後進国ヨーロッパは、なぜ海へ出たのか?
前回のネイティブアメリカンの歴史に続き、今回のテーマは「なぜヨーロッパ人が新大陸に行く必要があったのか」です。深井さんはまず、当時のヨーロッパが航海技術の面では後進国だったという前提から話を始めます。
深井さんによると、中世から15世紀ごろの航海技術は中国のほうが圧倒的に進んでいました。鄭和 ── 明の時代の武将。15世紀初頭に大艦隊を率いて東南アジアからインド洋、アフリカ東岸まで計7回の遠征を行いましたの大艦隊に比べれば、コロンブスの船隊は船も数もずっと小さく、羅針盤も中国の発明だったといいます。
船もちっちゃいし、船の数もちっちゃいしみたいな感じで、全然レベルが違ってて。
それでもヨーロッパが遠洋に出た背景には、イスラム教国の進出がありました。イスラム諸国がイベリア半島まで進出し、アジアとの間にも立ちはだかっていたため、ヨーロッパはアジアの物産をイスラム教国を通してしか手に入れられなくなっていきます。
キリスト教国のヨーロッパはイスラムを追い出したいものの、単独で戦う力は乏しくなっていました。そこで期待をかけたのが、アフリカのどこかにあると信じられていた「プレスタージョン」が治めるキリスト教国の伝説です。
深井さんの説明では、この伝説は十字軍時代の話が再浮上したものでした。アフリカ側の強いキリスト教国と組めば、イベリア半島のイスラムを上下から挟み撃ちにできると考えられたわけです。
イスラムの進出
イベリア半島やアジアとの間にイスラム教国が広がる
交易と軍事の行き詰まり
アジアの物産はイスラム経由でしか手に入らず、単独で追い出す力もない
プレスタージョン伝説
アフリカに強いキリスト教国があると信じられる
探索の航海
挟み撃ちの相手を探して、アフリカの裏へ回ろうとする
樋口さんは「ゲームみたいなストーリー」と反応しますが、深井さんによればプレスタージョンは実在しませんでした。エチオピアがそれにあたるという説はあるものの、ヨーロッパ人が想定したような王も国もなかったといいます。
プレスタージョンはいなかったんだけど、そのいろんなものを発見したっていうのがこの大航海時代なんですけど。
滝壺に落ちる海を進む、命懸けの冒険
楊さんは、大航海時代の背景にはイスラムへの危機感の強さがあったと補足します。深井さんはその危機感の大きさを伝えるために、当時のヨーロッパ人が地球を丸いと知らなかったことを挙げます。
深井さんによると、地球が丸いことは古代にわかっていたのに、中世にはキリスト教の概念で世界を理解するようになり、かえって宗教的な世界観になっていました。大西洋を西に進むと滝壺に落ちる、南へ行くと海が煮えたぎって焼かれ死ぬ、と考えられていたといいます。
ほんとワンピースの世界みたいな感じで、怪物がいて、海に怪物がいて、二度と帰ってこれないとか、そういうことを思ってる。
深井さんは、大航海とは単に遠いだけでなく、何があるかわからない場所へ命を捨てる覚悟で進む行為だったと話します。そこまでのエネルギーが生まれたのは、イスラム教国の圧迫があって初めて成り立つことだったという見立てです。
この冒険に最初に挑んだのはポルトガルでした。エンリケ航海王子 ── 15世紀ポルトガルの王子。自らは航海に出なかったものの、アフリカ西岸の探検事業を支援し、大航海時代の先駆けとされる人物ですがプレスタージョン探索に投資し、やがてアフリカ大陸最南端の喜望峰 ── 南アフリカ共和国の南西端にある岬。インド航路開拓の重要な通過点となり、ヨーロッパからアジアへの海路を開くきっかけになりましたに到達します。
深井さんによると、喜望峰は航海者にとっては絶望的に厳しい場所で、最初は不吉な名前が付けられていました。それを「希望に満ちた発見だ」と改めたのは、後に続く人がいなくなるのを避けるためだったと語られます。樋口さんはこれを福岡の「親不孝通り」になぞらえて笑いを誘いました。
コロンブスはどこに着いたと思っていたのか?
