四兆円に迫るアニメ産業市場
この日のテーマとして選ばれたのはアニメの話でした。横山さんは、これを仏教の教えと絡めて話せると考えたそうです。
まず前提として、アニメ産業の規模の大きさが紹介されます。日本の産業では自動車がやはり大きいものの、これから成長が期待される産業としてアニメが挙げられます。
統計資料によれば、アニメ産業市場は2024年で三兆八千四百七億円と、四兆円に迫る規模になっているそうです。
2002年の一兆九百六十八億円と比べると、この二十年で三倍以上に拡大していることになります。
この市場には、テレビや映画、ビデオ配信、商品化、音楽、海外展開のほか、パチンコ・パチスロやライブなど、アニメ作品を使った遊興コンテンツ全体が含まれます。
2012年頃までは横ばい、あるいは微増でしたが、そこからぐんと右肩上がりになっていると横山さんは説明します。海外市場での躍進が国内市場も牽引している形です。
一方でビデオなどの売り上げは年々減少し、配信へ移行しています。慢性的な人手不足もあり、長野県や静岡県など地方にアニメ制作会社が作られる動きも増えているそうです。
呪術廻戦に潜む仏教の言葉
ここから本題の仏教メタファーの話に入ります。横山さんは自身も子供と一緒にアニメを見ると語り、ワンピースやドラえもんに触れつつ、鬼滅の刃と呪術廻戦を挙げます。
呪術廻戦でまず注目されるのが五条悟です。「悟る」という字が名前に入っており、「五条」もお坊さんの袈裟の種類の一つにあるといいます。
五条悟の領域「無量空処」も仏教の言葉です。仏教には三界欲界・色界・無色界の三つの世界。迷いのある衆生が生死を繰り返す領域を段階的に分けた仏教の世界観。という考え方があります。
欲がある世界
欲はないが物質的なものに執着する世界
物質的な形を捨て去った、そうしたものがない世界
無量空処は、この無色界における心の禅定、静まった状態の一つの段階だと横山さんは説明します。
あんまり一般的には無量空処って言わないんですけど、空無辺処っていう言い方で僕らは勉強したんですね。その別の呼び方で無量空処ということで、物質的な形を捨て去って、無限に広がるような空の思想がメタファーになっているんだと思います。
そのほか、夏油傑の格好は完全に坊さんの格好であり、両面宿儺も、山梨から飛騨方面へ抜ける道に「両面宿儺のお寺」の看板があると横山さんは思い出します。
両面宿儺の領域「伏魔御廚子」の「厨子」は、仏像などが安置される扉付きの箱を指す言葉です。魔を降伏させる名でありながら、宿儺自身が魔そのものであるという逆説的な構造が面白いといいます。
伏黒恵が召喚する魔虚羅の裏にある車輪のような意匠は法輪仏の教えが広まっていくことを車輪にたとえた仏教の象徴。お釈迦様が教えを説き広めることを「法輪を転じる」と表現する。を思わせます。
ガコンと回るたびに、あらゆる事象に適応していく。この法輪のようなものが回るたびに適応が進む演出は、苦を克服していくのが法輪が転じていくことと、かけているのかなと思えたりするわけですね。
鬼滅の刃、無惨と産屋敷の対比
鬼滅の刃にも浄土信仰が登場します。悲鳴嶼行冥は「南無阿弥陀仏」と書かれた数珠を持ち、彼自身もよく唱えています。
これは他力本願阿弥陀仏の力にすがって救われるという浄土教・浄土宗系の思想。自分の力ではなく仏の働きによって往生するという考え方。の象徴だと横山さんは指摘します。
さらに横山さんが面白いと語るのが、鬼舞辻無惨と産屋敷耀哉の対比です。
鬼舞辻無惨は煩悩や執着の象徴として描かれています。不老不死を求め続け、最後まで邪魔になったのが太陽の光でした。その執着を達成するために鬼を増やし、鬼殺隊を徹底的に排除しようとします。
一方の産屋敷は、自分の体が滅んでも、産屋敷家として子々孫々、鬼舞辻無惨と戦い続ける使命をたどります。命は終わっても、思いや教えは受け継がれていくという考え方です。
不老不死という命への過剰な執着。煩悩まみれ、それ故に荒ぶる存在。
諸行無常を受け入れつつ、思いや教えを世代を超えて残していく存在。
鬼が死ぬ間際に成仏するかのような描写があることにも横山さんは触れます。過去の心に引っかかっていたものが解消していく場面です。
上弦の参・猗窩座の最期も、人間だった頃の執着から鬼になり、その執着が解消されていくという成仏的なメタファーがあると感じられるといいます。
転生ものが受ける日本人の死生観
仏教メタファーは他の作品にも広がります。葬送のフリーレンは、供養や巡礼を思わせる旅の物語です。
長命のフリーレンと、普通の寿命を終えていく人間との時間感覚の違いを、フリーレンがだんだん理解していく。そこには無常を受け入れる感覚があると横山さんは見ています。
さらに、輪廻転生をテーマにした転生ものが多く受けている点にも注目します。
転生ものがこんなに受けるのは、日本人の宗教観とか死生観が、輪廻というものを死生観の中に持っているんだろうなと思わされますね。
大変な時代になっている今、転生するというものにかける憧れや、そこに救いを求める心の働きがあるのかもしれない、とアニメのトレンドから横山さんは考えます。
仏教は二千五百年続く大きな物語であり、その中にたくさんの物語が散りばめられています。それらに乗りながら、これからも面白い作品が生まれていくだろうと語ります。
今後さらに、こういった仏教ネタが元になって素晴らしい表現が生まれていくことを、一僧侶として楽しみに期待しながら、今日の話は終わりにしたいと思います。
まとめ
成長を続けるアニメ産業を入り口に、横山さんは呪術廻戦や鬼滅の刃に潜む仏教のモチーフを僧侶の視点で読み解きました。作品を仏教のレンズで見ると、最強キャラや対立構造の裏にある思想が見えてきます。
- アニメ産業市場は2024年で三兆八千四百七億円と、二十年で三倍以上に拡大している
- 五条悟の「無量空処」や魔虚羅の法輪など、呪術廻戦には仏教の言葉やモチーフが散りばめられている
- 鬼滅の刃の鬼舞辻無惨と産屋敷耀哉は、執着と無常という対照的な仏教観として読める
- 鬼の成仏的な最期や転生ものの人気には、輪廻を含む日本人の死生観が反映されていると考えられる
- 仏教という大きな物語をベースに、これからも新しいアニメ表現が生まれることが期待される
