時間を習慣に埋め込むことが、タコつぼ化を防ぐ最良の方法だと語りました。
専門性の「高さ」は、視野の「広さ」から生まれる。目の前の穴をただ深く掘り続けるのではなく、入り口を広げる意識を持つことで、結果としてより深い場所にたどり着ける──それが今回のエピソードの核心でした。
- 専門性のタコつぼには「横(業界に染まりすぎる)」と「縦(目先の業務に埋没する)」の2種類がある
- 穴の入り口(=視野の幅)を広げないと、専門性の深さにも限界が来る
- π型人材のように、複数の専門性+横串の経営視点を持つことが長期的な競争力になる
- 業務時間の10〜20%をスカンクワーク(自己成長R&D)に充て、仕組みで日常への埋没を防ぐ
- インプットは二次情報より一次情報。好奇心とフットワークで生体験に触れることが最も効果的