ポルトガルの次にスペインも航海に乗り出し、そこで登場するのがコロンブスです。深井さんは、ジェノバ出身のコロンブスはスペイン王室の支援を受けており、本来の名前は「クリストバル・コロン」で、コロンブスは別の言語での読み方だと説明します。
コロンブスが根拠にしたのは、イタリアの天文学者トスカネリの説でした。地球は丸く、西回りで進めばアジアに最短で着けるというものです。
樋口さんは即座に「間違ってますね」と指摘します。深井さんも誤りだと認めつつ、当時はアメリカ大陸が知られていなかったため、反対側にそのままアジアがあると考えられていたと説明します。
コロンブスはアメリカ大陸を一応発見するんだけれども、彼は死ぬまでこれがアメリカ大陸だと思っていなかったと言われてる。
コロンブスはそこをアジア、つまりインドだと思っていたため、現地の人々を「インディアン」と呼びました。樋口さんは、コロンブスが厳密には島にたどり着いただけで、大陸には到達していないと補足しています。
新大陸だと初めて気づいたのは、その後に登場するアメリゴ・ヴェスプッチでした。彼の名を取った地図上の名前が広まり、「アメリカ大陸」という呼び名が定着したといいます。
トスカネリの説
西回りでアジアに最短で着けると唱える
コロンブスの航海
島に到達するが、死ぬまでアジアだと思い「インディアン」と呼ぶ
ヴェスプッチの発見
未到達の大陸だと初めて気づく
地図への命名
ヴェスプッチの名から「アメリカ」と記され、呼び名が広まる
深井さんによれば、この時点では北アメリカと南アメリカに分かれていることもまだわかっていませんでした。スペインはいち早く南アメリカに到達し、アステカとインカを滅ぼして「ヌエバ・エスパニャ」を形成します。現地の人々を奴隷として金山や銀山を掘らせ、スペインは一時的に世界一の国になったと語られます。
死にまくりますね。病原菌でも死にますし、その感染症でも死ぬし、国も滅ぼしていくと。
ニューヨークの前身は「ニューネーデルランド」?
スペインが大儲けしたことで、ヨーロッパ中が「俺も俺も」と新大陸に進出していきます。深井さんは、フランスやイギリスはその中では出遅れた組だったと説明します。
フランスは1524年に北米沿岸を航海し、現在のカナダのセントローレンス周辺を探検して「ヌーベルフランス」と名付けました。これがのちのカナダにつながります。さらに五大湖からミシシッピ川流域、ルイジアナ周辺まで探検し、広い範囲の領有を宣言しました。探検したのはラサールで、深井さんは日本のラサール高校の名前もここから来ているのでは、と推測まじりに話します。
深井さんによると、フランスはネイティブアメリカンへの殺戮や略奪をあまり行わず、ひたすらビーバーの毛皮を買っていました。毛皮を取って売ってもらうほうが都合がよかったからで、楊さんの言うように植民地化はあまり進まず、住み着く人も少なかったといいます。
オランダは、イギリス人のヘンリー・ハドソンの探検のスポンサーとなり、ハドソン川流域に「ニューネーデルランド」を作りました。これが現在のニューヨークで、のちにイギリスが奪って改名したと語られます。スウェーデンもデラウェア川流域に「ニュースウェーデン」を建設しました。
| 国 | 拠点・地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| スペイン | 南アメリカ(ヌエバ・エスパニャ) | アステカ・インカを征服し金銀を採掘 |
| フランス | カナダ(ヌーベルフランス)、ミシシッピ川流域 | ビーバーの毛皮を買い、植民はあまり進めない |
| オランダ | ハドソン川流域(ニューネーデルランド) | のちにイギリスが奪いニューヨークに改名 |
| スウェーデン | デラウェア川流域(ニュースウェーデン) | ニュースウェーデンを建設 |
