「自民党の新体制どう思う?」から始まる実験
この回は、けんすうさんが別番組「幻会議」で深井さんと話したテーマを、メモだけを頼りに樋口さんと話し直す実験からスタートします。
はい、まだないでございます。けんすうです。
樋口です。
前々回ぐらいで話したと思うんですけど、同じ番組の内容を他の人がやったらどうなるかって話をちらっとしたと思うんですけど。幻会議で話した内容をそのまま持ってくるので、この二人だとどういう話になるのかをやってみたいなと思います。
あの、めっちゃ楽しみなんすけど、僕と深井さんの頭の良さの差が出て終わりっていう可能性ないですか。大丈夫?
大丈夫です。絶対。樋口さんの魅力があるんで。
その時のこと僕も覚えてないし、もう残ってないのでわかんないんですけど、メモだけあったので。まず聞きたいんですけど、「自民党の新体制どう思う?」ってところから始まったんですけど、どう思いました?
わかんないです。
最悪の答えです。わかんないです。
え、それっていつぐらいのやつですか?新体制って。
2025年10月22日に公開されてるので、多分2025年10月ぐらいですね。高市政権じゃないですか。
あ、政治の話ですか。これね、本当にわかんないですよ、僕。もうなんか全くわかんないかもしれない。マジで一切喋れないかもしれないです。
あ、でもこっからね、変わっていくんで大丈夫です。入りなだけなんで。
構造なのか個人なのか、人と組織の話
話が進まないかと思いきや、けんすうさんが次のテーマ「構造なのか個人なのか」を提示すると、樋口さんの言葉が動き始めます。
ちなみに次まで行っちゃうと、構造なのか個人なのかっていうテーマで話してるっぽいんですよ。なので、「高市さんが問題ですよね」じゃなくて、自民党という構造の話なのか、それぞれの政治家の個人の話なのかっていう議論に多分なったんだと思います。そこにつなげてください。
わかんないんですけど、人間って組織を作りますよね。で、組織ができているのは人間によってできているんですけども、人間は組織から影響を受けますよね。
おー、いいじゃないですか。確かにね。
だから、じゃあまず賛否両論あるってことですね。その高市さんになったみたいな話でいうと。でもそうならざるを得なかった原因があるし、そうなったってことは、その組織がそれを選んだってことだから、全員が選んだとも言えますよねっていう。だから、なるべくしてなったっていうだけで評価できないみたいな感じかもしれないですね。
ちなみにこの後に「歴史的な再現性を見よう」っていう話になったんですけど、これやっぱ歴史的に再現性がある話なんですか?
あー、知らないですね。それは歴史が詳しい人に聞いた方がいいんじゃないですかね。深井さんとかに聞きたいな。
古典ラジオとかでもよく、組織はうまくいった理由と同じ理由で衰退していくとか言ったりしますよね。
それありますよね。すごい優秀な人がワンマンで引っ張ったからこの国はできたけど、その人が死んでしまった後、そこのポストに誰も座れなくなって、そういう組織の作り方をしてしまったせいで、いろんな人がパフォーマンスを発揮できずに死んでいくみたいな例があるってことですよね。
「非対称なやつがバカ」で議論が止まる
民主主義の難しさとして「情報の非対称性」を持ち出したところ、樋口さんの返しが議論を一度暴走させます。
ちなみに、やっぱ民主主義の難しさは情報の非対称性が問題だと思うんですけど、そう思いますか?
