1万4000年前からアメリカ大陸にいた人々とは?
アメリカ開拓史編の本編は、アメリカという国ができる前の時代から始まります。深井さんは、ヨーロッパ人で最初にアメリカ大陸に来たのはコロンブスより前のバイキング ── 8〜11世紀ごろにスカンディナビア半島などから海を渡って交易や略奪をした人々。ノルマン人とも呼ばれますではないかと言われていると紹介します。
バイキングはこの大陸をヴィンランドと名付けたとも言われます。ただ、ネイティブアメリカンはそれよりはるか昔、1万4000年前ぐらいからアメリカ大陸にいたのではないかと考えられています。
深井さんによると、ネイティブアメリカンの祖先はユーラシア大陸から渡ってきました。ロシアとアラスカの間のベーリング海峡 ── ユーラシア大陸と北アメリカ大陸を隔てる海峡。氷期には海面が下がり、陸続きになっていたと考えられていますがかつて陸続きだった時代に、歩いて大陸へ渡ったと言われています。
ネイティブアメリカンは、大陸の北の端から南の端へ、約1000年かけて移動していったことになります。深井さんによると、人口は南米のほうが多く、南米にはアステカ帝国やインカ帝国のような大きな国がありました。
一方で北米には、アステカやインカのような大国はなかったと言われています。北米のネイティブアメリカンは農業もしていましたが、狩猟採集の要素も強く、部族単位で暮らしていました。
北米の部族では、指導者を世襲で決めない部族が多く、個人の能力で選ぶことがよくあったそうです。ただしカリフォルニアのあたりの部族は世襲だったといいます。
馬もトマホークもなかった? 映画のイメージとの違い
ネイティブアメリカンと聞くと、馬に乗って狩りをする姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。樋口さんも、映画の『インディ・ジョーンズ』のようなイメージがあると話します。
まず(ネイティブアメリカンは)馬に乗ってないんだよね。
深井さんによると、アメリカ大陸に馬を連れてきたのはヨーロッパ人で、もともと大陸には馬がいませんでした。ネイティブアメリカンが馬に乗って狩りを始めるのは、だいたい18世紀からだといいます。
投げ斧として知られるトマホークも同じです。ネイティブアメリカンはもともと鉄を持っていなかったので、鉄のトマホークは持っていませんでした。
逆に、銃は普通に使っていたそうです。深井さんは、弓の腕は彼らのほうが上で、昔の銃は性能も高くなかったと補足しつつ、アメリカ人との戦争でも銃を使っていたと話します。
| よくあるイメージ | 実際 | 補足 |
|---|---|---|
| 馬に乗って狩りをする | もともと馬はいなかった | 馬はヨーロッパ人が持ち込み、乗馬の狩りは18世紀頃から |
| 鉄のトマホークを投げる | 鉄を持っていなかった | 鉄器はヨーロッパ人との接触後に入ってくる |
| 弓だけで戦う | 銃も使っていた | 弓の腕は高く、当時の銃は性能が低かった |
| 頭に羽を刺している | これは本当 | 一部の部族では勇敢さを示す飾り |
さらに、ネイティブアメリカンには400種類以上の言語があり、500ぐらいの部族がいたと言われています。樋口さんの「多様性半端ないね」という反応に、深井さんは、ひとくくりにネイティブアメリカンとは言えないと答えます。
こうしたイメージの多くは、ハリウッド映画の価値観で演出されたものだと深井さんは指摘します。アメリカでもそのことは問題になっており、最近はネイティブアメリカンの目線で描かれた映画も出てきているそうです。
ネイティブアメリカンの部族の政治は合議制で決められることが多く、王のような絶対的な権力者はいませんでした。深井さんは、村長や部族長のような人はいただろうと話しています。
なぜ北米の人口推計は年々増えていくのか?
北米にネイティブアメリカンが何人いたかという研究には、興味深い傾向があると深井さんは紹介します。研究が新しくなるほど、推計される人口が増えていくのです。
深井さんは、この変化には研究者の立場が関係していると見ています。研究をしてきたのは西洋人であり、推計される人口は、そのまま自分たちが殺した人数にかかわるからです。
百万人殺したのと千二百万人ほぼ殺したのとちょっと違うじゃん。
あれほど広い大陸に100万人しかいなかったことになれば、「人のいない土地を開拓した」と考えやすくなり、西部開拓への罪悪感も薄れます。深井さんは、実際にはネイティブアメリカンがたくさん住んでいたと話します。
ネイティブアメリカンには土地を所有するという概念がなく、大陸を自分たちの土地だとは思っていませんでした。一方で西洋人は、その土地を自分たちのものとして開拓していきました。
人口の推計が増えていくことについて、深井さんは、ここ数十年でようやく数字にバイアスがかからなくなったのだとまとめています。
ヨーロッパ人が持ち込んだもの、変わってしまった暮らし
ネイティブアメリカンにとって、自分たちと違う文化の人がいることは当たり前でした。そのため、敵対した部族もあったものの、ヨーロッパ人が来たときも比較的ふつうに受け入れたといいます。
一方のヨーロッパ人は、ネイティブアメリカンを野蛮人だと思ってしまいました。深井さんは、自分たちの技術が進んでいると思う人は、尺度が1つしかないので、相手を「進んでいない」と見てしまうと説明します。
