セックスは「素晴らしいもの」だった?
コテンラジオ「性の歴史編」は、前回の戦士社会に続き、今回から古代ギリシアの性を扱います。楊さんによると、古代ギリシアは、性に厳しいヘブライ人・ユダヤ人と土地は近いのに、性への考え方は「全く逆」だったといいます。
楊さんが想定している古代ギリシアの時代は、アレクサンドロスがギリシアを滅ぼすまでの時期です。およそ3000年前から1000年間ほどは、ここで語られるような感覚が続いていたというイメージだそうです。
古代ギリシアの人々は、セックスを素晴らしいものと考えていました。性器についても、快楽と豊穣、つまり子どもが生まれることをもたらす尊敬すべきものとして、感謝と畏怖の両方を抱いていたといいます。
性器とかも自分たちにこんなに気持ちいい、素晴らしい快楽をもたらしてくれる、とても尊敬すべきものって思ってる。
全肯定だね。
さらに古代ギリシアでは、知的な喜びと肉体的な喜びを分けて考える感覚もなかったといいます。賢い人がよくセックスをしていても自然なことで、むしろ性を楽しんでいない人のほうが問題だと考えられていたそうです。
楊さんが読んだ本には、古代ギリシアの人々は「快楽がなかったら生きている意味がない」と考えていた、と書かれていたそうです。軍隊で戦うことよりも、快楽のほうを重視していたといいます。
神話にもこの感覚が表れています。愛の女神アフロディーテ ── ギリシア神話の愛と美の女神。ローマ神話ではウェヌス(ビーナス)にあたり、恋愛や性愛をつかさどる存在とされますは奔放に性を楽しむ存在として描かれ、他の神々もそれを当然のように受け入れていたそうです。ただし楊さんは、それは神話の中の話で、現実のギリシアでも女性は所有物として扱われていたと補足しています。
性の快楽は「グルメ」と同じ教養だった
楊さんによると、古代ギリシア人にとって快楽や享楽は「真面目な題材」でした。現代の人が知的好奇心を面白がりながらも真面目に扱うのと、近い感覚だったと考えられるそうです。
性が卑猥っていう感覚が多分あんまりないんだと思うんだよね。だから[ヘルメス像が]勃起してんだよね、多分。
古代ギリシアで享楽的に暮らすことは、支配階級の特権でした。労働は奴隷がやることなので、支配階級の市民は人生を楽しむのが当然であり、享楽に身を置く人ほど人格的にも優れていると見なされていたといいます。
深井さんはこの感覚を「うまい飯を食う」ことにたとえました。社会的地位の高い人ならグルメぐらい嗜むよね、という感覚に近いのではないかという指摘に、楊さんも同意しています。
なんか社会的地位が高い人って、やっぱグルメぐらい嗜むよねっていう感覚。
樋口さんは、現代では有名になるほど性に関する倫理観を強く求められると対比します。楊さんも、独身の芸能人が毎日遊んでいると聞いて「人格的に素晴らしい」と思う人は少ないとして、性の評価は社会によって決まるのだと話しています。
グルメや読書家のように、教養があり人格的に優れた人と見なされた
人格的に素晴らしいとはならず、有名人ほど性の倫理観を求められる
古代ギリシアでは、性の本能そのものが神々から送られた奇跡のように捉えられていました。酒に酔うこと、踊り狂うこと、セックスにふけることは、どれも畏怖を持ちながら楽しむ享楽の一つだったといいます。
なぜ「24時間セックス」はダメなのか?
