近親相姦は、なぜ最初のタブーになったのか
前回のコテンラジオでは、性欲の強さと性的快感の大きさを人々は理解していて、社会が文明化するにつれて性を制御するルールが作られていった、という話がされました。今回の深井さんは、その最初期のタブーとして近親相姦を取り上げます。
深井さんによると、近親相姦は先史時代でも最も早い時期から法律で禁じられていたといいます。その背景として深井さんが挙げるのが、昔の人口の少なさです。
昔って圧倒的に人口が少ないわけです、今よりも本当に。そういう時にセックスをする対象を探すってめっちゃむずい。
顔を合わせる相手がほとんど知り合いしかいない小集団では、兄弟や親子、いとこ同士での性交渉が日常的に行われていた可能性がある、と深井さんは説明します。社会が大きくなるにつれて、それは良くないものとされていったと考えられています。
ただし深井さんは、近親相姦は多くの社会で最初のタブーとして現れる一方で、タブーにしなかった社会もあるというのが今回伝えたいことだと前置きします。
まず、タブー視していた側の例が紹介されます。バビロニア ── メソポタミア南部、バビロンを中心に栄えた古代文明。ハンムラビ法典で知られます人は近親相姦を伝染病の元凶と考え、違反者を追放するか、溺死や火刑で処刑していたといいます。
深井さんが挙げる例では、息子に強姦された母親も、息子とともに死刑にされる法律があったそうです。被害者まで罰するのは、行為そのものが穢れと見なされていたからだろう、と深井さんは見ています。ヒッタイト人、アッシリア人、近隣のヘブライ人も、近親相姦を処刑に値する行為と考えていました。
ゲストの室越さんは、本に書かれていた別の観点を紹介します。日本の戦国時代の政略結婚のように、部族同士が女性を嫁がせて同盟を結ぶなら、その女性が同族に「汚される」ことは許されない。部族間の殺し合いを避ける外交手段として、近親相姦が禁じられた可能性があるという見方です。
楊さんは、この議論の背景にあるレヴィ=ストロース ── フランスの文化人類学者。親族関係や神話を構造として分析する「構造主義」の代表的な人物ですの考えを解説します。
(レヴィ=ストロースが言うには)人類にとっては交換っていうのがすごい大事なんだって。コミュニケーションの一形態なんだっていう話をしてて。
交換するための女性とセックスをするための女性っていうのを分けなきゃいけないんですね。
楊さんの説明では、交換に使われるのは娘、セックスの相手は妻です。妻と娘を分けるためにタブーが必要で、タブーがなければ集団間の交換が機能しなくなる。だから近親相姦のタブーはすべての社会にとって大事だ、というのがレヴィ=ストロースの主張だといいます。
交換が大事
人類にとって、他の家族や氏族との交換はコミュニケーションの一形態
女性も交換される
当時、所有物とされた女性も交換の対象になる
妻と娘を分ける
娘は交換用、妻はセックスの相手として区別する
タブーが必要
近親相姦を禁じないと交換が機能しなくなる
古代エジプトのファラオは、なぜ娘と結婚したのか
レヴィ=ストロースの説に対し、深井さんは「実はこれさえもタブー視しない文明がある」と続けます。近親相姦を気持ち悪いと感じる今の感覚も、社会の規範によって根付いたものだという指摘です。
その代表が古代エジプトです。神話のイシスとオシリスが兄妹でありながら夫婦であるように、ファラオも姉妹や異母姉妹、娘と結婚することがほとんどだったといいます。
特に顕著だったのは、紀元前1570年から1397年ごろの第18王朝 ── 古代エジプト新王国時代の王朝。ツタンカーメンなどの王を輩出し、エジプトが最も繁栄した時期の一つとされますだと深井さんは紹介します。王家の血統からよその血を排除し、征服で得た戦利品が外へ散らばるのを防ぐ狙いがあったようです。
じゃあ(エジプトの近親婚は)交換の逆だ。交換しない。
深井さんは「独占するということをやってた」と応じます。アメンホテプ1世の時代には、王家の娘は基本的に父親としか結婚できなかったといいます。
ただしファラオが娘とだけ性交渉していたわけではなく、側室に子を産ませることも普通にあったそうです。深井さんは、娘や姉妹との関係は正式な結婚のことだろうと補足しています。
さらに、ファラオの習慣は下の階層にも広がり、あらゆる階層で近親婚が当たり前になっていきました。ローマがエジプトを征服した紀元前30年ごろには、女性が兄弟や異母兄弟、父親と結婚するのが通例で、姉妹がいる男性の3分の1ほどがその姉妹を娶っていたといいます。
近親相姦の習慣がなかったローマ人は、これをやめさせたそうです。深井さんは「我々の社会も止めるよね、確実に」と、今の感覚と重ねて話しています。
