義務教育はなぜ限界を迎えているのか
後編は、学校教育の話から始まります。樋口さんが「今は1つの学校にしか通えないのも、昔の視点から見れば珍しい」と振ると、深井さんは義務教育そのものがシステム上の限界を迎えていると応じます。
深井さんが例に挙げたのは、教師の犯罪が取り沙汰されることや、子どもを学校に通わせたくないと考える親が出てきていることです。深井さんは、社会が変わってシステムが追いつかず、変わった側の人が増えている分かりやすい例だと見ています。
もともと(学校に)期待していたことっていうのは、倫理的な道徳的な教育、人間的にも導いてほしいですし、受験勉強も教えてほしいっていうところがあった。
(でも)比較的そのどちらも、実は今学校で満たすことができない。
受験勉強なら塾のほうが上手く、樋口さんはネットのN高 ── N高等学校。KADOKAWAグループの学校法人が運営する通信制高校で、オンライン授業を中心に学ぶ形式で知られますも挙げます。深井さんは、先生に本来期待されていたことと今期待したいこと、先生ができることの乖離が深まっていると整理します。
期待
道徳的な導きと受験勉強の両方を学校に求めていた
代替の登場
受験は塾、学びはN高やネットのほうが上手くなった
乖離
先生に期待することと先生ができることがずれていく
硬直
「変わっていい」という前提がなく、変われない
深井さんは「変わりゃいいんですよ、マジで」と言いつつ、民主主義は変わることに親和性が低いと続けます。樋口さんも「システム維持の方に働くからね」と受けます。
義務教育も民主主義も限界を迎えている状態を、深井さんは時代として「非常に面白い」と表現します。軋轢は生まれても、それは社会の脱皮の過程だという見方です。
校区を越える高校生と、無料で届く最高の授業
樋口さんは、地元の福岡県・田川高校の様子を紹介します。樋口さんが高校生の頃は校区内の高校に行くのが当たり前でしたが、今は引っ越さなくても違う校区の高校に通うのが珍しくなくなっているといいます。
だからわざわざ遠くの高校に電車で通ってるんですよ、チャリで通わずに。で、そういう人が増えてきてるらしくて。
樋口さんはこれを「選択肢が増え、場所にとらわれなくなった」変化と見ます。その結果、自由競争が激しくなり、能力のある集団とそうでない集団の差がどんどん開いていくのではないかと懸念します。
一方で深井さんは逆の見方を示します。Khanアカデミー ── アメリカの非営利団体が運営するオンライン学習サービス。数学や科学などの授業動画や練習問題を無料で提供していますのように、上質な教育を無料で提供する人たちがネットに出てきているからです。
はっきり言って言語の壁さえなければ、世界で一番教えるのがうまい人から全員が受けれるわけじゃん。授業動画で。
双方向の質問を除けば、ほぼ全員が最高の教育を受けられる。だから通っても通わなくてもいいし、家でもできる、というのが深井さんの考えです。樋口さんは、それぞれの適性に合わせてオンラインとオフラインを選べばよく、国としての軸はある程度必要だと補います。
場所にとらわれず選べるぶん自由競争が激しくなり、能力のある集団とない集団の差が開いていく
ネットで最高の授業を誰もが無料で受けられるので、どこに通うかはどうでもよくなる
同い年で集まる教室に意味はあるのか
深井さんは、自分に子どもが生まれたらどんな教育を受けさせるかを考えると話します。深井さんから見ると、同じ年齢の子どもたちが集まって生活すること自体に、現代社会でのメリットはもうありません。
子供の頃からいろんな年代の人間と一緒に何か作り上げたりとか、チームワークしてた方が絶対いいし。その中に異文化の人間も絶対入れてて。
毎日先生と会うメリットなんて僕からしたらもうないですよ。もう、いろんな人間と会うべきじゃないですか、子供なんて。
