IT批評家の尾原和啓京都大学大学院で人工知能を研究後、マッキンゼー、Google、楽天執行役員などを歴任。著書に『アフターデジタル』『プロセスエコノミー』などがある。さんと、アル株式会社クリエイティブ活動を加速させるサービスを開発するIT企業。漫画共有サービス「アル」などを運営。代表のけんすう古川健介。学生時代に掲示板サイト「ミルクカフェ」や「したらば掲示板」を運営し、後に「nanapi」を創業。現在はアル株式会社代表。さんが、インターネット史に輝く怪物サービス「ニコニコ動画」の誕生秘話を語り合います。
今回のテーマは、ひろゆき西村博之。日本最大級の匿名掲示板「2ちゃんねる」の開設者であり、ニコニコ動画の元取締役管理人。現在はフランス在住。氏が関わった初期のニコニコ動画が、いかにして「非同期なのに同期している」という魔法のような体験を作り上げたのか。その設計思想と、サービスが巨大化する過程で起きたドラマチックな変化の裏側に迫ります。その内容をまとめます。
2ちゃんねるに見る「自分に負担をかけない」究極の仕組み
ニコニコ動画の成功を紐解く前に、けんすう氏はひろゆき氏の原点である2ちゃんねる1999年に開設された日本最大級の匿名掲示板。日本のネット文化に多大な影響を与えた。の運営手法に触れました。2ちゃんねるは、一般的な株式会社とは全く異なる独自のアーキテクチャーシステムの構造や設計思想のこと。ここでは運営の仕組みを指す。で構築されていたといいます。
最大の特徴は、運営のほとんどがボランティアによって行われていた点です。不適切な投稿を削除する「削除人2ちゃんねるにおいて、ガイドラインに沿って不適切なレスを削除するボランティアスタッフのこと。」たちには上下関係がほとんどなく、ひろゆき氏自身も、ガイドラインで判断できない極端なケース以外には顔を出さない仕組みになっていました。
「階層化された組織。社長を頂点に命令系統があり、人件費と責任が発生する。」
→ 規模拡大に伴い負荷が増大
「フラットなボランティア組織。削除ガイドラインによる自律的な運営。」
→ スケーラブルで低負荷
最初に作った仕組みで、10年以上ほぼ改善いらずに回せちゃってるんですよね。自分が楽をするためのシミュレーション能力がすごい。
天性の怠け者……と言ったら失礼ですけど、いかに負荷をかけずにスケーラブル規模が拡大しても柔軟に対応できる能力のこと。な運用をするか、その見極めが凄まじいですよね。
「非同期なのに同期」ニコニコ動画が起こした発明
続いて話題は、今回の本題であるニコニコ動画へ。このサービスの核心は「動画の上にコメントを流す」という、今では当たり前になった機能にあります。けんすう氏は、これが「非同期な体験を同期的に変えた」大発明であると解説します。
通常、ネット動画は自分の好きなタイミングで見る「非同期」なメディアです。しかし、ニコニコ動画は再生時間のタイムライン上にコメントを固定することで、「今この瞬間の盛り上がりを、過去に見た人も未来に見る人も共有できる」という体験を生み出しました。
動画のタイムライン(1:30地点)
→ 過去のユーザーの「w」が流れる
現在の自分の視聴
→ あたかも一緒に見ている感覚
もともとひろゆき氏は、堀江貴文実業家。ライブドアの元代表取締役。ひろゆき氏とは古くからの知人で、共著も多い。氏とともに、テレビの上に2ちゃんねるの「実況板2ちゃんねるにおいて、放送中のテレビ番組などについてリアルタイムで書き込むための掲示板。」のコメントを流す実験を2004年頃に行っていたそうです。「みんなで見たほうが面白い」という直感が、ニコニコ動画の種となっていました。
YouTubeへのフリーライドから始まった40億円の勝負
ニコニコ動画は、当初からドワンゴ日本のIT企業。ニコニコ動画を運営。川上量生氏が創業した。の子会社であるニワンゴかつてドワンゴ傘下にあった企業。ひろゆき氏が取締役に就任し、ニコニコ動画の運営母体となった。で開発されました。驚くべきは、リリース初期の「低コスト」な設計です。なんと自社で動画サーバーを持たず、YouTubeGoogle傘下の世界最大の動画共有プラットフォーム。2006年当時はまだ著作権管理が緩かった。の動画を読み込んでその上にコメントを重ねるだけという、究極の「他力本願」システムだったのです。