何を「近親」と見なすかは、文化で変わる
楊さんは、そもそも何を近親とするかの定義が文化によって違うと指摘します。たとえば中国や朝鮮では、同じ姓の人とは結婚できなかったといいます。
だから楊君は楊家の女のことは結婚できないんですよね。
さらに複雑なのがオーストラリアの先住民です。楊さんによると、自分が属する「結婚族」というグループがあり、対応するグループの人としか結婚できない仕組みになっていて、それは必ずしも血縁と関係ないそうです。
一方で深井さんは、幼いころから一緒にいる男女は恋愛や性欲の対象になりにくい、という生物学的な指摘も読んだと話します。楊さんは、血縁がなくても子どもを共同で育てるイスラエルのキブツ ── イスラエルの農業共同体。財産を共有し、子どもも共同体全体で育てる生活形態で知られますの研究で、一緒に育った男女は性的対象になりにくいとわかったと補います。
多分その血のつながりを生むんじゃなくて、多分そこ(一緒に育つこと)なんだと思うんだよね。近親相姦的な感覚っていうのは。
話は古代ペルシアへ移ります。アレクサンドロス大王が滅ぼしたペルシアでは、ゾロアスター教 ── 古代ペルシアで成立した宗教。善と悪の二元論や火を重んじる儀礼で知られ、アケメネス朝などで信仰されましたの教えのもと、王族も僧侶も一般の人も近親婚をしていて、それが祝福されていたといいます。
深井さんが本から紹介する内容では、近親婚は天上に昇ったときに大きな利益をもたらし、ほぼすべての罪を拭い去るとされていました。姉妹や母親との結婚を渋る男性は大罪を犯していると見なされ、親族との結婚を拒む女性への罰はさらに厳しかったそうです。深井さん自身は「どこまで本当かわかんない」と留保しています。
深井さんは、エジプトでもペルシアでも近親婚は財産の囲い込みとして機能していたとまとめます。結婚で多くの家が関わるほど、中国の王朝の外戚のように困ったことが起きるため、それを防ぎたかったのだろうという見立てです。
| 社会 | 扱い | 背景として語られたこと |
|---|---|---|
| バビロニア | 追放や溺死・火刑で処罰 | 伝染病の元凶、行為自体が穢れ |
| 古代エジプト | ファラオから庶民まで一般的 | 血統の純化、戦利品・財産の拡散防止 |
| 古代ペルシア | 近親婚が祝福される | ゾロアスター教の教え、財産の囲い込み |
獣姦は罰にも祝福にもなった
続いて深井さんは、古代から人間が獣姦をしてきたという話題に移ります。人類が生まれたころからあったのではないか、とも話しています。
紀元前1000年ごろ、今から3000年ほど前のエジプトでは、動物の種類と状況によって、獣姦は罰にも祝福にもなったといいます。
罰の例として深井さんが紹介するのは、石でできた土地の標識をいじった男への刑です。男は罰として、妻と子どもをロバに犯させるために差し出さなければならなかったそうです。深井さんは、妻子が男の所有物とされ、それを毀損させる意味があったと解釈しています。
一方で、山羊との性交は信仰心の表れと見なされました。山羊は生殖を司る神パンの化身とされることが多く、それを崇めるために、女性が特別な訓練を受けた雄鹿と寺院で交わった記録が多くあるといいます。
ヒッタイト人の場合も、動物によって受け止め方が違いました。牛や犬、羊との行為は死刑になる一方、馬やラバは「良くないけど罰せられない」程度の扱いだったそうです。
厳しく禁じられ、行えば死刑
良くないとされつつも、罰せられはしない
さらに古い例として、紀元前5000年ごろのリビアの岩壁には、犬と女性が交わる絵が彫られています。成人の通過儀礼として狩りの前に見たのか、獲物と通じるためだったのか、目的はもうわからないそうです。室越さんは「ただのエロ本かもしれない」と笑います。
全部の時代でやってるんですよ、人間、獣姦。
深井さんは、真面目な本に書かれているので飛ばさずに入れたと断ったうえで、人間は何にでも性欲が湧くということだろうと話します。室越さんも、性欲を解消する対象の選択肢がとても広かったのかもしれないと応じています。
古代の売春は、なぜ神聖だったのか
話題は古代ローマへ移ります。深井さんによると、古代ローマではフェラチオは野蛮な行為とされていました。
室越さんは、フェラチオの起源としていろいろな本に書かれているのがトルコに近いレスボス島だと紹介します。古代ギリシャではフェラチオを「レスボス島のやり方」と呼んでいたそうです。深井さんは、レズビアンという言葉もこの島に由来する、と豆知識を添えます。
室越さんによると、ローマでは妻にフェラチオをさせるのは禁止で、売春婦ならよいとされていました。妻に汚いことをさせてはいけない、性欲は売春婦で解消せよ、という考え方です。
