十年後に価値が上がる情報と、二週間で古びる情報
今回のテーマは、ポッドキャストを録るというのは何を残しているのか、という観点です。普通は情報や思っていることを伝えるために録りますが、十年後にどう価値が残るかという視点もあっていい、とけんすうさんは切り出します。
樋口さんは、AIの話が典型的だと応じます。「OpenAIがこれを出した」といった情報は、二週間後にはもう古くなってしまいます。
AIこれがいいと思います、なぜならこうこうこういう理由で、OpenAIがこんなの出したので、みたいなやつあるじゃないですか。多分情報として捉えると、もうなんか二週間後にはいらないですよね。
一方で、引いた視点で見ると、この時代の人がこれくらいで狂喜乱舞していた、AnthropicClaudeを開発するAI企業。OpenAIと並び、生成AIの主要プレイヤーとして語られることが多いやOpenAIの話でここまで盛り上がっていた、という記録自体が後で面白くなる、と話されます。
つまり、最初の一週間は価値が高く、その後五年は価値が低く、そこからまた価値が上がっていく情報がある。時間軸で価値のカーブが変わるコンテンツがある、という整理です。
記憶は改ざんされるからこそ、感情を残す意味がある
けんすうさんは、自分の二十五年前のネットへの投稿がまだ残っていて、その時の気持ちはもうわからないと話します。人は自分でも記憶を改ざんしてしまうので、残っていること自体に意味があると言います。
例として挙がったのが、サイエントーク研究者YouTuber/ポッドキャスターのれんさんが配信する科学系ポッドキャストの配信者がプロポーズの前後を録音していたエピソードです。指輪を買ってきた時、渡す前、渡した後を録っておいたが、公開する頃には自分の気持ちを忘れていたそうです。
もうそれ、ポッドキャストで流す時にはもう、その時の気持ちを忘れてたらしいんですよ。「自分こんな感じだったんだ」って。一ヶ月とかの単位でもそれなので、十年後とかに聞いた時に、結構やばいだろうなと思ったんですね。
樋口さん自身も、二〇一六年から続けている『愛の楽曲工房』で、SNSで結婚相手を募集し交際期間ゼロ日で結婚したことから、結婚式の準備、三人の子供の誕生までを全部レポートしてきたと明かします。
バリバリにライフログ残してて。なんというか。でもこれもなんかね、なんかのせ、残しとかないと忘れるからやばいみたいなのがちょっとあるんですよね、やっぱり。
けんすうさんは、ここから「一人しか聞かないならやらなくていい」と多くの人が思ってしまうが、十年後の一般人が「タカイチさんのニュース」にどう感じていたかは貴重な記録になるはずだ、と続けます。聞かれなくても録っておく意味があるという結論です。
文体と空気感は、書いた本人が気づかないまま保存される
残るのは思想や思いだけでなく、文体もあるという話に展開します。2ちゃんっぽい文体、Xっぽい文法、Facebookっぽい書き方など、プラットフォームごとに独自の文体があり、書き手はそれを意識していないのに保存されていきます。
樋口さんは、mixi2004年開始の日本のSNS。日記機能で個人の生活が長文で記録されていた時代を代表するサービスの昔の日記を見返すと「うわぁ」となる、と話します。当時はキモいと思わずに書いていた自分の文が、今見ると直視できない。文章でもこれなら、声はもっとやばいはずだ、と。
象徴的な例として、けんすうさんは1999年5月30日のひろゆき西村博之。2ちゃんねる開設者。現在は多方面で発信を続ける人物の初投稿とされるものを挙げます。タイトルは「作りたい掲示板のジャンル募集!」で、びっくりマークが付いています。
その一ヶ月後ぐらいの投稿で、「掲示板移転えへへ」みたいに書いてて。移転びっくりマーク三つに「えへへ」なんですよ。すげえと思って。
今のひろゆきさんっぽくないし、2ちゃんっぽくもない。びっくりマークが全角一個か半角四つかといった細部にも、時代の空気が滲みます。書いた本人はコンテンツの中身を届けようとしているだけなのに、空気感が勝手に保存されているという指摘です。
看護師の声や三秒の沈黙は、切らずに残したほうがいい
樋口さんは、子供が入院した日に個室でスマホで収録した時のエピソードを話します。看護師さんが「様子どうですか」と入ってくる音や、子供が泣き出した瞬間まで音源に入っていて、編集で切ろうとしたが「残して」と伝えたそうです。
リスナーからノイズと思われそうで嫌だと思いがちですが、そういう周辺情報こそが一緒にいる感じを作ります。
もうひとつ挙がったのが、考えている時の「まあ」や沈黙を切りすぎないほうがいいという話です。サクサク答えているようにするとテンポは良くなりますが、三秒考えたこと自体が情報になります。
こんだけ流暢に普段話してる人が、その質問された時だけ、「あ、えーっと、ちょっと待ってね」っていうのが情報だったりするから。
