「強い経営者」だけが正解なのか
中川政七さんが最初に出した話題は、経営者としての評価のされ方への違和感でした。中川さんによると、これまでの経営者は売上を伸ばして上場するといったわかりやすい成功で認められてきました。
中川さんは、その道を走る経営者について、メタ認知をするよりも自己陶酔して、マッチョな思考で走り続けることが求められ、評価もされているように見えていたと話します。中川さん自身はある時からそこに違和感を持ち、上場準備もやめました。
一方で、周りで上場していく経営者はわかりやすく評価され、中川さんたちはそうではない。その中で迷いながら経営を続けてきたと振り返ります。
中川さんは、経営者はポジション的に放っておいても強くなってしまうので、あえて弱さも持つべきだと考えてきました。弱いと傷つくこともあり、強いほうが最適かもしれない。それでも時代や自分の感覚には合わないと感じていたといいます。
まあでもそれ(マッチョな経営)で最後まで突っ走る方もいますもんね。死ぬまで現役みたいな。
樋口さんのこの言葉を受けて、中川さんは長森さんや柳井さんの名前を挙げました。あの年齢までモチベーションが衰えずに走り続けられるのは「化け物」だと話します。
突然死ねた時代と、長く生きる時代
深井さんは、走り続ける生き方がモデルケースになることに疑問を示します。深井さんによると、現代医学で寿命が大きく伸びたうえに、現代人は「自分の人生は自分で決める」という観念が強くなっています。
深井さんは、走り続けてかまわないのは、ごく一部の外れ値 ── 統計で、データの分布の山から大きく外れた値のこと。ここでは、ごく少数の特殊な人を指す比喩として使われていますの人や、強いコンプレックスを原動力にしている経営者くらいだと話します。そうでない経営者やミドルマネージャーが、走り切ることをかっこいいと思う必要はもうないのではないか、という考えです。
そのうえで深井さんは、中川さんが引退してセカンドキャリアに向かう姿のほうが、モデルケースとしていいのではないかと評価しました。
深井さんは、昔のように病気が見つかる前に進行して突然亡くなる時代なら、マッチョイズムだけで生きても幸せに死ねたのではないかと話します。
なんで今みたいに健康診断もなくて、倒れたら延命措置もなくて死なせてくれるんだったら、僕もほんと人文メタ認知とか言って、人文のところだけ走って(いた)。
もう時代も、あと自分もタイプ的に実は陶酔がしづらい。酔っ払っても陶酔しないし。
中川さんはこの流れで、メタ認知の反対は自己陶酔なのではないかと口にします。深井さんは、特に経営者が持ちやすい「自分なら何でもできる」という万能感がそれにあたると応じました。
お金を持つことはウェルビーイングになるのか
深井さんは、人生は単一のゲームに勝って終わるほど単純ではないと話し、同級生の例を挙げます。深井さんの同級生には、使い道がわからないままお金を稼ぎ続けている成功者がいるといいます。
ほとんどの人にとってお金持つってウェルビーイングに全くつながらないんで、いかに使えるかじゃないですか。
深井さんは、500億円を持っていても世界のために使えている実感があればウェルビーイングは高い状態だろうと話します。深井さんの推論では、人間は仲間だと思う対象にどれだけ貢献できるかで幸福感が左右され、持っているリソースをどれだけ生かせているかが鍵になります。
深井さんによると、万能感や陶酔感があれば、実態は別として「全部を生かしている」とずっと思い続けられます。ただ、人生は普通そこまで短くない、と樋口さんが指摘しました。
万能感と老害、そして脳内物質
続いて出演者から、万能感を主観的に感じ続けられる時期と、実際に万能感を発揮できる時期とのギャップが広がっているのではないか、という指摘が出ます。50代、60代以降にこのギャップとどう向き合うかという問いです。
寿命が伸びる
現代医学で、突然亡くなる時代ではなくなった
万能感は残る
本人は主観的に何でもできると感じ続ける
発揮できる状況から離れる
年齢とともに、実際に力を発揮できる状況が遠ざかる
老害と呼ばれる
このギャップの状態が、世間では老害と言われる
状態としてはそれ(万能感と実力のギャップ)が老害って言われてますよね。
深井さんは、60代や70代で活躍できる人がいても、すべてを若い世代に譲ったほうが社会全体としては良くなる可能性がある、と歴史を学んで感じるといいます。
深井さん自身も、この5年間走り続けてきて感覚が変化してきたと明かします。いま勉強したいのは、アドレナリンやノルアドレナリン、オキシトシンといった脳内物質の分野だそうです。万能感や陶酔は、こうした物質の受容体の多さなどで決まっている可能性がある、という見立てです。
