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マダナイep7.
結論.無個性を突き詰めて円になったり、5秒で殴り書きしたものをそのまま使ったり。ロゴって、図形そのものより「どうやって作ったか」に意味がこもってる。なのに、自分たちのロゴがいちばん決められないんですよね。
今回話したこと.
世界的な企業に「ロゴください」と言われた/番組名が「マダナイ」だからロゴがまだない/アルのロゴは1ミリ単位で1ヶ月かけて作った/デザイナーはインプットのためにドイツへ行った/シンプルなロゴほど、実は難しい/存在しないんじゃなくて、まだ認識されてない/仏師は、木から仏を取り出してる/街の音は、録音した時点で番組になる/無個性を突き詰めたら「円」になった/ダラジオのロゴは5秒で書いて、そのまま使った/ジョン・ケージの4分33秒は、無音も音楽になる/みんなが作ったマスコットを全部「公式」にする/コカ・コーラは変えない、ペプシは変え続ける/北野武は、本番で演技を見ないらしい/翻訳エラーをそのまま看板にしてる店があった/結局、この文字起こしをAIに投げることにした
■クレジット
出演:樋口聖典/けんすう
編集:アル株式会社
制作管理:アル株式会社
■お便りはこちら
■なぜこのロゴにしたのか
このロゴにした理由を一言でまとめると、「まだない」を"未完成のまま見せる"ことで、番組の思想そのものをロゴ化したかったからです。
今回のお二人の会話を読むと、「マダナイ」のロゴに必要なのは、単にかっこいい文字を作ることではなく、番組名である「まだない」という言葉が持っている矛盾や余白をどう表現するか、という点でした。会話の中でも、ロゴは一見シンプルでも、そこには方向性やブランドイメージを規定する力があり、「なんでここは2ミリじゃなくて1ミリなのか」まで説明できる背景が必要だ、という話が出ています。つまり、ロゴは装飾ではなく、番組の考え方を凝縮したものとして扱われていました。
今回のロゴでは、まず文字をカタカナの「マダナイ」そのものにしました。これは会話の中で出ていた「アル」のロゴの話を踏まえています。「アル」はカタカナ2文字だけのシンプルなロゴだけれど、既存フォントではなく、直線や長方形を1ミリ単位で調整して作られている、という話がありました。そこから、「マダナイ」も変にイラスト化するより、番組名そのものを強く、読みやすく、ロゴとして成立させる方向が合うと判断しました。番組名がコンセプトそのものなので、まずは言葉を逃がさず、文字として正面から扱うべきだと思ったからです。
一方で、ただ「マダナイ」ときれいに書くだけでは、会話で出ていた肝心の思想が弱くなります。会話の中では、「まだない」とは何かについて、かなり重要な整理がされています。表面的には「まだ世の中にないポッドキャストを考える番組」だけれど、裏には「まだないポッドキャストを作ってほしい」という願いがある。さらに、「まだない」は完全に存在しないという意味ではなく、本当はすでにあるけれど、まだ認識されていないものを見つけ出すという意味にもできる、という話がありました。仏師が木から仏像を"作る"のではなく"取り出す"ように、まだ見えていないものを発見する、というニュアンスです。
そこで、最後の「イ」だけを未完成にしました。
この処理には、かなり直接的な意味があります。「マダナ」までは黒くしっかり存在している。でも最後の「イ」だけが、点線やガイドラインのように、まだ描き切られていない。これは、「まだない」が完全な無ではなく、輪郭は見えている、けれどまだ完成していないという状態を表しています。存在していないのではなく、見つかりかけている。完成していないのではなく、完成に向かっている。番組が扱う"まだないアイデア"も、まさにそういうものだと思いました。
