二回シリーズ「光編」から始める理由
今回から二回にわたって、テーマは「フリースクールのリアル」です。一回目の今回は「光編」として、自分たちでフリースクールをやってきて良かったこと、その魅力が語られます。
次回は「闇編」として、実際の難しさや本音、弱音を包み隠さず暴露する予定だといいます。
闇が好きなのでね、放っておいたらもう闇ばっかり話しちゃう。もうね、闇しか話さない。
ただ、闇ばかり話すと「フリースクールを自分でやるなんて大変そうだ」とネガティブに受け止められてしまう。だからこそ、今回は明るく楽しい上澄みの部分を届けたいと話されています。
いや、だからユーもフリースクールやっちゃいなよってことなんですよ。
同じ仲間になってほしい、というのがこのシリーズを通して一番言いたいことだといいます。
立ち上げの経緯と三年目の現在地
Oaさんは自分の住む地域で、学校に合わない子を持つ保護者たちと一緒に小さなフリースクールを運営しています。チャンネルではあまり触れないようにしているといいます。
立ち上げたのは2024年4月で、今年でちょうど三年目です。もともとは学校に行かない選択をしたホームスクーラー仲間として出会ったメンバーでした。
地域でアンスクーリングのサークルをしている人たちに合流していたところ、ちょうど東京都がフリースクール利用者への助成金制度を始めるタイミングと重なりました。
助成金が出るんだったら、せっかくだったら自分たちのこの活動、このままフリースクールにしちゃいましょうよってことになりまして。
そこから一気に立ち上げの流れになりました。名前を決め、簡単なホームページとInstagramのアカウント、活動規約を作り、ホームスクーラーのためのフリースクールとして始めたといいます。
本当はオルタナティブスクールなのですが、大人の事情でフリースクールを名乗って運営していると話されています。
最初の一年は暗中模索の極みでした。会計、保険、活動場所、助成金の申請など、わからないことだらけで、一から調べては人に相談する日々だったといいます。
そこから二年目は活動日を週二回に、今年度は週三回に増やし、少しずつ活動の幅を広げてきました。
光その一・支援する側とされる側がいない
自分たちで一から場を作ってきた意義として、Oaさんはまず「上下関係がないこと」を挙げます。
支援する側とされる側というような上下関係がないことなんですね。完全に全員対等な関係性であることなんですよ。
その理由は、フリースクールにいる人が全員当事者だからだといいます。
一方で、多くのフリースクールでは、スタッフ側がサービス提供者、保護者側がお客様という構図に陥りがちだと指摘します。親が習い事や塾を探す感覚で子どもを預けると、スクール側もお客様のニーズを満たそうと頑張ってしまうという流れです。
その保護者側の二大ニーズが、「少しでも勉強してほしい」「日中できるだけ長く預かってほしい」の二つだと語られます。
Oaさん自身も、最初は最低限の勉強は必要ではと思い、子どもと離れる時間が欲しいと感じていたので、その気持ちはよくわかるといいます。
ただ、自分たちで始めてすぐに、親のニーズと子どものニーズは違うと気づいたそうです。
お金を出すのは親であり、親自身がまず満たされていないと子どもを受け止められないので、親を支えることが第一なのは間違いない、と話されます。
一方で、小さな自主運営型の自助グループが、親のケアから子どもの預かりまで全て担うのは不可能だといいます。自分たち自身も子育て中の当事者だからです。
だからこそ、サービス提供者とお客様という関係に陥らないよう慎重にならなければと考えてきたそうです。
お互いの子供をみんなで一緒に見守って、みんなで一緒に支え合う、対等な子育て仲間としてやっていくってことをね、死守しようと決めたんですね。
Oaさんは自分たちの活動を「自主保育型の自助グループ」「森の幼稚園の小中学生版」と表現します。今日は自分が誰かを助け、明日は誰かが自分を助けてくれる、そういう場だといいます。
一人一人違う子どもと「ラフレシア」の例え
児童福祉に関わっていたOaさんは、子どもは一人一人違うと頭ではわかっていたつもりでした。しかし、よその子どもと一緒に関わるようになって、本当に違うのだと身をもって思い知らされたといいます。
子どもは親を選べないとよく言いますが、同じように親も子どもを選べない、と話されます。
自分がトマトだからといって、生まれてくる自分の子供もトマトとは限らないんです。
