昭和OS世代の退場と「どしゃ降りのチャンス」
前回のエピソードでは、経済構造の変化が社会規範や価値観の"OS"としてインストールされ、それが50年遅れで社会を歪めるという構造が語られました。尾原さんによれば、2025年は「昭和100年」。つまり、昭和の生産性ルールを"当たり前"として内面化した世代が、いよいよ物理的に社会の中心から退場するフェーズに入ったということです。
特に大きいのが団塊世代1947〜1949年生まれの世代。戦後のベビーブームで出生数が極めて多く、日本の高度経済成長を支えた中心世代。人口のボリュームゾーンとして政治・経済に大きな影響力を持ってきた。が75歳、つまり健康寿命日常生活に制限なく健康的に過ごせる期間のこと。日本の平均健康寿命は男性約72歳、女性約75歳。平均寿命とは異なり、「ピンピン動ける」限界年齢の目安。の限界に達するという点です。身体的な理由で社会の意思決定層から離れていく人が急増するため、「昭和ルールでなぜ我慢しなきゃいけなかったのか」という戦い方でも勝てる時代が来ている、と尾原さんは指摘します。
年齢的に皆さん引退していくフェーズに入ったからってことですね
象徴的な例として、ジャニーズ問題ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の創業者による性加害問題。2023年に大きく報道され、長年続いた芸能界の権力構造が問い直された。やフジテレビの問題が挙げられました。これらは極端な歪みとして表面化したケースですが、業界の卸ネットワークへの入会条件や会社規模の要件など、目に見えにくいところにも昭和OSの「ギルド的なルール」は無数に残っています。こうした障壁を一つ一つ開いていくことが、まさにこれからのチャンスだと語られました。
① 経済構造の変化
新しい生産性のルールが生まれる
② 社会規範OSの形成
経済構造に合った価値観が「当たり前」になる
③ 価値観OSの固定化
その価値観を持つ人が社会の上層に居座る(約50年の時間差)
④ 世代交代による解放
健康寿命の限界で旧OS世代が退場 → チャンスの到来
DX第2回戦──リアルが強い国の逆転劇
深井さんは、日本がIT産業への追従に失敗したという認識を率直に示しました。シリコンバレー文化の受容と活用はうまくいかなかった──スタートアップの当事者としてもそう感じていると言います。しかし同時に、中国がお札をうまく刷れなかったからこそ電子マネーで一足飛びに先進国を追い越したように、ITがうまくいかなかった日本にこそ次の時代のチャンスがあるのではないか、と問いかけます。
これに対して尾原さんが提示したのが、「DX第2回戦は日本有利」というフレーズです。
デジタルそのものをビジネスにする戦い
AI・プラットフォームを「作る」側
→ アメリカ・中国の勝利
AIを手段としてリアル産業をアップデートする戦い
AI・カメラ・音声を「使う」側
→ リアルが強い国にアドバンテージ
第1回戦──つまりデジタルそのものをビジネスにする戦いは、アメリカと中国で決着がついたと言えます。しかし第2回戦は、AIを手段としてリアルの産業をアップデートする戦いです。リアルが強く、かつ変にデジタル化が進んでいない国や企業の方がアップデート余地が大きいため、日本には大きなポテンシャルがある、というのが尾原さんの見立てです。
物流・農業で始まっているAIフロッグリープ
DX第2回戦の具体例として、まず物流業界の事例が紹介されました。
日本では2024年問題2024年4月から適用されたトラック運転手の時間外労働の上限規制により、輸送能力が不足する問題。オンラインショップの翌日配達が難しくなるなど、物流全体に影響が出ている。に象徴されるように、トラック運転手の労働負荷が深刻です。地方発のスタートアップが、トラックの空き積載スペースをマッチングするビジネスを立ち上げていますが、従来はドライバーに「スマホで空き容量を入力してください」というデジタルリテラシーが求められるため、なかなか普及しませんでした。