けんすうさんは、teamLab猪子寿之氏が率いるアート集団。デジタルアートで世界的に知られるの猪子さんが何かの質問に一分ほど考え込んでいた場面が印象的だったと話します。感覚的なものが強く、アートを作れる人が一分考えて言語化しているという事実自体に価値がある、と。
十年前の投稿は、自分の感情の変化を思い出させてくれる
Facebookで「十年前の投稿はこれです」と表示される機能について、けんすうさんは体験談を紹介します。前日出てきたのは、桃太郎に関する自分の投稿でした。
インセンティブがないとついてこない仲間は信用できるのか、鬼にきびだんごをもっと貰ったら裏切るのではないか、キジは絶対直前で裏切るタイプだ、と書いていたそうです。それに怒った人がいて、「こいつキジじゃないか」と議論に発展していた。
内容自体を全く覚えていなかったが、当時の自分の感覚に驚いたと言います。今なら怒らずに面白がるかもしれないが、当時はイラっとしていた可能性もある。振り返るとやり取りの意味自体がもう定かではありません。
ここから話は「情報の価値は時間とともに減るが、感情の価値は昔になるほど上がる」というテーマに進みます。
ただし、感情を公開すること自体に人はネガティブになっている、とけんすうさんは指摘します。ロシアがウクライナに侵攻した時、自分がどんな気持ちだったのかもう思い出せず、当時も感情は書いていない、と。
アイデンティティと本音の両立、そしてポッドキャストの防御力
樋口さんは、この問題を構造で整理します。アイデンティティと感情を両方公開するとリスクが高い。だから匿名で本音だけ残したのが2ちゃんねる、アイデンティティは残すが本音を捨象したのがFacebookなどのSNSだ、と。
アイデンティティを捨象し、本音と感情を匿名で残す。9.11当日のログも、茶化しではなく心配と現実感のなさが多かった
アイデンティティは残るが、本音や強い意見は捨象されがち。炎上リスクが発信側にかかる
両立する方法はあるのか。ひとつはサロンのようにクローズド化することですが、これはスケール性を捨てることになります。
そこで樋口さんが挙げたのが、ポッドキャストという媒体そのものの防御力です。三十分や四十分の音声を聞く手間が、そのままフィルターとして働きます。
テキストだったら炎上するけどポッドキャストは炎上しないみたいなものって。何も制限してないけど、現実三分、四十分音声聞かないだろうでブロックできてるじゃないですか。
発信側が制限をかけているわけではなく、受け手側の処理コストによって、本音を残しつつ炎上リスクを抑えられる状態が生まれている、という整理です。樋口さん自身も、松本人志についてXでは書きづらかったが自分の番組内では意見を言えた、と話します。
賢く黙る時代と、叩く側の技術
けんすうさんは、みんなが「賢く黙る」ようになってきていて、それでいいのか疑問を感じている、と話します。正解を言わなければいけないプレッシャーの中で、一番安全な意見だけを言うようになる。
極端な例として、ある漫画家が「戦争反対です」と書いたら叩かれ、それ以来言わないほうがいいという空気が業界で生まれた話が挙がります。
これに対して樋口さんは、発信側の技術ばかりが求められている現状に疑問を投げます。前置きをうまく入れる、言葉遣いに気をつけるなど、発信者側の負荷ばかりが高くなっている。
相手が嫌じゃない形で意見を伝えるレビューの技術が上がれば、議論が活発になり、意見が言える社会に戻れるのではないか、という提案です。
けんすうさんは、次の段階として、賢い人はまずAIと議論を済ませ、叩かれない結論だけをSNSに書くようになる未来を懸念します。意見が公開されない時代の到来です。
SNS上で意見が言われないのがデフォルトになると、言われる人めっちゃ目立つようになるじゃないですか。そしたら「あの人激しいこと言うような変な人だ」ってなるんですよ。ちゃんと意見言ってる人が。
一方で、二人とも自分自身は激しい意見を言えなくなっていると認めます。樋口さんはそれをダニング・クルーガー効果能力の低い人ほど自分を過大評価し、能力が上がると逆に自信を失うという認知バイアスの曲線の後半、無知の知ゾーンに入ってきたからだ、と説明します。
ロシアとウクライナの問題を勉強しようとすると南アフリカの歴史も必要になり、その勉強を始めるとまた別の領域が必要になる。結果として意見を言う段階まで到達できない、とけんすうさんも同意します。
十年前の予測と、経年変化を織り込んだコンテンツ設計
それでも「現時点で自分が思うこと」を残しておくことに意味がある、とけんすうさんは話します。当時からわかっていたような気持ちに後で改ざんしてしまう恐怖があるからです。
具体例として、二〇〇九年の雑誌『SPA!』でジャーナリストの佐々木俊尚ITやメディアを長く取材してきたジャーナリストさん、津田大介メディア・ジャーナリスト。ネット時代のメディアや情報流通を論じてきたさんと十年後を予測した企画に登場したエピソードが挙がります。