古代ギリシア人は享楽を重んじていましたが、たとえば24時間セックスし続けるような人は良くないと考えていました。楊さんが「超面白い」と語るのは、その理由です。
楊さんの説明では、アルコール依存症で性行為ができなくなるのは、酒もセックスもどちらも楽しめていないからダメ、という理屈になります。楽しむという軸そのものは変わらないまま、節度の理由づけが現代とまったく違うわけです。
1つの欲求にとらわれる
酒やセックスなど、特定の享楽だけに没頭する
他の享楽ができなくなる
酔いすぎると性行為や議論ができなくなる
享楽の総量が減る
全体として楽しめる量が少なくなるので良くないとされた
古代ギリシアでは、勉強や議論も享楽の一つでした。だからこそアリストテレスのような人物が生まれたとも考えられ、それぞれの楽しみのバランスを取りながらすべてを味わうことが、理想の状態だったといいます。
室越さんは、現代社会では性欲による楽しみが知的好奇心の楽しみより一段下に置かれていると指摘します。楊さんも、古代ギリシアではその上下関係がなかった点が非常に面白いと応じています。
立派な学者の国でも、女性は「もの」扱いだった
快楽をおおらかに肯定した古代ギリシアでも、女性の立場は低いままでした。楊さんは、特にアテナイ(アテネ)では立派な学者が数多く出たにもかかわらず、女性はもの扱いされていたと話します。
当時は、なぜ子どもが生まれるのかという生殖の仕組みもほとんど理解されていませんでした。紀元前800年頃のホメロス ── 古代ギリシアの伝説的な詩人。叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』の作者とされ、ヨーロッパ文学の源流に位置づけられますの時代には、空中の微小な動物が女性の体内にたどり着くことで妊娠すると言われていたそうです。
室越さんは、アリストテレスの妊娠に対する認識を本で読んだと紹介しました。子宮内にたまった経血に男性の精液が入ると、パン種のように働いて発酵し、赤ちゃんになるという考え方です。室越さんは、身近なパン作りを妊娠という未知の現象に当てはめて解釈しようとした点が面白いと話しています。
楊さんによれば、古代ギリシアの理解は他の社会よりは正確だったものの、やはり正確ではありませんでした。そして女性を「産む機械」のように語る言説が実際にあったといいます。
たとえばソフォクレスは、女性を単なる精液の受け皿と考え、肝心な材料は精子で、子宮は調理器具にすぎないと述べていたそうです。楊さんは、こうした考え方が1850年ぐらいまで続いたと説明しています。
性の歴史を勉強すると、まあようわかったんですけど、やっぱり(女性には)人権ないです。
古代ギリシアの女性の役割は、子どもを産むことが中心でした。社会生活に参加させる意味はないと見なされたため教育も受けられず、壁に囲まれた家に閉じ込められて、交流する相手は家の奴隷と家族ぐらいだったといいます。
一方で、古代ギリシア人は女性の性欲の存在をよく理解していたそうです。だからこそ、誰の子どもかわからなくなるのを恐れて、女性の性欲を管理しなければならないと考えていました。楊さんは、近世ヨーロッパでは逆に女性に性欲などないと考えられていたとも紹介しています。
夫婦のセックスと婚姻外のセックスはなぜ分けられた?
室越さんによると、古代ギリシアでは男女のセックスに、夫婦としてのセックスと婚姻外の関係としてのセックスという区別がすでにありました。目的も宗教上の扱いも分かれていたといいます。
目的は生殖。畑に種をまくイメージから、正常位であるべきとされた
目的は男性の快楽追求。創造力を発揮していろいろ試してよいという雰囲気があった
夫婦間の体位が決められていた理由について、楊さんは「畑に種をまいている感じ」なので、天地が逆なのはおかしいという感覚だったと説明しています。
ただし、これらは法律で罰せられる決まりではなく、「そういうものだよね」という文化的な雰囲気だったそうです。楊さんは、性に関することは表立って語られないだけで実際にはいろいろ行われており、夫婦間でもさまざまな体位があっただろうという説もあると注意を促しています。
「マウンティング」は性行為が語源だった
楊さんによると、古代ギリシアの男性にとってセックスは、相手に対して優位に立つ行為でした。挿入する側になることが人間として優位な状態で、挿入される側は常に劣位に置かれていたといいます。
この構図は同性同士でも同じで、年長者と若年者の関係では、年長者が常に挿入する側とされていたそうです。
そもそもマウンティングってそういう言葉だもんね。
