構造に従う水野さんは「奴隷の精神」?
企画のルールはシンプルです。1人が温泉に入っている間に、残った2人がその人について好きに話します。最初に風呂へ向かったのは水野さんで、堀元さんと飯田さんによる水野評が始まります。
堀元さんが最初に持ち出したのは和辻哲郎 ── 日本の倫理学者。著書『風土』で、気候や自然環境が人間の気質や文化に影響するという風土論を展開しましたの風土論です。台風のような抗えない自然に耐える日本人像が、水野さんに重なるといいます。
なんかさ、(水野さんは)でかい構造を変えられると思ってない感じするんですよね。
飯田さんはさらに一歩進め、水野さんは構造らしきものを見つけると即座に飛びつくと指摘します。ロジックがあれば従えばいい、という「積極的隷属」だという見立てです。
堀元さんは、水野さんが本を大量に読む旅行を自ら「インプット奴隷合宿」と名付けていることも挙げます。自由になっても、ロジックや構造という足枷を探しにいきそうだという話で、2人は盛り上がります。
具体例として、堀元さんはライアーゲームのようなイベントの話をします。堀元さんは場を支配しようとする声の大きい人に逆らうのに対し、水野さんは「そうだそうだ」と従っていたそうです。
ただし堀元さんは、これは悪口ではなく、構造を変えようとしない素直さでもあると言い直します。飯田さんも、水野さんのピュアさや、世界に構造を見つけるアハ体験こそがゆる言語学ラジオの面白さにつながっていると話しています。
商売人の経験がない水野さんと、性悪説の2人
堀元さんによれば、水野さんには堀元さんや飯田さんのように、フリーランスとして細かい仕事を拾って食べていた時期がありません。
堀元さんと飯田さんはその時期に、クライアントの言外の意図を読んだり、地雷の仕事を避けたりする判断を繰り返してきたといいます。堀元さんは月2時間社長の話を聞いて毎月6万円もらう仕事、飯田さんは意味のない記事を大量に作る仕事をしていたと振り返り、冗談まじりに謝罪しています。
象徴的なエピソードが、共著『言語沼』の印税です。副業規定で印税しか受け取れない水野さんのため、バリューブックス側は書店の利益分を「二次印税」として水野さんに渡す仕組みを作りました。
ところが処理の遅れで、水野さんには適正な額が払われていなかったそうです。堀元さんなら120万円が足りないとすぐ気づくのに、水野さんは「そんなもんなのかな」と思っていたといいます。
それ(気づかないの)って社会が自分を騙してないって前提じゃないですか。
堀元さんは自分を性悪説、水野さんを性善説と整理します。振り込みを必ず確認する堀元さんに飯田さんも同意し、欠席裁判のはずが「堀元裁判」になっているとツッコまれる場面もありました。
商売人として裏を読み、振り込みも必ず確認する性悪説寄り
社会が自分を騙していない前提で、振り込み不足にも気づかない性善説寄り
没落したことのない貴族が、いま没落しつつある
飯田さんは、水野さんのピュアさは精神的な「貴族っぽさ」に裏打ちされていると表現します。堀元さんはそこに「没落したことのない貴族」と付け加えます。
堀元さんは筒井康隆 ── 日本の小説家。SFや実験的な作風で知られ、エッセイでも創作論を多く残していますが本に書いていたという、いい作家の条件を紹介します。本がたくさんある家に生まれ、その家が没落することだという内容です。
堀元さんが強調したいのは、今の水野さんが「没落しつつある」ことです。世の中や人間の裏を少しずつ読むようになってきた変化こそが、今のゆる言語学ラジオの面白さだと話しています。
飯田さんも、構造を発見することと、人には裏があると発見することは同じ種類の変化だと応じます。
「タメ語でいいよ」は暴力? 1周目と2周目の悩み
話は、水野さんが「タメ語でいいよ」は暴力なのではないかと語った過去回へ移ります。堀元さんは、同じ話をしていても自分は「2周目」だったと振り返ります。
堀元さんは高校時代、人間関係に強く悩んでいたそうです。陽キャに授業のことを聞かれて答えたあと、もっと面白い返しがあったと反省していたといいます。