佐々木さんと津田さんは「ネット世論がリアルを脅かす」「日本の携帯電話技術は衰退しiPhoneに負ける」など、かなり当てていました。一方けんすうさん自身は、CGA(Consumer Generated Ad、ユーザーが広告を作る時代)が来ると予測していて、当時は外したと感じていたそうです。
ただ樋口さんは、YouTubeの紹介動画やアフィリエイトを見ればある意味では合っていた、と指摘します。時間が経てば予測の答え合わせすら評価が揺れる、というのが面白い点です。
ここからけんすうさんは、経年変化を最初から織り込んだポッドキャストの設計を提案します。
一年前は「バカだな」と思っていた発言が、十年後には「一理あった」と再評価される。あるいはその逆もある。評価が変わり続けること自体をコンテンツにできる、という発想です。
今からやって十年後には価値出るけど、十年後で面白いと思った人がやろうと思ったらもう十年かかるので。時間を味方にできるような気がしますね。
日記の効用にも触れられます。去年悩んでいたことをなぜ悩んでいたか思い出せない、と気づくと「今の悩みも一年後にはどうでもよくなる」と線で見えるようになる。悩みが減衰していく曲線が可視化されると、気が楽になるという話です。
関係性やタイムラインは残せない、というアーカイブの限界
話は「収録しない時も残すべきか」に飛びます。樋口さんの声が出ずに収録が延期になった日、実はその状況自体を録っておくべきだった、と振り返ります。チャットだけで返すけんすうさんと、一人でジェスチャーする樋口さんの映像は、あとから価値になったかもしれない、と。
さらに、二〇一〇年以前の配信者の動画はほぼ残っていないという指摘に話が進みます。UstreamやTwitCastingでの配信も、サービス自体がなくなってアーカイブが消えました。当時のPCスペックの話(メモリ四ギガで音声と動画を同時に送るのが大変だった、など)は、生々しい記録として今見たいものです。
樋口さんは、いま同じことをしている可能性を挙げます。今はデバイスがあるのに三次元空間を丸ごと保存していない。将来XRが普及した時、二〇二六年頃の人類はなぜ二次元の動画しか残していないのか、と言われるかもしれない、と。
さらに深いのが、Xやインスタのタイムラインは残せない、という気づきです。個々のポストは読み返せても、あの日あのアカウントのフィードにこの順番でこの投稿が並んでいた、という状態はもう再現できません。
けんすうさんは、二〇一〇年頃使っていた小型のSONYスマホを再充電したら、キャッシュに残っていた当時のTwitterタイムラインが流れて、ゾクゾクしたと話します。写真もなく「お腹すいた」「ご飯なう」と流れるだけの光景です。
それぞれ単発のデータは頑張れば残せるのだが、それらが連なった群だったり、関係性とかを残すのが相当むずいっていう話になことかなと思ったですね。
コップは残るし電池も残るしリモコンも残るが、この配置で置かれている状態は残らない。距離感、関係性、相対位置こそが失われるものだ、という整理でした。
ニュース系ポッドキャストにもストック性はある
最後に、経年変化を織り込んだ設計にヒントが出ます。ニュースを扱うと単発で終わりストック性がないと思われがちだが、必ずしもそうではない、という話です。
粗品さんの一人賛否のように、その時炎上しているものについて自分の意見を語り続けるコンテンツは、思考のスナップショットとして後から価値を持ちうる。
今週炎上してるものに対してどう思うかを話し続けるみたいなコンテンツは意外とアーカイブ性が高いかもですね。
子供の頃「中国製品は質が低い」という空気感が普通に共有されていたことや、「男らしくねえな」という言葉が違和感なく使われていたことは、時が経てば信じられなくなります。オピニオンを出しておくことが、その時代の空気そのものを保存する行為になる、というまとめです。
けんすうさんは、二〇一〇年頃「コテンラジオ深井龍之介氏らによる歴史系ポッドキャスト。長時間・シリーズ制で歴史を扱うのリスナー数千人超えたらしい、すごい」と社内で言い合っていた記録が残っていて、それも面白い、と話します。ストック性の強い番組は一話目から聞かれるという指摘も添えられました。
まとめ
情報は二週間で古びるが、その時の感情、文体、空気感、思考のプロセスは時間とともに価値を増していきます。ポッドキャストという媒体は、聞くコストの高さゆえに本音を残しやすく、アーカイブ装置として設計し直せる余地があります。
- 情報の価値は時間とともに減衰するが、感情や空気感は時が経つほど価値が上がる
- 発信者は文体や間、周辺音を無意識に保存している。看護師の声や三秒の沈黙も残す価値がある
- アイデンティティと本音の両立は難しいが、ポッドキャストは聞くコストの高さで炎上リスクを下げている
- 賢く黙る時代を防ぐには、叩く側のレビュー技術を上げる方向もある
- 単発データより「関係性・タイムライン・3D空間」の保存が難しい。今のうちに録っておく発想が必要