AIの登場でこれが一変します。トラック内のカメラが空きスペースを自動判定し、AIがドライバーに電話をかけて「立ち寄ればボーナスがもらえますよ」と音声で提案する。ドライバーは「OK」と答えるだけ。スマホのタッチ操作もデータ入力も不要です。この仕組みにより、積み荷のマッチング率は4割向上したとのことです。
意思決定だけすればいいんですね
農業でも同様のことが起きつつあります。従来の農業ロボットは広大な平地でしか使えませんでしたが、ドローンにマシンガン型の種まき装置を搭載し、AIが棚田のような複雑な地形を認識して最適に種を撃ち込む技術が登場しています。深井さんは「日本は農業の担い手不足が深刻だからこそ、仕事を奪われるという抵抗感なくAIを導入できる」と指摘し、尾原さんも同意しました。
サラリーマンをしながら土日にダッシュボードで農業計画を入力し、平日はドローンが自動でメンテナンスする。昼休みにスマホで害虫の発生を確認したら、ピンポイントで農薬を発注する──そんな「副業としての農業」が現実になりつつあるのです。
前提:デジタル化が進んでいない
アナログな業務プロセスが残っている(物流、農業、卸売など)
AIの特性:リテラシー不要
カメラで自動認識、音声で電話、会話だけで操作完了
世代交代との合流
昭和OS社長の引退 → デジタルアレルギーのない50代が後継
AIフロッグリープの実現
中間のIT化を飛ばして、最先端AIを一気に全面導入
尾原さんは、アメリカでは重量センサーの装着やタッチパネル操作など、デジタルを「強制する」やり方で効率化を進めてきたと説明します。一方、日本は人間関係を重視するアナログ文化ゆえにそれができなかった。しかしAIが「電話で話しかける」「カメラで勝手に見る」というアナログ寄りのインターフェースを提供できるようになった今、デジタル化していなかったことが逆にアドバンテージになるという構図です。
自動運転・VR・アバター──住む場所と働く場所の分離
話題は自動運転やリアルタイム翻訳など、生活の基盤を変える技術へと広がりました。深井さんは「言語の壁とリアルタイムで超えられることと、自動運転のインパクトは相当でかい」と語ります。自動運転やドローン移動手段が実用化されれば、「田舎でいいじゃん」という判断が合理的になり、土地の価値が逆転する可能性があります。
尾原さんが描いた未来像はさらに鮮やかです。自動運転の車内でVRヘッドセットをかぶると、世界中にバラバラに住む仲間と同じオフィスにいる感覚で仕事ができる。夕方に仕事が終わると、車はその日のベストなサーフィンスポットに到着しているーー。住む場所、働く場所、遊ぶ場所が完全に分離する世界です。
ただし、ここで尾原さんは興味深い問いを投げかけます。「フィジカルな感覚が友人や仲間の実感に必要だと思っているあなたは、"世代"ではないですか?」と。
正直、妻のことより樋口さんのこと知ってますって言われる時あるんですよ。声いっぱい聞いてるから
アルファ世代2010年代前半以降に生まれた世代。生まれた時からスマートフォンやタブレットが身近にあり、デジタルネイティブの中でもさらにAI・動画・ゲームに親しんで育っている。の子どもたちは放課後にフォートナイトEpic Gamesが開発したオンラインゲーム。バトルロイヤル形式だけでなく、ゲーム内でコンサートやイベントが開催されるなど、若年層にとっての「仮想社交空間」としても機能している。で集合し、アバターの見た目で友人を認識しています。彼らにとっては、バーチャルだけで十分に「一緒にいる」と感じられるかもしれません。
さらに尾原さんは、経営者のAIクローンを作るプロジェクトで発見したことを共有しました。一人語りのスピーチよりも、異なる価値観の人との対談を大量に学習させた方が、はるかに「その人らしい」AIができるそうです。多方面から光を当てられることで立体的な人物像が浮かび上がるためです。ポッドキャストで多様なゲストと話す人の声を聴き続けることは、もしかしたらリアルで会うよりもその人を深く知ることになるのかもしれません。
「のび太力」の時代──AIを使いこなすのに必要なもの
