チルドレンホームから見えた「心」の課題
物語の起点は、首都ダッカバングラデシュの首都。人口密集の大都市で、路上生活の子どもも多い。にある小さなチルドレンホームでした。最初は6人だった子どもたちは、やがて11人、18人、23人と増え、アカデミー建設前には50人以上に。8世帯分の家を借りて運営するほどになったといいます。
子どもたちは共同生活を通じて優しさを身につけ、2年後には一般の学校に通い始めます。渡辺さんは「路上のガキ」といじめられて泣いて帰ってくるだろうと覚悟していました。ところが、帰ってきた子どもたちは口々に「兄ちゃん、学級委員になった」と言うのです。物怖じしない性格と、失うものがない強さ。それが逆に一目置かれる理由になっていました。
一年生も二年生も三年生も、みんな学級委員になって帰ってきたんですよ。
学業が身につく手応えを感じる一方で、渡辺さんは別の課題に気づきます。次世代に向き合うために本当に大事な「心」は、競争社会のダッカの狭い路地では育たないのではないか。他者への慈しみや自然の偉大さを学ぶには、大自然の中で五感を研ぎ澄ませる実体験型の学校が必要だと考えるようになったのです。
農業で映画を作り、映画で土地を買う
大自然の中の学校も、社会に問いかける映画も作りたい。しかし資金は一円もありません。毎月ギリギリで運営を回している状態でした。そこで出した答えが「農業をやろう」という決断でした。ダッカから約200キロ離れた場所に、11エーカー(約4ヘクタール、およそ4万平方メートル)の土地を借りたのです。
農業
ジャガイモ、ジュート、イチゴ、ヤギを栽培・飼育し、収益を得る
映画制作
作物を売っては1日撮影、と3年かけて完成させる
土地購入
映画の収益(約300万円)で学校用地を購入
やり方は文字通りの自転車操業でした。300グラムほどの大きなジャガイモが取れたら収穫して売り、そのお金で1日撮影。ジュートを売れば2日、ヤギを10頭売れば数日ぶんの撮影。全体で18日ほどの撮影を、3年かけて少しずつ進めていったのです。
不作だったからこのシーンはカット、みたいな。
3年の撮影中には、子役の子が成長して顔が変わってしまうという問題も。影を使って角度を工夫し、3年前と同じ顔に見えるようにして乗り切りました。完成した映画はバングラデシュと日本で上映され、約300万円の収益に。そのお金で土地を探すと、都市から離れるほど同じ予算で広い土地が買えたため、最終的にインドとの国境近くまで行き着き、一番安く買えた広大な土地を購入したのです。
四十分で八倍になった支援
土地は手に入ったものの、建物を建てるお金はありません。それでも渡辺さんは、お菓子の匂いが流れ、牛の鳴き声が聞こえ、子どもが池に飛び込む──そんな学校の情景を鮮明にイメージし続けていました。そのビジョンを持って、いろいろな人と話をしていったのです。
転機は、エクマットラを始めて1年後に知り合った、ある銀行系財団の会長との再会でした。最初の出会いでは、1周年イベントのために「5万円ください」と頼み、「もっと欲しがれよ」と言われた相手です。それから約10年、建設の設計図を見せながら支援を相談すると、会長の反応が劇的に変わっていきます。
「一棟300万円出す」と言った会長は、話すうちにどんどん熱くなり、「全部でいくらかかるんだ」と質問。「2,750万円」と答えると、エンジニアを呼んで「2,400万でいけるだろ」と確認し、その場で全額の支援を決めてしまったのです。実に8倍。
ビルの中では叫べないので、交差点まで行って二人で「やった!」って。
会長自身、決して裕福な家庭の出ではなく、機械1〜2台の小さな肌着工場から銀行を作るまでになった人物でした。10年間、地道に活動を続け、映画を作り、土地まで自分たちで購入した──その積み重ねを見続けてくれていたからこその決断だったといいます。
八年かかった学校建設と地獄の日々
2010年に起工式。予算の85〜90%が確保できていたため、2011〜2012年には完成する予定でした。しかし、ここから「地獄の日々」が始まります。建設業者に支払っても、進んだ仕事以上のお金を要求されるようになったのです。
原因は、業者が渡辺さんの払ったお金で別の工事をこなす自転車操業でした。遅れれば遅れるほど管理費がかさみ、資材も高騰していきます。業者は3回も変わり、基礎工事が終わった後は新しい業者もなかなか入ってきません。
当初予算 2,750万円
最終的に 5,500万円(約2倍)
お金を入れても残額が減らないどころか、管理費で逆に増えていく状態でした。100万円入れても3ヶ月後には残高が増えている。「これは一生オープンできない」と、楽観的な渡辺さんも2014〜2016年頃には精神的に追い詰められます。周囲から「いつオープンするの?」と聞かれ続け、「今年には」と言い続ける“狼中年”になっていたと振り返ります。
最後の1,000万円を、渡辺さんはこれまで積極的に頼んでこなかった日本の人々へのクラウドファンディングで募りました。「人生をかけてお願いさせてください」と。目標360万円は1日半で達成。第2ゴール610万円も約10日で、最終ゴールの1,100万円も45日間で集まりました。500人以上、なかには30万円や10万円を出してくれる人もいたといいます。