しかし、あまりの急成長にYouTube側からアクセスを遮断されてしまいます。ここでドワンゴ創業者の川上量生ドワンゴの創業者。ひろゆき氏とともにニコニコ動画のコンセプトを作り上げた。氏は、当時の小林社長に直談判し、自社で動画インフラを構築するために多額の投資を決断します。
最初は20億用意してくれって言ったらしいんですけど、実際には40億かかったみたいですね。
当時の40億はすごい決断ですよ。動画サーバーの維持費って、文字ベースの掲示板とは桁違いに重たいですから。
意外な初期ユーザー層と「植民地化」の真実
ニコニコ動画といえば「2ちゃんねらー」が作った文化というイメージがありますが、けんすう氏は意外な真実を語ります。実は、最初期に流入した2ちゃんねるのコアユーザー(ビッパー2ちゃんねるの「ニュース速報(VIP)板」のユーザー。祭りと称した大規模な行動を起こすことで知られる。など)は、一度サービスを荒らしてすぐに帰ってしまったのだそうです。
代わりに居着いたのは、Yahoo!日本最大のポータルサイト。検索エンジンのほか、多くの一般ユーザーが利用するサービスを提供。やミクシィ日本発のSNS。2000年代中盤に爆発的な人気を博した。をメインに使っている「ネット初心者層」の女性ユーザーなどでした。ところが、その人気を聞きつけた2ちゃんねらーたちが、「ここが盛り上がっているなら俺たちの植民地にしてやる」と後から戻ってきたことで、あの独特の濃い文化が形成されたのです。
ひろゆき氏がニコニコ動画を去った「思想のズレ」
ひろゆき氏は、2013年にニコニコ動画(ドワンゴ)の取締役を退任します。その背景には、運営側が推し進める「リアルイベント路線」への疑問があったと、けんすう氏は分析します。
ドワンゴが主催した大規模イベント「ニコニコ超会議「ニコニコのすべて(だいたい)を地上に再現する」をコンセプトに、幕張メッセで開催される大規模リアルイベント。」は、ネットの熱狂をリアルに持ち込むものでした。しかし、ひろゆき氏は「東京で開催されるリアルイベントを優遇すると、地方にいる圧倒的多数のネットユーザーが『自分の場所ではない』と感じてしまうのではないか」と危惧していたといいます。
ネットってお金を儲けたいネット企業の人がいて、上場するための材料を作っている。だから出てくるものが面白くない。
ひろゆき氏は、自身が目立つことよりも、プラットフォームとしての純粋な面白さや、ユーザーが自然に楽しむ仕組みを最優先する思想を持っていました。企業としてのマネタイズ収益化。サービスから利益を生み出す仕組みを作ること。や拡大戦略と、彼の「サービス設計思想」がズレ始めたことが、別れの要因だったのかもしれません。
ひろゆきさんは、会議で社長が決めたこと自体は否定しないんです。そのゲームルールの中でどうパフォーマンスを出すかを考える「ゲーム思考」の人なんですよね。
なるほど。だから自分が表に出る「論破議論で相手を言い負かすこと。ひろゆき氏の代名詞的なスタイル。」も、それがテレビ的に求められているから演じている、というハックの一つなんでしょうね。
というわけで
ニコニコ動画の黎明期は、ひろゆき氏の「負荷をかけずに最大級の面白さを引き出す」設計思想と、川上氏の「巨額投資を厭わない情熱」が奇跡的に融合した時代でした。「非同期の同期」という発明は、後のBilibili(ビリビリ動画)中国の動画共有サイト。ニコニコ動画の影響を強く受けて成長した。やTikTokByteDanceが運営する短尺動画SNS。ニコニコ、Bilibiliの流れを汲む動画文化の到達点の一つ。にまで繋がる、東洋発の強力なネット文化の源流となったのです。
次回は、そんな「ものづくり」のひろゆき氏が、なぜ今「YouTuber」として圧倒的な支持を得ているのか、その謎に迫ります。
- ニコニコ動画の核は「非同期の体験を擬似的に同期させる」コメント機能
- 最初はYouTubeに「フリーライド」する低コスト設計から始まった
- 初期ユーザーは意外にも2ch層ではなくYahooやミクシィの初心者層だった
- ひろゆき氏は「リアル重視」へと向かう運営方針とのズレから身を引いた
- 一貫しているのは「いかに自分に負担をかけず、システムに働かせるか」という思想