ブランディングは「蓄積」──スタートアップも個人も、価値を伝え続けることで差がつく
ぼくらの戦略論のep.25では、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本の独立系ベンチャーキャピタル。略称GCP。国内スタートアップへの投資で知られ、メルカリやアイスタイルなどのIPO実績を持つ。代表パートナーの高宮慎一さんと編集者・ライターの長谷川リョーさんが「ブランディング」をテーマに議論。お金やリソースが限られるスタートアップがいつからブランディングを始めるべきか、経営者のSNS発信の落とし穴、そしてフリーランスや会社員にも応用できる「個のブランディング」まで、実体験を交えて語られました。その内容をまとめます。
ブランディングを始めるべきタイミング
スタートアップはリソースもお金も限られています。ブランディングに取り組むのはいつがベストなのか──長谷川さんの問いかけに、高宮さんは「基本は"なるはや"」と答えました。ブランディングは一発で効くものではなく、ボディブローのように蓄積して効いてくるものだからです。
ただし、注意点もあります。シード期でまだビジネスモデルが固まっておらず、PMFProduct-Market Fitの略。提供するプロダクトが市場のニーズに合致し、顧客に受け入れられている状態を指す。スタートアップの最初の大きなマイルストーン。もしていない段階でブランディングを強くやりすぎると、ピボット(方向転換)が必要になったときに、蓄積したブランドイメージが足かせになりかねません。
高宮さんが強調するのは、事業の根幹である「カスタマーが誰で、そのカスタマーにどういうバリューを出すのか」が固まっているかどうか。ここさえ定まっていれば、なるべく早くブランディングの蓄積を始めるべきだと言います。
「誰に・どんな価値を出すか」は固まっている?
YES → なるべく早く蓄積を始める
ボディブローのように長期で効いてくる
NO → まずはPMFを優先
ブレたブランドはピボット時に足かせになるリスク
あらゆるステークホルダーに効く「Rのつくマーケティング」
ブランディングの効果は顧客向けだけではありません。高宮さんは、ブランディングはあらゆるステークホルダーに効くと説明します。採用候補者、投資家、既存の従業員──それぞれに対して「この会社がどんな価値を生み出すのか」を伝えることが、広い意味でのブランディングだというわけです。
興味深いのは「Rが付くものは全部マーケティング」という視点です。CRMCustomer Relationship Managementの略。顧客との関係を管理・最適化する手法やツールの総称。は顧客向け、IRInvestor Relationsの略。企業が投資家に対して経営状況や戦略を発信する活動。は投資家向け。「エンプロイヤー・リレーション」という言葉はあまり使われませんが、概念としては従業員向けのマーケティングです。
「社内でビジョンを発信し続けろ」ってよく言うじゃないですか。あれも一種の、従業員というステークホルダー向けのブランディングだと思っています。
また、高宮さんは「Genuine(ジェニュイン)英語で「本物の」「偽りのない」という意味。ブランディングの文脈では、取り繕ったものではなく、企業や個人の本質的な価値に基づいた発信であることを指す。であること」を重視します。ステークホルダーごとに伝え方や言葉選びを最適化することは必要ですが、根っこにあるコアの価値──「誰にどんな価値を出す会社なのか」──は共通であるべきだと言います。
| ステークホルダー | 関係性マネジメント | ブランディングの効果 |
|---|---|---|
| 顧客 | CRM | 選ばれる理由・ロイヤリティ向上 |
| 投資家 | IR | 適正な評価・資金調達の円滑化 |
| 従業員 | ER(概念として) | 組織の一枚岩化・エンゲージメント |
| 採用候補者 | 採用マーケ | 優秀な人材の引き寄せ |