いや、だからバカですよ、非対称のやつは。対称であれって思いますよ、こっちからすると。非対称のやつが悪いんだから。対称にしましょう、だから。
え、でも今の話、政府の人が持ってる情報と、普通の民衆が持ってる情報が非対称性があるから、政府を評価できないって話だと思うんですけど、これやっぱ民衆側がバカだと。
民衆がバカです。政府が悪い。でも言わないから。
あ、確かにね。じゃあ政府も言わないのがバカだし、民衆もわかってないからバカだという。
バカです。だからちゃんと対称になれやと思います。ちょっと待って待って待って。あまりにバカすぎるな。ちょっと待ってよ。一旦落ち着こう。
いや、いいですね、これ。こうなっていくんだと思って。面白いですね。同じ話の流れに絶対にならないっていうのがわかってきましたね。
ポジションを取らないというポジション
ここから樋口さんは、政治の話を避けてきた自分の姿勢を振り返りながら、少しずつ核心へ向かっていきます。
まずね、もう政治の話、僕できないししないようにしてるのもちょっとあって。でもなんかそれが良くないとも思うんすよ。少なくともポジションを取るべきだっていう説もあるというか。
ポジションを取ってないんじゃなくて、ポジションを取らないというポジションを取ってるとも言えるし。中立なんですって言ってる人も、どちらともつかないというポジションを取ってるっていうだけなんですよね。少ない知識の中でも、ちゃんとポジションを取らないといけないっていう責任感は感じてるんですよ。
いいですね。やっぱり詳しくないから口出ししないみたいなのが日本だと美徳みたいになってるけれども、本来であればみんなで暮らしてるわけなんで、知識があろうがなかろうが意見を持っていいはずなのに、言っちゃいけないと思ってるみたいなのありますね。
とはいえ、少ない知識で物を言ってる人が増えると間違った判断するなとも思ってるんですよ。
まあ医療情報とかね、それがあると危険ですもんね。
やっぱり人間って正確にファクトを認識できるほど頭良くないと思ってるんで。SNSでこの意見が多いからみたいな形で影響されて自分もそう思うって言っちゃいがちですけど、そもそもタイムラインが人によって違うからバイアスかかってるとかもあると思うし。強い意見によって何かが決定されていくのも怖いと思ってるんですよ。
多数決は強い意見を再生産する
樋口さんは、意見は言うべきだが、それだけで社会が決まる怖さについて語ります。
それが特に多数決的なところだけで決まっていくのも怖いと思ってて。なぜなら、多数決って再生産するから。みんなが思ってるから、を再生産するから、どんどん強い方が勝つみたいな、複利で伸びていくみたいな感じになるから。意見は言うべきだが、それによってのみ決定されるのは怖いと思ってて、社会が。
投票で決まるっていうことは、マジョリティー側の意見を持ってる方が選挙に受かりやすいから、みんなそういう政策を打ち出すとか、そっちに寄せていくとかになってくるから、むずいなっていうのが思ってるって感じですね。
それはいい話ですね。そういうのをもうちょっとみんながポッドキャストで言うようになるとすごくいいと思うんですね。Xで言いづらいはわかるが、ポッドキャストだから、自分の支持政党はこれでこう思ってるというのを話してもいいのではと思ったので。今日はなんと樋口さんが支持政党について発表するみたいな回とかがあってもいいと思うんですよね。
結構ね、海外のアーティストとかガンガンそれやるじゃないですか。日本はね、芸人が自民党支持ですって言ったら、ちょっとウッってなったりするみたいな。
これ僕本当にわかんないから聞きますよ、けんすうさんに。人を選ぶ選挙をして、あとは人がどういう政策をするかじゃないですか。僕基本わかんないけど、じゃあ民主党がいいんですけど、こことここに関しては違う政党のここの部分がいいですみたいな感じで全員が言うのって、なんでできないんですか?
