「MOAT」という言葉に潜む落とし穴
第1回で「戦略とは何か」を扱った流れを受け、尾原さんが切り出したのは「日本の中でネットワーク効果がちょっと残念」というテーマでした。言葉の定義によって、ネットワーク効果の魅力の半分が捨てられてしまっている、というのです。
ほう、残念。
ネットワーク効果の魅力の半分を、言葉の定義で捨てちゃってるっていうところがあって、そこを深掘っていきたいんですよ。
そのカギになるのが、ここ2、3年で起業家がよく使うようになったMOATウォーレン・バフェットが好んで使った言葉で、企業がライバルから自社のビジネスを守る「堀」のような構造的な競争優位性を指すという言葉です。尾原さんはまず、なぜ「堀」がビジネス用語になったのかを問い直します。
ビジネス用語って基本的に「戦い」の中で作られてきた言葉だから、堀って何のためにあるんでしたっけ?
けんすうさんが「お城の周りに堀をやってお水を入れておいて、兵士が入ってきづらくなる」と応じると、尾原さんはそこからMOATの定義へ橋渡しします。
兵士が入ってきづらくなるっていうことが堀の役割で。つまり、ライバルができるだけ自分のビジネスに入ってきにくい状況を作るっていうことをもって「堀」、だからまあ「MOAT」っていう言い方をするんですよ。
つまりMOATは、ライバルの侵入を防ぐ「守りの仕組み」を意味する言葉。ところが、ネットワーク効果をこの枠に押し込めると、本来持っている魅力が半分しか表現できなくなってしまうのです。
ピーター・ティールが説く4つの独占
そもそもMOATと呼ばれるものには、どのようなパターンがあるのでしょうか。尾原さんはバイブルとしてゼロ・トゥ・ワンピーター・ティールによる起業論の名著。独占的な事業をいかに作るかという観点で書かれているを挙げます。
ピーター・ティールはMOATよりも強い「独占のために」という言葉で、4つの独占技を整理しました。けんすうさんもその場で4つを思い出していきます。
この4つが、一般にMOATとして広く語られるパターンです。さらに尾原さんは、それ以外の枠組みにも触れます。
7 POWERSハミルトン・ヘルマーが提唱した7つの競争優位パターンをまとめた書籍。日本語訳もあるで語られる「オペレーション・エクセレンス」「カウンター・ポジショニング」「コーナード・リソース」「プロセス・パワー」といった概念も、日本ではMOATとして語られがちです。
ただ、これらをまとめて「MOAT」と呼んでしまうと、尾原さんが愛するネットワーク効果の魅力は半分しか出てこなくなってしまう、というのが今回の問題提起です。
守りのMOATと攻めのネットワーク効果
けんすうさんは「MOATと競争優位性はどう違うのか」と問い直します。尾原さんの答えはシンプルでした。
MOATってさっき言ったようにライバルが入ってこれなくするための仕組みだから、どっちかっていうと守りサイドなわけですよ。
アメリカではMOATを「ディフェンシビリティ」と呼ぶこともあり、あくまでライバルが入ってこない状況を作るための概念です。一方で競争優位性は、すでに競争している中で「なぜ自分たちが強いのか」を説明するものなので、両者は別物だといいます。
ここで尾原さんは、第1回で語った「戦略は2種類ある」という話を引き直します。それが「顧客の選択優位性の仕組みによる担保」と「持続的競争優位性の担保」です。
お客様から選ばれる理由が仕組みで増えていく「攻め」の側面
ライバルが入ってこれなくする「守り(MOAT)」の側面
ディフェンスする前に、そもそもお客様から選ばれなければ守る対象すら生まれません。だからこそ、まずは「選ばれる理由が仕組みで増えていく」という攻めの側面が重要になります。
ネットワーク効果には、この「魅力を増すための側面」と「ライバルが入ってこなくなる側面」の2種類があります。
ところがMOATやディフェンシビリティという言葉でくくると、最初のステージで一番大事な「選ばれる価値が増えていく」議論が抜け落ちてしまうのです。
要はMOATって入ってくるライバルのほう向いちゃってるけど、お客さんが喜ぶものに対してちゃんとネットワーク効果を考えるのが、どう考えても先というか前提だよねってことですね。
けんすうさんは続けて、「使う人が増えれば増えるほど便利になる」という発想を、「使う人が多いからライバルが入ってきません」に置き換えてしまうと、何段階か価値が落ちる、と整理しました。
