株式会社は人類史上の「やばい発明」なのか?
お金の歴史編の第6回は、銀行と債券の回に続いて株式会社がテーマです。深井さんはお金の歴史の中に、あえて株式会社を入れたと話します。
株式会社の始まりとしてよく挙げられるのはオランダ東インド会社 ── 1602年に設立されたオランダの貿易会社。アジアとの香辛料貿易などを担い、世界初の本格的な株式会社とされていますです。ただ深井さんによると、会社に近いものはもっと前からありました。古くはイタリアにも貿易会社のようなものがあり、1回の航海ごとにプロジェクト単位で出資を募っていたといいます。
樋口さんは「街のお祭りのために5000円ずつ集めるようなものか」と尋ねます。深井さんの答えは、もっとリスキーなものだというものでした。リターンを貪欲に求めて、リスクを冒して出資する感覚が、この時代からすでにあったということです。
株式会社って僕たち浸透しすぎてて、その凄さが分かりづらいんですけど、実はですね、これ多分人類史上の中でもやばいレベルの発明の一つだと思われます。
深井さんが株式会社の凄さとして挙げるのは、大勢の人が自由に目的を決め、リスクを分散させたまま事業に集中できる点です。そうした組織は、それまで存在しなかったといいます。
株式会社以外の組織として深井さんが並べたのは、村や町、行政や政府、政党、宗教団体や教会、領地や荘園です。株式会社は、これらのどれよりもリスクを分散しやすく作られていると深井さんは説明します。
具体的には、法人の借金と個人の借金は本来別です。また出資者は、会社が倒産して多額の借金が残っても、出資した額以上を請求されません。政府や宗教団体で同じことが起きれば、誰かが責任を追及される可能性が高いと深井さんは指摘します。
この仕組みを有限責任 ── 出資者が出資した金額の範囲でしか会社の債務に責任を負わない仕組み。英語の社名に付く「Limited」はこの有限責任を表していますと呼びます。深井さんは、有限責任だからこそ株式会社はめちゃくちゃ金が集めやすいルールになっていると話します。
深井さんによると、株式会社ができた当初は、有限責任は無責任だと批判されました。社長と株主が別々になる経営と出資の分離も、「所有もしていない社長が頑張るわけがない」と思われていたそうです。それでも実際にはうまくいき、今では世の中が株式会社だらけになっていると深井さんは話します。
一つの目的に集中できる組織が生産性への投資を生んだ
深井さんは、株式会社が多くの人を一つの目的に集中させられる点を、国家や宗教、村と比べて説明します。
国家ってさ、一つの目的に対して集中させられないじゃん。まず。国家だからね。
ただそこで生まれただけですからね、国民は。
村も宗教も同じで、構成員を一つの目的にまとめることはできません。会社にはそれができるので、建物をはじめ、世の中のものはほとんど会社が作っていると深井さんは話します。
さらに深井さんは、生産性に投資するという考え方自体が、株式会社の誕生以降にしか存在しないと話します。この話は、後の資本主義の回でも詳しく扱うとしています。
深井さんは、公務員は会社員ほど生産性を上げようとしていないという例を出しつつ、公務員を批判しているわけではないと断っています。そういう社会では、株式会社と比べて生産性が上がりにくい原理が働く、という趣旨です。
樋口さんは「言葉は全部わかるけど、当たり前の世界にいすぎて、そうでない世界を想像するのに時間がかかる」と戸惑いを見せます。深井さんは、株式会社の世界は今の私たちにはスタンダードでも、歴史上はそうでない世界のほうがスタンダードだったと説明します。
楊さんは、全部のリスクを自分で背負う状況では、生産性への投資や攻めのビジネスがしにくいと補います。少ないお金しか持たない人でも、集まれば大きな資金になる点が大きいということです。
深井さんはここで「死ななくていい」と言い添えます。ヒトラーは戦争に負けて自殺しましたが、会社は倒産しても経営者が死ななくていいし、殺せという人もいない、と深井さんは比べます。
そうなるまでむずかったんですよ。そういう状況を作れるようになるのって、それこそそのオランダ東インド会社以降なんです。
深井さんは、リスクを分散し、生産性を高めた状態で一つの方向に突き進めることが株式会社の本質だとまとめます。
大航海時代のリスクが経営と出資を分けた
本格的な株式会社として最初に登場する東インド会社が担ったのは、植民地経営でした。深井さんによると、インドやアメリカの植民地で鉱山を開いたり綿を集めたりするには、現地の住民を統治し、奴隷化して事業を回す必要がありました。そのための組織として会社が生まれていったといいます。
深井さんが強調するのは、そもそも植民地に行くこと自体のリスクです。大航海時代の航海は1年以上のプロジェクトで、往復には最短でも14ヶ月ほどかかりました。少なくとも3割は死に、船ごと失われるのが半分ほどだったと深井さんは話します。
一方で、無事に戻れば金銀や香辛料を持ち帰り、大きく儲かりました。お金持ちは死にたくないが出資はしたい。航海に耐えられる荒っぽい人たちは一攫千金を狙いたい。この両者のニーズが合ったことで、経営と出資の分離が偶発的に起きたと深井さんは説明します。
