4ヶ月ぶりの3人と、過去最強ページ数の台本
この回は、深井龍之介が約4ヶ月ぶりにコテンラジオへ復帰した回として始まります。リスナーからすると久しぶりの3人そろい踏みでした。
樋口聖典が「4ヶ月ぶりくらいらしい」と切り出すと、深井龍之介は自分の感覚としては1ヶ月ほどしか休んでいないと話し、時間軸のねじれを笑いにしています。前もって収録を進めていた反動で、今回はギリギリの収録になったと説明されました。
一ヶ月ぐらいしか休めてないのに(休載が)四ヶ月だね。これがちょっと謎ですね。時間軸がねじれてますよ。
復帰作でありながら、今回の台本は過去最強クラスの分量だといいます。楊睿之は「320ページ」と口にし、民主主義編と並ぶボリュームだと語られました。
復帰作なのに台本のページ数が過去最強じゃない?320ページだもん。
なぜ今あえて「技術の歴史」なのか
テーマは「科学技術の歴史」です。樋口聖典は、技術と言い出したら身の回りのすべてが技術であり、範囲が広すぎると率直に戸惑いを口にしました。ITから医学、部品一つまで、すべてが技術に含まれるからです。
楊睿之は、だからこそ技術を改めて学ぶことに意味があると強調します。マイクも電気も社会全体がすでに技術に包まれているのに、それをよく知らないのは教養がないのと同じだ、という問題提起でした。
この社会全体がもうすでに技術によって包まれてる状態なんですよね。それについてよく知らないっていうことは教養がないと一緒なんです。
今回は、民主主義編以来およそ1年ぶりの「全時代共通テーマ系(構造系)」の回だと説明されます。制作側にとって負荷が大きく、しばらく避けてきた形式だといいます。
深井龍之介は、これは構造系の集大成のようなものだとして、これまでのシリーズを聴いた上で臨んでほしいと話しました。ながら聞きでは理解が難しいとまで言い添えています。
(構造系の)集大成みたいなやつなんで、今までのやつまず全部聞いておってほしいわ。
発明を4つに分けてみる〜ルートポート流の整理
科学と技術は、そもそもどこから話を始めるかが難しいテーマです。そこで導入として、作家ルートポートの著書『人類を変えた七つの発明史』で示された、発明を4つのジャンルに分ける考え方が紹介されます。
深井龍之介はまず、発明・技術・科学は本来別々の言葉だと前置きした上で、この整理では一旦それらを一緒くたに扱うと説明します。分類は次の4つです。
火や酪農のように、人体そのものや生き残るタイプを変えた発明
文字・活版印刷・インターネットなど、情報を広く行き渡らせた発明
船や飛行機など、それまで行けなかった場所や不可能を可能にした発明
蒸気機関やコンピューターなど、人間ができることを効率化した発明
火や酪農が人体を変えたという見方
1つ目の「生理学に影響を与えた発明」の例として、火が挙げられます。霊長類では脳のサイズと消化器官の長さが負の相関にあり、どちらもエネルギーを使うためトレードオフになっているといいます。
つまり生物は、賢い脳を持つか、何でも消化できる強靭な消化器官を持つかの二択を迫られる、という説明です。深井龍之介は、餌を丸飲みして消化に全振りする動物の例を挙げてこれを補足しました。
人類は脳を強くしたぶん消化器官が弱いはずですが、火という発明でそれを克服しているといいます。火を通せば消化しやすくなり、食べられるものが増え、エネルギー効率も上がるからです。
火という発明がなければ、体がもう少し違う形じゃないと多分生き残れなかったんだけど、火があることによって脳を大きくできたよってことを言ってる。
楊睿之は、食べられるものが増えれば生存エリアも広がり、殺菌によって病気のリスクも減ると付け加えます。さらに、送り火や迎え火のように火が文化的な行為も生み出した点を指摘しました。
同じく生理学に影響した例として、酪農も挙げられます。本来、多くの哺乳類は大人になると乳を消化しにくくなるのがデフォルトですが、酪農を始めたことで牛乳でお腹を壊すタイプが減っていったといいます。
ペニシリンなどの抗生物質や体外受精も同じ枠だと説明されます。本来なら生き残らなかったタイプの人が生き残れるようになることで、生物として本来いないはずの人がいる状態が生まれる、という指摘です。