一方の水野さんは、飲み会の後に「もっとこう言えばよかった」と反省したことが一度もないと、飯田さんに話していたそうです。2人は2時間の飲み会で5時間反省できると笑い合います。
堀元さんは、漫画家の鹿羽ゆうき先生がラジオの回の反省を次の回でし、さらにその反省の続きをしていたという話も紹介し、「無限に反省が増え続ける」と面白がっています。
高校時代のトラウマも語られます。堀元さんが靴箱で話したことのない女子に「おはよう」と返したら、実は後ろの人への挨拶で、しかも「後ろの人に言ったんだよね」と訂正されたというものです。
飯田さんも、大学最初の授業が休講だった日に、隣のおしゃれな学生へ「先生なかなか来ないね」と話しかけ、スマホを見たまま流された経験を語っています。
僕はだからその時期に人間関係の暴力性みたいなことめっちゃ考えて。
堀元さんの悩みはその後いったん落ち着きますが、管理職になってから別の形で戻ってきたといいます。飯田さんも、チームで指示を出す側になり、自分が「巨大な手」を持っている感覚になったと共感します。
堀元さんによれば、何も気にしてこなかった水野さんが初めて気にし始めた時期と、2周目の堀元さんの悩みの周期が偶然重なったのがあの回でした。飯田さんはこれを、周回の違う天体の軌道が一致した状態にたとえています。
堀元さんは、水野さんは論理的な能力が異常に発達している一方で、情動的な能力は13歳くらいだと冗談めかします。それでもいいやつで面白いから皆に好かれ、13歳のままでいられた奇跡の人間だと評しています。
大人の入り口と、2歳半の息子の「高さ」
飯田さんは、水野さんが自分の加害性に気づいたことを「大人の入り口に立った」と表現します。ただし、加害性を徹底して気にすると、誰とも触れ合わないほうがいいという話になってしまうとも指摘します。
堀元さんが心配するのは、水野さんがどんどん友達を作るのが下手になっているのではないかという点です。飯田さんは、加害の可能性を分かったうえで友達を作るのは、水野さんにとって初挑戦なのだと言います。
ここで飯田さんが持ち出したのが、2歳半の息子さんの話です。最初は段差の危なさがわからず飛び降りていたのに、痛い目にあって高さの概念を覚えると、少しの段差でも怖がるようになったといいます。
堀元さんはあつものに懲りてなますを吹く ── 熱い吸い物でやけどした人が、冷たいなますまで吹いて冷ますという意味のことわざ。一度の失敗に懲りて、必要以上に用心することのたとえですそのものだと応じます。怖さを知ったうえでジャンプできるかという挑戦は、人生で何度も繰り返されるのではないかと話しています。
一方で飯田さんは、水野さんは反省すること、自分の加害性を自覚することが好きすぎるとも感じています。「君にはいいところがある」と伝えてもあまり刺さらないそうです。
褒め言葉を受け取らないカリスマとプラトン役
堀元さんが挙げる水野さんの弱点は、褒め言葉を受け取らないことです。例のゲームで、水野さんは場を掌握した人を「カリスマ性がすごい」と褒めていたといいます。
ちゃうちゃうちゃう、お前が本気を出したらあいつの10倍ぐらいカリスマだぞっていうことを言ったら、そうかなって全然響いてなくて。
飯田さんは、自分からは偉くなろうとしない水野さんをソクラテスに、それを引きずり出す堀元さんをプラトン ── 古代ギリシアの哲学者。師ソクラテスは著作を残さず、その対話はプラトンの著作を通じて後世に伝わりましたにたとえます。堀元さんも「俺やってるプラトンじゃん」と納得しています。
飯田さんは、褒めることは「あなたにはいいところがある」と思っている気持ちの表明だと話します。それを否定されると、こちらの気持ちまで受け取ってもらえないように感じるといいます。
遅いのではなく大きい。飯田さんの「螺旋」論
2人は当初、自分を下げすぎる水野さんを適正な位置に戻したいと考えていました。ところが飯田さんは、最近それとは違う新説を持っていると切り出します。
飯田さんの説は、周囲の人の中で最も人間的な深みを得るのは水野さんかもしれない、というものです。ただし「現時点では浅い」とはっきり前置きしています。