いい質問ですね。やっぱ選挙は大きな方向性しか決められないっていうのがありまして。本来民主主義って選挙で大きな方向性決めて、個別のやつはデモとかで反対したりしてやっていくっていう機能があるんですけど、日本だとデモがあんまり機能してないっていう指摘がありますね。
日本はあんまりそれが機能してないので、選挙だけで大きいものが決まって、基本的にそれに任せるみたいになってるっていう説があります。
人は4コマでしか世界を認識できない
樋口さんが感じている「政党レベルでしか支持を言えない」もどかしさに、けんすうさんはある人から言われた言葉で応えます。
政党レベルでしかざっくりとしか支持するしないを言わないっていう感じだと思うんですよ。でも○○政党を押すけども、ここの部分とここの部分だけはいいと思ってるみたいなものを結構はっきり言ってるパターンの方が少ないような気がしてるんですよ。
なんかこの前みのがさんに言われてそうだなと思ったのが、「ほとんどの人はやっぱ4コマ的なものでないと世界を認識できないと思った方がいいですよ」って言われて。
樋口さんと僕がX上で喧嘩して、最終的に仲直りして肩組んでる写真がアップされるってなった時に、インターネット好きな人は「これやらせかな」とか思うじゃないですか。でも多くの人は「喧嘩して仲直りしたんだな」しかわからないと。これはその人たちがバカってわけじゃなくて、僕らも興味ないものって結構そのぐらいで捉えてる。
やっぱ「支持政党自民党だな」ぐらいの認識しかほとんどの人はしてくんないんだと思いますね。
そこっすよね。要は保守派かリベラルかみたいなのあるじゃないですか。そもそも僕、保守とリベラルが対立かとかもあんまりわかってないというか。右か左か、本当に反対の概念ってあるじゃないですか、昼か夜かとか。保守かリベラルって反対の概念じゃないような気がしてて。
4象限に分けてもまだ荒すぎる
けんすうさんは、保守とリベラルを4象限に分ける分類を紹介しますが、それでも粗すぎるという話になっていきます。
よく使われるのが、経済の保守かリベラルかと、安全保障とかも含めた政治の保守かリベラルかで、4象限ぐらいにするっていう分類があって。僕、経済リベラルで政治は割と現実主義らしいんですよね。
この4象限にしただけでも複雑性増すんですけど、それですらやっぱり理解しづらいですもんね。僕、今説明できてないぐらいなんで。
いろんな要因がある中で「戦争したくない」とか言ってるわけじゃないですか。分類がむずすぎるというか。4象限とか粗すぎるわけじゃないですか。
統計とかのために象限に分けた方が、ざっくりとした方向性は分かりやすいから、いろんな人々の声を集めたものを表にした時の分け方はそれぐらいになるというのは分かりましたと。でも個人が個人の言葉で発信するときに、その4象限に当てはめて話すん、いや、なんか違うというか。個人はめちゃくちゃいろんな指標といろんな視点からものすごく細かい評価があるわけじゃないですか。それは言っていいわけじゃないですか。
めちゃくちゃ今いいこと言いましたよ、樋口さんは。統計的にNイコール1万みたいな時は、ある程度シンプルにしないと話がこんがらがって良くないが、ポッドキャストとかの場合だとNイコール1とか2とかの話なので。
ざっくりとしたものに当てはめるのではなくて、自分なりの「自民党は好きだけど、ここの政策はこっちが好きで、自分はこう思う」みたいな複雑性の話をちゃんとしてもいいと思ってるっていう話ですね。
「あの人嫌い」は主語がでかすぎる
樋口さんは「政治の話はしないようにしてきた」自分に触れつつ、そもそも人を簡単に評価しすぎることへの違和感を語り始めます。
じゃあ「今でいうと自民かな」っていう時に、「お前そっち派なんだ、へー」って簡単に思わないでほしいっていうのが結構ある。簡単に評価しすぎというか。
わかる。「高市さんいいっすよね」って言っただけで「自民党支持だな」になって、自民党支持ってことは皇室のこの問題もこう思ってるに違いないみたいにどんどん連鎖していくっていうね。
なんか「この人のここの振る舞いがいいよね」みたいなことやと思うんですよね。「高市さんいい」っていうのって。いやなんかそれちょっとまた発信していいですか?僕、嫌いな人はいないんです、まず。嫌いな人はいないまま死んでいこうと思ってて。