話は作曲AISunoテキストや鼻歌から楽曲を自動生成するAIサービス。2023年の登場以降急速に品質が向上し、人間が作ったものと区別がつきにくいレベルに達している。の急速な進化へ。深井さんは「この1年でクオリティがやばい。魂があるかないかのボーダーライン」と驚きを語り、「ミュージシャンになりたかったけど諦めていた。でもこれからはなれるかもしれない」と期待をにじませます。
尾原さんは、漫画家の山田玲司漫画家・YouTuber。『Bバージン』『絶望に効くクスリ』などの作品で知られる。YouTube番組「山田玲司のヤングサンデー」でサブカルチャー・社会評論を発信している。さんの言葉を引用して、「音楽」と「芸術」の違いを説明しました。音楽は鼻歌でも楽しめるように「術」がなくても成立する。一方、芸術は「術」がないと表現できなかった。AIはこの「術」の壁を取り払い、鼻歌を入力すれば1曲完成する世界を実現しつつあるのです。
樋口さんは、小学4年生の子どもが「宿題をやりたくなるような曲を明るい感じで作って」とSunoに入力した体験を紹介しました。お母さんは「それは作曲じゃない」と言ったけれど、プロデューサーが作曲家に「こういう曲を作って」と依頼するのと何が違うのか──本質的には同じではないか、と。
ここで尾原さんが紹介したのが、孫正義ソフトバンクグループ創業者・会長兼社長。IT・AI領域への大規模投資で知られ、「情報革命で人々を幸せに」をビジョンに掲げている。さんが語ったという「のび太力」の概念です。AIが何でも作れるようになるからこそ、「あれが欲しい、これがやりたい」と妄想をわがままに言語化できる力こそが、AIを最も使いこなせる力になる。「まあこんなもんでいいですから」と我慢する人にはAIは使いこなせない、というわけです。
深井さんは「これほどの生産体制変更が行われる時代は多分なかったレベル。この後、倫理はどうなるのか」と問いかけ、尾原さんは「逆に言うと、倫理を作ることが一番大事になる。もはや人間の仕事として残るのが倫理策定くらいかもしれない」と応じました。術が不要になった世界では、「何を作りたいか」「なぜ作りたいか」という志とパッションこそが、人間に残される最も重要な役割になるということです。
パーソナライズの光と分断の影
樋口さんが「AIで世界が良くなる」と感じている点は、「あなただけのオリジナル」「本当に近い10人だけにわかるもの」が作れるようになることです。今まで市場経済に乗らなかった超ニッチなニーズ──たとえば「小4の分数の割り算がわからなくてイライラする歌」──が、AIによって高品質に実現できるようになる。これで救われる人がいるはずだ、と。
尾原さんは、散歩中に音声入力でアプリを作り、クライアント向けに「今週だけ使う行動ランキングアプリ」を毎週作成しているという自身の実践を紹介しました。3ヶ月かけて300万円で作ったプログラムを2年使わないともったいない、という感覚はもう過去のもの。「明日のためだけのアプリ」も作れる時代になっています。
樋口さんは、障害を持つ子どもの椅子を療育センターの職人がウレタンを削って作ってくれた経験にも触れ、こうした個別最適化がAIと3Dプリンターで加速すれば「できないことができるようになる」と期待を込めました。
8割の人を得させるために → 大多数向けが「生産的」
目の前の1人のこの1時間を楽しくするために → 歴史上初めて経済効率性が合う
しかし深井さんは、ここに懸念も感じています。パーソナライズが極まると、マスメディアが構造的に機能しなくなる。共通の物語──いわば「神話」──を共有しにくくなり、意識が分断されたグループ同士が、交流手段はあるのにディスコミュニケーションを起こし続けるという事態です。古代のように物理的に交流がなかったのとは違い、常に接続可能でありながらまるで理解し合えないという、新しい種類の分断が生まれかねません。
「明日」と「明後日」──豊穣の時代へどう渡るか
分断の懸念に対して、尾原さんが紹介したのがジャック・アタリフランスの経済学者・思想家。ミッテラン大統領の補佐官を務め、欧州復興開発銀行の初代総裁も歴任。未来予測の著作が多数あり、マクロン大統領の台頭にも影響を与えたとされる。の著書『明後日ご機嫌』です。7年前に書かれたこの本の骨子はこうです。