飯田さんによれば、人生は振り子ではなく螺旋です。片方の極に行き、違うと気づいて別の極へ行くことを、2周、3周と重ねていくのが人生だといいます。
水野さんは、何も考えない極端な場所から出発し、誰よりも考える極端へ向かっています。スタートが極端だったぶん、振れ幅は誰よりも大きくなるというのが飯田さんの見立てです。
堀元さんはここで『金色のガッシュベル ── 雷句誠による漫画『金色のガッシュ!!』。魔物の子どもたちが王を目指して戦う物語で、2000年代にアニメ化もされました』を思い出します。孤独に育ったガッシュに「誰よりも優しい王になれる」と語られる場面が、水野さんに重なるといいます。
小さな振れ幅で、ちまちまと悩んでは解決する螺旋を回っている
極端から極端へ振れるため、大回りだが誰よりも大きな螺旋を描きうる
ただし、大回りのまま戻ってこなければうまくいきません。2人は、水野さんがいずれ「そんなに悩まなくていい」と戻る体験をしてほしいと話し、原石として「要チェック」だとまとめています。
人間関係の悩みはいつまでも続く
堀元さんは、自分がちっちゃい悩みとちっちゃい解決を繰り返しているという飯田さんの洞察に納得します。そこで思い出したのが、40代後半の母が「雑談って仕方わかんなくない?」と悩んでいた姿です。
中学生だった堀元さんは「まだそこ?」と驚いたそうです。けれど大人になった今は、その悩みが何度も来るものだとわかるといいます。
飯田さんは、社会人になって縁を自分で選べるようになり解放されたと思ったら、パパ友・ママ友が始まったと語ります。子どもが学校に入ると、親も疑似的に学校へ入り直すというわけです。
そうか。子供の入学って親の入学でもあるんだ。
堀元さんは、港区女子との合コンに社会経験として行った話を披露します。著書『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』のタイトルを言うと相手が引いてしまったそうで、飯田さんは「港区女子に暴力」とツッコみます。
それでも堀元さんは、高校や大学の頃なら落ち込んだはずが、今はまったく気にならなかったといいます。違う世界に生きている人に刺さる必要はないと考え、気の合う人だけを周りに集めようと決めたばかりでした。
飯田さんは、親同士の関係は仲良くなるべきか、どこまで踏み込むかが曖昧で、相手が同じ気持ちかもわからないところが難しいと話します。35歳になって再び「友達ってどう作るのか」に戻ってきたというわけです。
会社員のままか、作家か。水野さんの振れ幅の行方
飯田さんは、水野さんがこの先もずっと会社員なのか、少し疑っているといいます。ゆる言語学ラジオの仕事も忙しくなり、作家としても大きなスタートを切ったからです。
水野さんは本を出す際、「自分のボラティリティを閉じたい」と話していたそうです。書いてうまくいかなければ作家の道はないと分かりたい、という意味でした。飯田さんは、成功したら逆に道が開けてしまうと反論したといいます。
堀元さんは、水野さんに自分の会社へジョインした場合の年収を提示したことがあると初めて明かします。結構いい待遇だったものの、水野さんは「今幸せなんで」と断ったそうです。
飯田さんは、お金ではなびかない水野さんが、いま自分の才能に気づき始めていると見ています。そのぶん葛藤も大きく、その果実も濃厚になるはずだという見立てです。
堀元さんは一方で、売れない期間が長いミュージシャンが急に売れて調子に乗り、業界で悪い評判が立つ例も挙げます。振れ幅が悪い方向に出るのは嫌だと話しつつ、今の水野さんはそうならない方向で大きく揺れていると2人は同意しています。
飯田さんは最後に、自分たちは時計の長針で、水野さんは短針なのだと表現しました。
堀元さんはプリウス、水野さんはF1カー
飯田さんは、画面越しではわからない水野さんの凄さを、隣で見ている堀元さんに尋ねます。堀元さんはまず、自分は誰と喋ってもそこそこの点を出せる「使い勝手のいいカード」だと自己評価します。
で、水野ってF1カーなんですよ。ピーキーな性能を発揮するんで。
堀元さんによれば、水野さんは面白くない話をされると面白くなさそうな顔をします。本業があり、どうしても成立させなければと思っていないぶん正直なのだといいます。
