負の感情は「蓋をする」より「天日干し」?
後編の冒頭で樋口さんは、前編で佐渡島さんが語った南アフリカ時代の話を振り返ります。差別的な感情を「思わない」ようにするのではなく、思っている自分をまず認めるという話です。
樋口さんはこの話に、自分の経験を重ねます。人は怒りや悲しみを抱えたとき「考えないようにしよう」としがちですが、樋口さんの人生ではそれでいい結果が出たことはあまりなかったといいます。
そういう負の感情をグッとこう考えないようにすると、なんか肥溜めの中に一旦入れて蓋をしてるような感覚になっちゃうんですよ。
(その感情は)ずっと発酵して発酵して、何か人生の大事な時にポーンって出てくるみたいな。それで僕何回も鬱になったりしてるんですけど、人生の中で。
樋口さんがたどり着いたのは、今思っていることをいったん明るみに出して認識するやり方でした。負の感情をござのように並べて天日干しにしておくと、しばらくして干からび、土になっていく感覚だといいます。
考えないようにして蓋をする。感情は消えずに発酵し、大事な時に噴き出す
今思っている感情を認識して天日干しにする。しばらくすると干からびて土になる
佐渡島さんはこれに同意し、あえて雑に話すことや「今こんなことが気になっている」と口にしてみることが大事だと応じます。
樋口さんは実際に、部下や妻に「今すげえイライラしてる」と伝え、原因を一緒に考えてもらうそうです。ただ、たいてい相手もイライラしているので「なんでそんなこと言われなきゃいけんの」となる、と笑いを誘います。
佐渡島さんは、感情は認知するだけで解消することもあり、解決しようとする必要がない場合も意外と多いと話します。数十回も繰り返すと、自分がイライラしている原因の「当てっこ」のように面白くなってくるといいます。
恐怖や悲しみは、何に注意が向いている状態なのか
樋口さんは、佐渡島さんの著書にある感情の表を紹介します。不安、恐怖、悲しみ、怒り、喜び、安らぎといった感情には、それぞれ原因があると整理されています。
樋口さんが特に面白いと感じたのは、恐怖と悲しみの説明でした。
手に負えないもの、自分でコントロールできないものに注意が向いている状態
「ない」ということに注意が向いている状態。振られた悲しみは、あった関係がなくなった状態
樋口さんによれば、漠然とした恐怖は大きなストレスですが、認識するだけで変わります。会社経営に恐怖を感じているなら、金が足りないのか、人が足りないのか、未来への希望がないのかと考えると、手に負えない対象が見え、「じゃあこれをしよう」と動けるといいます。
世の中でずっと不安な人って、なんかそれを抱えてるだけの状態で終わっちゃってるというか。
佐渡島さんは、そうした人は何かを握りしめて見てしまっている、つまりフォーカスしてしまっている状態だと話します。ものを見るたびにドラクエに例える人がいるように、例えが一つあるだけでも現実に違う視点が入ります。
さらに歴史を学び、いろいろな時代や場所に置き換えられるようになると、フォーカスの仕方が一気に変わるといいます。佐渡島さんは、フォーカスしない状態は瞑想と同じで、感情を感じたらいったん手放し、違う感情を入れてみることを勧めます。
恐怖とワクワクはオセロのように裏返る?