それどころか、咲かせるのが世界一難しいと言われる巨大な幻の花、ラフレシアかもしれない、とOaさんはたとえます。普通の育て方や環境では絶対に咲かせられない、爆裂な個性を持った生命体を、親一人で立派に育て上げるのは無理だといいます。
だからこそみんなでね、あーでもないこーでもないって言いながら、一緒に育てていく仲間が必要なんですよ。
今でも子どもが学校に行けないとなると、ほとんどの母親が「自分の育て方が悪かったのでしょうか」と自分を責めるといいます。
それに対してOaさんは、育成難易度ナンバーワンの花の育て方を最初から知っている人などいない、一人で育てられなくて当然だと伝えます。
具体的な解決策は提供できなくても、「私たちがいますよ」と言ってあげられること。それだけで何らかの支えになるのではないかと考えているそうです。
かつて日本には村のみんなで子どもを育てる時代があったといいます。大人が農作業をする傍らで、子どもたちが真似をしながら一緒に育ってきたという姿です。
それに比べて現代は、大人は会社へ、子どもは学校へと別々の場所に隔離され、夜は寝るためだけに家に帰る。フリースクールの運営は、結局のところ地域で子育てコミュニティを取り戻すプロセスだったのではないかと振り返ります。
光その二・拠点がないからこそ広がったネットワーク
二つ目の光として挙げられるのが、拠点を持たないことによって広がったネットワークです。
一般的なフリースクールは校舎や専用の部屋を持ったり借りたりしていますが、Oaさんたちには屋内施設がありません。
じゃあどこで活動してるの?って言ったら、河原です。河原とか雑木林とかね。
自然豊かな屋外で、毎日がキャンプのような活動です。当然、雨や風、暑さや寒さには困りますが、だからこそいろんな地域の人につながりや助けを得られたといいます。
立派で快適な屋内施設があれば、天候に左右されず活動できたので、使える場所を探してあちこち足を運んだり相談して回ることもなかった、という逆説を語ります。
ジプシーのように彷徨っていたからこそ、地域の人から「あの施設が使えるかもしれない」といった情報をもらえたそうです。この二、三年で多くの人の世話になり、知り合いも一気に増えたといいます。
屋外で活動する副産物として、思わぬ出会いにも恵まれました。河原で遊んでいると、犬の散歩をする近所の人が「何してるの」と声をかけてくれ、活動に興味を持って温かい言葉をかけてくれることがあったといいます。
河原で楽しそうに遊ぶ姿を見た人が人づてに広め、ホームページを検索して来てくれた親子もいました。問い合わせをくれたシングルファーザーは、その河原が娘とよく遊んだ場所だったため「散歩がてら行けるかもしれない」と話してくれたそうです。
結果的につながらなかった人もいますが、地域の目に触れるオープンな場所で活動していることで、気軽に行けそうだと思ってもらえたと考えています。
学校に行かなくても、こんなに元気に過ごしている子たちが地域に本当にいるんだってね、知ってもらえること、そこに私はやっぱり価値があるんじゃないかなって感じてるんです。
つながらなかったとしても、近所に同じ立場の子がいると思えることは、どこかで心の支えになる可能性がある。「いつか行ける場所がある」とお守りのように思ってもらえるかもしれない、と話されます。
地域の人の目に触れることで、こういう形もあるのかと知ってもらい、教育観や学校観を少しずつ変えていける可能性もあるといいます。
さらに、自分たちが当事者だからこそ、他の親の会やオルタナティブスクールを一参加者として見て回れるのも利点だそうです。他を知ることで、自分たちの特色や良さ、やりたくないことが客観的に見えてきたといいます。
当事者同士だからこそ手に入る、リアルで生きた情報もあると話します。あの病院の先生はどうか、こういうときはこう話すとスムーズだ、といった共有ができるといいます。
光その三・みんなで決めていく面白さ
三つ目の光は、みんなで決めていく面白さです。Oaさんたちのフリースクールにはリーダーがいません。
便宜上、Oaさんの名前を代表として使っていますが、特別な決定権があるわけではなく、全員が対等でフラットな関係だといいます。
ただ、これは組織運営としては超絶面倒だと認めます。リーダーが一人いて全部決めれば意思決定は早く簡単ですが、その代わりリーダーは孤独になり責任が重くなりがちです。
全員が対等な仲間なので、何か一つ決めるにも話し合いになります。価値観は人それぞれで、意見がぶつかり、結論が出せずイライラすることもあるといいます。
宮崎駿監督の有名な言葉ご存知でしょうか。「大切なことは大抵めんどくさい」。本当にその通りなんですよ。
