なぜ今、ファミリービジネス研究なのか
今回から始まる新章は、ファミリービジネス研究の歴史をたどる全7回シリーズの序章です。博行さんは、そもそもファミリービジネスという領域が「勉強するもの」だとあまり思われてこなかった点に注目します。MBAに通っても「親子関係について学ぶ講座」はなく、家業にいたころも、こうした企業形態はほとんどスルーされてきたといいます。
ファミリービジネスっていう領域って、なんか勉強したりするもんじゃないって思ってなかった?
ところが世界に目を向けると、ファミリービジネスに関する論文が数多く出始めています。ガバナンス、マーケティング、歴史など、テーマは多岐にわたります。一方で、百年企業・二百年企業の数で世界一を誇る日本では、研究者も英語論文もまだ少ないのが現状です。
だからこそ博行さんは、日本のファミリービジネスの強さを研究と実践の両面から海外に発信したいと考えています。その前段として、「なぜ世界はファミリービジネスに目を向け始めたのか」という系譜をたどるのが、このシリーズのねらいです。
世界経済の主役は本当に家族経営?
「企業」と聞くと、多くの人は何百人もの社員がいる大きな組織を思い浮かべます。しかし博行さんは、その「でっかい企業=会社」というイメージは、実はごく最近できあがった概念だと指摘します。歴史を通じてスタンダードだったのは、営利を追求する小さな人の集まり、つまりファミリービジネスや小さな会社だったのです。
では、家族経営は世界でどのくらいの割合を占めるのでしょうか。陽平さんは「3割くらい」と答えましたが、実際はほぼ逆でした。
アメリカの専門団体FamilyFirmInstituteファミリービジネスを研究・支援するアメリカの専門団体。家族企業に関する統計やデータを発信している。のデータによれば、世界のGDPの7割以上をファミリービジネスが生み出し、雇用も半分から8割程度を担っていると言われます。
地域差もあります。たとえばインドはファミリービジネスの比重が特に高く、陽平さんがかつて働いた現地企業も家族が株を持つ会社でした。陽平さんは「カーストがあるから、自分の息子や娘が同じ生業を継ぐことが宗教的に決まっている面もある」と振り返ります。
トヨタ、ユニクロ、シマノなど、身近な企業の多くもファミリービジネスに数えられます。味噌や醤油、着ている服まで、暮らしを支える多くの製品が家族企業によって作られている可能性があるのです。
所有と経営はいつ分離したのか
いわゆる「パパママショップ」と大企業を分ける鍵は、この番組でおなじみのスリーサークル、すなわちオーナーシップ(所有)・ビジネス(経営)・ファミリー(家族)の関係にあります。株を持つ人と経営する人が別々になることを「所有と経営の分離」と呼びます。
株も持ち、経営も自分でやる。所有と経営が一致している。株式会社オオウエもこの一種。
上場して多くの人が株を持ち、最も上手に経営できる人を経営者に据える。所有と経営が分離。
この分離が生まれた歴史的な出発点とされるのが、1600年ごろに設立されたオランダの東インド会社です。船を出して香辛料などをアジアと交易すれば大きく儲かる。しかし船が沈めば破産のリスクもある。そこで「船を出すリスクを取る人」と「お金を出すリスクを取る人」を分けることで、何度でも挑戦できる仕組みが生まれました。
ただし、これは当時の例外でした。所有と経営が分離した会社は、国王や議会からの特許状がなければ作れず、香辛料貿易や植民地開拓といった国家戦略級の事業に限られていたのです。イギリスでも19世紀半ばまでは、普通に商売をする人には縁遠い世界でした。
普通の商人たちはどうしていたか
一般の商人は、会社ではなくパートナーシップ、いわば組合の形で事業を営んでいました。しかも地域によっては組合を組める人数が「6人まで」などと法律で制限され、責任も無限責任。倒産すれば全財産を失う仕組みでした。
めちゃくちゃ厳しいやん。もうね、全部持っていかれる。誰がやんねんってなるよね。
全財産をかけ、しかも少人数でしか組めない。そんな状況では、赤の他人を運命共同体に迎え入れるのは難しく、結果として親族や身内でパートナーシップを組むのが自然な形でした。ここでもファミリーがスタンダードだったのです。
19世紀半ばになると、イギリスでは国王の許可ではなく登記だけで会社を作れるようになり、わずか数年で何万社もの会社が誕生しました。そのきっかけの一つが鉄道です。鉄道網の建設は資産家一族だけでは資金が足りず、広く株を売って資金を集める必要があったため、会社設立が一気に広がりました。
さらに約90年前の1930年ごろ、アメリカでは株主が増えすぎて、もはや誰も会社を支配できない状態になったと指摘されます。バーリーとミーンズアドルフ・バーリーとガーディナー・ミーンズ。1930年代に「所有と支配の分離(Separation of ownership and control)」を論じ、株主の分散によって経営者が実質的に会社を支配する近代大企業の姿を描いた研究者。は、これを「所有と支配の分離」と表現しました。それまでは経営が分離していても創業家が株の3〜4割を握っていたのに対し、この時代には株が徹底的に分散し「誰の会社なのか」が曖昧になっていったのです。
経営を委ねるっていうのと支配を失うっていうので、また別のレベルの話っていう。
つまり、株が徹底的に分散した大企業という形態こそが、実はここ90年ほどで現れた特殊なケースなのです。歴史的にもパーセンテージ的にも、家族が株を握る会社の方がずっとスタンダードでした。