対して堀元さんは、刺さっていない話でもサビだとわかれば大きめにドラムを叩き、「うわ、その見方なかったわ」とギリギリ嘘にならない反応をするそうです。
誰が乗っても成立させようとし、平均点が出やすい
はまる話を投げた時は速いが、乗り手の努力を要求し、最高点が出やすい
飯田さんは、つんどくチャンネルは再生回数が安定している一方、ゆる言語学ラジオには跳ねる回の爆発力があると話します。それは自分たちの人生の振れ幅がそのままコンテンツに出ているのではないか、という指摘です。
堀元さんは『ブルージャイアント ── 石塚真一によるジャズ漫画。サックス奏者の宮本大が世界一を目指す物語で、映画化もされています』で、小さくまとまったソロをする雪祈に大が「もっと」と迫る場面を挙げ、水野さんと喋るのはそれと同じだと話します。
ただ堀元さんは、この発想は家庭と相性が悪いとも言います。飯田さんは、家庭のような制限がある中で生み出される幅こそ見てみたいと応じています。
呪いになりかねない評価と、クリエイターとしての水野さん
堀元さんは、ここで喋った内容を聞いた水野さんが「自分は大きな振れ幅を繰り返さなければ」と思い込み、人並みの幸せを逃す呪縛になるのではないかと心配します。
水野さんはずっと「自分はコンテンツクリエイターではない」と言い続けてきたそうです。しかし堀元さんは、そうではないと考えています。
あの反省しない男がですよ、飲み会でスベって反省しない男が、収録の後はむちゃくちゃ反省するんですよ。
飯田さんも、水野さんはつんどくチャンネルの再生数を気にするほど負けず嫌いだと話します。2人は、堀元さんが「クリエイターの道」、飯田さんが「人並みの幸せの道」へ水野さんを引っ張り合うくらいがちょうどいいと笑います。
最後は、インターネット芸人の老いへ話が移ります。堀元さんは、皆が高田純次 ── 日本のタレント。いい加減さを芸風とした軽妙なキャラクターで長く活躍していますのようになりたがるが、高田純次は高田純次にしかできないと話し、なれなかった自分たちが何になるべきかを考えていると明かしました。
飯田さんの人生を壊しているのではないか
水野さんが戻り、次は飯田さんの欠席裁判です。堀元さんが最初に言いたかったのは、自分が飯田さんの人生を破壊している気がするということでした。
堀元さんによれば、飯田さんは結婚当初はエモい文章を書く「ちょっとおしゃれな人」だったのに、今はつんどくチャンネルで変顔やコスプレをしています。奥さんが引いているらしいと、堀元さんは縮んだセーターにたとえます。
堀元さんはかつて水野さんに対し、人生を台無しにしてはいけないと遠慮していたそうです。すると水野さんは、それは自分の主体性を軽視していると返したといいます。
水野さんによれば、その発想は飯田さんとのやりとりから来ていました。「一緒にいると気疲れするよね」と言ったら、飯田さんに「舐めるな」と怒られたそうです。自分の意思で来ている以上、それはお前の責任ではないという意味でした。
堀元さんはこの考え方で飯田さんに接してきました。けれど、飯田さんに蕁麻疹が止まらないと聞き、壊れていきそうな友人を見ているのは友人としてダメなのではないかと思い始めたといいます。
飯田さんを上手に止めてあげるべきなのか、それとももう本当に死ぬまで走らせる方が彼の幸せなのかみたいに悩んでて。どう思う?これ。
水野さんは、堀元さんが「友として」と口にしたこと自体がいいと話します。そのうえで、ビジネスパートナーとしての話と友人としての話を切り分けて伝えればいいと提案しました。
ただ、実際には堀元さんは心配を伝えていません。飯田さんが「蕁麻疹が止まらない」と言った時には「いいね」と返していたそうで、水野さんからはトーンと内容を連動させるよう促されています。
老いと「炭鉱のカナリア」
堀元さんは、飯田さんの難しさとして、家庭に加えて「老い」を挙げます。飯田さんは35歳、堀元さんは33歳で2歳しか違わないのに、飯田さんの方が明らかに老いているというのです。
