「大人になると友だちできない問題」どう解決する?利害を超えた人間関係の築き方
ぼくらの戦略論第42回は、VC代表パートナーの高宮慎一さんと編集者・長谷川リョーさんが「大人になってからの友だちづくり」をテーマにトーク。利害関係が絡む社会人の人間関係、経年で変わる友だちとのフィット感、そしてパートナーに友だち的要素をどこまで求めるかまで話が広がりました。その内容をまとめます。
なぜ大人になると友だちができないのか
長谷川さんが投げかけたのは、シンプルだけど多くの人が感じているであろう疑問でした。大学を卒業して社会に出ると、人との出会いにはほぼ必ず何らかの利害関係仕事上の取引、ビジネスチャンス、情報交換など、互いに何らかのメリットが前提にある関係性のこと。がついてまわります。小中学校の頃のように「たまたま隣の席だったから仲良くなった」というピュアな関係は、大人になると生まれにくいのではないか──という問題提起です。
高宮さんはこの指摘に同意しつつ、そもそも子ども時代の友だち関係は「ガチャ」だったと分析します。住んでいる場所が同じだった、通っている学校が同じだった。好きで選んだわけではなく、半ば強制的にマッチングされていたからこそ、利害なしの関係が成立していたというわけです。
たまたま住んでる所が一緒だったから幼馴染み、たまたま学校が一緒だったから友だち。好きで集まったわけでもないじゃないですか
大人になると、この「強制マッチング装置」がなくなる。趣味のコミュニティに入っても、長谷川さんのポーカー長谷川さんはケニアで3年間ポーカー生活を送った経験を持つ。ポーカーコミュニティは経営者や富裕層が多く集まることで知られる。のように経営者が多い場では「この人とは仕事で繋がるかも」という意識がどうしても入り込みます。高宮さんの釣り仲間も、釣り以外で頻繁につるんでいるかというとそうでもないとのこと。純粋な趣味の場でさえ、大人の人間関係は「しがらみ」と無縁ではいられないようです。
「強制的に時間を共有する装置」の重要性
友だちができにくい根本原因は、大人には「強制的に時間を共有する社会的装置」が少ないからではないか。高宮さんはそう仮説を立てます。学校という装置では毎日同じ空間で何時間も過ごすことを強制されますが、社会人にはそれに相当するものがなかなかありません。
面白いのは、この番組「ぼくらの戦略論」自体がまさにその装置になっているかもしれない、という指摘です。定期的に収録で顔を合わせ、共通のテーマについて話し合う。直接的な利益にはならないけれど、時間とコンテクストを共有し続けることで関係性が深まっていく──というわけです。
長谷川さんは、芸人のコンビやスポーツチームに「青春が継続している感」を感じて羨ましいと語ります。ただし高宮さんは、プロになるとお金や名誉が絡んで「コンビなのに出演以外では一緒にいない」というケースもあると指摘。利害の「スイートスポット」が狭くなってしまうのだといいます。
利害関係と友情のスイートスポット
では、利害関係は友情にとって常に悪なのでしょうか。長谷川さんは「多少の利害があったほうが、むしろ良好な関係が中長期に築けるのでは」という仮説を提示します。高宮さんもこれに一定の同意を示しつつ、利害の「質」が重要だと整理しました。
高宮さんは自身のVC(ベンチャーキャピタリスト)としての経験を具体例に挙げます。メルカリフリマアプリ大手。2013年に山田進太郎氏が創業し、2018年に東証マザーズ(現グロース市場)に上場。高宮さんが所属するGCPの投資先の一つ。の山田進太郎さんとは20年近い付き合いで、創業前はスカッシュを一緒にやる間柄だったそうです。しかし投資関係になると、「差しで飲みに行こう」が気軽に言えなくなる。投資家にとって「サシ飯」は組織の問題を聞き出す大事なカードであり、ただの遊びの誘いとは意味が変わってしまうからです。
投資している時と投資関係ない時の関係性はちょっと違う。IPOした後にまた「このレストラン美味しいけど行こうよ」って言えるようになる
