ローマ帝国を造った男、カエサルとは何者か
コテンラジオの新シリーズはユリウス・カエサル編です。冒頭の業務連絡のあと、深井さんはローマを「世界史中の世界史」と呼び、台本は70ページほどあると明かします。
深井さんによると、ローマ帝国は主人公級の人物が多すぎるため、全員を説明したくなる気持ちを抑えて進めるしかないといいます。その中でもカエサルは断トツの主人公だという位置づけです。
樋口さんはローマ帝国のすごさは知っているものの、詳細はまったく知らないと打ち明けます。カエサルの印象も「独裁者というか、スーパースター」という程度でした。
深井さんの説明では、ガイウス・ユリウス・カエサル(英語読みはジュリアス・シーザー)は、一言でいえばローマを帝政へ転換させた人物です。ローマはカエサル以前から何百年も続く共和政 ── 君主を置かず、選ばれた代表者や合議によって国家を運営する政治体制。ローマでは王を追放したあと、この形が長く続きましたの国家でした。
初代皇帝は本当はその後のアウグストゥスっていう人なんだけど、まあ実質は(カエサルが)初代みたいな。
楊さんは、カエサルが暗殺されなければおそらく皇帝になっていたと補足します。さらに深井さんは、帝政に移ったあとのローマがさらに大きくなっていく礎を築いた点でも、カエサルの名前が強く残っていると話します。
楊さんによれば、ローマ帝国は以前のオスマン帝国編で触れたビザンツ帝国 ── 東ローマ帝国とも呼ばれる、ローマ帝国の東半分を受け継いだ国家。首都はコンスタンティノープルで、1453年にオスマン帝国に滅ぼされましたまで、実質的に1000年以上続いたことになります。
王政ローマ
建国から7代の王が続いた時代
共和政ローマ
王を追放し、権力の集中を避ける仕組みをつくった時代
帝政ローマ
カエサルが転換点をつくり、さらに大きくなっていった時代
完璧すぎる偉人に、なぜ親しみが持てないのか
深井さんは、これまで番組で紹介してきた人物の中で、カエサルは「多分一番すごい人」だといいます。ただし、本に書かれているほど完璧だとは思っていない、という留保付きです。
本に描かれるカエサルは、政治力が強く、人徳があり、戦争にも強く、文章も書け、女性にもモテ、寛容でもある人物です。深井さんは、戦争は強くても政治や人徳に未熟さがあったアレクサンドロスと比べ、カエサルは「全部できる」と整理します。
戦争は強いが、政治や人徳には未熟なところもあった
政治・人徳・戦争のすべてができ、文章も書けて寛容とされる
それでも二人のテンションが上がらない理由について、楊さんは自分たちの好みを挙げます。深井さんも楊さんも、吉田松陰のようなぶっ飛んだ人、いわば「バグ」のある人物が好きだというのです。
バグじゃない。ただひたすら優秀って感じ。超優秀って感じ。
深井さんはカエサルを「ジェフ・ベゾスさんみたいな感じ」とたとえますが、ベゾスについての本は一冊も読んだことがなく、完全にイメージだと笑いながら認めています。楊さんは「時代の寵児」という言い方で受けています。
独裁者と皇帝、2つの語源になった名前
独裁者のイメージについて、深井さんは語源から説明します。英語のディクテーター ── 英語で独裁者を意味する言葉。古代ローマで非常時に一時的に強い権限を与えられた役職「ディクタトール」に由来しますの語源になった役職ディクタトールに就いたのが、カエサルでした。
さらにカエサルの名前は、皇帝を指す言葉の語源にもなっています。深井さんによると、ドイツ語のカイザーやロシアのツァーリは、カエサル(シーザー)がそれぞれの言語読みになったものです。
(カエサルの)名前が皇帝という意味で使われてるってこと。だから、ザ皇帝、ザ帝国作った人みたいな感じです。
一方で深井さんは、カエサルが帝政ローマのグランドプランを作ったという評価には「ほんとかよ」と疑問を持っていると話します。結論から言えば「評価高すぎ」というのが二人の見方です。
その例として挙がるのが、塩野七生 ── イタリア在住の作家。古代ローマを描いた長編『ローマ人の物語』などで知られ、カエサルを高く評価する著述でも有名ですさんの本です。古代ギリシャ・ローマの偉人に能力別の「通信簿」をつける内容で、アレクサンドロスが90点台なのに対し、カエサルは全項目100点の満点だったといいます。
吉田松陰は西洋で偉人になれない?
