戦略も大事だけど、もっと大事なものがある──「衝動」と「Why」から始まる人生のピボット
ぼくらの戦略論第2回では、ベンチャーキャピタリストの高宮慎一さんと、ライター・編プロ起業・ケニアでのポーカー生活という異色の経歴を持つ長谷川リョーさんが、「人生の戦略論」をテーマに対談。AI時代にライター業はどうなるのか、好きなことで生きるとはどういうことか、衝動と戦略の関係性まで、リアルな悩み相談を交えながら語り合いました。その内容をまとめます。
リクルート10ヶ月退社から独立、そしてケニアへ
長谷川さんのキャリアは、一般的な「正解ルート」からは大きく外れています。東大大学院を出てリクルート日本最大級の人材・情報サービス企業。新卒の就職先として人気が高く、「卒業」後に起業する人材を多く輩出することでも知られる。に新卒入社したものの、わずか10ヶ月で退職。きっかけは副業禁止の壁でした。学生時代からライター業をしていた長谷川さんは、高宮さんが所属するグロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)日本を代表するベンチャーキャピタル。スタートアップへの投資に加え、オウンドメディアなどの情報発信にも力を入れている。のコンテンツ制作を手がけたいと考えていましたが、副業がNGに。そこで高宮さんから「そんなにライターが好きで向いてるなら、独立しちゃいなよ」と背中を押されたのだといいます。
大企業終身雇用・家族主義じゃなくても、自分の才能で一人で食っていくぐらいそんな難しくないよね
独立後は仕事が殺到。アシスタントを雇い、法人化し、堀江貴文実業家・著作家。ライブドア元社長。多数の書籍やメディア出演で知られる。氏と落合陽一メディアアーティスト・筑波大学准教授。「デジタルネイチャー」を提唱し、テクノロジーと社会の融合を研究する。氏の共著『10年後の仕事図鑑2018年刊行。AI時代に人間の仕事がどう変わるかを論じたベストセラーで、約25万部を売り上げた。』(約25万部)をはじめ、時代の寵児と呼ばれる人たちのライティングを次々と手がけました。高宮さんいわく「カリスマゴーストライター」。
ところが26歳で会社を設立し、3年間がむしゃらに働いた末にうつを発症。1年間の療養を経ても回復せず、大学時代の親友がアフリカで事業をしていた縁で「2週間リラックスしにおいでよ」と誘われ渡航。結果、3年間ケニアに住むことになりました。現地でポーカートランプを使ったカードゲーム。カジノゲームの中で唯一「対プレイヤー」形式のため、スキルの差が成績に反映される。プロプレイヤーが存在し得る理由もここにある。で生計を立て、帰国後も世界大会に出場する生活を送っているそうです。
戦略とは「衝動」を後からハックするための言語化
こうした長谷川さんの経歴を「戦略がない」と本人は言いますが、高宮さんの見方は少し違います。戦略とは「言語化の世界」であり、衝動を否定するものではなく、むしろ衝動をエンハンス(強化)するための道具だというのです。
「アフリカ行きたい」「ポーカーやりたい」っていう衝動を否定するものでもないし、むしろその衝動をうまくやるために強化するのが戦略だと思うんですよね
長谷川さんがケニアに行った直接の理由は「うつの療養」でした。日本で医師に言われたことは全部やった、温泉もタイも試した、でもダメだった。残された選択肢がたまたまアフリカだったと振り返ります。しかし高宮さんは、後付けであっても「体調を良くする戦略としてケニアに行った」と解釈できると指摘します。
重要なのは、最初から戦略的にトップダウンで始まるケースはむしろ稀だということ。多くの場合、まず右脳的な衝動で動き出し、動きながら「なぜ自分はここに来たのか」を言語化していく。その言語化ができた瞬間に、戦略として最適化をかけられるようになるのだと高宮さんは語ります。
長谷川さん自身も、周期的に「自分がいる環境をシャッフルしたくなる癖」があると語ります。親戚に大学進学者がおらず職人が多い家庭で育ち、大学・大学院・スタートアップ界隈・アフリカ・ポーカーと、コミュニティを意識的に飛び移ってきた。「ずっと心地よいところにいると気持ち悪さを感じる」タイプなのだそうです。
① 衝動(右脳)
「行きたい」「やりたい」という感情が先に動く
② 実行しながらの言語化
「なぜ自分はこれをやっているのか」を後付けで自己客観視する