楊さんは、マウンティングという言葉はもともと、サルのオス同士が序列を決めるとき、上に乗って性行為のような動きをすることを指すと説明します。オス側の動きをしたほうが優位な個体、メス側の動きをしたほうが劣位な個体になるわけです。
この話を受けて、会議で部長が「マウンティングしてくる」という現代の使い方も、語源から見れば性行為の真似事になってしまう、という笑い話になりました。
セックスっていうのは受けか攻めかしかないんですよ。だから相手何だっていいんですよ。
楊さんは、現代のセックスは相手が異性であることを標準とし、明治以降の150年間ほどはそうだったと説明します。それに対して古代ギリシアでは、性的な自己決定ができる人とできない人がいて、自己決定できる人が社会で優位に立つ、という感覚だったと考えられるそうです。
娘を神殿に奉納する?売春と宗教儀式
古代ギリシアでは、処女を財産と見なす考え方は戦士社会と共通していました。楊さんによると、未婚の娘が男性と関係を持てば、たとえレイプであっても、父親は娘を奴隷として売り払い損失を埋め合わせてよいと法律で定められていたそうです。
楊さんは、実際には娘に愛情を持っていた親もいたはずだとしたうえで、法律上はそうした建前の社会だったと説明しています。
古代ギリシアの売春は、宗教儀式と強く結びついていました。売春婦が宗教儀式に参加することが多く、儀式では複数対複数の乱交も行われていたといいます。この乱交には、人格を向上させるという感覚もあったそうです。
神殿での売春も盛んで、コリントやスキプロスが特に有名でした。コリントのアフロディーテ神殿には1000人以上の売春婦がいて、自分の娘など売春をする女性を奉納することが、宗教的に良い行為とされていたそうです。
室越さんは、現代の神社に舞や音楽を奉納するのと同じような感覚で、性を奉納していたのではないかと想像しています。楊さんによると、アフロディーテ自身も売春婦という一面を持つ女神でした。
室越さんはまた、古代ギリシアでは地方ごとに娼婦の「得意技」があったという記録を紹介しました。コリントの娼婦はあらゆる快楽を提供する「全対応型」だったといいます。楊さんは、シフノス島の「最も親密な愛撫」のような記述は本にも具体的に書かれておらず、隠された表現だと苦笑していました。
性にここまで開放的だった古代ギリシアでも、妻と売春婦は両立しませんでした。楊さんは、男性が自分の子どもを確定させる必要があったからだろうと考えています。
室越さんによると、娼婦は男性を喜ばせる技術や避妊の方法を身につけていた一方、結婚を予定された娘は家事の訓練だけを受け、性の情報から厳重に遠ざけられていたそうです。深井さんの質問に楊さんが答えたところでは、神殿に奉納された女性などは、基本的に結婚して子どもを産む生き方をしなかったと考えられます。
だからもう本当にね、(女性は)男性の所有物なんですね。用途に分けられちゃってる状態になっちゃってますよね。
少年愛は「師匠選び」だった?同性愛と男娼
楊さんによると、古代ギリシアには成人男性や少年の男娼も普通にいました。ただし男娼は公的な生活に一切参加できず、裁判もできないなど、普通の男性とは違う存在として扱われていたそうです。
古代ギリシアの同性愛は、本の表現では「非常に寛大」に扱われていました。特に年長の男性と少年の関係では、公的な教育の中で、人格教育の一環として年長者から性的行為を受ける構図があったといいます。
性教育でもあるし、人格教育なんだよね、これが。
室越さんは、別の本で、少年愛が成人男性にとって上流階級の扉を開く儀式であり、嗜みだったという記述を読んだと紹介しています。年長者にとっても少年にとっても、価値のある関係とされていました。
少年の側にも作法がありました。美少年には地位のある成人男性から多くの求愛が来ますが、すぐについていくのではなく、焦らしながら一番いい相手を選ばないと評判が悪くなったそうです。
本当にあれなんですね。先生選ぶ感じなんです。
楊さんは、少年は年長者からセックスだけでなく生き方などさまざまなことを教わったのだろうと話します。関係はある程度続く前提でしたが、解消して別の人に移ることも普通にあったそうです。
同性間のセックスが生まれる理由には、女性が少ない環境や妊娠を避けたいことなどもあります。しかし楊さんによると、古代ギリシアでは、戦争に一緒に行く男同士の友情の延長線上に、男性間のセックスがあったようだといいます。
全裸のオリンピアと「男の中の女性性」
古代ギリシア人は肉体美をとても大事にし、人間の裸体を神聖なものと考えていました。楊さんによると、オリンピアの競技は全員が裸で行い、観客も裸だったそうです。
いや、ブランブランしながら走ってるんですか?