深井さんは、カエサルがここまで異常に褒められていなければ、自分たちも「そんなに?」という気持ちにはならなかったと話します。なぜ心の底から親しみを持てないのかという分析は、特典の打ち合わせ映像で詳しく扱うと楊さんが案内しています。
楊さんは、カエサルのような人こそが西洋の価値観における偉人なのだろうと指摘します。逆に、狂った人は西洋では偉人にならないだろうという見立てです。
吉田松陰は多分西洋では偉人にはならない。
深井さんが「ただのバカになっちゃうかもしれない」と言い、すぐに「親しみ込めてます」と付け加えるやり取りもあり、二人の松陰への愛着がにじみます。
続いて深井さんは、カエサルの時代に有名人が一気に出てくることを紹介します。ライバルのポンペイウス、クラッスス、キケロ、「ブルートゥスお前もか」のブルートゥス、ドラマにもなったスパルタクス、ウェルキンゲトリクスなどです。
少し前の時代にはハンニバルやスキピオもおり、ローマは「テーマの宝庫」だと深井さんは言います。その中でもカエサルは群を抜いた存在で、アレクサンドロスと並ぶ世界史上の英雄の一人として扱われているといいます。
カエサルは時代の要望を受け止めた「器」
深井さんは、カエサルが何をしてどこがすごいのか、逆に何がすごくないのかを知るには、彼の時代までにローマがたどった経緯を話す必要があると述べます。
多くの本では、カエサル個人が卓越していて時代を変えたように書かれています。しかし深井さんと楊さんは、この点で意見が一致しており、そうは考えていないといいます。
彼はそういう時代のすさまじい変遷の中に生まれた一つの器みたいな、社会の要望の器となって。
樋口さんはこれを「みんなが求めてきたところに、ズンって実体となって現れた」と言い換え、深井さんも同意します。カエサルの強い意志がなかったわけではなく、時代の大きな流れに彼という人材がはまったという感覚です。
深井さんは同時に、普通の凡人では時代をキャッチできないとも付け加えます。カエサルは非の打ち所がほぼない優秀さを持っていたうえで、時代の流れに乗った人物として描かれます。そのため前半はカエサル以前のローマの話が続くと予告されます。
都市国家ローマだけが帝国になれたのはなぜか
深井さんによると、ローマはヨーロッパの起源といえる存在です。場所は今のイタリアの首都ローマで、紀元前753年ごろ、およそ2800年前に都市国家として生まれました。
当時の地中海沿岸には、ギリシャのアテネやスパルタのような都市国家が数多くありました。しかしその中で帝国を作ったのはローマだけだったと深井さんは強調します。
深井さんの定義では、帝国とはさまざまな地域を服属させて統治している国のことです。アテネもスパルタも他の地域を傘下に取り込むことはしませんでしたが、ローマはどんどん取り込んで吸収していく性質を持っていました。
最大版図はアレクサンドロス大王の帝国と場所はずれるものの同じくらい広く、ほぼ同じ時期にアジアでは漢帝国が出現していました。どちらも農耕民族の帝国だという点にも触れられます。
また、カエサルの時代はキリスト教以前の世界で、カエサルの50年ほど後にイエス・キリストが生まれます。多神教と一神教で世界のフォーマットが大きく変わるという点も、今のヨーロッパとの大きな違いとして挙げられています。
アレクサンドロス編の最後に張られていた伏線
深井さんは、アレクサンドロス大王がギリシャを束ねて巨大な帝国を作り、彼の死とともに一瞬で分裂した流れを振り返ります。そのころ西の方で台頭を始めていたのが、まだ有名ではなかったローマでした。
この話はアレクサンドロス編の最後のエピソードで深井さんが触れていた内容で、樋口さんは「伏線張ってたんや」と反応します。深井さんは、世界史は全部こういうつながり方をすると話します。
当時まだ小さかったローマはイタリア半島を統一し、さらに今のフランス、スペイン、ギリシャなどを傘下に置いて大きくなっていきます。そして、大きくなる前のローマは、最初は王国だったと深井さんは説明します。
狼に育てられた双子、ロムルスとレムスの建国神話
ローマの建国神話は楊さんが語ります。主人公はロムルスとレムスという双子で、ギリシャ神話の英雄と女王の末裔であり、父親は軍神マルスとされています。
