中央銀行は「銀行の銀行」として、なぜ必要になったのか?
前回の銀行誕生の話を受けて、深井さんが次に大事なものとして挙げたのが中央銀行です。中央銀行がよくわかっていないという樋口さんに、深井さんはまず教科書的な役割を説明しました。
深井さんによると、中央銀行には教科書に書かれている大きな機能が3つあります。
- 政府の銀行:政府が使うお金の預金を受け入れる
- 銀行の銀行:ほかの銀行に融資する
- 紙幣の発行
樋口さんが「発行機能は普通の銀行にはないのか」と尋ねると、深井さんは「今はない」と答えます。ただし昔は、普通の銀行も紙幣を発行していた時代がありました。
(紙幣の発行機能が普通の銀行に)あったらぶっ壊れちゃいます。っていう時代を経たんですよ。昔あったんです。
いろいろな銀行がそれぞれ銀行券を発行した結果うまくいかず、深井さんは「一つの銀行がまとめてやらないとやばい」とわかってきたと説明します。特に物価の調整は、仕組みをわかっている人が政策として行わないとコントロールできません。
そこで役割を担ったのがイングランド銀行 ── 1694年に設立されたイギリスの銀行。当初は民間銀行で、19世紀にかけて紙幣発行の独占など中央銀行としての機能を確立していきましたです。もともとは一つの民間銀行でしたが、最も政府に近い銀行だったため、周囲の期待に沿う形で中央銀行化していったといいます。
そこコントロールする人、ちゃんとわかってる人間がコントロールしないと死んじゃうよね、全部が。
深井さんは、こうした経済の仕組みは最初から理解されていたわけではないとも話します。人々が混乱を経験し、それを経済学者が分析して整理したものが、今の経済学の初歩の部分になっていると深井さんは考えています。
中央銀行ができてようやく、今の紙幣のルーツである中央銀行券につながります。以前の回で話した中国・宋の紙幣発行の失敗について、樋口さんは「発達できていないのに生まれてしまったから消えていったのか」と受け止めました。
信用創造とかいうのがあって、銀行の銀行とかがあって、それでそこからしか出てこれないんですよ、紙幣って今の。
紙幣に「お墨付き」を求めた最大の理由は戦争だった
楊さんは、紙幣という道具は作るコストが低く、誰でも作れてしまうと指摘します。だからこそ紙幣の信用を担保するために、国家や中央銀行のような中央集権的な存在がお墨付きを与える必要が高まっていったといいます。
楊さんによると、お金をコントロールしたいというニーズを強めたのは、多くの場合戦争でした。古代ではピラミッドや王墓のような公共事業が最もお金のかかる事業でしたが、その後の時代では戦争が最大の出費になったと楊さんは説明します。
戦争をやる軍隊を作らないといけない、だったら金が大量にいるっていうのが、やっぱり一番お金を集約させるニーズが一番大きかったですね。
楊さんは歴史を見るコツとして、統一と分散の2つの軸で解釈することを挙げます。国家の権力も、銀行の信用も、集中と分散という見方で整理するとわかりやすくなるといいます。
深井さんは、銀行と中央銀行がそろったことで、資本主義の土台ができてきたと続けます。ただし最大の要素として、次回扱う株式会社の登場がまだ残っているとも話しました。
大量の金銀を手にしたスペインは、なぜ覇権を逃したのか?
深井さんは中央銀行や銀行の本質を理解する補足として、イングランドとは逆の動きをして失敗した国にスペインを挙げます。スペインは、その失敗によって世界の覇権を逃したといいます。
大航海時代のスペインは、アメリカ大陸のインカ帝国 ── 15〜16世紀に南米アンデス地域で栄えた国家。1530年代にスペインのピサロらによって征服されましたやアステカ帝国を侵略し、大量の金と銀をヨーロッパに持ち帰りました。それまで量が限られていた貴金属が、ヨーロッパで一気に増えたのです。
ところが当時は、貴金属が供給過多になるとインフレが起きることを、まだ誰も理解していなかったと深井さんは説明します。スペイン王室は、現地の人を奴隷にして銀山を掘らせ、持ち帰った銀はすべてそのまま自分たちのお金として使えると思い込んでいました。
貨幣の本質が信用であるということを最後までわからなかったんです、スペイン王室って。
深井さんが整理したスペインの失敗の流れは、次のとおりです。
金銀の大量流入
アメリカ大陸から金と銀を持ち帰る
供給過多
ヨーロッパで貴金属が一気に増える
価値の下落
銀の価値が下がるが、王室は気づかない
覇権を逃す
オランダ、イギリス、フランスの時代へ移る
深井さんは、金融をある程度握れる国が覇権を握っていくことを、スペインが端的に示していると話します。貨幣が信用だと理解していなければ、中央銀行も手形も、その最たるものである紙幣も作れないといいます。
一方で、楊さんも深井さんも、スペインを責められないという点では意見が一致していました。
俺だってそう思うもん。金あったつって金持ちだーっつって。いくらでも買えるっつって。
経済を動かす債券市場と、国債の生まれ方
深井さんが中央銀行に続く重要な概念として挙げたのが債券市場です。銀行の預金の大部分は、今は国債の購入などで債券市場につぎ込まれており、経済の根幹はそれで大きく動いていると深井さんは話します。
楊さんは国債を「簡単に言うと、国が借りた借金」と説明します。戦争で莫大な予算が必要になったとき、国が債券を発行し、銀行を通じて国民に販売してお金を集めたことが、債券誕生の理由の一つとされているといいます。
深井さんによると、国債はイタリアで戦争が繰り返されたころ、銀行の発達と同時期に生まれました。裕福な市民に、税金のような形で強制的に国債を買わせることもあったそうです。
国債の仕組みについて深井さんは、一定期間後に買った金額へ1%や2%を上乗せして返す借金証のようなものだと説明します。上乗せの割合が高いほどみんな買いたくなりますが、崩壊しそうな国ほど割合が高いように、その分リスクも高くなります。
今はその債権市場っていうのでめちゃくちゃ経済って支配されてます。金利とかも全部そこから決まるし。
金利がなぜ債券市場から決まるのかは完全に経済学の話になるとして、深井さんはこの日は深入りしませんでした。
日露戦争の勝敗を分けたのは国債の売れ行きだった?