樋口さんが「恐怖を一回出すということか」と尋ねると、佐渡島さんは恐怖とワクワクの関係を説明します。恐怖はコントロールできないことにフォーカスした状態ですが、佐渡島さんは恐怖とワクワクは限りなく近い感情だと話します。
佐渡島さんの例えでは、恐怖とワクワクは簡単にひっくり返せるオセロのような感情で、どちらも未知に向き合う感情です。レールが引かれていたら、人はワクワクしません。
確かに確かに。予測不可能っていうところで一緒ってことですね。
佐渡島さんは、逆にコントロールできすぎている状態も想像してみるといいます。会社が来年度は確実に20パーセント成長し、何もしなくていい、出勤しなくていいと言われたら楽しいだろうか、と考えると、そんな会社の社長はしたくないと思えるそうです。
未知をマイナスに捉え、コントロールできないことに注目している
未知をプラスに捉え、どうなるかわからないから楽しいと感じている
未知であるっていうことをプラスに捉えるとワクワクになるし、マイナスに捉えると恐怖になるっていうことで。
佐渡島さんは悲しみも同じだと続けます。引っ越しで家具を捨てたとき、「次は何を買おうか」と思えば楽しみになり、「あの家具を捨ててしまった」と思えばずっと悲しいままです。人間関係や時間にも当てはまるはずなのに、人は瞬間的に「ない」に注目しすぎていると佐渡島さんは話します。
めっちゃ仏教っぽいね。
マンガの打ち合わせは、主人公をどう恐怖に落とすか
樋口さんは、感情の捉え方と佐渡島さんのクリエイティブの仕事に関連があるのかを尋ねます。佐渡島さんの答えは、創作物は予想外の展開があったほうがよい、というものでした。
佐渡島さんによれば、重要なのは主人公を一度恐怖に落とし、その後ワクワクさせて乗り越えさせることです。作家との打ち合わせでは「この人は何が起こると恐怖に陥るか、パニックになるか」を考えるといいます。
悪魔の考え方ですか。人間を恐怖に落とし込んで。
具体例として挙がったのが『宇宙兄弟』の展開です。日々人が月面で落下する場面は、当初は翌週にすぐ上がってきて「日々人すごい」というエピソードにする予定でしたが、話を面白くするなら酸素ボンベが傷ついているほうがいい、と展開を重ねていったといいます。
佐渡島さんは作者の小山さん ── 『宇宙兄弟』の作者である漫画家・小山宙哉さんのこと。佐渡島さんは同作の担当編集を務めましたに「これ、僕ら日々人を助けられないんじゃないですか」と話し、JAXAの監修者に助ける方法や、月面に何があってもおかしくないかを聞いたそうです。リアリティを保ちながら、登場人物を追い込む作り方がうかがえます。
トラブルにどう向き合うかが、その人の器になる
樋口さんは、著書にあった「トラブルや困難が起こったときに、ちょうどいい機会だと思うようにしている」という言葉を思い出します。作品の登場人物に対してやっていることを、佐渡島さん自身にも向けているように感じたといいます。
佐渡島さんは、自分をメタ的に見ていると話します。たとえば100億円の借金を背負ったとき、破産しようと思うなら100億円の借金を背負えない器だったということです。どう返そうか、返したら気持ちいいだろうと想像できるなら、その器の人間になっているといいます。
佐渡島さんの考えでは、どのトラブルから逃げたいと思い、どのトラブルを乗り越えれば成長できると思うかが、その時点での器です。そして、ほとんどのトラブルは、そもそも気づくことすらできないといいます。
例として挙がったのが、アフリカで多くの人が下痢で亡くなっている問題です。多くの人は発展途上国だから仕方がないと考えますが、ビル・ゲイツ ── マイクロソフトの共同創業者。妻とともに設立した財団を通じて、途上国の保健医療や感染症対策などに取り組んでいますはゲイツ財団で解決すべきトラブルだと認知しました。
佐渡島さんは、若者が選挙に行って世の中を変えることも取り組める課題かもしれないのに、多くの人は「自分には取り組めない」と思い、Twitterで「行きました」と言うだけになると話します。何を背負いたいと思うかが、その人の器だという考え方です。