樋口さんが「また出たニュー」と笑うように、各国は自分たちの名前に「ニュー」を付けて地域を名乗っていきました。深井さんは、今はカナダ・アメリカ・メキシコになっている地域に、いろいろな国がそれぞれ植民地を作り、それが後に統合され塗り替えられていったとまとめます。
線を引けてないレベルなんだけど、もうこの川からこっちが俺らみたいな。
出遅れたイギリス、悲惨すぎる船旅
そうした中で、イギリスの植民地づくりは大きく出遅れて始まります。深井さんによると、イギリスもスペインにならって一山当てたかっただけで、当初はアメリカに永住するつもりはなく、金銀財宝や香辛料が目的でした。
国が豊かになる一番手っ取り早い方法は、当時はもう略奪と征服だったもんね。
ただ、北アメリカには金がほとんどなかったため、状況はこの後大きく変わっていきます。深井さんは、残された航海の記録を読むと、船の中も到着後も想像の何十倍も悲惨だったと話します。
深井さんが挙げる船旅の様子は具体的です。来る日も来る日も虫の湧いたビスケットや塩漬けの豚肉、チーズ、オートミールを食べ、食料や農耕器具、武器を積んだ狭い空間で何か月も過ごさなければなりませんでした。
家畜乗せてるんで、家畜の糞尿とその風呂入ってない男の匂いで狭い空間みたいな。
楊さんは「伝染病なるわ」と反応し、さらに新大陸へ渡ったのは身分の高い人ではなく、本国からはじかれた人が多かったと指摘します。深井さんも、夢を追う人もいれば、半分奴隷のような「奉公人」として出稼ぎ感覚で行く人もいたと説明します。
楊さんは借金を抱えた人も挙げ、本国イギリスでこれ以上の社会的地位の向上が難しい人々が目立っていたと話します。深井さんは、そういう人ばかりではないとしつつ、リスクを冒さなければならない人たちだったのは間違いないとまとめています。
消えた75人と、半数が死んだジェームズタウン
イギリス最初の植民地は、ロアノーク島への植民から始まります。当時の女王エリザベス1世が「処女王」と呼ばれていたことから、この一帯は「バージニア」と名付けられました。
深井さんによると、1584年ごろから複数回の探検が行われ、75人を残して一度帰国します。しかしその間にスペインの無敵艦隊 ── 16世紀後半のスペイン海軍の大艦隊。1588年にイギリス侵攻を試みましたが、イギリス艦隊との戦いや嵐によって大きな損害を受けましたと戦うことになり、数年後に戻ると75人は一人も残っていませんでした。
移動したのか、ぶっ殺されたのか、餓死したのかわかんないですもんね。
1607年、王はジェームズ1世に代わっており、探検家ゴズノールドのスポンサーとなって植民地建設を再開させます。ロンドンの投資家から資金を集めたバージニア会社が設立され、深井さんと楊さんは、番組のお金の歴史編で扱った株式会社の成り立ちとつながると盛り上がります。
男性ばかり105人の一行は、全員が消えたロアノークを不吉だとして少し北に植民し、そこを「ジェームズタウン」と名付けました。ところが金銀はほとんど見つからず、半年余りで餓死やマラリアによって半数が亡くなります。
深井さんによれば、その後3分の2が死ぬところまで人数は減っていきました。この時点ですでに、ネイティブアメリカンから食料をもらって助けられながら略奪もしていたといいます。楊さんは、黒人奴隷も20名ほど初めて連れて行かれたと補足しています。
ジェームズタウン周辺にはネイティブアメリカンのポーハタン族がいて、餓死寸前の植民地にトウモロコシを善意で援助しました。しかしゴズノールド隊は、助けてくれたポーハタン族に対して略奪や殺戮、誘拐を始めてしまいます。さらに500人の追加植民が送られますが、冬を越せずに60人まで減少しました。
確かにね、月に行ったと思えばね、ムズいよね。
深井さんは、農業の知見を持たない人が行ってしまい、自分が死ぬから奪わざるを得ないという感覚があったのだろうと推測しています。
ポカホンタスの美談、その裏側
ゴズノールドは最初の3か月で亡くなり、ジョン・スミスがリーダーになります。深井さんは、日本でいえば「鈴木太郎」のような名前だと笑いを交えつつ、ここでディズニーアニメにもなったネイティブアメリカンの女性、ポカホンタスが登場すると紹介します。