楊さんの答えは「そういうことになります」でした。一方で、奴隷は男同士のセックスや全裸での競技ができず、それらは神聖な自由民だけに許された行為とされていたといいます。
楊さんによると、古代ギリシア人は、人間が両性的な性質を持つことを強く意識していました。男の中にも女性性があり、女の中にも男性性があるという感覚で、男らしい男性が女装して現れても違和感なく受け入れられたそうです。
楊さんは、後の時代には同じことをすると人格が破綻していると見なされたと説明します。深井さんは、古代ギリシアが最近の考え方を先取りしていたことに驚いていました。
プラトンは、人間はもともと2つの頭と2つの下半身、手足を4本ずつ持ち、男と女が合わさった存在だったと語ったそうです。楊さんはアンドロギノス ── プラトンの『饗宴』に登場する、男女が一体になった原初の人間。のちに2つに分けられたため、人は失った半身を求めるという話として知られますのことだろうと話し、愛とは分かれたものが再び結合したいと願う欲求だと説明していたと紹介しています。
ギリシア人であるアレクサンドロスも、女神の格好をするなど普通に女装をしていたそうです。男性が女性になることも「そうだよね」と受け取られていたといいます。
性の法律もタブーも少なかった古代ギリシア
アレクサンドロスは、無二の親友で戦友でもあるヘファイスティオン ── アレクサンドロス大王の側近で、幼なじみの親友。大王の遠征に同行して将軍として活躍し、彼の死を大王は深く嘆いたと伝えられますと性的関係にあったとされます。楊さんは、古代ギリシア全体で、性を規制する法律があまりなかったと話します。
古代ギリシアの法律が守ろうとしていたのは、男性市民の名誉や、財産を嫡子に残すことなどでした。快楽を追求していいという考えで生きていた社会なので、他の社会に比べて性への規制は少なかったといいます。
タブーも少なく、獣姦や近親相姦へのタブーもあまりなかったそうです。楊さんによると、パシファエという女性が牛と交わって生まれたのがミノタウロスとされ、半人半獣の存在は獣姦から生まれるという考えがあったようです。
深井さんも、ケンタウロスや、動物に変身して女性と交わるゼウスの話を挙げ、ギリシア神話にはこうした話が多いと応じました。
いやなんかこう、別にいい悪いとか全くあれないんですけど、今の感覚からするとすごい楽しそうやなって思いました。
楊さんは、次回は古代ローマで、こうした性の考え方がどう変わっていくのかを扱うと予告して、古代ギリシア編を締めくくりました。
まとめ
古代ギリシアは、性を含むあらゆる享楽を人生の中心に置き、知的な喜びと同列に楽しんだ社会でした。一方で、その自由は男性の自由民のものであり、女性や奴隷、男娼は厳しい線引きの中に置かれていました。
- 古代ギリシアでは、性的享楽を楽しむことが教養や人格の高さと結びついていた
- ふけりすぎが良くないとされた理由は、ほかの享楽が減って楽しみの総量が下がるからだった
- 女性は教育を受けられず、妻と売春婦の役割は用途によって分けられていた
- 同性愛や少年愛は、人格教育や師弟関係の一部として制度的に存在していた
- 人間は両性的な性質を持つという感覚があり、性を規制する法律やタブーも少なかった