効率だけを求めれば一人に権限を与えた方が楽で早い。だけど、違う考えを持つ者同士が泥臭く話し合い、合意形成をしていくプロセスにこそ醍醐味がある、と語られます。
見学に来てくれる人とも、サービス提供者とお客様ではなく、同じ地域に住むママ友同士の関係になります。だから、つながらなかったとしても、その後も情報交換で緩くつながっていられるといいます。
自分の道は自分で作る〜台湾に学ぶムーブメント
第138回で話したように、Oaさんは我が子に合う場所を求めて鹿児島まで行き、全国20か所以上を候補にしました。そこで行き着いたのは「この世界にユートピアは存在しない」ということでした。
どこかに我が子にぴったりの理想の学校や完璧な教育があるのではと思う人がいるかもしれませんが、そんなものは存在せず、その子に合った道は自分で作るしかないといいます。
従来の学校を、Oaさんは豪華客船タイタニック号にたとえます。出航して150年が経ち、つぎはぎだらけで沈み始めている。危険を察した子どもたちが海に飛び込んで逃げ始めているのが不登校だと繰り返し話してきたといいます。
心ある先生方が必死に船を直そうとしていることもわかっているが、その先生方も精神疾患による離職が過去最多だとするニュースが出ていた、と触れます。学校制度はもう限界に来ているという見方です。
そんなタイタニック号にしがみついて学校教育に文句言ってる暇があったら、もう自分たちで作れるいかだを作って、楽しく乗って漕いでった方が圧倒的に早いし楽しいですよって。
昔は学校教育から降りたら人生終わりという時代もあったといいます。しかし今は教育機会確保法もでき、フリースクールやオルタナティブスクールも増えていると話します。
東京都では小中学校に一日も登校しなくても高校に進学できるよう制度が整ってきており、正しい情報を知れば無理に学校に通う必要はなくなっていると話されます。
フリースクール作りは、これからの時代をサバイバルしていくために必要なコミュニティ作りだったといいます。自分だけの道を歩む勇気と情報と知恵を分け合える戦友に出会えたことが、かけがえのない財産になったそうです。
この流れは、不登校児童生徒数35万人という数字に表れているとOaさんは言います。同じ地域で同じ立場の保護者がつながり、新たに学びの場を立ち上げるムーブメントが、全国で同時多発的に起こり始めていると話します。
この動きは20年、30年前の台湾と同じだといいます。管理教育、競争教育だった台湾で、オードリー・タンさんの母親たちが中心となり、自分たちでオルタナティブ教育を始めていったという流れです。
保護者たちが公教育に見切りをつけて学びの場を作り続けた結果、国も認めざるを得なくなり、今の台湾ではモンテッソーリ、シュタイナー、イエナプランなど様々な教育が公教育として認められ、子どもが自由に選べるようになっていると紹介します。
校長先生に学校を変えてもらいたいとか、文科省に教育を変えてもらいたいとか、お上に何とかしてもらおうっていう、そういうマインドの時点でもう間違ってるんじゃないかなって。
教育は国策であり、国に変えるつもりはない。だから台湾と同じように自分たちで勝手にやっていくしかなく、それが広がれば国も止められなくなる、と話されます。
子どもが学校に行き渋っていたり不登校で困っている人には、第201回で紹介した太田敏昌さんの著書『フリースクールという選択』をまず読んでみてほしいと勧めます。
近くに良いところがあれば行ってみてほしいし、なければ自分で作ることも選択肢に入れてほしいといいます。不安やわからないことが出てきたら、いくらでも相談に乗る、自分にわからないことは各地でフリースクールを立ち上げた仲間に聞いてくると話されました。
まとめ
今回は「フリースクールのリアル・光編」として、当事者が運営するからこそ得られる魅力が三つ語られました。次回は本丸となる「闇編」で、三年間ぶつかってきた障壁や弱音、本音が包み隠さず語られる予定です。
- 全員が当事者だからこそ、支援する側とされる側ではなく対等な子育て仲間として支え合える。
- 拠点を持たない屋外での活動が、地域とのつながりや思わぬ出会いを広げてくれた。
- リーダーを置かず全員で泥臭く話し合う面倒さの中にこそ、みんなで決めていく醍醐味がある。
- 理想の学校を探すのではなく、その子に合った道を自分たちで作るというマインドが語られた。
- 台湾の事例のように、当事者が同時多発的に学びの場を立ち上げるムーブメントが起こりつつある。