器をいきなり大きくしようとして国連に入っても何かできるわけではないので、自分の人生の中でどこまで大きくできるかが楽しさだと佐渡島さんは話します。トラブルを楽しいと思っていると、年にいくつかトラブルが欲しくなるそうです。
僕の場合は、えーと、はい、新しいクエスト来たなって感じなんですよ。スマホゲームの洞窟どこにチャレンジするかみたいな。
樋口さんにとって、難しいクエストをクリアすれば新しい道具やキャラが手に入ります。向き合えないトラブルもありますが、それは「まだ挑戦するのはやめておこう」という先のほうに置いてあるといいます。
借金を頼む練習、コンビニで働く想像
佐渡島さんは、ドラクエなら死んでもやり直せるのと同じように、最悪の事態を頭の中で何度も練習しているといいます。友達や親戚に「お金を貸して」と言えるかどうか、一生懸命に練習するそうです。
コンビニで働く想像もよくするといいます。働いているところに友達が来て「どうしたの」と聞かれ、「一回金がなくなっちゃったんだよね」と言えるか、という想像です。子どもに「ごめん、学校をやめて」と伝える練習もしているそうです。
僭越ながら僕もその想像を結構してます。コンビニ。
めっちゃ大事だな。でもそれ。守るもんなくなって生きるというか。ほんといいですね。
樋口さんが何のための練習かを尋ねると、佐渡島さんは、それがすべて大丈夫なら基本的にどんなトラブルも怖くなくなると答えます。佐渡島さんは、失敗する前提で行動しているといいます。
最悪の事態を想像し練習済みなので、トラブルが怖くない
恐怖感を抱えたまま向き合うことになる
樋口さんは借金が多いこともあり、お金に対して不安を感じていたといいます。そこで、お金が尽きて返せなくなったら誰かが自分を殺しに来るか、と想像してみたそうです。
要はゲームオーバーって死ぬことなんで、僕の中で。ってことは、お金全部なくなって借金返せなくなった時に、俺命失うかなと思った時に、なんとかなるぞって思ったんですよ。
樋口さんにとって、お金の最低点は身ぐるみを剥がされるくらいだと思えたといいます。深井さんはこの話を受けて、最低点を把握しておくことの大切さを語ります。
心臓が1秒止まった日から「守るもの」を手放した
佐渡島さんは、2年ほど前に心臓が1秒ほど止まって倒れた経験を明かします。自宅で歩いていて倒れ、顎の骨を折ったものの、すぐに回復し、2〜3日の入院と検査で問題なしとされたそうです。
佐渡島さんは、そういうふうに死ぬこともあるのだと思い、もう死んでいるものと思って行動してもいい、という気持ちになったといいます。
生きてると、これよくある話ですけど、どんどん守るもの増えて、それを維持しようとして、全てのものが恐怖体験になっていくみたいなのってめっちゃありますよね。
深井さんは、ローンを組むと転職さえできなくなるように、職業選択の自由があるのに怖くて選べなくなり、封建社会に戻ったようになると話します。
佐渡島さんは、守るものがあるのがかっこいいという考え方もあるとしつつ、自分は違うと話します。妻や子どもは、自分が死んでも勝手に生きていく実力があると思え、生きている間は大切にするけれど「守る」とは違うと感じるようになったそうです。家にあるものも、自分を通り過ぎていくものだと考えるようになったといいます。
佐渡島さんは福岡と東京を頻繁に行き来していますが、荷物はトートバッグ以上はできるだけ持たないようにしています。服もユニクロのTシャツを冬5枚、夏5枚と決め、捨てながら入れ替えて回しているそうです。
樋口さんも同じような暮らし方をしています。コテンラジオ第1回の吉田松陰回を収録した3年前の写真がFacebookに出てきたところ、今とまったく同じ格好をしていたそうです。
守れると思ってるなんておこがましいなって思うんですよね。コントロールできるわけないじゃないですか、そんなの。
深井さんは、第一次世界大戦のようなことが起これば守れないかもしれず、守れるかどうかは確率論だと話します。そのうえで、守りたいという気持ち自体は否定しなくていいが、気持ちと守れるかどうかは別だと整理します。
「失礼」と言われる佐渡島さんのフラットさとは?