狙ってそうしたっていうよりは、そういうふうに偶然そういうふうになったやつが、この形態っていいねってなったんです。
初めのころの東インド会社の仕組みは、組織というよりプロジェクトでした。出資者が集まり、失敗すれば終了、成功すれば配当という形で、楊さんは「クラファンやん」と反応しています。
このプロジェクト単位の出資から、組織単位で株を持ち続ける形へと切り替わったのが、オランダ東インド会社です。両者の違いは次のように整理できます。
航海ごとに出資を募り、失敗すれば終了、成功すれば配当を受けて解散する
会社が存続し、出資者は株を持ち続ける。株を売買する場が必要になる
オランダ東インド会社は儲かっていたので、航海ごとに解散する必要がなくなりました。その一方で、株をいつ利益に変えるのかという問題が生まれ、株の売買が始まります。売買の場として、アムステルダムに証券取引所ができたと深井さんは説明します。
深井さんは、成功している会社の株には価値があり、欲しい人に売れるようになったことを「上場に近い」状態だと話します。その流れでチューリップバブル ── 17世紀のオランダで起きた、チューリップの球根価格が異常に高騰し、その後暴落した出来事。投機バブルの古典的な例として知られていますも起きましたが、詳しい説明は資料に譲るとしています。
軍隊を持ち略奪もした最初の株式会社
深井さんによると、最初の株式会社は軍隊を持っていました。人を殺し、敵国の船を潰し、財宝を略奪する、何でもやり放題の存在だったといいます。
このレベルからコンプライアンスがずっと今まで育ち続けてるのが今です。
深井さんは、そこから最終的には社会貢献のために事業をするソーシャルベンチャーまで現れたと、その変化の大きさを語ります。楊さんは「会社員って悪いやつだったんですね」と驚き、深井さんは「めちゃくちゃ悪いやつ」と応じます。
話はコロンブスにも及びます。楊さんは、コロンブスはアメリカの先住民を見て良い奴隷になりそうだと言い、殺したりさらったりしたと話します。深井さんも、その酷さはホロコーストに並ぶほどで、いつかスペインの歴史として扱いたいと述べています。
深井さんによると、インディアンは9割が死に、鉱山で有毒ガスを吸って亡くなっても対策が取られず、働かされ続けました。先住民が減ると、今度は黒人がアメリカに連れて来られます。最初はそれを株式会社がやっていたと深井さんは話します。
こうして力をつけた株式会社に対し、君主たちは「権力を持ちすぎではないか」と考えるようになりました。楊さんも、軍隊を持ってそこまでやれば国のようなものだと応じています。
バブル崩壊で衰退し、鉄道で復活した株式会社
株式会社が警戒された理由は、権力の大きさだけではありませんでした。証券取引所ができたことで、チューリップバブルなどのバブルが起き、経済が大混乱したからです。深井さんによると、それを見た人々は株式会社が悪いと考え、株式会社は一度なりを潜めます。
この時期、植民地経営のような大きな仕事は国が吸い上げました。代わりに広がったのは、親戚同士の6、7人ほどの商人が組むパートナーシップ制で、やることは結局奴隷貿易だったと深井さんは話します。パートナーシップ制は有限責任ではなく、無限に責任を負う形でした。
深井さんは、この時代には巨額の出資金が必要な新事業があまりなかったため、パートナーシップ制でも回っていたと説明します。
状況を変えたのはアメリカでした。初期のアメリカは政府が弱く、大学、銀行、教会、運河、市役所、道路などのインフラを会社が整備していたと深井さんは話します。犯罪者が犯罪者を捕まえて賞金をもらう、カウボーイの時代です。
そこに鉄道技術が登場します。物流にも情報伝達にも使えて便利だが、作るには莫大なお金がかかる。この大規模な資本集積の必要から、法律で規制されていた株式会社がふたたび緩められ、アメリカで鉄道が次々と作られました。
アメリカが鉄道で発展すると、他の国も規制緩和に動きます。イギリスでは1856年ごろに株式会社法ができ、比較的自由な目的で会社を作れるようになりました。それまでは、作ってよい会社の種類が決められていたと深井さんは説明します。
イギリスでは株式会社の数が一気に2万5000社ほどまで増え、その多くが倒産していきました。深井さんは、自由とはそういうものだと話し、これが資本主義の勃興と重なっていくと述べています。ここまでの流れを時系列で整理すると、次のようになります。
鉄道から流通、製造業へ。大企業はどう生まれたか
鉄道会社の中からは、所有していない会社のために一生をかけて働く経営者が現れました。かつては「ありえない」と思われていた姿です。そこから管理会計 ── 経営者が社内の意思決定や業績管理のために使う会計。外部向けの財務会計と区別されますや、株主に年1回財務諸表を送る仕組みが生まれたと深井さんは話します。
株式会社が増えれば証券市場も活発になり、ニューヨーク証券取引所も大きくなっていきました。その先に世界恐慌が来ると、深井さんは付け加えています。
