後編スタート、どこまで話せるか
この回は、はじめちゃんのアイドル好き歴を振り返る番外編の後編です。前編では中学校を出たところまでしか進まなかったといいます。
予備校講師っぽく言えば、いけるとこまでいきます。
聞き手の中川どっぺるは、この調子では今回も終わらないだろうと苦笑いしながら話を促します。
同世代のアイドルに気づいたHKT劇場
話はHKT48と乃木坂46を応援し始めたところから始まります。推しはHKT48の熊沢世莉奈と、乃木坂46の伊藤寧々でした。
もともとはじめちゃんが最初に好きになったのは、AKB48の峯岸みなみでした。ただ、当時すでに中心メンバーとして売れていた存在だったといいます。
一からHKTの劇場に通い、実際のパフォーマンスを見たことで、アイドルへの目線が変わったと振り返ります。
それまでのAKB48は、綺麗なお姉さんたちが華々しく活躍するキラキラした世界でした。学生の男の子として、水着姿にドキドキするような対象でもあったといいます。
ところがHKT劇場は違いました。自分とほぼ同い年、時には年下の女の子たちが、生歌と生ダンスでステージに立っていたのです。
客席がわーってなって、みんながあの人たちのことを好きってなってる女の子たちが、自分と同い年やったりとか、なんなら年下とかやって、すげえなってなった衝撃がでかくて。
テレビの中の存在だったアイドルが、同じ世代を生きる人として近づいた瞬間でした。
ブログを読むと、選抜に関する悩みなど、メンバーのつらさもリアルに伝わってくるようになったといいます。
熊沢世莉奈を応援したくなった理由
推しになった熊沢世莉奈は、なかなか選抜に入れず、自分から前に出るタイプでもなかったといいます。ただ、ダンスはとびきり上手く、おしゃれでもありました。
こんなに頑張ってるから私も頑張ろうみたいな気持ちになれました。
公演では、他のメンバーが喋るほど言葉に詰まってしまうタイプでした。それでも、メンバーからはとても愛されていたといいます。
熊沢世莉奈を愛でる会っていうのがあったぐらい、みんなから愛されてて。
学生当時の青臭さもあり、なぜこの人がもっと注目されないのかと感じたことが、応援したい気持ちにつながっていきました。地元球団を応援するような感覚だったと語ります。
決め手のひとつは、同い年であったことです。しかも誕生日は一日違いでした。
4月17日がりぃぬちゃんの誕生日で、私が4月18日だったので、本当に一緒に大人になっていったみたいな感覚。
熊沢世莉奈の生誕を祝った翌日は、自分が家族から誕生日を祝われる日でした。受験もある学生時代を、一緒に頑張っているような感覚だったといいます。
伊藤寧々の卒業と、初めての遠征
そんな中、もう一人の推しである伊藤寧々の卒業を経験します。はじめちゃんが高校三年生の頃のことでした。
伊藤寧々も、なかなか日の目を浴びることができなかったタイプでした。カップリング曲で一度センターを務めたものの、そのまま卒業していきます。
そのタイプ好きになりがちね。
私ってそうだったんだなって思います。
何とかしたいという気持ちから、はじめちゃんは初めて飛行機に乗り、千葉へ向かいました。県外遠征そのものが初めてだったといいます。
卒業公演はなく、最後のイベントは幕張メッセでの握手会でした。つまり、生で会うのはこれが最初で最後だったのです。
初めて自分で飛行機を予約し、母親に定期代の前借りを頼み込みます。電車を使わず自転車で通う約束をして、資金を工面したといいます。
私めっちゃ頑張ってチャリ漕ぐんで。電車じゃなくて。
握手券のためにシングルをタワーレコードまで買いに行き、さらに印象に残ろうと考えます。当時は柔道部で坊主だったため、少し髪を伸ばし、伊藤寧々の「ネ」の文字を頭に剃り残して飛行機に乗りました。
なんとか記憶に残りたいという気持ちで。
「絶対行きたい大学に行ってほしい」
最後の握手会で、伊藤寧々ははじめちゃんに学年を尋ねました。高校三年生だと答えると、受験するのかと聞かれます。
絶対行きたい大学に行ってほしいからお勉強頑張ってねって。
普通なら「受験生」と呼ぶところを、そう言葉をかけてくれたことが忘れられなかったといいます。この一言が、その後の受験勉強を支えました。
これ受からんかったら嘘ついたことになるというか。
結果として、はじめちゃんは大学に合格します。ただ、合格が決まった時にはもう伊藤寧々は卒業しており、直接お礼を伝える術はありませんでした。
テレビ番組を通じて届いた「ありがとう」
時が経ち、お笑い芸人になって三年目のこと。地元のテレビ番組でアイドル大好き芸人として特集された際、はじめちゃんは伊藤寧々が好きだと語りました。
その発言が本人に届き、SNSで反応が返ってきたといいます。番組では、伊藤寧々が初めてセンターを取ったカップリング曲を流してほしいと希望し、それも実現しました。
これはなんかマジで、繋がった感じがして、歴史の糸が。
大学受験の結果が出た時には伝えられなかったお礼を、番組を通じてようやく届けられた出来事でした。
あの日千葉まで飛んだことがなければ、この繋がりは生まれなかったと振り返ります。
中三から高三で、まだ十二分
ここまでで収録は十二分ほど。しかし話はまだ中学三年から高校三年までしか進んでいませんでした。
中三から高三でもう十二分経ってんじゃん。まだ全然喋ってないよあんた。
高校時代のHKTの話も残っており、この日は一旦区切ることになりました。届いているメールを読むためです。
HKTがこれから十四年分残ってますんで。
まとめ
同世代のアイドルとの出会いが、はじめちゃんの目線を大きく変えました。初めての遠征とそこで得た一言が、受験や後年の再会にまでつながっていった回でした。
- HKT劇場で同い年のアイドルを見たことが、アイドルへの目線を変える転機になった
- 熊沢世莉奈も伊藤寧々も、なかなか日の目を浴びないタイプで、応援したい気持ちが推しの理由になった
- 伊藤寧々の卒業握手会に初めて飛行機で駆けつけ、頭に「ネ」を剃って会いに行った
- 「絶対行きたい大学に行ってほしい」という一言が受験勉強を支え、後にテレビ番組を通じてお礼が本人に届いた
- 話は中三から高三までしか進まず、HKTの話は次回以降に持ち越しとなった