中川さんは、新聞で見た男性更年期障害のチェックリストで10項目中8項目ほど当てはまった経験を話しました。調べるとテストステロン ── 男性ホルモンの一種。意欲や判断力、気分などにも関わるとされ、加齢とともに分泌量が下がる傾向がありますの値が下がっていて、生活習慣の改善などで回復すると、判断が明らかにポジティブになったのをこの1年で体感したといいます。
アドレナリンが合うフェーズ、合わないフェーズ
樋口さんは、環境や年齢によって合う幸せの感じ方が違うのではないかと話します。10代の頃は「勝つ、嬉しい、かっこいい」がはまりやすく、年を取ると別の物質が大事になる、という考えです。
中川さんは、会社のフェーズと経営者の特性がフィットしていることが大切だと応じます。樋口さんも、少人数で営業100件を取ってくるような時期はアドレナリン全開でよいが、継続や仕組みづくりの段階では邪魔になると続けました。
深井さんは、フェーズだけでなく事業の競争性でも違いが出ると話します。
価格競争やコモディティ商品など、差別化が難しく数で勝負する領域。マッチョイズムのほうが強い
競合がほぼいない中でオリジナリティある価値を出す領域。工芸やCOTENのように、アドレナリンを出さなくても成果が出せる
深井さんによると、市場のフロンティアがなくなり、効率化して安く大量に作っても儲からなくなったことが、ビジネスパーソンの変化の背景にあるのではないかといいます。
中川さんは、社長を交代してからの8年を自分がやっていたら、と考えたことがあるそうです。その答えは、千石さんが率いた今の中川政七商店のほうがいい会社だろう、というものでした。中川さんは自分のほうがアドレナリンが出ていてハンドルを急に切りがちで、成熟してきた今のフェーズには千石さんの舵取りのほうが合うと話します。
だから秀吉はやっぱり日本統一までは良かったんですけど、その後ずっとアドレナリン出したかったから朝鮮行っちゃったみたいな。
深井さんは、失敗して死ねるならこの問題は考えなくていい、と付け加えます。アドレナリンのフェーズが終わっても死なずに生き続けるからこそ、個人も組織もこの問題を考えなければならない、という指摘です。
会社を大きくするのは、途中からエゴではないか
樋口さんは、マッチョな経営マインドは男性経営者に強く出ているのではないかと問いかけました。中川さんは、女性経営者を多くは知らないと断りつつ、周りで優秀とされる経営者はマッチョイズムが強い傾向があると答えます。
樋口さんは、評価されるのが「大きくした」「数字が出た」ことで、長く続けたことはあまり評価されない点を挙げます。大きくするにはマッチョイズムがある人のほうが向いている、という見方です。
なんかでかくするとかもすごい思うのが、途中からエゴじゃないですか。
深井さんは、組織を大きくする必然性が自分たちの中にしかないのに、行かなくてもいい営業まで行って無理に大きくしている例が多いと話します。もっと調和的に成長するなら、自分の会社でなく別の会社が担えばいい部分も出てくるはずだ、という考えです。
樋口さんが「適正規模」を挙げ、株式市場がそれを許さないと言うと、深井さんは、それは前提の合意の問題だと応じました。それでもいいという合意さえあれば株式市場でも成り立つが、その合意が習慣と文化で取れていない、という整理です。
深井さんは、資本主義の長所を「倫理の矮小化」だと表現します。売上さえ上げればいいというわかりやすいルールで、利益を目指す人が一気に増えた、という意味です。
そのうえで深井さんは、株式会社はいま少年・青年期から壮年期に入るところだと話します。成績だけ考えればよかった時期から、ステークホルダーが増えて多くのことを同時に考える複雑な時期に移る、というたとえです。
定量化できない価値をどう評価するか
深井さんは、今後は売上を上げていても働き手を獲得できない時代に入り、企業は意義や意味を示さなければならなくなると見ています。そこで起きるのが、複数の基準による総合評価への移行だといいます。
ただし、その基準には測れないものもあります。深井さんは、Bコープ ── 社会や環境に配慮した事業を行う企業を認証する国際的な制度。米国の非営利団体B Labが運営していますで測られなくても、いい会社はいい会社だったはずだと話します。
僕は定量化する指標を増やすっていうのはね、ナンセンスだと思ってるんですよね、実は。それをするから意味が棄損するんで。
樋口さんは、人間関係では友達を定量化せず、好きかどうかで決めていると指摘します。深井さんは、個人の人生では総合判断をしているのに、組織ではコンセンサスを得るための手続きとして、それができなくなっていると応じました。