堀元さんによれば、ホテルのビュッフェで飯田さんは堀元さんの3分の1ほどしか食べていませんでした。活力が減り、YouTuberとして必要なエネルギーが削ぎ落とされているといいます。
飯田さんって炭鉱のカナリアなのよ。
炭鉱のカナリア ── かつて炭鉱で有毒ガスを検知するためにカナリアを連れて入った習慣から、危険をいち早く知らせる存在のたとえですという表現に、水野さんは「いい意味で最低」と返します。
堀元さんは言い方を間違えたと釈明し、本当に言いたかったのは、少し先を行く飯田さんの行く末を見ることが自分の将来を考えるきっかけになり、他人事とは思えないということだと話しています。
もう一段腹を割るには? 日記と短編小説
水野さんは、自分たちがもう一段腹を割って仲良くなるルートはないかと切り出します。移動中の会話が登録者数や本の売上といった間接的に序列的な話になっていて、本当に痛い部分を開示できていないのではないかという仮説です。
堀元さんはこれを「大波」と呼んで褒めつつも、誰にも見せたくないものを友達に言わないのは男女関係ないのではないかと異を唱えます。水野さんは、単に今より深い仲になれば開示が進むのでは、という仮説に言い直しました。
水野さんの提案は、飯田さんの主体性を重んじつつ「心配しているが、強権的にどうこうする気はない」とだけ伝えることでした。
堀元さんが心配の根拠に挙げたのが、つんどくチャンネルの特典として続けている日記です。最初は1週間分の予定が4か月続き、飯田さんの分は20日分ほど溜まっているそうです。
それなのに飯田さんは、直近の収録で事前相談なしに「特典として短編小説もつけます」と言い出したといいます。堀元さんは、言い出した本人の方が危ないのではないかと、収録後に心配になったそうです。
プロフェッショナルは友達より上なのか
堀元さんは、心配を口にしなかった理由をこう言語化します。飯田さんをプロとして信頼しているので、タスク量について口を出すのはよくないという規範があるのだといいます。
堀元さんは、クイズ企画で飯田さんの質問が長いとダメ出しをした一件と比べます。あれはプロ同士のぶつかり合いだから言うべきだったが、日記の件はただの友達としての干渉になるという整理です。
僕のプロフェッショナルと飯田さんのプロフェッショナルがぶつかっていて戦ってるわけじゃなくて、僕のアマチュアと飯田さんのプロフェッショナルがぶつかってるだけなんですよ。
水野さんは、友人とプロを上下で考えなければいいのではないかと問います。堀元さんは、それが自分の中の公理 ── 理論を組み立てる出発点として、証明なしに正しいと認める前提。ユークリッド幾何学の5つの公準が有名ですのような深い信念なのかもしれないとしつつ、改める構えはあると話しています。
事例を求められた堀元さんは、恋人に仕事のことを口出しされるのが嫌いで、何度も揉めたと明かします。水野さんはすかさず、恋人は当事者ではないが、飯田さんはビジネスの当事者であり友人でもある点が違うと整理しました。
さらに堀元さんは、心のどこかで飯田さんに走り切ってほしいと思っていると認めます。飯田さんの限界がここだと線を引けば、炭鉱のカナリアのように自分も止まらなければならなくなるからです。
なんか友人としては止めた方がいい気がしてるが、僕は止めたくない。深層心理で彼が走り抜けてほしいと思っているから。だから今止めずにいるんだが、それってすごく冷酷なことなんじゃないか。
水野さんは、冷酷かどうかで悩んでいる時点で本当に冷酷な人ではないと返します。そして、自分も友人が壊れていく様を傍観していていいのかという問題を抱えることになったと話しています。
カメラ越しでしか言えない心配
水野さんは、自分も当事者として、飯田さんに壊れてほしくないし心配していると認めます。ただ、面と向かって伝えるのは気恥ずかしく、親への感謝も同じように言えないそうです。
そこから2人は、YouTubeのせいで生活が狂ったのではなく、カメラの前だからこそ本音を言えているのではないかと気づきます。欠席裁判システムは発明かもしれないと盛り上がります。
でもさ、水野さんのその友人として心配してますよを直接見ると言えないさ。克服した方が良くない?