双子の母親は、叔父の王位継承争いに巻き込まれ、後継者を産ませないために巫女にさせられました。ところが美人だった母親は軍神マルスに惚れられ、子どもができたといいます。
軍神マルスにすごい惚れられて、あんたのこと(母親が)めっちゃ好いとるよみたいな。
楊さんがマルスのセリフを博多弁で再現し、深井さんが「軍神マルスって博多弁」とツッコむ場面もあります。
生まれてはいけない子だった双子は、叔父に殺されそうになり、川に流されます。精霊に助けられてメスの狼に預けられ、狼の乳で育ったあと、羊飼いに拾われました。狼の乳を吸う双子の像は有名で、教科書にもよく載っていると紹介されます。
誕生
巫女にされた母親と軍神マルスの間に双子が生まれる
追放
叔父に命を狙われ、川に流される
養育
狼の乳で育ち、のちに羊飼いに育てられる
復讐
出生の秘密を知り、叔父を殺す
建国
兄ロムルスが弟レムスを殺し、ローマ建国の父となる
大人になった双子は出生の秘密を知り、叔父に復讐します。その後は兄弟同士で争い、兄のロムルスが弟を殺して建国の父となりました。ローマという名前はロムルスに由来すると楊さんは話し、始まりから血生臭い国だったと振り返ります。
荒くれ者たちが集まったローマの始まり
深井さんによると、初代王ロムルスのもとに集まったのは、犯罪者や追放された人など男性が多かったといいます。楊さんはその様子を「アメリカみたいな感じ」とたとえます。
女性が少なかったため、彼らはサビニ人から女性を拉致してきたと伝えられています。拉致の前には他国へ女性を分けてほしいと頼んだものの、当然断られ、結局奪ったという流れです。
楊さんは考古学的な実態にも触れます。当時のローマは誰も来ないような寂れた沼地で、王といっても実際は部族の長のような存在だったといいます。深井さんは、オスマン帝国編で扱ったガーズィー ── イスラーム世界で、信仰のために戦う戦士を指す言葉。初期のオスマン勢力はこうした戦士集団を中核にしていたとされますの戦士集団と同じだと重ねます。
(人が少ないから)とりあえず誰でもいいからみんな集まってつって集まってきたのが浮浪者とか、あとは犯罪人とか、借金を抱えた人とか。
外部リソースを使いこなす、ローマの強さの秘密
楊さんは、ローマの建国神話には、外からいろいろなものを取り込んで大きくなる傾向がすでに表れていると指摘します。外部からリソースを調達して組織を作るというアイデンティティが、後にローマが大きくなるエンジンになったのではないかという見方です。
深井さんはこれを今の企業にも当てはめ、自分たちのリソースではなく人のリソースをうまく使える人は「多分めっちゃ伸びる」と話します。
その具体例が王の決め方です。王政ローマの7代の王は、ローマ人、サビニ人、エトルリア人など出自の違う人たちが選挙で選ばれていました。初代ロムルス、2代目のサビニ人ヌマ・ポンピリウスと続き、5代目以降はエトルリア人になっていきます。
エトルリアはローマの近くにあった、ローマより進んだ国でした。深井さんによると、下水道の技術を持たず不衛生に困っていたローマは、エトルリア人を王に迎えて技術を分けてもらっていたといいます。
初期のローマは、エトルリアから先進文化を吸収し、やがて自分たちのほうが大きくなっていきました。この関係は、中国大陸から多くを学んだ日本列島にたとえられています。
ルクレティアの悲劇と、王政の終わり
王政ローマ7代目の王はタルキニウスでした。その息子セクストゥスが、貞淑で知られた貴族の妻ルクレティアを脅してレイプするという事件が起きます。
深井さんによると、セクストゥスは拒めば奴隷と一緒に殺して不貞の現場に見せかけると脅したといいます。ルクレティアは夫に打ち明け、夫は慰めたものの、彼女は自ら命を絶ってしまいました。
激怒したのが夫の友人ブルートゥスです。カエサルを殺すブルートゥスとは別人で、深井さんはおそらく先祖だろうと話しています。ブルートゥスは、王の暴虐をこれ以上許せないとして、王の追放を決意します。
背景には不満の蓄積もありました。他から連れてきた王に対する忠誠心は低く、民衆も下水道工事に駆り出されて不満を抱えていたといいます。その不満がこの事件で一気に爆発し、王は追放されました。
不満の蓄積
他から迎えた王への忠誠心の低さと、下水道工事への動員
事件