佐渡島さんは、守る、教えるといった世間でよいとされる価値観の多くが、実はヒエラルキーの中で、しかも自分が上に立っている前提の価値観だと指摘します。
佐渡島さんは20歳ぐらいの頃から、いろいろな人に「失礼」とよく言われてきたそうです。南アフリカで差別について考えた結果、自分が差別してしまう人間だとしても、徹底的に「人と人は一緒」という考え方でいきたいと思ったといいます。
そのため、世間で偉いとされる人にも、年長者としては扱いながら、偉さには触れない態度で質問し、話しかけるそうです。一方で、若い人が生意気に挑戦的な物言いをするのもヒエラルキーの枠の中だと考え、それもしないといいます。
佐渡島さんは、ケアすることも余裕がある側の態度だと考えており、ケアしないことが自分にとってフラットさを示す行為だと話します。そのため、まったく興味を持っていないと受け取られることもあるそうです。
でもじゃあ生後一ヶ月の子供ってケアしないとまずいじゃないですか。
樋口さんは、社会に出たばかりで右も左もわからず助けを求めている人にはどう接するのか、と重ねて尋ねます。佐渡島さんは、相手から頼まれない限り手を出すのは、相手の能力を見くびっていることになると答えます。
佐渡島さんの考えでは、その日に困っていても1か月困り続けることはないはずで、その日の様子だけで判断して手を差し伸べるのはあまりよくないといいます。子どもも言葉を話し出したら1対1の大人のように扱い、妻からは「残酷すぎる」と言われているそうです。
アパルトヘイト下の南アフリカで見た現実とマンデラ
深井さんは、この超フラットであろうとする意思が、南アフリカのアパルトヘイト ── 南アフリカで1948年頃から1990年代初めまで続いた人種隔離政策。白人以外の人々の居住、職業、参政権などを法的に制限しましたの経験につながっているのかを尋ねます。佐渡島さんは、中学2〜3年の頃に、どうすれば人にフラットな態度を取れるのかを強く自問自答したと答えます。
深井さんは、白人でも黒人でもないアジア人という第3の立場でその場にいたことが特殊だったのでは、と問いかけます。佐渡島さんの家は、庭にメイドの家とプールがある一軒家でした。
佐渡島さんが語ったメイドのジュリアさんの人生は過酷なものでした。夫はジンバブエから働きに出て仕送りをしていましたが、白人女性と恋に落ち、その女性の元恋人に殺されてしまったそうです。佐渡島さんによれば、1980年当時の南アフリカでは、白人が黒人男性を殺しても罪にならなかったといいます。
佐渡島さんの母親の英会話の先生も、事故で黒人をはねてしまったものの、警察では「そうですか」で済まされたそうです。その先生は、むしろそれがずっとトラウマになっていたといいます。
まさに歴史で勉強したとこだったけど、八十年代でさすがに殺したら捕まるだろうと思ってたけど。やば。
ジュリアさんはジンバブエから来て、子どもたちに会うこともなく仕送りを続けていました。一方の佐渡島さんは、プールもドライバーもある家で、毎日部屋を掃除してもらい、下着や靴下までアイロンがかかった生活をしていたといいます。
佐渡島さんは、その差は生まれた国の違いでしかなく、自分がジュリアさんより立派な人間だということは1ミリもないと話します。それでも楽な生活を当たり前と思い始めてしまい、その傲慢さをどう扱うか、自ら手放すのは難しいと悩んだそうです。
佐渡島さんはまた、何十年も獄中にあったマンデラ ── ネルソン・マンデラ。反アパルトヘイト運動の指導者で、27年間投獄された後に釈放され、1994年に南アフリカ初の全人種参加選挙を経て大統領に就任しましたが白人をすべて許し、黒人たちにも許そうと呼びかけて社会をつくったことに心を動かされました。獄中で家族との関係が壊れても、社会のために孤独を引き受けて許したマンデラの心を想像することは、佐渡島さんにとって重要な人生経験になったといいます。
歴史は音を立てずにやってくる
佐渡島さんは、マンデラが大統領になる選挙の日に南アフリカにいました。その体験は、日本でいえば大政奉還 ── 1867年、江戸幕府15代将軍の徳川慶喜が政権を朝廷に返上した出来事。約260年続いた江戸幕府の統治が終わる転機になりましたの日に立ち会ったようなものだと話します。
佐渡島さんにとって重要なのは、それほど大きな変化が起きた日が、特別な日ではなかったことです。自分も両親も選挙権がなく、テレビは選挙一色でも、テレビをつけなければ昨日と同じ毎日で、天気も特別ではありませんでした。