樋口さんが「田川のスナックとかにも」と合いの手を入れると、深井さんは田川のヤンキーにもハーバード大の学生にも、アフリカの貧困層にもアメリカの大富豪にも会ったほうがいいと畳みかけます。
深井さんの根拠は、今の人間は同じ村で固まって生きているわけではなく、これから先いろんな人と働く可能性があることです。深井さんはこの状況を、幕府が倒れる幕末のような「システムの限界」だと重ねます。
価値が出なくても、生きていればいい
樋口さんは、こうした変化の中で生き抜くのは難しいのではないかと問いかけます。深井さんの答えは「生き抜くの実は超簡単なんですよ。ご飯あるから、俺ら」というものでした。
樋口さんが言いたかったのは、稼ぐことやいい結婚相手を見つけることが難しくなるという話です。インターネットで林修 ── 予備校講師・タレント。現代文の講師として「いつやるか?今でしょ!」のフレーズで知られます先生のような一流の講師の授業を誰もが受けられるようになると、これまで地元の学校で機能していた先生は勝てなくなります。
まず価値の出し方を変えないといけないというか、この中だけで価値が出てたものが、全員が全員を選べるようになってくると、価値が出なくなる人が出てくる。
樋口さんは、自分の価値を再定義したり、能力やリソースを変えたりできる人でないと「結構そもそもやばい」と考えています。そこへ楊さんが別の角度から言葉を挟みます。
それも含めてその価値が出なくても生きてればいいんだよっていう人たちも出てくるので、それがコテンラジオとか(の)役割なのかなと思いますね。
深井さんは、歴史を学ぶとそういう人たちがたくさんいると続けます。たとえば、かつて貴族だったのに貴族として生きていけなくなった人です。
深井さんは、幸せを測る複数の尺度を持つことが大切だと話します。世界にはコントロールできないことがあるからです。
「手遅れ」と決めてしまう人をどう救うか
樋口さんは、自分ではなく「他の人」が価値を再定義するのはとても難しいと感じています。それができずに自殺してしまう人もいるのではないか、と樋口さんは言います。深井さんは、自殺の場合はできるかどうかより、前編で話した脳の炎症状態のような状況にいる人だろうと答えます。
樋口さんは、生活保護があり、コンビニの残飯を食べれば死なないことは分かっていると言います。ただ、そこにたどり着くこと自体が難しい時代が続いてきました。樋口さんがそれに気づけたのは、自分も楊さんも深井さんも、早めに社会からドロップアウトしたからだと考えています。
例えばフカイさん、前職サラリーマンやってたじゃないですか。頑張って辞めずに頑張れてたら、なんかこう、そこ(生きていけること)って気づけてないような気がしてて。
深井さんは、頑張れているのはその組織にいる才能があるということで、それも1つの幸福だと受け止めます。そのうえで、頑張れなくなった瞬間に外へ出るのが適切なタイミングなのだと話します。
樋口さんが気にかけているのは、そこで「手遅れ」だと自分で決めてしまう人がたくさんいることです。55歳や60歳で子どももいてリストラされた人を例に、樋口さんは本当は手遅れではないと伝えていきたいと語ります。
真理追究の深井さん、衆生救済の樋口さん
「どうしたらいいんでしょうね」と考え込む樋口さんを見て、深井さんは2人の視点の違いに気づきます。
樋口さんの視点は常に、本当に大乗仏教者の衆生救済ですね。
(僕の視点は)真理追求に置かれてるから。樋口さんは常に、他の人はそれができなさそうだからどうすればいいんだろうって考えてるよね。
深井さんは「本当はこういう構造になっている」という話をし、樋口さんは「できない人をどう救うか」を考えていた、という対比です。樋口さんはすかさず「最澄と空海じゃないですか」と返し、楊さんも「決裂するしかない」と笑います。
樋口さんが「ヤンヤンさん、僕の弟子になってください」と言うと深井さんが奪い返そうとし、楊さんは奪い合われて嬉しいと答えます。弟子をめぐって溝が深まったという2人の逸話に重ねた掛け合いです。