そこで2人は、翌日の帰りの車中で直接伝える練習を始めます。ところが堀元さんは、つい飯田さんを「浩平さん」と呼び間違えてしまい、フォームが崩れます。
しかも堀元さんは途中で、数日前の飲み会で「ご家庭とか大丈夫ですか?」とさりげなく聞いていたことを思い出します。押し付けがましい「心配してます」は避けていたが、言っても良かったのかもしれないという結論になりました。
「答えたくなければいいけど」は距離の遠さ?
練習の中で水野さんは「友達だから聞いてほしいんですけど」という前置きにこだわります。堀元さんは、それはいらないと指摘します。
堀元さんによれば、水野さんは政治や恋人の有無を聞く時、打ち解けた相手にも「答えたくなければいいんですけど」と前置きする傾向があります。模範的な態度ではあるものの、その仲の良さなら不要だと感じているといいます。
堀元さんの考えでは、権力勾配がない場なら、3回飲みに行った友達に「選挙どこに入れるの?」と聞くのはフェアです。答えたくなければ相手はそう言うはずだからです。
水野さんは、その前置きはむしろ仲のいい人にだけ使う「距離が近づいたシグナル」だと説明します。堀元さんは、それはネガティブポライトネス ── 相手の領域に踏み込まないよう配慮し、距離を取ることで示す丁寧さ。言語学のポライトネス理論の用語ですであり、距離を取る礼儀正しさとして受け取られやすいと伝えました。
堀元さんは、センシティブな質問を、答えなくていいと示しつつ距離が近くなる形で聞ける表現があれば偉大だと話します。今のところ高田純次のように空気をまとうしかないそうです。
結局、飯田さんについて話すつもりが自分たちの話ばかりしていたと2人は認めます。堀元さんは、他者のことを懸命に考えたら見えてくるのは自分のことだったのではないかと締めくくりました。
堀元さんの理想の相方は誰か
最後に風呂へ向かったのは堀元さんです。飯田さんは、いろいろな人と番組をやる堀元さんが、誰と組めば100%輝くのかという「理想の相方論」を切り出します。
似た者同士が組むと、熱狂的な100人のファンは生まれても、なんとなく好きな1000人は生まれにくいのではないか、というのが飯田さんの見立てです。
一般的なポッドキャスト論として、真反対でも話がかみ合う2人が跳ねやすいという話も出ます。例としてOVER THE SUN ── 堀井美香さんとジェーン・スーさんによるTBSのポッドキャスト番組が挙がっています。
飯田さんは、堀元さんは本質的に「振り回されたい人」だと言います。広告案件で相手に細かく注文されると不満を言いながらも生き生きしているので、課題解決が好きなのだという分析です。
飯田さんによれば、水野さんはその振り回す側です。水野さんの単著の時期、つんどくチャンネルに出る代わりに、まずゆる言語学ラジオで別の本を紹介すべきだと譲らなかった一件がその例として語られます。
だからなんかね、ホームランを打たせてあげられてないの。
飯田さんは、自分と堀元さんの動画は高確率でヒットを打てるが、三振もホームランもないと話します。安定していることは悪ではないとしつつ、堀元さんという素材を引き出しきれていないのは自分の課題だと捉えています。
組み合わせとして話題に出たのは、オモコロの原宿さんです。いい意味で乱暴な原宿さんと組めばスパークしそうだが、堀元さんは原宿さんが好きすぎて自分を解放できないかもしれない、という話にもなりました。
水野さんが抱えていた「存在論的な不安」
水野さんはここで、飯田さんに対して「存在論的な不安」を覚えることがあると打ち明けます。つんどくチャンネルが10万再生前後の動画を続けて伸びていた時期、手放しで喜べない自分がいて怖かったといいます。
水野さんが整理した理由は、自分が置き換えられるのではないかという恐怖です。わがままを言う自分より、わがままを言わない飯田さんの方が堀元さんにとって楽だと思われるのではないか、と感じたそうです。