佐渡島さんはこの体験から、歴史は音を立てずにやってくると感じたといいます。マンデラの周りでは音がしていたはずでも、南アフリカの一住民には聞こえなかった、という気づきです。
佐渡島さんは、明治維新のときも脱藩しない限り音は聞こえなかったはずだと続けます。1867年にも、旗本として江戸城に行くことを誇らしく思っていた人は多かったはずで、その人たちには明治維新の音が聞こえなかっただろうというのです。
そして佐渡島さんは、インターネットや仮想通貨でも今、音を立てずに大きな変化が起きていると考えています。講談社はいい会社で楽しく、優しくされていたものの、そこは歴史の音が聞けない場所だと感じ、歴史の音を聞きたいと思ってコルクを立ち上げたといいます。
なんか観察力っていうスキルっていう話になるかと思いきや、結局そのそもそも音が聞ける場所に自分から動くっていうことなんですね。
佐渡島さんは、自分は音を作る人間より音を聴く人間でいたいのかもしれないと話します。東京でインターネット業界やベンチャー業界の真ん中にいると、変化を引いた目で見られず、騒ぎに飲み込まれると感じたそうです。
知人が数百億円単位の資産を持つようになる中で、そのマネーゲームに参加したくなる気持ちもないわけではなかったといいます。しかし何百億円を持つことが自分の幸せに近づくとは思えず、自分の生き方や挑戦の仕方と違うと感じ、福岡から時代を見ることにしたそうです。
南アフリカの選挙の日
社会が変わる日が、住民にとっては普段と同じ日だった
気づき
歴史は音を立てずにやってくる。音の聞こえる場所へ近づく必要がある
コルク創業
講談社は歴史の音が聞けない場所だと感じ、独立した
福岡移住
業界の真ん中で騒ぎに飲み込まれず、引いた目で時代を見るため
へー。いやー、遊牧民だ。
異質なフラットさと、終わらない観察と行動
深井さんは、ネルソン・マンデラの大統領就任を目の当たりにしても日常は変わらなかったという体験や、ジュリアさんの話を聞き、佐渡島さんのフラットさの理由がわかったと話します。
確かにサド島さん見ててすごい本当にフラットなんですよね、なんか。なんかまたちょっと普通のフラットと異質のフラットさなんですよ、なんか。
樋口さんが「悟りに向かっているということか」と尋ねると、佐渡島さんは「その可能性はある」と応じ、深井さんも「ブッダとルートが一緒」と続けます。佐渡島さんは、最近のコテンラジオは仏教を持ち上げすぎているので、クリスチャンやムスリムの視点も必要だと冗談まじりに話します。
イスラム教については、世界の大きな割合を占めつつあるのに、イスラム教の人たちから世界がどう見えているかという「眼鏡」を持てていない、という問題意識が語られます。
佐渡島さんは、東洋哲学は曖昧さを受け入れ、西洋の二項対立より奥深いと考えていました。しかし最近、西洋も錬金術などの領域で同様の研究をしていて、それがなければここまで発展していない、と人から言われてハッとしたそうです。コテンラジオには錬金術とイスラムの歴史を扱ってほしいと話します。
深井さんは、イスラムは書物だけではわからないので、12月に中東へ行く予定だと明かします。中東と、インドネシアなど東南アジアのムスリムでもまた違うはずだといいます。
イスラムを勉強するだけに一生終えれますからね、普通に。
最後に樋口さんは、著書で語られている「簡単に判断しない」「判断を保留する」という話に触れ、この回の対話全体を振り返ります。
本当に仮説を立てて、観察をして、で、またね、行動してみたいな。なんかそれを繰り返すしかないんじゃないかっていう感覚に今なって。
佐渡島さんは告知として、著書『観察力の鍛え方』を読んで、より理解してほしいと呼びかけ、番外編は締めくくられました。
まとめ
佐渡島さんの話は、感情もトラブルも人間関係も、一点に握りしめず視点を動かして観察するという姿勢で貫かれていました。その根には、南アフリカで見た差別の現実と、音を立てずに訪れた歴史の転換点があります。
- 負の感情は蓋をせず認識すると、解決しなくても解消することがある
- 恐怖とワクワクは同じ「予測不可能」の裏表で、捉え方を選び直せる
- どのトラブルを背負いたいと思うかが、その人の器を表す
- 最悪の事態を練習しておくと、失敗する前提で挑戦できる
- 歴史の変化は音を立てずに来るため、音が聞こえる場所へ自ら動く必要がある