情報を民主化した発明と、常識のつくられ方
2つ目は「情報を民主化した発明」で、文字や活版印刷、インターネットが該当します。コミュニケーション史で扱った領域とほぼ重なる、と深井龍之介は述べます。
文字がない時代のほうが圧倒的に長かった一方、いま身の回りは文字であふれています。活版印刷以前は手写しのため、一国で数十年かけて数十万部が限界でした。
それが活版印刷以降は状況が一変します。深井龍之介は、たとえば50年で4000万部、さらに100年後には5億部を印刷できるようになったと、桁が変わっていく様子を紹介しました。
レコードや映画も情報の民主化に含まれます。レコードが発明されるまで、人類はほぼ生演奏でしか音楽を聴けなかったのが、繰り返し安く音楽を楽しめるようになったからです。
音楽聴く時、ずっと今までほぼ全ての人類は生演奏しか聴けなかった。けど、レコードが発明された瞬間から生演奏じゃなくてよくなる。
楊睿之は、こうした技術が人間の常識の形成プロセスまで変えていると指摘します。かつては紙媒体が中心だったのに対し、いまはSNSやインターネットメディアから情報を得て常識を形づくる傾向が、特に子どもで強まっているといいます。
インターネットメディアとかSNSを見て、それで情報をインプットして(常識を)形成していくっていうプロセスという特徴がめちゃくちゃ強くなってるんですよ。特に子供。
船や飛行機、蒸気機関が変えた「できること」
3つ目は「人類にできなかったことをできるようにした発明」で、船や飛行機が例に挙げられます。行けなかった場所へ行けるようになる技術です。
具体例として、北欧のバイキングのロングシップが紹介されます。軽くて担いで陸路も動け、船底が浅く川も遡れる優れた船だったため、行動範囲が広がり、キエフ公国などロシアの成り立ちにも影響したといいます。
4つ目は「人類にできることをより効率よくできるようにした発明」で、蒸気機関や馬、コンピューターが該当します。馬が行ける場所は人も行けますが、より速く、より楽にこなせるようになる、という効率化です。
楊睿之は、かつて「計算手」という職業があり、電子計算機の普及前は企業で計算作業を専門にする人がいたと紹介します。それがコンピューターに置き換わっていったのも、この4つ目の分類にあたると整理されました。
「科学技術」は日本だけ?科学と技術の違い
ここで話は、そもそも科学と技術とは何かに戻ります。深井龍之介は、日本語の「科学技術」という一語は実は欧米にはないと指摘しました。英語では science and technology、つまり「科学と技術」という2つの言葉になるからです。
科学技術って言ってんの(は日本だけ)。つまり科学と技術ってまず全然違うんです。
日本では「科学技術」が国語辞典にも載り、2001年ごろまで科学技術庁という省庁も存在していました。それほど一語として定着している一方、本来は別物だと強調されます。
ヨーロッパでは近世まで、科学と技術はバラバラのものと捉えられていました。科学は古代ギリシャの自由市民が余暇に行う理性的な営み、テオリア(理論的考察)にルーツがあるとされます。
一方の技術は、当時は奴隷労働が担うものとされ、科学より一段低い立ち位置で見られていたといいます。大学ではリベラルアーツ(自由学芸)が学ばれ、機械技術にあたるメカニカルアーツは大学の外で教えられていました。
理性的な営み。大学の中に設置され、社会的地位が高いとされた
職人的・実践的な営み。大学の外で教えられ、一段低いとされた
深井龍之介は、この違いを蕎麦職人の水加減のような技術的感覚と、アリストテレスが世界の成り立ちを考えるような営みの違いにたとえます。当時は地位が高いのはアリストテレス側だった、という説明でした。
産業革命を起こしたのは科学者ではなかった
科学と技術が関わり始めるのは産業革命ごろからだといいます。ただし、この段階でも両者はまだ別々でした。
意外なことに、産業革命を起こしたのは科学者ではなく、アントレプレナー(起業家)でした。彼らはほとんど大学に所属せず、お金を儲けるために技術を試した結果、蒸気機関や鉄道が生まれていったといいます。
