IT批評家の尾原和啓京都大学大学院でAIを研究後、マッキンゼー、Google、楽天執行役員などを歴任したIT評論家。著書に『プロセスエコノミー』など。さんと、けんすうアル株式会社代表。学生時代から『ミルクカフェ』や『したらば掲示板』などのサービスを立ち上げた連続起業家。さんが、起業や戦略について深掘りする「ハイパー起業ラジオ」。今回から始まる新シリーズのテーマは、今や時の人である「ひろゆき」こと西村博之氏です。
世間ではYouTuberや論客としてのイメージが強いひろゆき氏ですが、その本質は極めて優れた「起業家」であり「エンジニア」であると二人は語ります。巨大掲示板「2ちゃんねる」をたった一人の大学生がどうやって作り上げ、維持してきたのか。その裏側にあった、あまりにも合理的でラディカルな思想と技術的工夫をまとめます。
世代で異なる「ひろゆき像」の正体
02:35 から再生するひろゆき氏について語る際、まず面白いのが「世代によって彼の見え方が全く違う」という点です。けんすうさんは、彼のキャリアが多岐にわたるため、知った時期によってイメージが固定されていると指摘します。
特に驚くべきは、海外での影響力です。ひろゆき氏は、英語圏の巨大匿名掲示板である4chan2003年に設立された英語圏最大の画像掲示板。日本の2ちゃんねる文化の影響を強く受けている。の管理人でもあり、アメリカでも常にトップクラスのトラフィック通信量のこと。Webサイトを訪れるユーザー数や閲覧ページ数の多さを指す。を抱えています。政治的な影響力すら持つこの巨大プラットフォームを、一人の日本人が運営しているという事実は、起業家として異例の実績だといえるでしょう。
日本人の個人で、アメリカでこれほど大きなトラフィックを持っているのは、ひろゆきさんくらいじゃないでしょうか。
サービスとして海外展開して成功している、稀有な例ですよね。
「名無しさん」が情報流通を加速させた理由
06:16 から再生する1999年に誕生した2ちゃんねる日本最大級の匿名電子掲示板群。現在の「5ちゃんねる」の前身。。その最大の特徴は、ユーザーが名前を名乗らない「名無しさん2ちゃんねるにおけるデフォルトの投稿者名。固定のハンドルネームを持たない匿名ユーザー。」という文化です。一見すると「便所の落書き」とも揶揄されるこの匿名性には、ひろゆき氏の明確な哲学があったとけんすうさんは分析します。
匿名の方が、人は正しい情報を受け入れたり、意見を変えたりできる柔軟性がある。
SNSのような記名性の世界では、人は一度発言したことに対して一貫性自分の行動や発言、信念を首尾一貫させようとする心理的傾向。を保とうとしてしまいます。しかし、匿名掲示板であれば、昨日まで叩いていた対象が実は白だとわかった瞬間、即座に「最初からわかってた」と手のひらを返すことが可能です。この「恥をかかずに意見を変えられる仕組み」が、結果として情報の更新速度を上げ、効率的な議論を生んだのです。
「誰が言ったか」が重要。過去の発言に縛られやすく、意見の変更が難しい。
→ 分断が進みやすい
「何を言ったか」が重要。一晩で人格がリセットされ、正しい情報に飛びつきやすい。
→ 情報流通が効率的
運営コストを極限まで下げる「死ねという権利」
12:29 から再生する巨大なプラットフォームを維持するには、膨大な運営コストがかかるのが常識です。しかし、ひろゆき氏は「いかに自分が楽をするか」を基準に設計を行いました。その象徴的な考え方が「極端なところでバランスを取る」というものです。
通常、掲示板の運営者は「どの言葉を消し、どの言葉を残すか」という境界線の判断に苦しみます。しかしひろゆき氏は、あえて「死ねと言う権利もあるが、死ねと言われることもある」という、一見過激なルールで一貫させました。これにより、運営者が細かな個別の判断にリソースを割く必要をなくしたのです。
彼は一貫して「自分が大変じゃない道」を選んでいます。株式会社化したり資金調達をしたりしなかったのも、ステークホルダーへの配慮というコストを避けるためでしょうね。
この徹底した「低コスト運営」こそが、シリコンバレー的な資本力勝負に巻き込まれず、日本独自のインターネットミームネット上で模倣され、拡散されていく画像や動画、フレーズなどの文化的な要素。を育む土壌となりました。電車男2ちゃんねるへの書き込みから始まった、オタク男性と美女の恋愛物語。実写映画やドラマにもなった。やフラッシュ動画Adobe Flashを用いて作られたアニメーション。2000年代前半のネット文化を席巻した。、Winny2ちゃんねるから生まれたP2P技術によるファイル共有ソフト。などの文化は、この自由な空間から生まれました。
データベースを使わない? 驚きのエンジニアリング
23:21 から再生するさらに驚くべきは、当時の2ちゃんねるの技術的構造です。1999年当時、これほどの巨大なアクセスを捌くサーバーを用意するのは不可能に近い状態でした。そこでひろゆき氏が取った手法は、現代のエンジニアから見れば驚天動地のものでした。
当時一般的だったMySQL世界で最も普及しているオープンソースのデータベース管理システム。などのデータベースは、大量の書き込み(INSERTデータベースに新しいデータを追加する命令。)や読み込み(SELECTデータベースからデータを取り出す命令。)の負荷に耐えられませんでした。そこで彼は、なんとデータを単純な「テキストファイル」として保存し、各掲示板を異なるサーバーに分散させるというアーキテクトシステムの構造や設計を考えること。またはその設計者。を独力で構築しました。
ユーザーがアクセス
→ 統合された一つのサイトに見える
板ごとにサーバーを分散
→ 1箇所落ちても他は無事、低コストで拡張可能
尾原さんは、このアプローチを「枯れた技術の水平思考任天堂の横井軍平氏が提唱した、古い技術を斬新なアイデアで再利用する考え方。」の極致だと絶賛します。専門家が正攻法で悩む課題を、身近な技術の工夫だけで突破してしまうエンジニアリング・センス。それこそが、2ちゃんねるが競合他社を抑えて独り勝ちした最大の要因の一つだったのです。
というわけで
ひろゆき氏は、単なる「面白い人」ではなく、人間の心理(匿名性のメリット)と技術的制約(サーバー負荷)を完璧に見抜き、それを「自分が楽をする」という一貫した哲学でまとめ上げた希代の起業家でした。
次回は、彼が関わったもう一つの巨大サービス「ニコニコ動画」について、その独特な設計思想を紐解いていきます。お楽しみに。
- ひろゆき氏は日本、米国(4chan)の両方で巨大トラフィックを扱う稀有な起業家
- 「匿名性」は情報の更新速度を上げ、効率的な議論を生むための高度な設計だった
- 運営ルールを極端にすることで、管理コストを最小化するラディカルな思想
- データベースを使わずテキストファイルで分散処理した、卓越したエンジニア的工夫