樋口さんは、伊集院光さんが話していたランキングサイトの弊害も例に出します。食べて美味しいと思った店でも、後から評価の低さを知ると「自分にセンスがない」と体験が上書きされてしまう、という話です。
コンセンサスが得られやすく説明もしやすい。ただし意味を持つ情報が大きく失われる
複雑な情報を複雑なまま受け取って判断する。説明はしにくいが、情報の質は高い
中川さんは、中川政七商店の取締役会では、理詰めでOKが取れなくても「なんとなくいい」で通せるようにしていると話します。新規事業でも数字の事業計画を出さなくてよく、それは守り続けたい文化だといいます。
データと直感のバランスは身体感覚
樋口さんは、店主が「お客さんは喜んでいる」と思っていても、アンケートを取ると違ったというように、データが正しい場合もあると指摘します。科学の歴史は、人間の感覚を裏切っていく歴史でもありました。
深井さんもこれに同意し、いまはその揺り戻しの時期だと話します。
近代以前
直感を信じ、データを集めなかった
近代科学
直感よりもデータの結果を信じることで社会が進んだ
これから
データを大事にしつつ、直感を排斥しないバランスへ
深井さんは、直感を信じる状態にただ戻るのは中世に戻るだけだと話します。工芸の判断のように、データだけを見ればやらないほうがいいという話になる領域があり、PLに出てこない質的な意義をどう扱うかが問われています。
これのバランスを取るっていうのはバランスだから身体感覚なんですよね。実は言語知じゃなくて。
深井さんは、この身体感覚は後継ぎの人たちが一番優れていると見ています。数字を信奉しがちなエリートビジネスパーソンとは違い、後継ぎには各ステークホルダーとの関係全体でエコシステムを作る感覚がある、という見方です。
樋口さんが自転車のバランス感覚は人に説明できないと例えると、深井さんは、社会はもともと難しく、大量生産大量消費の時代はたまたま説明可能な領域で成果を出せただけだと話します。AIの登場で再現可能な仕事は人間がやらなくてよくなる、とも付け加えました。
組織が長く続くかは公共性で決まる
中川さんは最後の話題として、自分が抜けた後の中川政七商店にあてはまりそうな歴史のパターンを尋ねます。深井さんは、以前の財閥の回で扱った住友の例にも触れながら答えました。
深井さんの答えは、組織の存続と相関するのは公共性だというものです。長く続けば外的要因も内的要因も変わり続けます。自分のやりたいことに執着しすぎると、環境が変わったときに必要とされなくなってしまいます。
深井さんは、公共性は「いいことをする」という美談ではないと強調します。各ステークホルダーと複合的に関係を築いている状態のことで、いい意味でエゴがない状態、つまり意思はあるが自分への執着やこだわりがない状態だといいます。
特定のステークホルダーと関係を築けば成り立つ。顧客を騙してでも10年は儲け、IPOで逃げ切ることもできる
登場するステークホルダーが多く、全体とエコシステムでバランスする必要がある。後継企業や工芸の世界はこちら
楊睿之さんはこれを囚人のジレンマ ── 協力すれば全員が得をするのに、各自が自分の利益を優先すると全体が損をする状況を示すゲーム理論のモデルの話だと受けます。範囲が狭いほど自分勝手な行動が得になるが、利益の総和で考えると全体を考えたほうがいい、という整理です。
深井さんは、これからの強みは単独ではなく、相反する2つの属性の掛け算から生まれると話します。人文をやりながらビジネスをする、工芸を大切にしながらきちんとビジネスをするといった相矛盾する属性を同時に持つことが希少性になり、それが公共性でバランスしている状態が強い、という考えです。
深井さんは、このチェックを怠ると、既得権益を守るために世の中にとって不要なことをしたり、必要なことを止めたりする「組織レベルの老害化」が起きると話しました。
ビジョンは選べない「所与の前提」
組織がバランスを保つにはどんな人材が必要か、という問いに、深井さんはメタ認知、つまり現状認識だと答えます。ルールが変わらなかった戦国時代とは違い、現代は陶酔がどちらに作用するかわからないので、経営者は陶酔していないほうが中長期的に強いという見方です。
中川さんは、さらに良いビジョンがあることが大事だと付け加えます。行き先がわからないままバランスを取るのは難しいからです。
中川さんは、この5年ほどのミッション・ビジョン・パーパスのブームを冷ややかに見ていると話します。ビジョンを機能させるには数字と紐づけるプロセスが必要で、中川政七商店でもビジョンを数字に落とし込んでいるそうです。販売スタッフも、商品を売ることが日本の工芸につながると理解して働いていると話しました。