本当は社会がこういう構造になっている、という話をする
他の人はそれができなさそうだから、どうすればいいかを考える
執着を手放せば、給料が下がってもいい
深井さんは、他の人がそうした視点を持つためには、リベラルアーツと歴史の勉強が大切だと話します。本人が勉強する気にならなくても、何らかの形で機会を提供することが大事だという考えです。
結局ね、今自分が持ってるものを、仏教じゃないですけど、どれだけ執着捨てれるかだと思うんですよね。
給料が超下がっていいんだったら、みんな何だってできるわけ。本当は。でも(給料が)下がったら絶対にダメだって思ってるじゃん。
樋口さんは「むちゃくちゃ下がりましたよ、俺とか」と応じ、深井さんも独立した直後は生きていけなかったと振り返ります。深井さんは今でも年収を下げる覚悟があるといいます。
深井さんによれば、持っているものを手放せる精神状態でいるには、社会を多角的に見ていないといけません。年収が下がったら人としてクズだと思っている人には、下げることができないからです。
樋口さんは、年収が下がってもとても魅力的な人に出会うことが鍵になると考えます。実際に実行している人を目の前にすると「自分もできるかもしれない」と思えるので、樋口さんはこれをマッチングの問題だと捉えています。
深井さんは、価値観をヒエラルキー構造だけで見ていると捨てられなくなると指摘します。日本もアメリカも上下の価値観がありますが、それだけしか持っていないと、上にいる状態を手放せません。
低いレベルで生きる練習をする樋口さん
樋口さんは、すでに捨てた人を見るだけでなく、自分で捨ててみる努力もしたほうがいいと話します。樋口さんは施設内の「独房」と呼ぶ部屋に住んでいます。
深井さんは「宗教の修行的概念に近い」と笑いますが、樋口さんの狙いは自分を痛めつけることではありません。
どこまで自分が低いレベルで生きていけるか知っておきたいっていうのがあるんですよ。
2日に1回しか飯食えずにエアコンついてない部屋で生きれるってなったら、年収ここまで落とせるなって感覚的にわかるんです。それを知ると結構ビビらずにガッっていけるっていう。
樋口さんは実際に、寝る部屋にエアコンがないまま一夏を越えたといいます。最低ラインを体で知っておくことが、挑戦への怖さを減らしているという話です。
試す
エアコンのない部屋で一夏過ごし、食事を減らしてみる
知る
この生活でも生きられると感覚でわかる
見積もる
年収をここまで落とせると判断できる
踏み出す
ビビらずに思い切って動ける
月2万5千円で住める「いいかねPalette」
深井さんは、樋口さんが運営する田川の施設「いいかねPalette」こそ、こうした生き方を体現した場所だと話します。生き方に迷っている人なら、月2万5千円で住めるといいます。
樋口さん自身も、今はもらったものだけで食べていたりするそうです。深井さんは、樋口さんや青柳さんと一緒に暮らせば絶対に元気になると太鼓判を押します。
絶対元気になれる。これも保証しますけど、絶対元気になれるんで、もし元気がなくて困ってる人いたら(いいかねPaletteに)行ったらいいと思います。
深井さんは、外観は古くボロボロの学校の建物でも、中に入ると素敵な世界があると描写します。「本当に大切なものってこれなのかな」と分かりやすく分かる施設だというのが深井さんの評価です。
樋口さんも「マジでほんと悩んでる人来て僕らと話してほしい」と応え、青柳さんの話を聞けば自殺したくなくなると思うと続けます。
エリートではない青柳さんが、なぜこんなに魅力的なのか
深井さんは、不謹慎かもしれないと前置きしつつ、青柳さんへの思いを語ります。深井さんは社会の超エリートとも仕事をしていますが、青柳さんは世間一般で言うエリートではありません。