会社という「フィクション」の発明
「会社を描いてください」と言われると、多くの人はビルや窓、働く人を描きます。しかし法律的には、会社は「法人」、すなわちLegal Person(法の人)です。実際には人ではないのに、仮想の人格を与える発明なのです。
この法人という「フィクション」があるからこそ、会社は契約を結べ、お金を借り、訴訟の当事者にもなれます。そして何より重要なのは、持ち主が変わっても会社が生き続けられる点です。博行さんは、岩崎弥太郎が亡くなっても三菱が生き残っていくのは、みんなが法人というフィクションを信じているからだと説明します。
陽平さんは、これはお金の価値と同じで、みんなが信頼を置くからこそ成り立つ仕組みだと納得します。四代目である陽平さんも、祖父・父・叔父と受け継いできた「器」という虚構をつないでいる存在なのです。相続や承継とは、目に見える資産だけでなく、この器そのものを次代へ渡していく営みだといえます。
相続はなぜ長男に集中したのか
器を渡していくとなると、「誰に渡すか」という承継の難しさが生まれます。相続には複数のパターンがあります。長男が継ぐ長子相続、子どもたちで均等に分ける均分相続、そして一番下の子が継ぐ末子相続です。
なかでも広く見られたのが長子相続です。兄弟のうち特別に優秀だからではなく、「なんとなく長男が継ぐもの」という暗黙の了解が働きます。これは日本的というより、むしろ合理的な仕組みでした。
土地を分けると
100ヘクタールを3人で分けると、それぞれ33ヘクタールに。大規模農業ができず効率が落ちる。
一人に集中させると
100ヘクタールをまとめて使える。規模の経済が働き、財産が壊れずに保たれる。
財産の中心は昔から土地でした。土地を分ければ規模の経済が失われ、家産そのものが壊れてしまう。だからこそ誰か一人に集中させることが重要だったのです。長男に決めておけば揉め事も起きにくく、国からしても分かりやすい。この長子相続は、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアの一部、イングランドなど、土地を主な財源とするヨーロッパで主流でした。
ただし、この仕組みには影の部分もあります。次男以下は軍人や聖職者になったり、結婚して家を出たりする道を選ぶことになります。本当は次男が継いだ方がよかった家もあったはずで、「揉めるくらいなら長男に」というジレンマは何百年も前から続く問題でした。
日本も長子相続を採り、非ヨーロッパ圏としては珍しい存在でした。子どもが力不足なら養子を取ってくることで集中を保ち、分散を防いだのです。これが日本に長寿企業が多い理由の一つと考えられます。一方、中国では地位は長男が継いでも財産は比較的均等に分けるなど、儒教的な公平や調和が重んじられた面があったといわれます。
フランス革命が起こした逆説
長らく続いた長子相続に、大きな転換をもたらしたのがフランス革命でした。自由・平等・友愛の思想が広がるなかで、「長男だけが全部もらうのは不平等だ」「貴族が貴族のままでは富の再生産が続くだけだ」という批判が高まったのです。
フランス革命以降、ヨーロッパでは「近代化=平等=財産を分ける」という考え方が広がっていきます。しかしこれは、ファミリービジネスにとっては皮肉な結果を生みました。
長子相続で家産は一人に集中。世代を超えても規模を保てる。
均分相続で子ども3人なら1/3ずつ。さらに次世代では1/9ずつと、世代を重ねるごとに細切れになっていく。
博行さんは、平等が悪いと言いたいのではないと断りつつ、ファミリービジネスの永続という観点からは、この時期を境に「ファミリーを続けていく」という発想とは異なる方向へ進んだと指摘します。
対照的に、日本ではヨーロッパのような流れが起こらず長子相続が続きました。子どもが力不足なら養子を取り、集中を保ちながら承継していく。こうした日本のあり方が、長寿企業を生み出す要素として整っていたと考えられます。
実はファミリービジネスっていうのは大多数を占めてたっていうことよね。
まとめ
今回のシリーズ序章で見えてきたのは、ファミリービジネスは決して劣った古い形態ではなく、歴史的にも現在も企業の「原点」であり主役だという事実です。世界のGDPの7割以上を担い、いまも最大のボリュームゾーンを占めています。
一方で、株が徹底的に分散した大企業という形態は、ここ90年ほどで現れた特殊なケースにすぎません。それでも社会科学の学者たちは、この「分散こそ正義」という新しい潮流に注目し、1930年代から1980年代にかけてファミリービジネス研究は忘れられていきました。次回以降は、この見落とされていた時代を埋めていく話が展開される予定です。
- ファミリービジネスは世界の企業の約2/3を占め、GDPの7割超・雇用の5〜8割を担う「主役」である
- 所有と経営の分離は1600年ごろの東インド会社が初期例。ただし当時は特許状が必要な例外だった
- 19世紀半ばの登記制度と鉄道の普及で会社が急増し、分離が一般化し始めた
- 1930年ごろ、バーリーとミーンズが「所有と支配の分離」を指摘。株が分散した大企業はここ90年の特殊なケース
- 会社は「法人」という架空の人格=フィクション。承継とはこの「器」をつないでいく営み
- 土地を守るため長子相続が合理的だったが、フランス革命以降ヨーロッパは均分相続へ。日本は長子相続を保ち長寿企業を生んだ