樋口聖典は、研究機関が研究し、その技術を現場に応用するという現代的なイメージとは違う、と反応します。深井龍之介はそれを完全には否定しつつ、当時は科学の発見が技術に実装されるまでの時間が長かった点を挙げました。
今はその科学が発明されて実装されるまでがクッソ短くて、ほぼ同時に起こってんすよ。科学フェーズと技術フェーズっていうのが。
この時期の科学と技術はまだ一連のプロセスになっておらず、社会実装を担っていたのは技術者側でした。産業革命は社会実装が中心だったため、エンジニア起業家のような人々が担っていた、という整理です。
日本で「科学技術」が一語になった理由
楊睿之は、その前段として、職人の技術に注目して研究・実験し、そこから普遍的な理論を抽出していく長いプロセスがあったと補足します。最初から科学と技術がくっついた状態で世に出たわけではない、という点です。
科学と技術は、学者によって融合の時期の見方が分かれつつも、ニュートン以降に徐々にくっついていきました。日本が「科学技術」と一語で呼ぶのは、ある程度くっついた後に、両方まとめて輸入したからだと説明されます。
たとえば黒船が来た時点で、蒸気機関はすでに実装済みでした。大気圧という科学も蒸気機関という技術も、日本にはパッケージとして同時に到来したため、両者がひとまとまりに受け取られたといいます。
パッケージが先に来ちゃったって感じで(科学と技術が一緒に入ってきた)。
もう一つの理由として、日本は伝統的に技術者の地位が高いことが挙げられます。ヨーロッパでは技術系が一段下で大学の外にあったのに対し、日本では東京大学に早い段階から工学部が置かれました。
日本が世界で初めて大学の中に工学部を作ったんです。実はね、職人、匠の国ですからね。
科学と技術が完全に融合したのは、第一次・第二次世界大戦のころだといいます。核分裂の現象が科学的に判明してから10年以内に原子爆弾が作られたように、科学者と技術者が同じプロジェクトに参加し、時間軸が一つになったからです。
核分裂の現象っていうのが科学的に判明してから十年以内に原子爆弾作ってるんですよ。
技術の正体は「社会構造の変革」
ここから話は技術の核心に入ります。深井龍之介は、技術がどれだけすごいかをほとんどの人が理解していないと述べ、その本質は社会構造を変えてしまう点にあると指摘しました。
鉄の農具で耕作効率が上がる、ペニシリンで病気が治るといった直接的な効果は分かりやすい部分です。しかし実際には、そこから派生してドミノ倒しのように、人間の生活のあらゆる営みが変わる間接的影響が起きているといいます。
この間接的影響は分かりにくいぶん、非常に大きいと強調されます。今回のシリーズは、その影響がどれほどのレベルかを示す例を数多く扱う、という予告でもありました。
あぶみ1つが封建制を生んだ
間接的影響の例として、あぶみが取り上げられます。馬の鞍の両サイドに足場をつけ、乗り手が踏ん張れるようにするだけの、一見単純な馬具です。
あぶみによって騎士の足が軍馬に固定され、訓練された兵士が密集隊形を組むと非常に強くなりました。馬上で武器を振り回せるようになったことで、騎兵の戦い方が変わったのです。
これを見たフランク王国のカール・マルテルは、あぶみを全体的に使い、重装騎兵隊を導入します。ただし重装騎兵は鎧や複数の軍馬、餌、訓練にコストがかかるものでした。
そのコストに対処するため、カール・マルテルは教会の土地を召し上げ、家臣に土地を与えます。土地を得た騎士が忠誠を誓い、封土と称号の見返りに有事には戦う、という社会制度ができあがっていきました。
これで封建制が誕生するんです。(あぶみが)ヨーロッパに入ってきてから(数)年後ぐらいに封建制っていう社会システムが誕生するんです。
樋口聖典は、この流れを「技術をハックしていくと、技術にハックされる」と言い表しました。単一の要因とは言い切れないものの、あぶみが封建制の成立に影響したことはほぼ間違いなさそうだ、と整理されます。
あぶみの普及
乗り手の足が固定され、密集した騎兵が強くなる
重装騎兵隊の導入
カール・マルテルが導入するが、鎧・軍馬・訓練にコストがかかる
