お盆の入りに気づいた新聞欄の異変
横山さんは山梨県南アルプス市でお寺の住職を務め、宿坊の運営や東京・代々木の法言寺東京別院なども手がけています。
この日はお盆の入り。横山さんにとってのお盆は今日から十六日までで、これからお経回りが始まる時期です。
バタバタする中で、ここ数日の新聞を見ていて驚いたことがあったといいます。
八八八に集まった入籍報告
驚きの正体は、結婚や誕生、訃報などを載せる欄でした。近年はこの欄のボリュームが減り続けているといいます。
家族葬など閉じたお葬式が増え、訃報を載せない人が多くなっているためです。
ところが、その欄が異様に大きくなっていました。よく見ると、結婚の報告が非常に多かったのです。
理由は令和八年八月八日、つまり八八八の日の入籍でした。八が三つ並ぶ末広がりで縁起がいいということで、たくさんの人が入籍したと考えられます。
八八八ということで、末広がりで、しかも縁起がいいみたいなことで入籍した人がたくさんいるんですね。驚きましたね。
結婚する人は二十代三十代が中心のはずです。若い世代でもこれほど験を担ぐのかと、横山さんは驚いたと話しています。
宗教離れの時代に移っていく「宗教的なもの」
ここから横山さんは、宗教離れといわれる現状への見方を語ります。
宗教的なものがないと人間はやっていけず、他の宗教的なものへ移っているだけではないか、というのです。
宗教離れとか言ってるけどですね、宗教的なものがないとやっぱ人間ダメで、宗教的な他のものにやっぱ移ってるだけなんだな、と示唆的によくわかりましたね。
お寺の世界でも寺離れや墓離れが語られますが、横山さんはやり方の問題であって大丈夫ではないか、という確信に近いものを得たと話します。
暦はそもそも人間が決めたものです。八八八といっても、決めた区切りがたまたま重なっただけの、ただの一日にすぎません。
それでも人はそこに意味を見出してしまいます。横山さんは、そこにこそ人間のすごさがあるとみています。
石器時代から変わらないホモサピエンス
横山さんは、人間の本質は石器時代から変わっていないと語ります。
ホモサピエンスはね、石器時代から中身が変わってないですからね。外側に進化を外在化させていると言っても過言ではないんですけども、本質的には変わってないので、宗教的なものはこれからも残り続けますね。
だからこそ宗教的なものはこれからも残り続ける、と横山さんはみています。
八八八の入籍ラッシュから、人間はやはり変わらないと感じたところで、お盆に向かっていくと締めくくられました。
まとめ
令和八年八月八日の入籍ラッシュを入り口に、宗教離れといわれる時代でも人間は宗教的なものを手放さない、という横山さんの見方が語られた回でした。
- 八八八の日に入籍が集中し、新聞の結婚報告欄が異様に大きくなっていた。
- 若い世代でも縁起や験担ぎを大切にする姿が見られた。
- 宗教的なものがないと人間はやっていけず、別の宗教的なものへ移っているだけとも考えられる。
- 人間の本質は石器時代から変わらず、宗教的なものはこれからも残り続けると横山さんはみている。