背景には、堀元さんがゆる言語学ラジオが順調になった時に、それ以前の番組を相談なく畳み、水野さんがそれを間接的に知ったという約4年前の出来事もあるそうです。
水野さんは、飯田さんが本を出して自分より売れた時に、100の気持ちで「おめでとう」と言えるよう今から準備しているといいます。飯田さんは、80のおめでとうだと正直に言われる方が嬉しいと返しますが、水野さんはそれはプライドが許さないと答えています。
最近まで「相方」と呼べなかった飯田さん
飯田さんは、堀元さんにも言っていなかったことを明かします。最近まで、堀元さんのことを「相方」と呼べなかったというのです。
飯田さんは霜降り明星を例に出します。粗品さんが別の人とポッドキャストを始めても、その人が粗品さんを相方と呼べば「粗品の相方はせいややろ」と思われる、という感覚です。
飯田さんにとって相方という言葉は、単に一緒に仕事をする以上に人生を重ねている意味を含みます。ファンへの配慮ではなく、自分の中で堀元さんを「借りている」感覚があったといいます。
最初に一緒に動画をやる話を冗談っぽく振った時、堀元さんに「企業案件はやりたくない」と流され、内心「ああ、無理か」と思ったそうです。
自分の番組に堀元さんを「借りている」感覚で、相方とは呼べなかった
堀元さんが楽しんで出ているとわかり、2年近く経ってようやく相方と言えるようになってきた
飯田さん自身も、つんどくチャンネルはビジネスでやっていると言いつつ、根本は楽しいから続けていると話します。しんどいだけになったらやめる、というのが飯田さんのスタンスです。
弱さを見せられない弱さ
堀元さんのアウトプットが落ちてきたら指摘するのか、という話から、3人は結局どの組み合わせでも同じ話をしていることに気づきます。飯田さんは、欠席パートを3人でプレミア公開のように一緒に見る案まで出します。
飯田さんは、堀元さんと水野さんは他者の人権を尊重しすぎていると感じています。それは尊いことでもありますが、どちらかが弱った時には、ぐいっと踏み込むことも重要だと話します。
飯田さんによれば、強さには種類があり、相手を心配させないことも、自分の弱い部分を見せられることも、どちらも強さです。弱った側が弱さを見せられるか、見せられた側が「あなたが決めたこと」から半歩踏み込めるか、両方が試されるといいます。
さらに飯田さんは、堀元さんと水野さんの人生はお金の話とは関係なく、すでに半分被ってしまっていると指摘します。
場所を作り続ける人。優しさと臆病、親切と寛容
飯田さんは、堀元さんは「それはその人の人生ですから」と言いながら、意外と面倒見がいいと見ています。そこに矛盾した魅力があるという見立てです。
水野さんが紹介したのは、かつてコテンラジオのスピーカーを務めた室伏さんの堀元評です。堀元さんは慶應のサークル、村、コミュニティ、雑学用のDiscordサーバー、ゆる言語学ラジオ、カフェと、どの時期も場所を作り続けてきた「場所の人」だといいます。
飯田さんは、堀元さんは人間関係を利害関係でしか捉えられなくなっている一方、本当は利害を超えた関係を求めているのではないかと話します。利害がない関係づくりを、相手の人権を侵す暴力のように感じてしまうのではないか、という分析です。
飯田さんはまた、優しさと臆病は双子だと言います。村づくりが失敗した頃のブログは相手を強く責めていたが、人を傷つける経験を経て、今の優しい堀元さんになったと見ています。
水野さんは、自分と飯田さんがそれぞれ堀元さんを怖めに想像し、理論武装して提案に行ったら、あっさり「いいっすね」と受け入れられた経験を語り合います。
水野さんは、日本語の「優しい」には親切と寛容という反比例する2つが含まれていると整理します。飯田さんは、堀元さんは寛容寄りだが、親切の芽も感じると応じました。
自分で責任を取れるならやりなよ、と相手の意思を尊重して干渉しない