その青柳さんが僕から見てめちゃくちゃすごい人なんですよ。
深井さんにとって面白いのは、社会的背景のある人や、仕事で経験を積んできた素敵な人たちと同じか、それ以上に、青柳さんが人として魅力的だという現象です。
全然俺より人の見る目があって、めちゃくちゃ深く考えてて、超愛情に溢れててみたいな。
青柳さんは社会で大切とされるステータスを持たず、年収が低くても幸せそうに生きています。樋口さんは自分の会社の社員なので「謝るしかない」と恐縮しますが、深井さんは本人が全く気にしていないと強調します。
年収やステータスが下がると人としてダメだと思い、手放せない
ステータスがなくても幸せに生きる人を目の前で見て、手放しやすくなる
社会不適合者でも幸せに生きる人たちの巣窟
深井さんは「今日の結論は、いいかねPaletteに住んでみればいい」と言い切ります。深井さんによると、いいかねPaletteは、出演者3人も含め、社会不適合者でも幸せに生きている人たちの巣窟です。
深井さんは、エッグ矢沢さんやささやんの名前も挙げ、みんなステータスは持っていないけれど底抜けにいい人だと話します。サラリーマン時代には、普通にリスペクトできる人がなかなかいなかったそうです。
日本のクッソ田舎の地方の、なんかステータスないところで生きてるっていう現象を見るだけで、あ、そういうのって持ってなくてもこんな幸せになれるんだっていうのを分かりやすくわかるんじゃないですかね。
深井さんは、この光景を見れば、さっき話した「捨てるのが難しい人」も捨てやすくなるのではないかと考えます。樋口さんも、過酷な環境でわいわいやっている姿は勇気が出ると思うと応じます。
樋口さん自身の状況はかなり過酷です。借金を抱え、食事を抜き、禁煙中で、家庭を抱え、毎日ブログを書き、ポッドキャストを10本ほど持ち、休みもないといいます。
多分20代前半の人がバーンって明日俺と角でぶつかって状況入れ替わったら、即死ぬんじゃないかって思ってるんです。
それでも樋口さんは、少しずつこうなってきたので慣れている、受け入れている感覚だと話します。
結論、メンタルケアは「いいかねPaletteに行く」
深井さんは、COTENのメンバーと同じく、樋口さんの会社のメンバーも自信を持って紹介できると話します。他の人が惑わされるトラップにかからず、人生で純粋に大切なことだけを選んで生きている感じがするからです。
樋口さんは、まさにそれを作りたくてやっていると喜びます。樋口さんの会社の理念は、一言で言えば「自由な世界を作る」です。
深井さんは、コテンラジオのリスナーで自主的にいいかねPaletteを訪れる人が増えていると触れ、2週間以上は滞在して、特に夜中に青柳さんと話すことを勧めます。
田川は少し遠いものの、日本のどこからでも1日で行けて、その価値は絶対にあると深井さんは語ります。リモートワークもできると添えて、後編は締めくくられます。
まとめ
後編は、義務教育や民主主義が限界を迎えているという深井さんの見立てから始まり、価値が出なくなる不安、執着を手放すことの大切さへと進みました。最後は、ステータスがなくても幸せに生きる人に実際に会える場所として、いいかねPaletteがメンタルケアの結論として示されました。
- 深井さんは、学校が道徳教育と受験勉強のどちらにも応えにくくなった状況を、社会が脱皮しようとしている「システムの限界」と捉えています
- ある瞬間に不幸に見える人生でも本当に不幸とは限らず、幸せを測る複数の尺度を持つことが大切だと語られました
- 給料やステータスへの執着を手放せれば、人は何でもできるという考えが示されました
- 樋口さんは最低ラインの生活を自分で試し、どこまで落とせるかを体で知ることで、怖がらずに動けるようにしています
- ステータスがなくても幸せに生きる人を目の前で見ることが価値観を変えるとして、いいかねPaletteへの滞在が勧められました