不浄な行為なのでさせてはいけない
性欲の解消相手として許される
ここから深井さんは、エジプトやメソポタミアでの売春の考え方が今とまったく違うと話を広げます。エジプトでは信仰と売春が密接に結びついていて、女神イシスのたくさんの化身の一つに娼婦もいたといいます。
信仰と結びついてるんで、王族で娼婦っていう人がいる。
深井さんによると、ピラミッドで知られるクフ王の娘も娼婦をしていたそうです。
メソポタミアでも、売春に恥辱の概念はあまりなかったといいます。紀元前1750年ごろ、ハンムラビ王 ── バビロン第1王朝の王。「目には目を」で知られるハンムラビ法典を制定しましたの治世下のバビロンでは、神殿や通りに娼婦や男娼がたくさんいて、最も良いとされたのは神殿にいる娼婦でした。
神殿の娼婦は、熟練した快楽を提供するエンターテイナーであり、礼拝者と神々をつなぐ仲介者でもあったと深井さんは説明します。室越さんは、前の回で話した性器信仰のように、古代では宗教と性が結びつくのは当たり前だったのかもしれないと話します。
本当なんか(セックスは)快楽の一つ、カラオケ行こうぜみたいな感じなのかもしれないですね。
深井さんは、ヘロドトスがバビロニアのすべての女性は一生に一度神殿で見知らぬ男と交わらなければならないと書いた話も紹介します。ただし室越さんは、ヘロドトスが実際に現地へ行ったかはわからず、間違った伝聞ではないかとの指摘もあると補足しています。
同性愛は、歴史上むしろ普通だった?
次のテーマは同性愛です。深井さんはまず、動物の世界でも同性同士の性行為が広く見られると紹介します。
深井さんが挙げるのは、猿、犬、猫、牛、馬、象、イルカ、クジラ、ペンギン、トカゲ、カエル、魚、ハエなどです。哺乳類から昆虫まで、同性同士の性行為が確認されているといいます。
室越さんは、異性愛は歴史上スタンダードではないと話します。生物には両性具有もあり、オスとメスが交わる形だけが唯一のスタンダードではない、という指摘です。
深井さんによると、初期の文明社会では、男性の性欲の対象が男性になることは、ヘブライ人の社会以外ではほとんど普通のことでした。日本も例外ではなく、織田信長と前田利家の関係にも触れています。
基本的には実は禁忌にはならない、タブーにはならなかったっていう状態が実はずっと続いてて、まあある意味そのユダヤ教とかキリスト教とかが出てくるまで、基本的にはみんなやってます。世界中で。
深井さんは、ギルガメシュ叙事詩にも男性同士の関係を匂わせる記述があると紹介します。ただし男性同士でもレイプは罰せられ、男性同士で結婚できる社会もあったそうです。
一方、女性同士の関係はあまり記録に残っていません。深井さんはその理由を、女性が所有物として扱われ、そもそも性的自由を持っていなかったからだと説明します。楊さんも、観察や記録の対象にならなかったのかもしれないと補います。
深井さんは、古代に「同性愛があった」という表現は正確ではないとも話します。ギリシアのように、男性同士は友情の延長線上でセックスをしていた、というのが実態に近いという見方です。
女性だけが厳しく罰せられた理由
深井さんは、女性同士の記録が少ない話から、古代の女性が性的に厳しく管理されていたことへ話を進めます。逸脱した性的行動をすると女性はひどく罰せられ、禁じられることも男性よりずっと多かったといいます。
たとえば古代のイスラエルやシリアのあたりでは、不倫をした女性は処刑される一方、男性は許されることがあったそうです。性規制の厳しいヘブライ人の社会でさえ、男性への禁止に比べ、女性が同じことをしたときの罰は比べものにならなかったといいます。
楊さんは、性という領域が法律で縛る対象になっていたこと自体が古代からあったと指摘します。深井さんはその本質を次のように説明します。
人権という概念がなかった古代では、性のルールは財産を守るための決まりか、宗教的な決まりだった、というのが深井さんの整理です。
ヘブライ人はなぜ性を穢れと考えたのか
ここから話は、徹底的な性規制を作ったヘブライ人とユダヤ教に移ります。深井さんによると、ヘブライ人は商取引や食習慣を含め、暮らしのすべてをルール化していて、そこに性も含まれていました。
規制が強い理由について、楊さんは一説として、性に奔放な周辺の宗教との差別化を挙げます。旧約聖書には「バビロンの大淫婦」という言い方が出てきて、性的に奔放なバビロンが汚れたものとして描かれているといいます。
性規制をした人たちとしなかった人たちがいて、した人たちの宗教が今日に残ったってことだと思う。