③ 戦略としての最適化
Whyが明確になった瞬間、How(大上段の方針)→具体的アクションに落とせる
AI時代にライターの仕事はどう変わるのか
話題はリアルタイムの悩みへ。学生時代からずっとテキストを生成する仕事をしてきた長谷川さんは、AIの凄さを「ガチ当事者」として痛感していると語ります。「ライター業に関して言うと、人間よりクオリティいい」。自分の文体を学習させれば一発で再現できてしまう現実に、「少なくともテキストの仕事に未来はない」と断言しました。
一方で高宮さんは、「ライティング業がなくなるのではなく、人の介在の仕方が変わるだけ」だと冷静に分析します。前回のエピソードで登場したWhy / What / How戦略論の基本フレームワーク。Whyは「なぜやるか」(動機・目的)、Whatは「何をやるか」(対象・内容)、Howは「どうやるか」(手段・方法)。前回のエピソードで高宮さんが「戦略はHowの大上段」と解説した。のフレームワークで整理すると、AIの進化段階が見えてきます。
高宮さんは医療の例も挙げます。診断や最適な治療法の提案はAIが上手くなるかもしれない。でも「生きるために治療しましょう」「もうしんどいから緩和ケアに移行しましょう」という判断は、AIに言われるのと人に言われるのでは全く違う。最後の「人とのインターフェース」、つまりWhyの動機付けに関わる部分は、人対人のコミュニケーションの中でしか成り立ちにくいのではないか、と。
さらに高宮さんは、2000年代の「IT革命1990年代後半〜2000年代にかけて、インターネットの普及により業務効率化・情報流通が劇的に変わった社会変革。定型的な作業プロセス(How)のコスト削減が主な効果だった。」との対比で現在のAI革命を捉えます。IT革命は「Howの効率化」だった。AI革命はそのHowをさらに10分の1、100分の1にするところから始まり、やがて「Whatの革命」へ進む。「こういう動機があるんだけど何したらいい?」と聞けば、AIが自律的に検証・実行してくれる世界が近づいているというのです。
定型化されたHowの効率化
コストを半分〜3分の1に
Howの効率化(10分の1〜100分の1)に加え、Whatの自律化へ
人に残るのはWhyの領域
「株式会社長谷川」のポートフォリオ戦略
AI時代に「作業者」としての価値がなくなるなら、自分と仕事をする理由を自分で作らなければならない──。長谷川さんがこのポッドキャストを高宮さんに持ちかけた背景には、そうした危機感がありました。YouTubeでもポッドキャストでもXでも、とにかく「この人と仕事したい」と思ってもらえる認知を取りにいく必要があると語ります。
高宮さんも、AIが作業を代替する時代には「この人と一緒に仕事してるから楽しい」がお願いする基準になっていくだろうと同意します。
では具体的にどう稼ぐのか。長谷川さんは現在、ポーカー仲間の実業家から「福祉事業」を学ぶ話が進んでいると明かします。大阪でビジネスモデルを修行し、同じことを自分でやるという構想です。
高宮さんはこれを「株式会社長谷川」のポートフォリオとして整理しました。キャッシュカウ安定的にキャッシュ(現金)を生み出す事業。ここでは福祉事業がその役割を担う想定。としての福祉事業と、儲からないけど好きな「プロボノ的ポーカー事業」の2本立てで、総幸福度を最大化するという戦略です。
ここで重要なのは、PDCAを2つのレイヤーで回すことだと高宮さんは強調します。福祉事業の中での実行レベルのPDCAと、「そもそもポーカー+福祉という組み合わせ自体が正しいのか」という大戦略レベルのPDCA。この2層構造は、著書『起業の戦略論高宮慎一著、2025年刊行予定。スタートアップ成功のための40のセオリーをまとめた書籍。Amazonで予約受付中。』でも「戦略が悪いのか、実行が悪いのか」を切り分けるべきだと書かれている内容と相似形だといいます。
ポーカーの収益構造
ポーカーで生計を立てることの現実についても話が及びました。ポーカーはカジノの中で唯一「対プレイヤー」のゲームであり、スキルエッジプレイヤーのスキル差が結果に反映される度合いのこと。バカラやルーレットなどは対カジノ(対ハウス)なので基本的にプレイヤーが不利だが、ポーカーはプレイヤー同士の対戦のため、腕が良ければ期待値をプラスにできる。が出る。だからこそプロが存在し得るのですが、トーナメントは分散が激しく(上位15%のみ賞金あり)、安定した収入源にはなりにくいと長谷川さんは率直に語ります。