王の息子セクストゥスがルクレティアを襲い、彼女は自ら命を絶つ
決起
ブルートゥスが王の追放を呼びかける
王の追放
不満が一気に爆発し、王政が終わる
人ではなく仕組みを変えた、執政官2名制の発明
深井さんが「ローマの圧倒的な優秀さ」と称えるのは、王を追放したあとの行動です。ローマ人は人を替えるのではなくシステムを変える道を選び、王政そのものをやめました。
普通は、ひどい人物が出てきたら、その人個人に原因を求めて追放し、新しく優秀な人を連れてこようと考えます。しかしローマ人は、王政があるから増長する人間が出てくるのだと考えました。
ダメな人を追放し、新しく優秀な人を連れてくる
ダメな人を生む王政というシステムそのものを変える
ローマ人が作った代替案は具体的でした。権力者を1年ごとに交代させ、しかも同等の権力を持つ者を2名置くというものです。この役職はコンスル ── 共和政ローマの最高官職で、日本語では執政官と訳されます。任期1年で2名が選ばれ、互いに拒否権を持っていましたと呼ばれ、深井さんはコンサルタントの語源だと紹介しています。
2人のコンスルには互いに拒否権が与えられ、相手の決定が嫌なら拒否できる牽制状態が作られました。このシステムはいきなり機能したといいます。
もうみんなに聞きたいけど、会社でこの思考方法できてる人いますか?って感じ。
深井さんは、マネージャーや社長がダメなときに、同じことが二度と起きない仕組みを具体的に提案できる人は少ないと話します。しかもローマでは、それについてローマ人全体で合意形成ができていた点も驚くべきことだとしています。
ローマの合理性はどこから来たのか
ローマがこうした仕組みを作れた理由について、まず古代ギリシャの民主政ブームとの関係が挙がります。ただ、ローマの共和政のほうが1〜2年早いという指摘が出て、その説は退けられます。
代わりに示されるのが、建国の経緯からの説明です。血縁のない荒くれ者たちがまとまるには、仕組みやルール、合理性で組織を作るしかなかったのではないかという見方です。
荒くれ者たちって、別にお互い血とか繋がってないので、組織としてまとまっていくためには、多分仕組み作りとかルール作りとか(が必要だった)。
この話から、アメリカとの共通点も浮かびます。アメリカの最初の政府も権力が集中しないよう設計され、大統領は軍事的な理由で生まれたという点が、ローマと重なると話されます。
さらに、ローマは強い都市国家に囲まれていたため、自分たちを守るには合理的な思考で乗り切るしかなかったという理由も挙げられています。
独裁嫌いのローマが、なぜ帝政に向かうのか
深井さんによると、帝政に移る前のローマには、とにかく独裁者を嫌う文化がありました。タルキニウスのような王を二度と出したくないという強い決意が感じられるといいます。
こうしてローマは王政から共和政へ移り、やがて帝政へと向かいます。独裁嫌いのローマ人がなぜカエサルの代で帝政に移行するのかが、今回のシリーズの大きなテーマだと深井さんは示します。
深井さんは、カエサルは最も独裁から遠い国を帝政に持っていく役割を担った点で非常に面白いと話します。ただし、それは彼一人の能力ではなく、外因と、彼までバトンをつないだ人たちがいたという捉え方です。
樋口さんは、収録時期にアメリカ大統領選が行われていることに触れ、民主主義や独裁制の話もできそうだと期待を寄せます。共和政ローマが独裁を防ぐために作った制度については、次回詳しく話すと予告されています。
まとめ
ユリウス・カエサル編の初回は、カエサル本人より先に、彼が生まれる前のローマを掘り下げる回でした。完璧な偉人とされるカエサルを「時代の器」として捉え直し、独裁を嫌った共和政ローマがどう成り立ったのかをたどっています。
- カエサルは独裁者と皇帝の両方の語源になり、実質的にローマを帝政へ転換させた人物とされる
- 深井さんと楊さんは、カエサル個人の能力より、時代の要望をキャッチした器として見ている
- ローマは都市国家の中で唯一、外部の人材や技術を取り込み帝国へと成長した
- 王の追放後、ローマは人ではなく仕組みを変え、任期1年・2名・拒否権付きのコンスルを作った
- シリーズの大きな問いは、独裁を嫌ったローマがなぜカエサルの代で帝政に向かうのかである