深井さんは、古代でヘブライ人ほど強い性規制をした人々はほとんどいなかったにもかかわらず、ローマ帝国が滅びて以降は彼らの感覚が西洋社会のスタンダードになり、明治以降の日本にも影響を与えていると話します。
ヘブライ人の特徴は、穢れの概念がとても強いことでした。性的行為は常に不浄で、神の前で清浄であるための努力が必要だと考えられていたといいます。夫婦であってもセックスをすればお互いが穢れ、清められるまで汚染された状態になるそうです。
寝ている間の射精である夢精でも、1週間穢れた状態になるとされていたといいます。しかも一人が穢れた行為をすると、コミュニティや国全体がダメになるという感覚があったそうです。
楊さんは、その背景としてヘブライ人の歴史を説明します。民族離散を繰り返したヘブライ人は、アイデンティティを保つためにトーラーで「私たちはこういうことをする」と多くのことを決めておき、どこに散ってもそれを守る人が同じ民族だと確認できるようにしたといいます。
楊さんによると、聖書の中では神がイスラエル人に禁止を言い渡し、誰かが破るたびに半分を殺すようなことが繰り返されるそうです。そのため、誰かのしくじりがみんなの破滅につながるという概念が生まれたと楊さんは見ています。
民族離散
何度も離散を繰り返し、アイデンティティを保つ必要があった
暮らしのルール化
トーラーで商取引・食習慣・性まで細かく決めた
連帯責任の感覚
一人の違反で共同体全体が罰せられると考えた
強い穢れ規制
性的行為を常に不浄とし、厳しく取り締まった
レビ記が禁じた同性愛・獣姦・快楽
深井さんは、みんなが殺されてしまうのではないかという強迫観念のもと、ヘブライ人は他の民族よりずっと厳しいルールで自らを縛ったと話します。他の文明ではほとんど禁止されていなかった同性愛も、ここでは厳しく禁じられました。
男性同士のアナルセックスは最悪の罪とされ、処罰は投石による死刑だったといいます。深井さんは、原文までは確認していないと断ったうえで、レビ記 ── 旧約聖書の一書で、祭儀や清浄、性に関する規定などを定めていますに「女と寝るように男と寝てはならない」と書かれていると紹介します。
レビ記では獣姦も禁じられ、交わった人は死刑、動物も殺されるとされています。近親相姦も、快楽のためのセックスも禁止でした。
その厳しいルールというのは、基本的に性的快楽、全部ダメなんだってことです。
深井さんは、こうした概念がそのままキリスト教に受け継がれていくため、ヘブライ人が特に厳しいルールを作ったことを覚えておいてほしいと話しています。
割礼と「楽しんではいけない」という発想
最後に深井さんは、言い忘れていたこととして割礼を取り上げます。ユダヤ教では生まれたばかりの赤ちゃんのペニスの皮を切る習慣があり、それが神との契約の印にあたるといいます。もともとはエジプト人が行っていた習慣だったそうです。
楊さんは、聖書では割礼はユダヤ人がエジプトに連れ去られる前に神との契約として決められたことになっているが、実際にはエジプト脱出後に受け継いだ習俗だろうと説明します。聖書の記述と史実は因果関係が逆だ、という見方です。何度も離散したヘブライ人にとって、仲間を見つける印が必要だったといいます。
タトゥーのようなわかりやすい印ではいけなかったのか、という聞き手の問いに、深井さんは別の説を紹介します。皮がないことで早漏になり、女性から性的快楽を奪うという説で、楊さんも「そういう説もある」と応じています。
いかに楽しまないようにするかみたいな感じで考えてるところもあるのかなと。
深井さんは、同性愛、処女、娼婦など、先史社会の性の扱いは今とびっくりするほど違うと振り返ります。聞き手からも、同じ行為が社会によって神聖にも罰の対象にもなるという驚きが語られました。
次回は、ヘブライ人とは逆に性的快楽を大いに楽しんでいたギリシアの話をする予定だと予告されています。
まとめ
先史社会では、近親相姦も獣姦も売春も同性愛も、社会によって禁止にも祝福にもなっていました。その多くは財産の保護や宗教と結びついたルールで、ヘブライ人が作った「性的快楽は穢れ」という厳しい規制が、のちにキリスト教を通じて今の感覚の土台になっていきます。
- 近親相姦はバビロニアでは死刑だった一方、古代エジプトやペルシアでは財産を囲い込むために当たり前、あるいは祝福されていた
- 獣姦や売春は、動物の種類や信仰によって罰にも神聖な行為にもなった
- 男性同士の性行為は、ヘブライ人以外のほとんどの古代社会でタブーではなかった
- 古代の性のルールは主に財産の保護で、女性は男性よりはるかに厳しく罰せられた
- 民族離散を繰り返したヘブライ人は強い穢れ意識から性的快楽そのものを禁じ、その発想がキリスト教に受け継がれた





