キャリアの行き詰まりを突破!「複業」の掛け算で強みを獲得する戦略論
ぼくらの戦略論ep.33では、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタルの一つ。メルカリやアイスタイルなど多数のスタートアップに投資してきた。代表パートナーの高宮慎一さんと編集者・ライターの長谷川リョーさんが、「複業(複数の業)」をテーマにキャリア戦略を語りました。副収入目的の「副業」ではなく、スキルや経験の掛け算で唯一無二の強みを生む「複業」の考え方、トップダウンとボトムアップの往復思考、そして人生100年時代に逃げ切り思考が通用しない理由まで——。その内容をまとめます。
複業は「掛け算」で考える
長谷川さんは最近、自身が編集協力した書籍『ポーカー超入門』を例に挙げました。ポーカープレイヤーとしての経験と、ライターとしてのスキル——この2つが掛け合わさったからこそ生まれた仕事だといいます。単に収入源を増やす「副業」ではなく、異なる領域の経験を掛け算して新たな価値を生む。これが「複業」の本質的な力です。
高宮さんはこれを企業経営のフレームワークで解説します。前回のエピソードで紹介したGEマッキンゼーマトリックス事業の「市場魅力度」と「自社適合度(競争力)」の2軸で複数事業を評価するフレームワーク。元々GE社のためにマッキンゼーが開発した。は、各事業を個別にプロットして「やる・やらない」を判断するツールでした。しかし複業の掛け算を考えるには、もう一段上の視点——「全社戦略」が必要だと指摘します。
全社戦略としてポーカーとライティングの掛け算をするって、それこそその掛け算事業ってめちゃめちゃ自社適合度が高くなるし、市場としても大きくなるかもしれない
個別の事業をバラバラに評価するのではなく、統合して見たときに「より大きな市場」と「より強い優位性」が見えてくる。これが掛け算型複業の最大のメリットです。長谷川さんも、福祉事業の新しい事業所を「ポーカー×福祉」というテーマで構想中とのこと。ポーカー・ライティング・福祉の3領域を掛け持ちする人はおそらく日本で他にいない——その希少性自体が大きな武器になるわけです。
本業+副収入源
事業同士に相乗効果なし
時間の切り売りになりがち
A × B で新しい価値が生まれる
自社適合度が飛躍的に高まる
唯一無二のポジションを獲得
一方で高宮さんは、単なるお金稼ぎの「ライスワーク」として複業をやると割に合わないことも多いと釘を刺します。大切なのは「複数事業を掛け持ちした先に掛け算があるのか」という視点です。
ボトムアップとトップダウンの往復
長谷川さんは自身の経験を振り返り、ポーカーの本を書けると思ってポーカーを始めたわけではなかったと語ります。スティーブ・ジョブズの有名な言葉「Connecting the dotsスティーブ・ジョブズが2005年のスタンフォード大学卒業式スピーチで語った概念。過去の経験(点)は、後から振り返ったときに初めて線として繋がって見える、という考え方。」は、あくまでも後から分かる話であって、最初からキャリアをデザインできるわけではない——。
これに対し高宮さんは、「ボトムアップ(ドッツを増やす)だけでも、トップダウン(俯瞰して分析する)だけでもダメ。両方の視点を行ったり来たりすることが大事」と応じます。
具体的には、自分の手持ちのカードを掛け算して強みを作る(ボトムアップ)一方で、「その事業のKSFは何か? 自分の強みはそのKSFに合っているか?」とトップダウンで検証する。この2つがぴったり合えば最高ですが、ズレていると「自分の強みは活きるけど業界のKSFを外していて無理ゲー」になってしまうと高宮さんは警告します。
ボトムアップ:ドッツを増やす
好きなこと・得意なことに取り組み、経験の点を打つ
コネクティング:点を繋ぐ
異なる経験を掛け合わせ、ユニークな強みを見出す
トップダウン:KSFと照合する
業界の成功要因と自分の強みが合致しているか俯瞰で検証
ズレがあれば修正して再び行動
ジグザグしながらも「おぼろげな北極星」に向かう
高宮さんは自身をトップダウン寄り、長谷川さんをボトムアップ寄りと分析しつつ、「片方だけだと車輪の片側。本当は両輪回したい」と語りました。大事なのは、定期的に立ち止まって自分の進む方向を客観視する習慣を持つことです。
複業の4つの目的
高宮さんは複業の目的を4つに整理します。
高宮さん自身、趣味だった釣りでお金をもらうようになった経験を挙げ、「儲けの額は関係なく、趣味にお金がつくことで自分の活動が認められた気がする」と語ります。これは4つ目の「自己実現」に該当します。