ポーカー業界を見てると、とんでもないお金持ちが趣味でポーカーをやるっていうのが一番正しいムーブだなって
現在の日本ランキングは約200位(ポーカー人口は推定100万人)。カジノでのキャッシュゲームトーナメントとは異なり、24時間いつでもテーブルに座ってプレイできる形式。チップをそのまま現金化できるため、安定的に稼ぎやすいとされる。はプラスだが、トーナメント成績まで含めたトータル収支は可視化できていないとのこと。高宮さんに「可視化できてない時点で戦略論としてはイケてない」と鋭く突っ込まれていました。
得意なことより「好きなこと」で生きる覚悟
長谷川さんにとって、ライティングは「好きだから」ではなく「得意だから」続けてきたものでした。自分はあまり労力をかけていないのに人から褒められることが多く、「向いているのかな」と思って今まで続けてきた。そこにAIが押し寄せている今は、「人生の生き方をピボットするいいタイミング」だと捉えています。
しかし高宮さんは、ここに危うさを感じると指摘します。「得意だからライティング」「儲かると言われたから福祉」──どちらも外発的動機付け報酬・評価・他者からの指示など、外部の要因によって生まれるモチベーション。対義語は「内発的動機付け」で、純粋な興味・楽しさ・好奇心など自分の内側から湧く動機を指す。であって、自分の内側から湧き上がる「Why」がない。行き詰まった時に踏みとどまれるか、効率的に儲からなくてもやり続けられるかは、Whyの強さにかかっているのではないか、と。
もちろん、これも一つの戦略オプションに過ぎないと高宮さんは付け加えます。あえてセオリーを逆張りするのも戦略のアート。ただし「下敷きにしてあえて無視する」のと「あまり考えないでただ突入する」のとでは全然違う。確信犯的にやるのか無意識なのかを自覚しておくことが大事だという指摘です。
「得意だから」「儲かるから」「人に言われたから」
→ 行き詰まると踏みとどまりにくい
「好きだから」「この課題を解決したいから」
→ 儲からなくてもやり続けられる粘り
長谷川さん自身も、今はスタートアップでいうシード期スタートアップの最初期段階。まだ事業モデルが固まっておらず、さまざまな仮説を試しながら「何が当たるか」を探索するフェーズ。だと自覚しています。いろいろやってみて、何が当たるかを見て、良さそうなものにフォーカスする段階。机上で考えるだけでは見つからないものがある。人との出会いでしかブレイクスルーしてこなかった自分の人生を振り返れば、まずは飛び込んでみることが大事だと考えているようです。
やってみてダメだったらダメでいいかなっていう感じですかね。もしかしたら福祉めちゃくちゃ好きかもしんないですし
まとめ
今回のエピソードは、「戦略」の枠を超えて「人はなぜ動くのか」「何のために生きるのか」という根本的な問いにまで踏み込んだ回でした。高宮さんが繰り返し強調していたのは、戦略は衝動を否定するものではなく、衝動をより良い形で実現するための「言語化ツール」だということ。そして、AI時代にはHow(手段)やWhat(内容)がどんどん自動化されていく中で、最後まで人間に残るのはWhy(動機)の領域だという見通しです。
長谷川さんの「得意なことではなく好きなことで生きたい」という模索は、まさにWhyを探す旅の真っ最中。戦略が大事なのは間違いないけれど、その戦略を動かすエンジンとなる「Why」──自分は何が好きで、何のためにやるのか──がもっと大事なのかもしれません。
- 戦略は衝動を否定するものではなく、衝動を「言語化」してエンハンスするためのツール
- まず動き、動きながら「なぜ自分はこれをやっているのか(Why)」を後から言語化すると、戦略として最適化できるようになる
- AI時代にはHow→Whatと自動化が進み、最後まで人間に残るのはWhyの領域。「この人と仕事したい」と思われる動機や人間性が価値になる
- 人生の戦略も「大戦略レイヤー」と「実行レイヤー」の2層でPDCAを回すことが大切
- 「得意だから」という外発的動機より、「好きだから」という内発的動機のほうが、行き詰まった時に踏みとどまれる力になる