深井さんは、ビジョンは選べるようで選べないと話します。中川さんが工芸を掲げるのも、そこに生まれた属性によるものだという見方です。
選べない所与の前提がビジョンってことですよね。
深井さんはホッブズ ── 17世紀イギリスの哲学者。人間の行動も物体の運動と同じく因果の必然に従うとする機械論的な人間観を示しましたの機械論にも触れます。テストステロンが多く出て競争領域で成果を出す人も、意志というより必然でそうなっている。その必然性を否定せず、決まった領域で公共性を発揮するのが、歴史を学んだうえで考える今の組織のあり方だといいます。
秀吉ムーブを避けた引退と、300年続く意味
深井さんは、中川さんの今回の決断を「秀吉ムーブを避けた」ものだと見ています。中川さんの個人的な意志と、工芸という会社の領域は重なっていたが完全には一致しない。そのことに気づいたタイミングで会社から離れた、という解釈です。
深井さんによると、中川さんは工芸を自分で選んだのではなく、取引先として困っている姿を見て選んできました。そこから学びや遊びといった別の自我に気づき、会社と自分を分離できたことが現代的だといいます。
千石さんは、創業家で第二創業者である中川さんだからこそ離れ際が難しいのでは、と問いかけます。深井さんは、中川さんには辞めた後に戻ってくる経営者のような「自分ならもっとうまくやれる」という動きが見られず、それは中川さん個人の特性だと答えました。
深井さんは、社長になりたいというエゴでなっていない千石さんだからこそ継げた部分もあると話します。今後の中川政七商店は、工芸を引き継ぎ時代に合った価値を出す組織として社会とつながり、ビジョン先行で続いていくだろうという見立てです。
深井さんはまた、老舗 ── 長い年月にわたって商売を続けている店や企業のことのように300年も続くと、続いたこと自体が価値になり、取引先の工芸の作り手などにも無意識のレベルで影響を与え続けると話しました。楊さんも、老舗は売上ではなく続いていることがすごいと思われる、と応じます。
千石さんのバランス感覚は運転のようなもの
千石さんは、何周か回って、いまは幸せな仕事の仕方ができているのかもしれないと感じるようになったと話します。一方で深井さんと樋口さんは、長く続いた会社を継ぐプレッシャーを口にしました。
特にさ、その歴史めっちゃ勉強してるから、続いていくことの難しさってめっちゃわかるもん。
深井さんは、その会社を継いで過去最高の売上にしている千石さんには、特殊な系譜があるはずだと話します。ただ、半年から1年ほど一緒に働かないと言語化できないだろうと感じ、途中で問いかけるのをやめたといいます。
千石さんは、バランス感覚やコミュニケーション能力、人望と言われても、どれも自分でコントロールできないと感じたそうです。そこで、今までの考え方ややり方を変えずにいることを心がけていると話しました。
深井さんはこれを車の運転にたとえます。運転がうまい人は、ミラーを見るタイミングや車幅の感覚が絶妙でも、理由を聞かれても答えられません。千石さんの場合も、部下を見るタイミングや感情を把握する頻度が絶妙で、それが身体感覚としてのバランス感覚なのだろうという見方です。
経営の話からホルモンの話へ、次の展開
樋口さんは、中川さんがこれまで受けてきたインタビューは工芸のリブランディングやマーケティングの話が多かったはずだと振り返ります。深井さんも、今回は本当にホルモンの話までしたと笑います。
深井さんは、千石さんが率いる今後の中川政七商店と、中川さんの次の一手の両方が楽しみだと話しました。中川さんが山奥で仙人になっているかもしれない、と冗談も交えて締めくくります。
最後に千石さんから告知がありました。福岡・天神に新しくできる商業施設ワンビルに、九州最大の旗艦店を4月24日にオープンするそうです。九州のさまざまな工芸を集め、実際に見て触れられるスペースもあるといいます。
まとめ
この回では、中川政七さんの引退をきっかけに、マッチョな経営から離れる生き方、定量化できない価値の扱い方、そして組織を長く続けるための公共性が語られました。どれも、ひとつの基準で走り切るのではなく、複数のものをバランスさせる身体感覚の大切さにつながっています。
- 長寿の時代には、走り切って死ぬマッチョなモデルケースが合わなくなりつつある
- アドレナリン型の経営が合うかどうかは、会社のフェーズや事業の競争性によって変わる
- 定量化は合意を得やすい一方で情報の意味を損ない、総合判断のほうが質が高い場合がある
- 組織の存続には、各ステークホルダーとバランスする公共性が深く関わると深井さんは見ている
- 中川さんの引退と千石さんの承継は、エゴに執着しない事業承継のモデルケースとして語られた