さらに、ブランディングは必ずしも大きな予算を要するわけではありません。テレビCMのワンクールに4億円かかるような純粋なブランド広告だけがブランディングではなく、経営者が日々ビジョンやミッションを発信し続けることも立派なブランディング活動です。お金をかけなくても始められる──だからこそ、早めに蓄積を始める意味がある、というのが高宮さんの主張です。
軸がブレると逆効果──食べログとぐるなびの比較
早めのブランディングが大事とはいえ、メッセージがブレると逆効果になり得ます。高宮さんが「似て非なるビジネスモデル」の例として挙げたのが、食べログカカクコムが運営するレストラン口コミ・検索サイト。ユーザーの口コミ・評点が特徴で、消費者目線のサービスとして知られる。とぐるなび飲食店情報サイト。飲食店へのマーケティング支援やメニュー開発支援など、店舗側をサポートするビジネスモデルが特徴。です。
どちらもユーザーと飲食店をつなぐリボンモデルリクルートが提唱するマッチングのビジネスモデル。サービス提供者と利用者を真ん中のプラットフォームが結ぶ形が蝶ネクタイ(リボン)に見えることから名付けられた。のマッチングプラットフォーム。マネタイズのポイントも似ています。しかし、「究極どちら側に寄り添っているか」が異なります。
ユーザー(消費者)に寄り添う
口コミ・評点で、行きたい店に辿り着きやすくする
飲食店に寄り添う
マーケティング支援やメニュー開発で店舗の事業をイネーブル
このように根本のバリュープロポジションValue Propositionの略。顧客に対して提供する独自の価値提案のこと。「なぜ他ではなくこのサービスを選ぶのか」の答えになる。が異なるにもかかわらず、もしピボットで逆側に移ろうとしたら、それまでに蓄積したブランドイメージが逆に足かせになってしまいます。だからこそ、「誰にどんな価値を出すか」が固まってから蓄積を始めることが重要なのです。
経営者のSNS発信で「滑らない」ための秘訣
近年、経営者がX(旧Twitter)などで積極的に発信するケースが増えています。しかし長谷川さんが指摘するように、有効に機能している人と「上滑りしている」人がいるのも事実。その差はどこにあるのでしょうか。
高宮さんは自身の経験を率直に語ります。2007年頃からTwitterを使い始め、初期はテックやスタートアップの話に混じって「ラーメンなう」のような個人的なつぶやきもしていたそうです。するとフォロワーが減るという現象が起きました。
やっぱりベンチャーキャピタリストの視点が知りたいとか、USで何が起こってるのかを知りたいみたいなところだったのに対して、「お前がラーメン食っててもどうでもいいよ」みたいな話になっちゃってたんですよね。
この体験から、高宮さんはプラットフォームごとに発信内容を分けるようになりました。Xではスタートアップやテックの話題に絞り、プライベートの釣りの話はInstagramに集約。「釣りスタグラム」と自称する使い分けです。
一方で、高宮さんのSNSには「ちょっとギャグっぽい」「ソフトなコミュニケーション」という面もあります。経歴だけ見るとガチガチの人物に見えますが、緩めのリプライや悪ノリも交えることで親しみやすさを出しています。これは意識的なキャラ作りというよりも、Genuine──偽りのない自分の姿そのものだと高宮さんは説明します。
「作られたフェイクのブランディングはボロが出る」と高宮さんは断言します。真の価値を浮き彫りにして伝えること。それは以前のエピソードで語られた「言語化」の話──構造化して本質を浮き彫りにし、正しく伝える──とまったく同じ構造だと言います。
差別化としての「戦略論」ポジショニング
高宮さん自身のブランディング事例も語られました。VC業界に参入した2008年当時、高宮さんは「第2世代の後ろぐらい」というポジション。同世代にはすでに活動を始めていたインキュベイトファンド日本のシード特化型ベンチャーキャピタル。創業初期のスタートアップへの投資と起業家支援で知られる。の本間さんや和田さんがおり、差別化が必要でした。