よく知られる話では、略奪を続けたジョン・スミスがネイティブアメリカンの反撃で殺されかけた時、ポカホンタスが助けたとされています。深井さんはこの美談について、多分作り話だと述べます。
深井さんによると、実際にはイギリス側がポカホンタスを人質にし、首長である父と取引して食料を受け取ったうえで、娘を返しませんでした。ポカホンタスはイギリス人と結婚させられ、タバコ栽培の知識を伝えることになります。
ポカホンタスはロンドンに送られて「インディアンプリンセス」ともてはやされましたが、感染症にかかり22歳で亡くなったと語られます。父のもとに一度も返されず、本人には「お父さんはお前を捨てた」と伝えられていたといいます。
ポカホンタスって、今のアメリカの歴史の文脈の中では、ネイティブアメリカンと白人との融合のなんか対象として祭り上げられて。
樋口さんは、アメリカの教科書では書いてあってもものによってはぼかされていると話します。深井さんも、象徴として祭り上げられている一方で、本当はかなりひどいことをしていたと強調しています。
タバコが北米を起業家の大地に変えた
ポカホンタスからタバコの技術を学んだことで、ジェームズタウンはようやく生計を立てられるようになります。深井さんは、最初は産業がなく自給自足すらできなかったため、略奪に頼るしかなかったと説明します。
深井さんによると、タバコはニコチンに依存性があるため世界でよく売れ、輸出と引き換えにさまざまなものを輸入できるようになりました。樋口さんは、自分が吸っていたアメリカンスピリットのパッケージにもネイティブアメリカンが描かれていると話します。
深井さんはここで、ポーハタン族の名前がペリー艦隊の船にも付けられ、吉田松陰が乗り込んだのがその「ポーハタン号」だったという意外なつながりを紹介します。樋口さんは「まさかこの回で吉田松陰が出てくるとは」と驚いていました。
タバコ農園ができたことで、初めて女性が植民地に連れてこられ、子どもが生まれて継続性が生まれます。深井さんは、ここから13植民地が一気に形成されていくと次回につなげます。
樋口さんが「人が住むには産業が重要」とまとめると、深井さんは、イギリスから来た人々は狩猟採集の生活に戻れないため、早く産業を持つ必要があったと補足します。
深井さんはさらに、この苦境が今のアメリカを形作ったと話します。金山や銀山があったラテンアメリカは略奪の対象となる一方、何もない北アメリカでは、起業家にならざるを得なかったというのです。
金山・銀山があり、スペインやポルトガルは奪うだけで付加価値を作らなかった
金銀がなく、入植者は自分たちで付加価値を作る起業家にならざるを得なかった
深井さんによると、独立戦争を率先して起こしたのも、自分たちが苦労して築いたのにイギリスに植民地として扱われることに反発した人々でした。苦境から始まったことが、アメリカの独立にまでつながっていくという見立てで、この回は締めくくられます。
まとめ
大航海時代は、イスラムの圧迫と伝説のプレスタージョン探しから始まり、コロンブスの勘違いを経て新大陸の発見につながりました。各国が「ニュー〇〇」を掲げて植民する中、出遅れたイギリスは悲惨な苦境を経験し、ポカホンタスから得たタバコによってようやく自立します。その苦境こそが、起業家精神と独立につながるアメリカの原点だったと語られました。
- 大航海時代の出発点は、イスラム教国の圧迫とプレスタージョン伝説だった
- コロンブスは到達地をアジアだと思い込み、アメリカの名はアメリゴ・ヴェスプッチに由来する
- スペイン、フランス、オランダ、スウェーデンなど多くの国が新大陸に植民地を築いた
- イギリス最初の植民地ジェームズタウンは飢餓と病で大半が死に、ネイティブアメリカンからの略奪も行った
- タバコ産業によって自立した北米は、苦境ゆえに起業家精神を育み、独立へと向かっていく