この呼びかけを支えたのが、2009年・2011年から日本各地で行ってきた映画の上映活動でした。何千人もが映画を見て、学校建設の思いを知っていたのです。まさに、農業で作った映画が、めぐりめぐって建設資金の後押しになった「わらしべ長者」のような展開でした。
子どもたちには途中経過を一切見せませんでした。「ディズニーランドに初めて行ったような感動」を与えたかったからです。完成した学校を見た子どもたちは「これ俺たちの家?」と大喜び。ただ8年の歳月で、待ちきれずに卒業してしまった年長の子もいたと、渡辺さんは少し申し訳なさそうに語ります。
生まれた「心のエリート」と世代の連鎖
アカデミーのカリキュラムは、2年生まで施設内で「学び方の基礎」を教え、3年生から一般の学校に通う仕組みです。メインストリームの子どもたちと交わることで、疎外感を持たせないためです。当初は校長が難色を示しましたが、送り出してみると、思わぬ現象が起きました。
学業でも歌や踊り、絵でも、学年のトップ3をアカデミーの子が独占し、郡のサッカー代表もアカデミーの子で占められる。格差を縮めるための施設が、逆に地域の農村の子より恵まれる「逆格差」を生んでしまったのです。そこで今後は増築し、地域の子も通える学校として一般開放する計画が進んでいます。
クラウドファンディング当時は「大変なので支援してください」という頼み方でした。しかし数年かけて、渡辺さんは胸を張って言えるようになったといいます。この学校から、本物の「心のエリート」が生まれてきたからです。
その象徴が卒業生たちです。ディプという子は「兄ちゃん、大学を首席で卒業しました」と報告に来ました。修士を終えれば大学から講師の依頼も来ており、いずれ教授への道も見えています。ストリートからプロフェッサーへ──痛快なギャップです。
学歴だけが正解ではありません。8年生まで学んで技術を身につける子、小さなビジネスや食堂を始める子──多様な出方が歓迎されています。そして最近、卒業生たちが主体となって「エクマットラ・ユースフォーラム」を結成しました。就職・自立した20代後半の卒業生たちが、自分たちの経験で次世代の子どもたちに返していく活動です。世代がつながり始めています。
まだまだ路上に子どもが何万人もいて、そこに返していきたいって思ってくれるのは、すごくありがたいですね。
かわいそうな子どもではない、という視点
収録の終盤、深井さんが繰り返し強調したのは「かわいそうな子どもではなかった」という点でした。ストリートチルドレンも、アカデミーの子たちも、決してかわいそうな存在ではない。むしろ日本の多くの子どもより幸福度が高いかもしれない、と“敗北感”すら覚えたといいます。
ストリートチルドレン=かわいそうな人。上の立場から救ってあげる対象
可能性の塊。チャンスを生かせば面白いことができる、対等な存在
渡辺さんは、支援者から言われた言葉を紹介します。「渡辺くん、感謝ってあべこべだよ。こんなに面白い人間が生み出される瞬間に立ち会わせてもらって、感謝するのはこっちだ」と。支援する側・される側という関係は、実は固定されたものではなく、一瞬一瞬で入れ替わるのだと、樋口さんも別番組の議論を引きながら語ります。
子どもたちが何を感じ取るかは分からない、と渡辺さんは言います。大きなパフォーマンスより、「あの人がトイレに行くときに花をそっと撫でていった」といったふとした振る舞いを、子どもたちはよく見ている。その積み重ねが心を育てる、と。無力感を語る深井さんに、渡辺さんはそう伝えました。
回の最後には告知も。マンスリーサポーターの募集、現地を訪ねるツアー、新作映画「埃まみれの子供たち」への協力、そして渡辺さんの妻・マエさんが手がける女性のハンドクラフト事業(尊厳を取り戻す取り組み)の販路づくりなど、関われる形はさまざまだと呼びかけられました。マエさんの活動については、来年あらためて本人がゲストで登場する予定です。
まとめ
資金ゼロから、農業で映画を作り、映画で土地を買い、10年見守ってくれた支援者と500人のクラウドファンディングで学校を建てる。8年の建設の末に完成したアカデミーは、大学を首席で卒業する「心のエリート」を生み出し、その卒業生がまた次世代へ手を差し伸べる循環を作り始めています。
底流にあるのは「かわいそうな子を助ける」ではなく「可能性の塊と一緒に進む」という視点の転換です。支援する側とされる側の関係は固定されておらず、むしろ学ばせてもらっている──その捉え方こそが、この物語を痛快な逆転劇にしているのかもしれません。
- 渡辺さんは資金ゼロから、農業→映画→土地購入という自転車操業で学校建設への道を切り開いた
- 10年見守った銀行系財団の会長が、40分間の会話で支援額を300万円から2,400万円へと8倍に引き上げた
- 建設は業者トラブルで予算が倍増し、最終的にクラウドファンディングと8年の歳月を経て2018年に完成
- アカデミーからは大学首席の卒業生が生まれ、彼らが次世代を支える「心のエリート」の循環が始まっている
- 「かわいそうな子を助ける」ではなく「可能性の塊と対等に進む」という視点が、この取り組みの核心にある