債券をわかりやすく示す事例として、深井さんは日露戦争を挙げます。当時の日本はお金が少なく、軍事費を集めるために債券を発行して海外の人に買ってもらう必要がありました。
しかし日本とロシアが戦えば日本が負けると考えられていたため、ヨーロッパに渡った銀行家の高橋是清 ── 明治から昭和にかけて活躍した財政家。日銀副総裁として日露戦争の戦費調達を担い、のちに大蔵大臣や首相も務めましたが日本の債券を売り込んでも、なかなか買い手がつきませんでした。
ユダヤ人の協力などもあってある程度は集まったものの、流れを変えたのは最初の戦闘での勝利でした。深井さんによると、そこから日本の債券は一気に人気になったといいます。
債券が売れない
日本が負けると見られ、ヨーロッパで買い手がつかない
一部の資金調達
ユダヤ人の協力などで、ある程度集まる
最初の戦闘で勝利
日本の債券が一気に人気になる
戦費の確保
当初の想定の倍以上の軍事費を得て、戦争に勝つ
深井さんは、ヨーロッパで日本の国債を扱う銀行に長蛇の列ができ、すぐに売り切れたと話します。債券にも株券に似た値動きがあるため、「日本が勝つなら買おう」という動きになったといいます。
高橋是清っていう人が、もし頑張ってその債券を売ることができなかったら、もう日本は絶対負けてます。
日露戦争をお金の側から見ると、軍事だけでは見えない構図があります。樋口さんはこの話を受けて、歴史の裏には常にお金があると感じたようです。
歴史の裏にお金ありなんですね、常に。
君主に貸すのとフィレンツェの国債は何が違うのか
深井さんは最後に、中世ヨーロッパの都市が発行した国債について補足します。当時、君主にお金を貸すことと、都市の国債を買うことは、意味が大きく違っていたといいます。
君主にお金を貸すのは個人に貸すのと同じで、踏み倒されたらそれで終わりです。一方、フィレンツェのような都市国家は君主制ではなく寡頭制で、街を運営しているのは街の人でした。
(フィレンツェは)踏み倒せないんですよ、フィレンツェ自身が。意味わかりますかね、この理屈。借りてる人と貸してる人が被ってるわけ。
深井さんの説明を整理すると、両者の違いは次のようになります。
貸し手と借り手は別人。踏み倒されることも、君主個人のための戦争に使われることもある
貸し手も借り手も市民で一蓮托生。戦争に勝つ意義が市民にわかり、踏み倒しの心配も少ない
フィレンツェ市民にとっては、お金を出す理由が明確でした。この戦争に勝つことがフィレンツェにとって大事なので、資金を出す妥当性があり、市民同士が一蓮托生だから返済の心配も少なかったのです。
樋口さんはこの説明で「やっとピンときた」と話します。深井さんは、債券だけでもテーマ一つになるほどのボリュームがあるとして、この回を締めくくりました。
次回のテーマは、深井さんが最もインパクトが大きいと感じたという株式会社の誕生です。自身も株式会社を経営する樋口さんは、どうやって生まれたのかに強い興味を示していました。
まとめ
紙幣を誰でも発行できた時代の混乱から、イングランド銀行が中央銀行の役割を担うようになりました。貨幣の本質は信用であるという理解の有無が、スペインの没落や日露戦争の戦費調達のように、国の運命まで左右したことが語られた回です。
- 中央銀行は政府の銀行、銀行の銀行、紙幣の発行という3つの機能を持ち、イングランド銀行が中央銀行化して生まれた
- お金を中央に集約させる最大のニーズは戦争であり、歴史は統一と分散の軸で見るとわかりやすい
- スペインは大量の金銀を持ち帰ったが、インフレと貨幣が信用であることを理解できず覇権を逃した
- 日露戦争では、最初の戦闘の勝利で日本国債が人気になり、想定の倍以上の軍事費を集められた
- フィレンツェの国債は貸し手と借り手が同じ市民で一蓮托生であり、君主への貸付とは性質が違った