深井さんによると、鉄道のようなインフラの次に育ったのは流通小売業でした。それまでは、西部劇に出てくるようなメインストリート1本の町に店が1、2軒あるだけで、地産地消と、たまに来る行商が頼りだったといいます。
鉄道ができると、カタログを見て注文した服が2週間ほどで届くようになりました。それ以前は3ヶ月かかっていたと深井さんは話します。市場が大きくなり、チェーン店や百貨店、通信販売会社が生まれました。
社長がさ、ニューヨークにいるのにカリフォルニアに移動できないんだから。
人が移動できなければ、同じブランドで各地に店を持つチェーン店は作りにくかった、というのが深井さんの説明です。
流通の次に来たのが製造業で、代表例がフォードです。フォードはベルトコンベヤーの組み立てラインで大量生産を進めました。同じ時期にラジオも発達し、宣伝、流通、販売、生産のすべてが一斉にできるようになったと深井さんは話します。
鉄道
大規模な資金集めが必要なインフラとして株式会社が復活する
流通小売業
移動ができることで通信販売、チェーン店、百貨店が生まれる
製造業
フォードのベルトコンベヤーで大量生産が可能になり、ラジオで宣伝も一斉にできる
この時期には、マネジメントだけをする人、セールスだけをする人、マーケティングだけをする人が現れ、今のビジネスパーソンの原型が生まれました。タバコ、マッチ、フィルム、カメラ、食品など、製造業の範囲もどんどん広がっていきます。
深井さんは、ベルトコンベヤーが出てきた時点で、生産性向上に投資する考え方がはっきりあると指摘します。市場が大きくなった当時は、作れば作るほど売れ、改良すればするほど売れた時代でした。
こうしてフォードのほか、JPモルガンのような金融会社など、それまでありえなかった規模の大企業が現れました。アメリカはイギリスを抜いて世界一になり、その流れを株式会社が大きく担っていたと深井さんは語ります。
労働問題、事業継承、法人格。株式会社がもたらしたもの
経済が発展する一方で、労働者の問題も生まれました。深井さんによると、子どもが16時間も働くような環境があり、そこからマルクス ── 19世紀ドイツ出身の思想家カール・マルクス。資本主義を批判的に分析し、のちの社会主義・共産主義の運動に大きな影響を与えましたのような人物が出てきて、それが今の中国やロシアにつながっています。
深井さんは、イギリスの産業革命期にも長時間労働が問題になり、1日の労働時間を決めようという動きが生まれたと話します。収録中は提唱した人物の名前を思い出せていませんでした。
樋口さんは、最初はルールがなく、問題が起きてルールを作り、制御が強すぎればまた緩める、その繰り返しなのだと受け止めます。深井さんも、貧富の差や人を部品のように使い捨てる問題が経済の発展とともに出てくるのは、人間社会の繰り返しだと応じています。
ここで深井さんは、言い忘れていた特徴として事業継承を挙げます。アレクサンドロスの例のように、国家は継承でたびたび失敗してきました。株式会社では、出資者である株主が経営者を選ぶ権利を持っています。
フィリッポス2世が死んで、アレクサンドロスが賢いかどうかわかんないじゃん。けど会社だったら株主が偉い、賢い人選んでくれるから、ある程度担保されてますよね。
樋口さんは、事業継承ができることで、富と知の蓄積が可能になったとまとめます。深井さんも、ノウハウを同じ組織に蓄積でき、社長が亡くなったときのリスクも君主国家よりは低いと話します。ただし株式会社にも腐敗していく寿命はある、とも付け加えています。
樋口さんが法人という言葉に感じていた「人って何?」という疑問にも、深井さんは答えます。会社は口座を作る権利など、人間とほぼ同じ権利を持っています。この法人格 ── 会社などの団体に、個人とは別の権利や義務の主体としての資格を認める法律上の概念がなければ、経営と出資の分離も難しいと深井さんは説明します。
深井さんは、小さな会社では社長が会社を自分の所有物と考えがちだとしつつ、本来の概念は違うと話します。経営者と所有者を分離できることこそが、この組織形態の強みであり凄さの一つだということです。
次回のテーマは、いよいよ資本主義です。樋口さんは、歌の歌詞にもよく出てくる資本主義が何なのかを理解したいと話し、深井さんは資本主義は感情的に勘違いされていると予告して、この回は締めくくられます。
まとめ
今回のエピソードでは、株式会社が有限責任と経営・出資の分離によって大勢の資金と人を一つの目的に集め、生産性への投資を可能にした組織であることが、その誕生から大企業の時代までの歴史とともに語られました。
- 株式会社の本質は、リスク分散、一つの目的への集中、生産性向上にあると深井さんは説明している
- 経営と出資の分離は、死亡率の高い大航海時代の航海で、出資者と船乗りのニーズが偶然合ったことから生まれた
- 最初の株式会社は軍隊を持ち、略奪や奴隷貿易も行う存在で、権力の大きさとバブルでいったん警戒された
- 鉄道建設の資金需要で株式会社は復活し、流通小売業、製造業へと広がって大企業とビジネスパーソンの原型を生んだ
- 事業継承や法人格によって、富とノウハウを組織に蓄積できる点も株式会社の新しさとして挙げられた