おお、素晴らしいですね。
嫌いな人いる人って、大体いると思うんすよ。「あの人が嫌い」っていうのって、僕、解像度粗いなって思っちゃうんすよ。「あの人がこういう時にしたこういう言動が嫌い」っていうのはあるんですよ。それって、中国人がコンビニで並ばずに割り込んで物を買った時に、「中国人腹立つ」って言うのと同じくらい解像度粗いと思ってて。「中国人」っていう主語でかくしすぎでしょって思うじゃないですか。
これ、人間一人の行動について当てはまると思っていて。樋口はいろんなところでいろんな行動をしてるわけで、たまたま誰かにとって不利益なことをした時に「樋口嫌い」って思われるの、ちょっと解像度粗すぎるでしょ、って思っちゃうんですよ。
樋口さんがコンビニで並ばずに入ったのを見てマナーがないと思うが、マジで気づいてないでやっちゃうケースもあるし、行列は並ばなくていいと思ってるが、他のことはめちゃくちゃ自分と合う考え方の人かもしれないですし、いろいろありますよね。
絵でジョジョを読まないのはもったいない
樋口さんは、嫌いになりがちな心理を、もっと身近な音楽や漫画の例で説明します。
結構なんかミスったり変なこと言った時に「あいつ嫌いだわ」ってすぐなりがちだなと思って。人類って。皆さんがわかりやすい例でいうと、バンドのボーカルの声が嫌いだってなった時に、「あのバンド嫌い」って言う人結構多くて。「いやー」と思うんですよね。結構いいギター弾いてるけどな、あのギタリストとか。声はあれやけど、メロディと歌詞良くない?とか僕思っちゃうんすよ。
漫画の絵とかも同じですね。
そうそう。僕、ジョジョの奇妙な冒険とかがめっちゃそうで。
プロットとかいろんな要素があるのに、絵が嫌いだから読まない、絵が嫌いだから嫌いになっちゃうともったいないですね。
もっといろんな要素で構成しているってことを理解したら、そんなに粗い好きとか嫌いにならないで済むというか。
大体やっぱ知らないだけっていうケースもありますよね。あのミュージシャンの声が嫌いっていうのは、声ぐらいしか聞いてないからで、ギターとかベースについて知識があると、また凄さがわかるとかね。
実はだから解像度高く見るって前提知識がいるんで、多分教養とか素養の話になってくるんすよね。
別の相手なのに、同じ「解像度」に収束した
ここでけんすうさんが、この実験の結末を明かします。元の回の続きが、まさに今の話とつながっていました。
これね、すげえなと思ったんですけど。さっき幻会議の途中まで話したじゃないですか。あの次の話が解像度の話なんですよ。で、この解像度が時代によってあんま変わってなかったよねって話に展開していって、まんま幻会議の流れに樋口さんが戻ったことが今すげえと思いました。
嘘でしょ。まあだから、深井龍之介と同じくらいすげえってことですね、俺が。
いやーすごい。こんな奇跡的なことが起こるとは思わなかった。意外と同じ話に収束したと思って。
じゃあ気になった方は、この全く同じテーマで深井さんとけんすうさんが話してる回があるんで、そちらを聞いて。あ。
いや、消えてます。幻会議全部消えてます。
解像度が粗いどころか、なく。
粗いどころか、もう検証すらできない。
ひでえ。ちょっとひでえ番組、幻会議。最悪や。
本当にね。消さなければいいのにってよく言われて、僕らも消さない方がいいのかって何度か思ったことありますね。
いや、ということで、面白かったな。
面白かったです。意外と面白い話になりましたね。というわけで、今回は以上です。ありがとうございます。
はい、ありがとうございました。
まとめ
MCを替えて同じ政治テーマを話す実験は、序盤の「分かんない」の連発から、最後は元の回と同じ「解像度」の話に収束しました。話の流れはまったく別物だったのに、着地点が重なったのは印象的でした。二人は、政治でも人でも作品でも、簡単な分類で好き嫌いを決めず、複雑なまま扱うことの大切さを語り合っています。ただし、その検証元となる幻会議はすでに消えていて、確かめられないというオチもつきました。
- 統計は分類を粗くするが、N=1のポッドキャストなら複雑なまま政治を話せる
- 「あの人嫌い」は主語が大きすぎて、解像度が粗くなりがち
- 解像度高く見るには前提知識がいり、教養や素養の話につながる
- 別の相手と話しても、最後は同じ「解像度」の話に収束した