友達だから言うけどやめときな、と真剣に向き合って踏み込む
一緒に嘘を信じられる関係
飯田さんが大事にしている価値観は、「一緒に嘘を信じられるか」です。妻との関係でいえば、統計上は世界に他のいい相手もいるはずだと分かったうえで、「あなたしかいない」と伝え合うことだといいます。
その嘘を嘘と分かりつつ一緒に信じ合えるかっていうのが一つの人間関係だなって。
飯田さんによれば、約束は一度でも破れば嘘になってしまうため、永遠に本当にはなりません。それでも、真実に近づく一歩を積み重ね、本当に向かっている途中を維持することが人間関係だと話します。
そして飯田さんは、3人の関係もすでにその嘘を紡げていて、利害関係を超えていると考えています。堀元さんには、利害を超えた関係はもうあるのだと、幸せの青い鳥のように気づいてほしいといいます。
水野さんは、その話も1時間前に堀元さんとしたばかりだと指摘します。全員が全員に対して「もうちょっと開示した方がいい」と言っているだけだったと整理され、友情のステージがもう一段上がれば釣り合うという話にまとまりました。
時間と修羅場が関係を変える
水野さんは、堀元さんとの関係は2年目より今の方が仲良くなった感覚があると話します。飯田さんも、最初は本を贈る企業の担当者だった自分が、3、4年でこうして3人で宿に泊まっていることを劇的な変化だと感じています。
水野さんは、本の誤植騒動のような大きなトラブルの時にいつも飯田さんがいてくれたことも大きいと言います。修羅場を一緒に乗り越えると、関係は別のフェーズに進むという話です。
水野さんは、美学者の伊藤亜紗 ── 東京科学大学(旧東京工業大学)の教授を務める美学者。身体や障害、利他をテーマに研究・執筆していますさんの会議研究にも触れます。凡庸な結論でも、長い時間をかけて出すことには意味があるという内容です。
飯田さんは宮本常一『忘れられた日本人』に出てくる村の寄り合いを重ねます。3日3晩話し合い、皆が言いたいことを言い尽くすから、結論に納得して結束が固まるという話です。
3人がたどり着いた凡庸な結論は、もっと仲良くなろうというものでした。長く話し合ったこと自体に意味があるというのが、この回の手触りです。
戻ってきた堀元さんと答え合わせ
堀元さんが風呂から戻ると、どのパートもほぼ同じ話だったと告げられます。お互いが「あいつは優しすぎて弱みを見せずに抱え込む」と心配し、もっと仲良くなるべきだという結論になっていたのです。
ここで水野さんと堀元さんは、面と向かって飯田さんに「友人として壊れていかないか心配している」と伝えます。堀元さんは照れ隠しで「炭鉱のカナリア」と茶化しつつ、黙ったまま倒れるのではなく声を上げてほしいのだと言い直しています。
飯田さんからは堀元さんへ、利害関係以上の関係がもうできていることに気づいてほしいと返されます。本当にしんどい時に連絡するかと聞かれ、堀元さんは「しないかも」と認めていました。
最後に3人は、属性の偏った自分たちの悩みについて、人生3周目、4周目の先輩からのアドバイスを募って収録を終えています。
まとめ
温泉旅館での欠席裁判は、悪口大会のはずが、3人それぞれの人間関係の癖を映し出す回になりました。誰について話しても、最後は弱さを見せ合えるもう一段深い友情へ行き着いていたことが、この回のいちばんの発見です。
- 水野さんは構造に素直に従うピュアさを持ち、遅いのではなく大きな螺旋を描く人として語られた
- 堀元さんは飯田さんを心配しつつ、プロの判断に友人として口を挟むことをためらっていた
- 飯田さんは堀元さんを最近まで相方と呼べず、利害を超えた関係がもうあると伝えた
- 3人とも「弱さを見せられない弱さ」を抱え、もっと仲良くなろうという結論に至った
- 長い時間をかけて話し合うこと自体に意味がある、という感覚で収録は締めくくられた