土地の付与
コスト対処のため教会の土地を召し上げ、家臣に与える
封建制の誕生
土地と称号の見返りに家臣が王のために戦う制度が成立する
超ド級の発明「汎用技術」24個
あぶみでさえ封建制を生むほどの影響がある一方、人類史には桁違いの影響を与えた「超ド級」の発明があると紹介されます。ある大規模研究では、こうした超ド級の発明が24個あるとされ、それは汎用技術と呼ばれます。
深井龍之介は、たった24個の発明で狩猟採集の世界から現代の水準まで社会が変化してきた、と語ります。一つひとつのインパクトが、それほど大きいということです。
- 植物の栽培、動物の家畜化、鉱石の製錬、車輪、筆記、青銅、鉄
- 水車、三本マストの帆船、印刷、蒸気機関
- 工場、鉄道、鋼製汽船、内燃機関、電気、自動車、飛行機
- 大量生産、コンピューター、リーン生産方式、インターネット、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー
注目されるのは、その登場ペースです。鉄から次の水車までは約2000年空いていたのに対し、11個目の蒸気機関以降は現代に一気に集中します。
自動車以降の発明は20世紀に入ってからで、深井龍之介によれば24個中17番目から24番目までの8個ほどが、この短い期間に連打されているといいます。それぞれが民主主義すら変えるレベルの超ド級だ、というのが強調点でした。
その超ド級バージョンがこの(100)年間ぐらいで八つ連打されてるんですよ。だから民主主義とか全部変えるレベルみたいなやつが八つ連打されてるってことです。
汎用技術と人口、そして止められない波
この汎用技術は、人口規模とほぼ比例しているといいます。新しい汎用技術が発明されると、人口がぐっと増える傾向があるためです。
狩猟採集社会の世界人口はごく限られていましたが、産業革命のころには10億人、現在は約70億人まで増えています。産業革命以降の急増は、超ド級の発明が連打された結果だと説明されました。
さらに樋口聖典は、100年以内かどうかで大きく違うのは、一人の人間が生きている間に変化が起こるかどうかだと指摘します。かつて数千年に一度だった汎用技術の登場が、いまや10年に一度ほどのペースになっている、という現代の特徴です。
深井龍之介は、社会構造が変わるのは汎用技術が発明されているからだと、技術の歴史を勉強して確信したと述べます。OSがころころ変わる時代という表現の背景がここにある、という整理でした。
そして、汎用技術のような大きな変化には必ず反対する人が現れます。社会構造を変えられたくない既得権益者や統治者が反発するからです。
しかし、こうした技術は反対しても止まらないと語られます。一時的に止められても、周囲の技術が発展すればその因果関係に巻き込まれてしまうためです。深井龍之介は、日本の鎖国も結局は近代化に巻き込まれた例として挙げました。
技術の正体は社会構造の変革であり、止めたい人はそのことを理解した上で臨むべきだ、と深井龍之介は締めくくります。科学の正体はまた別で、次回から3回にわたって科学とは何かを扱う、と予告されました。
このシリーズの次のエピソードはこちら
まとめ
科学技術の歴史編の第1回は、科学と技術が本来は別物であるという前提から、技術が社会構造そのものを変える力を持つことを、あぶみや汎用技術の例でたどる導入回でした。
- 発明は「生理学に影響」「情報の民主化」「できなかったことを可能に」「できることを効率化」の4つに整理できる(ルートポートの分類)
- 科学と技術は近世まで別物で、日本語の「科学技術」という一語は、両者がある程度融合した後にまとめて輸入した日本特有の呼び方
- あぶみのような一見単純な発明でも、重装騎兵の導入や土地の付与を経て封建制の成立につながるなど、間接的な社会変革を起こす
- 社会全体を変える「汎用技術」は24個あるとされ、蒸気機関以降は現代に一気に集中し、100年ほどで8個ほどが連打された
- 汎用技術は人口増加とほぼ比例し、反対する人が現れても止まらないという点に、技術の「社会構造変革」という正体が表れている