ちなみにピーター・ティールはPayPalの共同創業者であり、ディープラーニングの先駆けDeepMindロンドン発のAI研究企業。後にGoogleに買収され、AlphaGoなどで知られるを「最初に見出して育てた」人物でもあり、生成AIで話題のOpenAIChatGPTなどを開発するAI企業。ピーター・ティールも創業期に関わったの共同創業者の一人でもある――それくらいキレキレの人物です。それゆえに「独占のために」という言葉が強すぎて、議論の幅を狭めてしまった面もあるのでは、と尾原さんは話します。
戦略とは「戦いを略する」こと
「ネットワーク効果はMOATの一つではなく、戦略の一つ」と整理した上で、けんすうさんはさらに踏み込みます。ポジショニング戦略のような他の戦略と、ネットワーク効果はどう関係するのでしょうか。
尾原さんはここで、戦略という言葉そのものに立ち返ります。
あくまで戦略っていうのは「戦いを略する」ためにあるわけですよ。だからその戦いを略するときに、ポジショニング戦略って何かっていうと、「あなたそこで戦ってますよね。私はここで戦うので、お互い戦わなくていいじゃないですか」っていう、戦いを略すやり方がポジショニング戦略なわけですよ。
戦略とは戦いを避ける・減らすための工夫であり、ネットワーク効果もポジショニング戦略も、その「戦いを略す」やり方のひとつにすぎないというわけです。
尾原さんは戦略をより深く知りたい人向けに世界標準の経営理論早稲田大学の入山章栄教授による経営理論の集大成書。32の経営理論が体系的にまとめられているを紹介。32個の経営戦略理論のうち、14種類ほどが戦略に関するもので、リアルなビジネスにおける戦略の幅広さを示しています。
さらに「戦略だけを学びたい人へ」とおすすめされたのが、ザ・プロフィットエイドリアン・スライウォツキーによる利益モデルの古典。原題は『The Art of Profitability』という書籍です。原題の「The Art of」は、『孫子の兵法』の英語タイトル『The Art of War』と同じく、「神髄」「極めるべき道」というニュアンスを含みます。
尾原さんとけんすうさんは、この「Art」を日本の「道」に重ね合わせます。柔道や茶道のように、極めることで戦いの全てに通じる、という感覚です。
利益を生む23の仕組みと配電盤モデル
『ザ・プロフィット』は「利益が仕組みで出続けるものはどういうものか」をまとめた本で、エイドリアン・スライウォツキーは「仕組みで利益が出続けるものは23種類しかない」と述べています。
インターネット出現前のメーカー時代に書かれた本でありながら、ネットワーク効果に相当する利益モデルもすでに整理されていました。それが「配電盤モデル」です。
そもそも配電盤が分かんないじゃないですか(笑)。
尾原さんは、昔の電話交換手の話を例に説明します。誰と誰を電話線でつなぐかを人力で取り次いでいた交換手のように、コミュニケーションを成立させるための「つなぎ役」が一箇所に集まる仕組み、それが配電盤モデルです。
利用者A
誰かに電話をかけたい人
配電盤(交換手)
線をつなぎ直して相手と接続する一箇所のハブ
利用者B
電話を受け取る相手
昔はゲートウェイビジネスモデル取引や情報のやり取りが必ず通過する場所を押さえる事業モデル。プラットフォーム型ビジネスの源流と言えるや「ワンストッププラットフォーム」という呼び方もされていたといいます。一箇所に物が集まるとそこでの売買が楽になり、さらに人が集まる――まさにネットワーク効果の原型です。
MOATの守りの発想だけでは、こうした「集まることで魅力が増していく」仕組みの面白さは見えてきません。ネットワーク効果を戦略の一つとして攻めの側面から捉え直すことが、この回の重要な視点です。
まとめ
MOATは「ライバルを入れない堀」を意味する守りの概念であり、ネットワーク効果をMOATとしてだけ捉えると、その魅力の半分が抜け落ちてしまいます。ネットワーク効果の本質は、お客様から選ばれる理由が仕組みで増えていく「攻め」の側面にあります。
- MOATは守り、ネットワーク効果は守りと攻めの両方を持つ概念である
- ピーター・ティールが挙げる4つの独占(ネットワーク効果・ブランド・独占的技術・スケールメリット)は、MOATというよりも戦略の4種類として捉えるほうが正確
- 戦略の本質は「戦いを略する」こと。ポジショニング戦略もネットワーク効果も、その一つにすぎない
- 『ザ・プロフィット』が示す23の利益モデルのうち、ネットワーク効果は「配電盤モデル」として古くから整理されている
- MOATを作る前に、まず「お客様から選ばれる仕組み」を考えることが何より先である
