公立か私立かという二項対立の落とし穴
今回のテーマは「公立中を捨てた親たちが知らない私立中という地獄」です。
わは、このチャンネルで三年以上にわたって学校教育のリスクを語ってきました。
学級崩壊、いじめ、不登校、教員不足、ブラック校則、そして最近の性犯罪事件。こうしたニュースを見れば、保護者が不安になるのは当然だと話します。
大事な我が子を安全な環境に逃がしたいと考えるのは自然なこと。荒れた公立を避け、やむなく中学受験をして私立へ逃がす保護者の気持ちはよく理解できると語ります。
ただし、わが言いたいのは一つだけです。公立か私立かは、そんな単純な二項対立で分けられる話ではないということです。
なぜ私立の実態は表に出てこないのか
わは、自分が私立中学校にものすごく詳しいわけではないと前置きします。
根拠は、自身が私立に通った経験、元私立中高一貫校の勤務者から聞いた内情、そして不登校に悩む保護者のオンラインコミュニティで見聞きした声だと話します。
そのコミュニティで知ったのは、思った以上に、私立中に入ったあと不登校になって苦しむ人がいるという事実でした。
公立の地獄は今や周知の事実です。しかし私立には私立の地獄があるとわは言います。
どちらが良いという話ではありません。問題は、私立学校の実態がほとんど表に出てこないことだと指摘します。
外から見える公立と、閉じた組織の私立
公立の小中学校で問題が起きた場合、教育委員会に訴えることができます。
新聞やニュースで取り上げられる可能性もあり、情報公開請求行政機関が保有する文書の開示を求める制度。誰でも請求でき、行政の透明性を担保する仕組みとされますや行政監査も入ります。議員に訴えれば議会で取り上げてもらうこともできます。
つまり公立学校は、外から見える仕組みが一応整っています。私たちの税金で運営されている組織だからです。
ところが私立を運営しているのは学校法人です。校長の上に理事長がいて、さらにその上に法人があります。
学校と経営主体が一体になってしまっているのです。
そのため私立で問題が起きても、教育委員会は管轄外です。閉じた組織になってしまっているとわは話します。
税金で運営され、教育委員会や情報公開請求、議会など外部から介入できる仕組みが一応整っている
学校法人が運営し、教育委員会は管轄外。学校と経営主体が一体化した閉じた組織になりやすい
ブランドを守る力学と、隠蔽されがちな問題
私立にはもう一つ、独自の構造上の問題があります。ブランドです。
私立学校は生徒が集まらないと経営が成り立ちません。教育機関であると同時に、経営組織でもあるのです。
受験生を集め、進学実績や歴史や偏差値を守りたい。そういう力学がどうしても働きます。
だから学校側に問題があっても、それは公にせず、隠蔽しがちになるとわは指摘します。
学校法人としては自校の評判を落としたくありませんからね。受験生を集めなければなりませんから、進学実績を守りたい、ブランドや偏差値を守りたい。そういう力学がどうしても働くんですよ。
私立で不登校になったとき待ち受ける地獄
私立に行っても、不登校になる子は必ず一定の割合でいます。不登校がゼロの私立はないのではないかとわは考えています。
無料の公立でさえ不登校になれば保護者はパニックに陥ります。私立で不登校になれば、それに輪をかけた壮絶な状況が待ち受けると話します。
やっとの思いで受験して入った学校です。塾代、講習代、模試、受験費用は何十万、何百万。家族の時間を削り、旅行も遊びも我慢して手にした合格でした。
まず現実的な問題として、学費がのしかかります。
子どもが登校していなくても、毎月学費だけは引き落とされていきます。交通費、施設費、積立金、制服代。何もしなくてもお金だけが出ていくのです。
これは公立中学校にはない独特の苦しみだとわは言います。
さらに中高一貫の私立では、出席日数や内部進学、進級認定といった基準があります。このままだと進級できないと言われてしまうこともあります。