ただし、一度利害を深く共有して、それを乗り越えた後の友情は格段に深まるとも語ります。長谷川さんも「部活の2〜3年は占有の時間で、一生その思い出を共有できる」と重ねました。スナックで出会って意気投合した関係とは、深さの質がまるで違うというわけです。
経年で変わるフィット感──昔の友だちとの距離
もう一つ、二人が深く共感し合ったのが「昔の友だちとの関係性の変化」です。高宮さんは、友だちの入れ替わりは「悲しいかな世の常」と語ります。結婚して子どもが生まれた人と独身の人、起業家になった人とサラリーマンになった人──進む道が変わるにつれ、コンテクスト(文脈・共通言語)が合わなくなっていくのだと。
昔は超仲良かったんだけど、昔の思い出話で盛り上がれるけど、NOWで盛り上がれないみたいな
まさにまさに
長谷川さんも、地元・月島の友人で今も集まるのは結局大卒の人たちに限られると振り返ります。学歴の優劣ではなく、知識の分野や深さ、会話で使う「言語」が合うかどうかで自然と関係が選別されていくという実感です。
高宮さん自身は子どもの頃に学校を15校も転々としており、どんなに仲良くなっても環境が変われば疎遠になるという経験を何度も重ねてきたそうです。だからこそ「お一人様でも楽しめないといけない」という意識と、「とはいえ誰かとやりたい」という矛盾した感覚を抱えていると語りました。
同じコンテクストを共有
学校・部活・職場など同じ環境にいる時期
ライフステージの分岐
結婚・転職・起業・引越しなどで環境が変わる
コンテクストの乖離
共通言語・関心・生活リズムが合わなくなる
「思い出話」では盛り上がれるが「今の話」が噛み合わない
パートナーに「友だち」を求めるか
話はさらに「恋愛と友情の交差点」へと展開します。独身の長谷川さんが「奥さんに友だち的要素ってどこまで求めるべきなのか」と踏み込んだ質問を投げると、高宮さんは即答しました。「恋愛と友だちのベン図の真ん中を突きたい」と。
具体的には、自分が美しいと思ったものを一緒に美しいと感じられる、美味しいと思ったものを一緒に美味しいと思える──そういうコンテクストの共有が長期のパートナーシップには不可欠だと高宮さんは考えます。高校生の恋愛のようにドキドキだけで成り立つ関係は長続きしないからこそ、「友だち的な要素」が土台になるという見解です。
一方で、「ずっと一緒にいる」という前提自体が時代とともに変わりつつあるかもしれないとも。欧米では離婚・再婚を繰り返しながらも共同で子育てするスタイルが一般的になりつつあります。それでも高宮さん個人としては「同じ人とずっとやっていけるのがベスト」であり、そのためにはコンテクストの共有が欠かせないと結論づけました。
コンテクストの共有、共通言語、同じものを美しい・美味しいと思える感覚
ドキドキ感、ときめき、刹那的な高揚感
長期のパートナーシップでは、この二つの重なり──「ベン図の真ん中」──をいかに見つけるかが鍵になりそうです。
まとめ
大人になると友だちができにくい理由は、子ども時代にあった「強制的に時間を共有する装置」がなくなることに尽きるのかもしれません。趣味の場でさえ利害が絡み、仕事関係では友情のスイートスポットが狭くなる。さらに、ライフステージの変化で昔の友だちとのコンテクストもずれていきます。
それでも二人の対話から見えてきたのは、「適度な利害と共有する時間」が大人の友情を育てるということ。金銭的利害が重すぎず、かといってまったくの無関係でもない。ポッドキャストのように「ノリで始めた共同プロジェクト」が、実は最も自然な友だちづくりの装置になりうるという発見は、多くの社会人にとってヒントになるのではないでしょうか。
- 子ども時代の友情は「強制マッチング装置(学校・地域)」によって成立していた。大人にはそれがない
- 趣味のコミュニティでも仕事の利害が入り込みがちで、ピュアな友だち関係は作りにくい
- 利害が重すぎると窮屈になるが、適度な利害(ポッドキャストや共同プロジェクトなど)は関係を長続きさせる
- ライフステージの変化で昔の友だちとコンテクストがずれ、「今の話」で盛り上がれなくなることがある
- 長期のパートナーシップには「コンテクストの共有(友だち的要素)」と「ドキドキ感(恋愛的要素)」の両立が鍵
