
お寺の縁側ラジオ情報学の視点では、個々の点よりも点と点のあいだの「つながり」の質や数に注目します。これは仏教が大切にしてきた、物事をつながりの中で見る視点と深く重なります。ある講演をきっかけに、改めてそのことを考えました。私たちは自分のいるコミュニティの中からしか世界を見られず、その外側が見えていません。見えていないのに見えているかのように振る舞ってしまうことが、炎上のような現象を生む根になる——仏教が「愚かゆえに苦しみを生む」と言ってきたことと重なります。世の中は、条件・環境・タイミング・偶然が複雑に絡み合っていて、「これをすればああなる」という単純な因果では語れません。「大体のことはわかっている」という感覚こそが思い上がりです。「分からない」を前提として謙虚に引き受けながら立ち居振る舞うこと——それが誠実な在り方ではないかと思います。学ぶことは成長のためでなく、知らなかったことが知れる楽しさそのものにあります。知り切ることはできないからこそ、謙虚に学び続けられる。・情報学と仏教に共通する「つながりを見る」視点・見えていないものが見えていない、という人間の盲点・「分からない」を引き受けることの誠実さ・成長のためでなく、知る喜びのために学ぶ
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