また、長谷川さんが提起した「大企業からスタートアップへの転職の入口としての複業」について、高宮さんは「それは目的ではなくHow(手段)」と整理します。まず目的(自己成長、アップサイド狙いなど)があり、その目的を達成するためのリスクヘッジ策として複業を使う。この2段階を意識することで、複業が戦略的なツールになるわけです。
日本型ソフトランディングとしてのリスキリング×複業
話題はマクロな視点に広がります。高宮さんは「日本株式会社」全体を俯瞰し、成熟産業にリソースが偏っている現状を指摘します。新しい産業にお金は動き始めたものの、人材のシフトはまだ進んでいません。
アメリカでは「You are firedドナルド・トランプがリアリティ番組『アプレンティス』で使った決め台詞としても有名だが、アメリカの雇用慣行では実際に即座の解雇が日本より容易に行われる。」で大胆に人員を整理し、労働市場の流動性に任せる方式が一般的です。しかし日本では中途転職マーケットがまだ十分に成熟しておらず、同じやり方をすると社会が不安定になりかねません。
Step 1:リスキリング
今の会社にいるうちに、新しい産業に必要なスキルを習得する
Step 2:複業でお試し
習得したスキルを複業として試し、自分に合うか確かめる
Step 3:転職・キャリアチェンジ
うまくいったら本格的に移行する
高宮さんはこれを「すごく日本っぽいソフトランディングの形」と表現しました。国や企業が複業を推進してくれている今の環境は、労働者にとっては活用しない手はない制度だといえます。長谷川さん自身も、ライティングという「戻れる場所」があるからこそ、福祉事業への大胆な挑戦ができていると振り返りました。
「逃げ切り」は幻想——人生100年時代のキャリア観
長谷川さんは、大手テレビ局で政治記者をしている大学時代の友人の話を紹介します。40歳前で年収1000万円超。しかし「辞めたら年収半減するから辞められない」「政治記者は潰しが効かない」と、完全に逃げ切り思考に陥っているそうです。
高宮さんはこれに対し、定年の概念自体が変わり続けていることを指摘します。かつて55歳だった定年は60歳になり、嘱託雇用で延長され、さらに「人生120年時代、70歳まで現役」という世界観も見えてきている。40歳前では残りの労働年数が30年以上あるかもしれず、逃げ切りは現実的ではありません。
よっぽど年を行ってない限り、逃げ切りって思わない方がいい。全労働者はちゃんと新しい時代に合わせて自分のスキルを身につけ人材価値を上げていきましょう
さらに高宮さんは、GEマッキンゼーマトリックスの2軸——「市場魅力度」と「自社適合度」——のうち、より大事なのは自社適合度だと踏み込みます。市場魅力度が高い(儲かりそうな)領域でも、自分の「Why(なぜそれをやるのか)」がなければ、ただ厳しい世の中に食らいつくだけの消耗戦になってしまう。逆に、市場魅力度が低くても自社適合度が高い——つまり自分が好きで得意なことを楽しみながら続ける方が、長い人生では幸福度が高くなるのではないかと語ります。
そのうえで、自社適合度が高い(好きな・得意な)ことで複業のドッツを増やしていくと、あるときそれらがコネクトして、市場魅力度もグンと上がる瞬間が来るかもしれない。そのチャンスを掴むためにも、「面白いと思ったらとりあえず首突っ込んどけ」と高宮さんは締めくくりました。
市場は大きい
=消耗戦リスク
=理想のスイートスポット
=撤退候補
市場は小さい
=ドッツを増やして育てる
まとめ
今回のエピソードでは、単なる副収入としての「副業」ではなく、異なる経験を掛け算して唯一無二の強みを生む「複業」の戦略論が語られました。ボトムアップで経験のドッツを増やしつつ、トップダウンで業界のKSFと照合する——この往復運動を定期的に行うことが、キャリアの行き詰まりを突破する鍵になります。
人生が長くなり続ける時代、「逃げ切り」は幻想かもしれません。国や企業が複業を推進してくれている今こそ、その制度に乗りながら、自分なりの北極星を見つけていく。儲かりそうかどうかよりも、自分がなぜそれをやるのかという「Why」を大切にすることが、長い旅路を楽しむ秘訣なのかもしれません。
- 複業は「足し算」ではなく「掛け算」で考える。異なる経験を組み合わせると、自社適合度が飛躍的に高まり唯一無二のポジションが生まれる
- ボトムアップ(ドッツを増やす)とトップダウン(業界のKSFと照合する)を行ったり来たりすることが、戦略的な複業の鍵
- 複業には4つの目的がある——①スカウティング(視野拡大)、②スキル獲得、③報酬獲得、④自己実現。目的を意識してから手段を選ぶ
- 日本型ソフトランディングとして、リスキリング→複業でお試し→転職という段階的移行が推進されている。この制度に乗らない手はない
- 人生100年時代に「逃げ切り」は幻想。市場魅力度よりも自社適合度(=自分のWhy)を重視する方が、長い人生を幸せに過ごせる
