韓国・釜山で決まった2つの世界遺産
番組冒頭、横山さんは韓国の釜山で開かれた第48回ユネスコ世界遺産委員会のニュースを取り上げます。
ここで日本では奈良の「飛鳥・藤原の宮都」が7月26日に登録が決まりました。国内では27件目の世界遺産にあたります。
飛鳥村、橿原市、桜井市に点在する6世紀末から7世紀初めの遺跡群で、構成資産の数は19。高松塚古墳やキトラ古墳、石舞台古墳など、教科書で見た覚えのある名前が多く含まれます。
ただし今回横山さんが紹介したいのは、こちらではないと言います。
もう1つ、仏教関係の世界遺産が同じタイミングで登録されていました。それがインドのサールナートです。
初転法輪の地サールナートとは
正式には「古代仏教遺跡サールナート・バラナシ」。飛鳥・藤原の宮都の1日前、7月25日に登録され、インドでは45件目の世界遺産になります。
ユネスコ南アジア地域事務所の所長兼代表であるティム・カーティス氏は、次のようにコメントしたと紹介されます。
2500年以上にわたり、サールナートは世界中の仏教徒にとって巡礼とインスピレーションの地であり続けてきました。
ここはブッダが最初の説法を行い、慈悲、知恵、平和の教えを説いた場所であり、その教えは今日まで人々の心に響き続けています。
サールナートは「初転法輪の地」と呼ばれます。ブッダが悟りを開いた後、初めて説法を行った場所とされているためです。
場所はインド北部、ウッタル・プラデーシュ州のバラナシの近くにあります。ブッダが悟りを開いたブッダガヤの後、最初に教えを説いた地です。
伝承によれば、ブッダはサールナートで、かつて一緒に苦行をしていた5人の修行者に教えを説き、彼らが最初の弟子になったといいます。
四大聖地としての歴史と発見
サールナート、ブッダガヤ、ルンビニ、クシナガラは、釈迦の生涯に関わる「四大聖地」と呼ばれ、長く信仰を集めてきました。
新たに登録された遺跡は、チャウカンディ・ストゥーパと、サールナートの考古遺跡という2つの主要な要素からなります。
考古遺跡にはダメーク・ストゥーパやダルマラージカ・ストゥーパ、そしてアショーカ王が建立した遺構などが含まれます。
横山さんは、この地は仏陀が実際にいたことを裏づけるような、仏教の歴史を証明する貴重な遺跡だと語ります。
一方で、サールナートはずっと大切にされ続けてきたわけではないとも補足します。12世紀以降、インドで仏教そのものが衰えるなかで壊され、放棄され、土に埋もれて忘れられた時期があったのです。
世界遺産に登録される本当の意味
日本では富士山や今回の奈良の遺跡群のように、世界遺産登録が「観光が盛り上がる」という文脈で語られがちです。
しかし横山さんは、世界遺産に選ばれる意味はそこではないと強調します。人類共通の遺産として認識し、大切に守っていくことにあると言います。
むしろ登録には細かな注文がつき、審査は厳しいと横山さんは説明します。
大切なのは、壊さず、なくさず、良い形で次の世代へ渡すこと。横山さんはそれを未来への約束のようなものだと考えていると話します。
自分の寺と重ねて考える聖地の守り方
サールナートは初転法輪の地として、奈良の飛鳥・藤原は日本で最初に本格的な寺が作られた場所として、それぞれ人類の歴史に意味を持つと横山さんは整理します。
どちらも今も生きた信仰の場です。人々はその神聖さや歴史へのリスペクト、信仰を持って訪れています。
だからこそ、多くの人を迎えつつも、ただ観光として消費されるのではなく、大事な場所や文化として未来へつないでいくことが必要だと語ります。
そして横山さんは、規模の違う自分の寺に話を引き寄せます。
自身の寺は400年ほどの歴史ですが、地域の人や檀家にとっては価値のある場所です。規模や歴史は違っても、同じく場所を守る者だと言います。
最後に横山さんは、いつかインドを訪れたいと語ります。3年以内、5年以内にインドへ行くことを誓って番組を締めくくりました。
まとめ
ブッダ初転法輪の地サールナートの世界遺産登録を入り口に、横山さんは聖地を守り、未来へつなぐことの意味を語りました。観光の盛り上がりではなく、価値ある場所を良い形で次の世代へ渡すことこそが問われている、という視点が示されました。
- ブッダが最初の説法を行った地サールナートが、奈良の飛鳥・藤原の宮都の1日前に世界遺産へ登録された。
- サールナートは四大聖地の1つだが、12世紀以降は放棄され、土に埋もれた時期を経て発掘で再発見された。
- 世界遺産登録の本質は観光振興ではなく、人類共通の遺産を壊さず未来へつなぐ約束にある。
- 横山さんは自身の寺と重ね、価値を感じる人にとっての価値を守り、適切に未来へつなぐことの大切さを語った。
