お寺で開いてきた学びの場
この週末、別院で春木先生の講義を開きました。テーマはSNSやスマホとの付き合い方を考える土台を学ぶような話です。
簡単なアンケートもお願いしていて、ちょこちょこ返ってきています。まとまった数になったら、春木先生にもお渡ししようと思っています。
この企画も、これで2回目になりました。5月に東知之先生を呼んで、足立区の大変な中学校をバレーボールや応援団、ミュージカルなどを通して変えていったという話をしてもらいました。
そして9月に春木先生。来年には中村淳彦さんの講演も決まっています。出版に合わせてやっていくということで、そちらもお祝いできるといいなと思っています。
いただいた時にやる、というスタンスへ
この寺子屋企画、年内にはあと2本ぐらいやる予定です。11月20日には、聞いてる方もよくご存知の方がたまたま南アルプスにいらっしゃるということで、お寺で一緒にやりましょうという話をいただきました。
もう一つは、有名な女性登山家の方の息子さんに、その活動についてお話しいただく講演を準備しています。いまは日程候補が先方から来るのを待っているところです。
もともと僕のイメージでは、年4回、季節ごとに1回打てればいいかなと思っていました。でも話をいただいたら、いただいた時にやった方がいいというスタンスに変わってきました。
後でネタ切れになったら怖いなと思いながらも、タイミングを逃すとずっとできないものもあるので、どんどん日程を決めて入れていきたいんです。
地元の方々とやっていると、「こんなのもお寺でできないか」という話も出てきます。僕の知らない方を呼ぶこともあって、そういうのは共催という形にしています。
学校ではあまり教えてもらえないけど大事だよね、ということを聞く機会にする。お寺から学びを開いていく。持ち込み企画で共催でやるのも、お寺を開いていくうえで大事なことだなと思っています。
自分じゃなきゃ届けられない、という感覚
こうしてやっていて、ふつふつと湧き上がってきたものがあります。自分じゃなきゃできないことをやる、という感覚です。
自分じゃなきゃ呼べない人を呼んで、この地方の田舎に発信していく。自分じゃなきゃ届けられないものを、ここからローカルの人たちに届ける。そういう勝手な使命感が、だんだん湧いてきたんです。
昔は、住職だからお寺にいなきゃいけない、みたいなことがありました。でも今は逆で、住職こそ外に出なきゃいけないなと思っています。
時間的な制約も予算的な制約もあるんですけど、あんまりケチケチせずに外に出て、いろんなものを見たり、いろんな人に会ったりして、それを持って帰ってこなきゃいけない。
そして持ち帰ったものを、この場所できちんと発信する。編集なんてそんなにちゃんとできないですけど、この地元の人に向けてやっていく。それに対して、ものすごく勝手な使命感が湧いてきているんです。
40代後半のリソースを、もっとそこに使っていった方がいいんじゃないか。やっていきながら、そう見えてきました。外に出ていって、発信は内向きに、ということを増やしていきたいなと改めて思っています。
AI時代に、使命感は人の魅力になるかもしれない
この勝手な使命感というのは、今後のAI時代に、人の魅力の一つになるような気が勝手にしています。
今までも大事だったのかもしれません。だいたいみんな、勝手な使命感でやっていますよね。自分がやらなきゃいけない、気づいた人が自分だから自分がやるんだ、というような。
そんな勝手な使命感を、自分の中でふつふつと育てながら、いろいろやっていきたいと思っています。
中村さんの講演も、イメージとしては地元の保護者向けにこじんまり、という感じですけど、企画したら結構いろんな人が来るんじゃないかなという気がしています。
この取り組みがどう育っていくかも、まだ始めたばっかりなので、見守りながらやっていきたいところです。
ということで、皆さん、良い一日をお過ごしください。ではまた。
まとめ
お寺で学びの場を重ねるなかで、「住職こそ外に出て、自分じゃなきゃ届けられないものを地元に持ち帰る」という勝手な使命感が湧いてきた、という話です。
- 春木先生の講義で寺子屋企画は2回目。来年は中津さんの講演も決まっている
- 年4回のつもりが「いただいた時にやる」スタンスに変わり、企画が続いている
- 住職はお寺にいなきゃ、から「住職こそ外に出るべき」へ考えが逆転した
- 勝手な使命感は、AI時代の人の魅力の一つになるかもしれない