さらに、右側に縦棒のカーソルを入れました。これは「まだ入力の途中である」という記号です。つまり、このロゴは完成品として閉じているのではなく、この先に何かが書き足される余地がある状態にしています。会話の中では、「ロゴが完成していないが、ユーザーによって完成する」「あなたによって完成する」というような案も出ていました。カーソルはその発想を、かなりミニマルに受け継いだものです。リスナーや出演者、あるいは今後の企画によって、この番組はまだ続きが打ち込まれていく。だから、ロゴの末尾に"入力待ち"のカーソルがあるわけです。
また、全体を白背景・黒文字のミニマルな構成にしたのは、会話の中で何度も出ていた「やりすぎると冷める」「小賢しいと困る」という感覚を重視したからです。途中では、真っ白な画像をロゴと言い張る案や、「画像を作成できませんでした」のようなエラーメッセージをロゴにする案など、かなりメタな方向も出ていました。ただ、その直後に「そういうことじゃないんでって言われる」「小賢しい」「一番困る」とも話されています。つまり、この番組にはメタ性や現代アート的な文脈は合うけれど、やりすぎると"わかってる感"が前面に出てしまう危険がある。
なので今回のロゴでは、メタ性を入れつつも、見た瞬間にちゃんと「マダナイ」と読めることを優先しました。真っ白でもないし、エラーメッセージでもない。ちゃんと番組ロゴとして使える。でもよく見ると、最後の文字が完成していないし、カーソルが立っている。つまり、説明を聞かなくてもロゴとして成立し、説明を聞くとさらに意味が立ち上がるくらいの温度に抑えています。
文字のスタイルを幾何学的で少し硬めのゴシック調にしたのも、番組の性格に合わせた判断です。会話の内容は、ふざけているようでかなり抽象度が高く、ロゴ論、現代アート、コンテクスト、ブランド、偶然性、コントロール不能性といったテーマを行き来しています。だから、手書きでラフすぎるロゴにすると、軽さや即興性は出る一方で、番組の知的な側面が弱まる可能性がある。逆に、あまりにも企業CIのように完成度を上げすぎると、「まだない」という番組名の未完成性や余白が消えてしまう。そこで、きれいだけれど完成しきっていない、知的だけれど少し遊びがあるというバランスを狙いました。
特に大事なのは、このロゴが「完成されたブランド」ではなく、"生成中のブランド"に見えることです。会話の終盤では、「こだわるってコントロール可能であると思っているということではないか」という話が出てきます。つまり、ロゴを作る側が全部を支配し、全部を説明し、全部を完成させること自体が、「マダナイ」っぽくないのではないか、という気配があります。だから今回のロゴも、完璧に閉じた造形にはしませんでした。最後の「イ」を未完成にして、カーソルを置くことで、「ここから先はまだ決まっていない」「作り手だけでなく、番組の進行やリスナーや偶然によって変わっていく」という余地を残しています。
つまり、このロゴは「マダナイ」という言葉を、単に"まだ存在しない"という意味ではなく、次のように解釈しています。
まだない。けれど、輪郭はある。
まだない。けれど、入力は始まっている。
まだない。けれど、誰かが見つければ、それは番組になる。
まだない。けれど、完成していないこと自体が、この番組らしさである。
そのため、ロゴの構造はとてもシンプルです。
「マダナ」までは存在している。
「イ」はまだ描きかけている。
その右にカーソルが立っている。
背景には余白がある。
この余白は、ただの空白ではなく、これから入ってくるアイデアの場所です。番組が「まだないもの」を探す場であるなら、ロゴもまた、何かを説明し切るのではなく、これから何かが生まれる直前の状態で止めておくのがふさわしいと思いました。
なので、今回のロゴは「未完成風のデザイン」ではありますが、単なる装飾として未完成にしているわけではありません。会話の中にあった「ロゴは意味を持ってしまう」「表の意味と裏のメッセージがある」「まだないけど実はある」「ユーザーによって完成する」「でも小賢しくなりすぎると冷める」という複数の論点を、できるだけ少ない要素に圧縮した結果です。
最終的には、"まだない"を説明するロゴではなく、"まだない状態そのもの"に見えるロゴを目指しました。