二人の自己紹介と番組が目指す「モテ」の定義
番組は二人の自己紹介から始まります。清水いずみは、ホテルで約10年働いた経験を持つ接客のプロ。人との関わりの中で「目の前の人が今どう感じているか」を常に考える人物です。直近ではハンドメイドビジネス学校ハンドメイド作家が販売やビジネスの知識を学ぶための講座。清水いずみはここでスポット講師を務めている。で8人の生徒を前に講師も務め、緊張で眠れなかったと明かします。
一方の和尚(おしょう)は、足立区・舎人駅近くにある浄土宗のお寺善岳寺足立区小台本町にある浄土宗の寺院。和尚はここで副住職を務めている。の副住職。ローカルメディア「トネリライナーノーツ」や、北千住近くの紹介制の酒場「ガチ足立クラブ」など、多彩な地域活動を展開しています。
この番組の中心テーマである「モテ」について、清水いずみが定義を読み上げます。それは恋愛のテクニックではなく、「人から信頼され、応援され、関係性を育てる力」。和尚は「モテ代表」ではなく、数々の現場で「モテを観察してきた人」として語る立場だと位置づけられました。
モテっていうのは恋愛のテクニックではなくて、人から信頼され、応援され、関係性を育てる力ということを定義して対話をしていきたいなというラジオ番組になります。
人生の指針は「モテるかモテないか」?
和尚のモテ観はかなり徹底しています。人生の選択肢が目の前にあるとき、その基準は「一番モテそうなやつをやる」。今でも変わらないと言い切ります。たとえば僧侶の会合で「事務局長」のような役職を頼まれても、やって当たり前という空気の中ではやりたくない。一方、感謝が返ってくる町会の青少年部長は続けている、というわけです。
では和尚にとって「モテている状態」とは何か。話を掘り下げるうちに、たどり着いた答えが「この人と飲みたい、と思ってくれている状態」でした。僧侶仲間は自分と飲みたがらないが、町会の人たちはなんとなく飲みたそうにしてくれる。その温度差を感じ取ることが、モテの物差しになっているのです。
興味深いのは、モテの判断が言葉ではなく相手の反応や熱量でなされる点です。妻の「むっちゃん」が中心となって運営する善覚寺フリーコーヒー善岳寺の敷地内駐車場で、週に一度スペシャルティコーヒーを無料で提供する活動。8年続いている。和尚が妻の活躍の場をつくるために始めたという。も、「むっちゃんからモテるから始めた」という文脈だと語ります。活動の原動力(ガソリン)はすべて「モテたい」なのだと、和尚は近年ようやく言語化できたそうです。
黒子でありたい清水いずみのモテ観
「モテたい欲はないの?」という和尚の問いに、清水いずみは自分のスタンスを語ります。彼女はいつも「黒子の気分」でいるタイプ。ステージの上ではなく裏方の気持ちで、目立つことは得意ではないと言います。
8人の生徒を前に講師をするときも、「その8人にモテるために準備する」という発想ではありません。むしろ「目の前の人たちを押し上げるには何をすればいいか」に全力を尽くす。自分を嫌いになってもらっても構わないから、この人たちが前に進めるなら——という姿勢です。
ここで二人の「モテ」への向き合い方の違いが浮かび上がります。和尚が「主人公」として自分がモテることを原動力にするのに対し、清水いずみは相手を主役に立てる「黒子」型。アプローチは対照的ですが、どちらも「相手のことを思う」という点では共通しています。
自分がモテることが行動の原動力。人生の選択も「一番モテそうなもの」を選ぶ。
自分は裏方。目の前の人を押し上げ、主役にすることに全力を尽くす。
目の前のこの人たちを押し上げるには何をすればいいかで全力を尽くしてるかも。私を嫌いになってもらっても構わない。この人たちがなんかこう、わーってなれるなら。
和尚がモテを習った先輩・近藤先生の教え
「自分よりモテる人が一人だけいる」と和尚が挙げたのが、大学の2つ上の先輩で、現在は善岳寺の顧問弁護士を務める近藤先生。「モテない部分がない」ほどの人物で、和尚はこの先輩からモテを叩き込まれたと言います。
その象徴的なエピソードが「メッセージは3手先まで読め」という教え。行き当たりばったりで送るのではなく、「このメッセージを送ったら、こう返ってきて、次にこれを送る」というところまで考えて作れ、というものです。絵文字ひとつにも「なぜこれなのか」を問われたと言います。
和尚はこの教えの本質を「相手のことをちゃんと知れ、知ろうとしろ」というメッセージだったと振り返ります。相手を知ろうとしていれば、自然とちゃんとしたメッセージが送れるからです。この「相手ナイズされている」感覚こそが、モテの核心だと語ります。
実際、近藤先生は弁護士としてもクライアントが何を求めているかを常に先回りして行動する人物だそう。そして和尚は、ガチ足立クラブで人気のあるスタッフ「かんなちゃん」の立ち振る舞いも近藤先生とよく似ていると気づきます。前日、ガチ足立クラブに客が来ずSNSに投稿したところ、それを見て一番に駆けつけてくれたのがかんなちゃんだった——これも「相手を先回りして思う」モテの現れだと語られました。
「相手を知る」ためにお酒が果たす役割
清水いずみは、「相手を知る」ことの難しさを指摘します。知るには聞かなければならず、そのためには相手が「言いたい」と思ってくれる関係が必要だからです。
この問いに対して和尚が挙げた答えが「飲みに行く」こと。SNSで日常を見ることも大事だが、やはり相手を深く知るにはお酒の場が効くと言います。和尚自身、人と目を合わせるのが苦手で、素面だと「薄っぺらいのがバレる感じ」が嫌になる。しかしお酒が入ると自然に喋れるのだそうです。
ここで清水いずみは対照的な習慣を明かします。彼女は相手の目を見すぎると気まずいため、意識して目線を外すタイプ。人の目を見透かすように見る和尚の妻・むっちゃんとは正反対で、二人のコミュニケーションのクセの違いも浮き彫りになりました。ただし、この番組はお酒を飲みながらの収録はできないため、素面での対話に挑むことになります。
相手のことをちゃんと知って、知ろうとしてれば、ちゃんとメッセージを送れるでしょ。
まとめ
第1回は、和尚と清水いずみそれぞれの「モテ観」を通じて、この番組が扱う「モテ」の輪郭を描き出す回となりました。恋愛テクニックではなく、人から信頼され応援される力としてのモテ。その根っこにあるのは、和尚が先輩・近藤先生から叩き込まれた「相手を知り、思う」という姿勢でした。
自分がモテたい和尚と、相手を押し上げたい清水いずみ。アプローチは違えど、二人とも「相手のことを思う」という共通点でつながっています。ゆるく真面目に続く対話は、今後さらに深まっていきそうです。番組の感想は #オショクエ でぜひ届けてみてください。
- この番組の「モテ」は恋愛テクニックではなく、人から信頼され、応援され、関係性を育てる力を指す
- 和尚は「一番モテそうなことを選ぶ」を人生の指針とし、「この人と飲みたいと思われる状態」をモテと定義する
- 清水いずみは自分を主役にせず、目の前の人を押し上げる「黒子型」のスタンス
- モテの核心は先輩・近藤先生の教え「相手を3手先まで考える=相手を知り、思うこと」にある
- 相手を深く知るための場として、和尚は「飲みに行く」ことを重視している