そこで着目したのが、コンサル出身・MBA取得という自身のバックグラウンドを活かした「骨太な戦略論をスタートアップに当てはめる」という切り口。当時、VCでメディアに出る人はほぼ皆無だった中、CNET Japanテクノロジー系ニュースメディア。2000年代〜2010年代前半にかけて、日本のIT・スタートアップ業界で広く読まれていた。での連載などを通じて、ハードコアな戦略記事を発信し続けました。
高宮さんは、これを「ファーストペンギン集団の中で最初にリスクを取って行動する存在のこと。ペンギンの群れで最初に海に飛び込む個体に由来する比喩。としてのちょっとした強み」と表現します。他のVCも同様の発信をするようになると差はつきにくくなりますが、継続してきたことで「高宮さんは戦略でまともなことを言う」というブランドが蓄積されたと言います。そしてそのブランドが、このぼくらの戦略論というPodcast自体のコアにもなっています。
「個の時代」のキャリアとブランディング
話は「スタートアップのブランディング」から「個人のブランディング」へと広がります。高宮さんは長谷川さんをケーススタディとして取り上げ、ライターという肩書きの奥にある「本質的な価値」を問いかけます。
「ライター」って、長谷川リョーが内在している価値をカスタマー・世の中に届ける手段として、一つの今まではフィットしていた手段だったわけですよ。
ソーシャルメディアやAIが個をエンパワーし、フリーランスとして生きる選択肢が現実味を帯びている時代。しかし同時に、AIが文脈を理解して文章を書けるようになり、スタートアップ業界のインサイダー知識を持つ書き手も増えてきました。かつては強みだった「テック業界を知っていて書ける」という相対的な価値は薄まりつつあります。
だからこそ必要なのが、自分の内在する価値をクリスタライズ(結晶化)すること。「書く」のは手段であって価値そのものではない。では何が本質的な価値なのか──。
「ライター」「テックに詳しい人」 → 手段・チャネルに依存した価値定義
「自分が世に生み出す本質的な価値」をクリスタライズ → 手段に依存しない強み
長谷川さんは「人間にしかできない非合理的な振れ幅を作っていくこと」を一つの仮説として提示しました。ケニアでのポーカー生活や福祉の仕事など、合理的なキャリアのレールから意図的に外れた経験の数々。ただ、それらの「ドット(点)」はまだつながっていないと高宮さんは指摘します。
その振れ幅をどう繋げて、個としての長谷川リョーの価値として結晶化するかみたいな話なんですよ。
そのストーリーは、後でスティーブ・ジョブズばりにコネクティング・ザ・ドッツしますんで。
高宮さんは、この「個のブランディング」はスタートアップの経営者に限った話ではないと強調します。転職・副業が当たり前になり、大企業に勤めていても「個として価値を出していく」ことが求められる時代。自分の本質的な価値は何か、それをどう伝え、どう蓄積していくか──この問いは誰にとっても重要だと語りました。
まとめ
今回のエピソードでは、ブランディングをスタートアップの経営論としてだけでなく、採用・IR・個人のキャリアまで横断する「価値の伝え方と蓄積の技術」として語られました。共通するのは、「誰にどんな価値を出すのか」というコアがブレない限り、早く始めて長く積み上げた者が強いということ。そしてフェイクではなくGenuineであること。AIやソーシャルメディアが個をエンパワーする時代だからこそ、自分の本質的な価値をクリスタライズし、一貫して発信し続けることの重要性が浮き彫りになったエピソードでした。
- ブランディングは蓄積。「誰にどんな価値を出すか」が固まったら、なるべく早く始めるべき
- 顧客だけでなく、投資家・従業員・採用候補者──あらゆるステークホルダーに効く
- 軸がブレたブランドはピボット時に足かせになる(食べログ vs ぐるなびの例)
- フェイクのブランディングはバレる。Genuine(本物)であることが最重要
- SNS発信はオーディエンスの期待に沿った内容に絞り、プラットフォームごとにテーマを分ける
- 「個の時代」では、手段(書く、作る)ではなく、自分が生み出す本質的な価値をクリスタライズして伝えることがブランディングになる