核融合軽い原子核同士を融合させてエネルギーを取り出す技術。太陽のエネルギー源と同じ原理で、実用化されれば燃料がほぼ無尽蔵でCO2もほとんど出ない「究極のクリーンエネルギー」となる。2035〜2045年頃の実用化が議論されている。が実用化されればエネルギーの心配がなくなる。エネルギーが無料に近づけば、LED照射の野菜工場で野菜も無料に近づく。培養肉動物の細胞を培養して作る肉。牛を育てる場合と比べてエネルギーコストが大幅に低く、温室効果ガスの排出も少ない。現在は通常の肉の約3倍のコストまで下がっている。の技術も進めば肉も格段に安くなる。こうしたアバンダンス(豊穣の時代)テクノロジーの発展により、エネルギー・食料・情報などの基本的資源が極めて安価もしくは無料に近づく時代のこと。ピーター・ディアマンディス著『ABUNDANCE』などで提唱されている概念。が訪れれば、「食えない」「虐げられている」ということが物理的にはなくなる社会が来る──それが「明後日」です。
しかし問題は「明日」です。AIに大量のエネルギーを注ぎ込む国が飛躍する一方で、自動化で職を失う人々がトランプに投票し、コストインフレで住居費が年収の7割を占めるニューヨーカーが共産主義寄りの市長を選ぶ。明後日の豊穣は理論的にわかっていても、明日は分断しまくる。そしてアタリが描いた「明日」は、まさに今日になっている、と尾原さんは語ります。
だからこそ必要なのは、「メタ認知」と「未来を信じる力」の両方だと尾原さんは強調します。明後日は必ず豊かになるという技術的裏付けを信じつつ、今この瞬間に分断で苦しんでいる人たちをどう社会的包摂(インクルーシブ)すべての人が社会に参加でき、排除されない状態を目指す考え方。障害、年齢、経済状況などにかかわらず、多様な人々が共に生きる社会づくりを指す。していくか──技術的にも価値観的にも、そのバランスを取ることが求められる「めちゃくちゃドラマティカルなこの5年」をどう過ごすか、という問いで議論は締めくくられました。
深井さん自身も「40代になって、変化が激しい時代の中で規範を変え続けるコストの重さに自分自身も悩んでいる」と率直に語り、次回は「年を取っていく中でどう生きるか」をさらに深掘りしたいと予告しています。
まとめ
前回に引き続き、「昭和OS」という補助線から見た現代社会の構造変化と、AI時代の到来が重なることで生まれる可能性と課題が語られました。団塊世代の退場、デジタル化の遅れが逆にアドバンテージになるDX第2回戦、「のび太力」というAI時代の核心、そしてパーソナライズが進む社会での分断の懸念──楽観と危機感が交差する議論の中で、一つだけ確かなのは「明後日はご機嫌になれる」という技術的な見通しがあるということ。問題は、その明後日にたどり着くまでの「明日」をどう過ごすかです。答えはまだ出ていませんが、悩みながらも手を取り合っていく姿勢こそが、この激動の時代に必要なのかもしれません。
- 昭和100年を迎え、団塊世代が健康寿命の限界に。昭和OSの価値観が社会の中心から退場するフェーズに入った
- DX第1回戦(デジタルをビジネスにする戦い)はアメリカ・中国に敗れたが、第2回戦(AIでリアル産業をアップデートする戦い)はデジタル化が遅れた日本にアドバンテージがある
- 物流・農業など現場で「AIフロッグリープ」が始まっている。カメラと音声だけでデジタルリテラシー不要のAI活用が実現
- 自動運転・VR・リアルタイム翻訳が進めば、住む場所・働く場所・遊ぶ場所が完全に分離する可能性がある
- AIを使いこなすのに必要なのは技術力ではなく「のび太力」──現状に満足せず、やりたいことをわがままに言語化する力
- パーソナライズの進展は「自分だけのもの」を作れる恩恵をもたらす一方、共通の物語が失われ分断が深まる懸念もある
- 核融合・培養肉などの技術的裏付けにより「明後日の豊穣」は見えているが、そこに至る「明日」の分断をどう乗り越えるかが最大の課題