公立であれば一日も登校しなくても、義務教育なので一応卒業はできます。
学費が止まらない
登校していなくても学費・交通費・施設費・制服代が毎月引き落とされ続ける
進級の壁
出席日数や内部進学、進級認定の基準に届かず「進級できない」と言われることがある
戻る場所がない
バカにして出てきた地元の公立中に、今さらプライドが許さず戻れない
静かな退学
いじめや被害を訴えても内部でもみ消され、自主退学という形を取らされがち
問題が「消される」構造と、AI時代の問い直し
私立で不登校になったとき、どうするのか。ここにまた大きな関門があります。
わは、選民意識を持って地元の公立中をバカにして入学した私立から、今さらどんな顔で戻れるのかと問いかけます。戻るも地獄で、戻る場所がないのです。
しかも私立では、いじめや体罰や性的被害を訴えても、基本的に内部でもみ消され、自主退学という形を取らされると話します。
わは、私立の構造的な問題を三つにまとめます。一つ目は、閉じた組織で完結し外部からの介入が難しいこと。二つ目は、ブランド維持の圧力で問題を隠蔽しがちなこと。
三つ目は、合わないならお辞めくださいというスタンスのため、辛い思いをした子が静かに退学していくだけで、問題が消えてなくなることです。
わは自分自身、公立はダメだから私立の方がマシではないかと考えていたが、それは安易で短絡的だったと振り返ります。
ただし、不登校の比率は公立より私立の方が低いのではないかとも話します。親子で自ら選んで入った学校なので、その子に合っている可能性があるからです。
問題は、何かが起きたときです。訴える場所も、逃げる場所も、戻る場所もない。だから公立よりも大変なのではないかとわは考えています。
水槽のメダカという例えと、四百六十万円の価値
わは以前から、学校を巨大水槽に、子どもたちをそこで世話されるメダカに例えてきました。
公立という水槽は、水が汚れ、餌もあまり美味しくなく、狭い中に三十五匹ものメダカが詰め込まれている状態だと話します。
では私立の水槽なら安心なのか。餌は多少マシかもしれませんが、狭い水槽に何十匹も入れられる構造自体は同じだと言います。
大して変わらない水槽に入れるために、遊び時間を削ってガリガリ勉強させるのは、AI時代にあまりに無駄ではないかと問いかけます。
しかも、その水槽に入るにはお金がかかります。調べたところ、中学校三年間の平均で私立は四百六十万円だそうです。
四百六十万円も払う価値が、その水槽にあるのか。そこまでして必死に入れてもらう水槽に、それほどの価値があるとは思えないとわは話します。
わは、宮台真司さんがカズレーザーさんのYouTube番組で語った言葉も紹介します。「今の学校に滞りなく通えている子供はクズだ」という発言です。
わは、皆さんは学校という水槽をいいところだと思いすぎではないかと問いかけます。自然豊かな川で自由に泳ぐ方が幸せではないかと。
AIという黒船が来て時代の大転換期を迎えた今、学校という枠組み自体を問い直すべきタイミングではないかと語ります。
その手がかりとして、孫泰蔵さんの『冒険の書 AI時代のアンラーニング』を繰り返し勧めています。誰が何のために学校という枠組みを作ってきたのか、この一冊に書かれていると話します。
まとめ
わは、公立を避けて私立へ逃げれば安心という考えを幻想だと語りました。私立が良く見えるのは問題がないからではなく、閉じた組織のなかで問題が消されてしまうからだという視点を提示しています。
- 公立か私立かは単純な二項対立で分けられる話ではない
- 公立は税金で運営され外部から見える仕組みがあるが、私立は学校法人の閉じた組織で介入が難しい
- ブランド維持の圧力で、私立は問題を隠蔽しがちになる力学が働く
- 私立で不登校になると、止まらない学費・進級の壁・戻る場所のなさが重くのしかかる
- わは学校を水槽に例え、AI時代に枠組み自体を問い直すべきだとホームエデュケーションを勧めている