ただし深井さんは、この見方を白人やアメリカ人だけの問題にしません。白人を強く非難する本や、一神教に原因を求める本もありますが、一神教ではない中国も同じことをしてきたと指摘します。
楊さんも、昔の中国や秦の始皇帝の時代を例に挙げ、自分たちを中心に置いて周りを周辺と見る考え方は共通していると応じます。深井さんは、これは人類共通の特徴だから、みんなで気をつけようと話しています。
1万年以上自分たちで暮らしてきたネイティブアメリカンの生活は、ヨーロッパ人の到来で大きく変わりました。ヨーロッパ人が毛皮を買い、砂糖や酒を持ち込み、酒に溺れる人も出てきます。鉄器が入ったことで、鉄のトマホークも作られ始めました。
何より大きかったのは感染症です。深井さんは、人の移動があると感染症も移動すると、収録当時のコロナ禍に重ねて話します。
人と物の移動
ヨーロッパ人が毛皮を買い、砂糖・酒・鉄器を持ち込む
生活習慣の変化
酒に溺れる人が出て、鉄のトマホークが作られ始める
感染症の流入
天然痘が持ち込まれ、それだけで半数ほどが亡くなる
逆方向の流入
ヨーロッパには梅毒が持ち込まれ、江戸時代の日本にも伝わる
天然痘 ── 天然痘ウイルスによる感染症。致死率が高く、免疫を持たない集団に広がると大きな被害を出しました。1980年に根絶が宣言されていますは、虐殺がなくても、それだけでネイティブアメリカンの半数ほどが亡くなったといいます。楊さんも、感染症で亡くなった人のほうが多かったという説もあると補足します。
グレートスピリットと「所有しない」世界観
深井さんは、この回はストーリーよりもネイティブアメリカンの文化の説明をすると前置きします。多様な文化圏をつくっていたネイティブアメリカンですが、宗教観はかなり共通していたそうです。
ネイティブアメリカンの信仰は自然信仰に近く、アニミズム ── 自然界のあらゆるものに霊魂や精霊が宿ると考える信仰のあり方。人類学で使われる言葉ですに近いものだと深井さんは説明します。信仰は生活の中に深く溶け込んでいました。
その中心にいるのが、英語でグレートスピリットと呼ばれる偉大な存在です。ワカンタンカやマニトと呼ばれることもあり、ネイティブアメリカンは自分たちがグレートスピリットに司られていると感じていました。
たとえば子どもは親の所有物ではなく、グレートスピリットの創造物だと考えられていました。人は自分の子どもを自分のものだと思いがちですが、ネイティブアメリカンはそうは考えなかったのです。
この考え方は土地にも及びます。ヨーロッパ人は、ネイティブアメリカンに個人財産の所有という概念がないことを理解できず、ネイティブアメリカンは逆に個人が財産を所有するという考えを理解できませんでした。
土地はグレートスピリットのもので、みんなで使うもの。売るという意味がわからない
土地は個人が所有し、売り買いできるもの。所有の概念がないことを理解できない
フランス人やオランダ人が「土地を売ってくれ」と頼んでも、ネイティブアメリカンには売ることの意味がわかりませんでした。代金を贈り物だと思って受け取ったところ、土地を売ったことにされ、追い出されていったといいます。
ネイティブアメリカンは、人間も自然の一部だと考えていました。深井さんは、人間を神に似せた創造物と見て自然と分ける一神教とは、ここが大きく違うと話します。
だからこそ、自然や環境を壊すことには強い抵抗がありました。アメリカ人が自然を壊しながら鉄道をつくったときにすごい反発が起きたのも、この宗教観から来ていると深井さんは見ています。
ほかにも、夜空の星は神様で、星座は神様の町だと考えていたそうです。楊さんはそれを聞いて「ロマンチック」と反応しています。
精霊が夢に出るまで帰れないドリームクエスト
深井さんによると、ネイティブアメリカンの信仰の目的は、基本的に現世で幸福を実現することでした。神に祈ったり生贄を捧げたりすれば、すぐに効果があると考えていたといいます。
生贄については、インカやマヤ、アステカで心臓を取り出す儀式があったことが話題になります。楊さんは『ジョジョの奇妙な冒険』の石仮面のイメージがあると話しています。
ネイティブアメリカンの社会にはシャーマンもいました。メディシンマンとも呼ばれ、医者と祈祷師の両方の役割を担っていたそうです。
病気になったとき、メディシンマンが行うのは薬草よりも祈祷がメインでした。仮面をかぶって踊り、病気を退散させる祈祷が中心で、薬草は補助として使われていたといいます。
深井さんが特に面白いと紹介するのが、ドリームクエストという儀式です。ある年齢になると、ふだん行かない奥地で、飲まず食わずのまま放浪しなければなりません。
楊さんは、これは通過儀礼 ── 成人や結婚など、人生の節目で新しい立場に移るために行う儀式。文化人類学で研究されてきたテーマの一つですだと応じます。幻覚を見なければずっと帰れないのかという問いに、深井さんは、お腹が空くので途中でこじつけるのではないかと笑っています。
俺やったらもうだるくなってきたら適当に何か言いますね。
それぞれの部族には神話もありました。楊さんによると、祖先が土の中の穴から出てきた、空から降ってきたといった神話が大事にされ、その多くは部族の聖地に結びついていました。
ネイティブアメリカンにとって聖地は非常に大切な場所で、ヨーロッパ人に占拠されることは許せない最後の一線でした。そこで争いが起きたと楊さんは話します。
神話に従えば、ネイティブアメリカンは自分たちがもともとアメリカ大陸にいたと考えています。ベーリング海峡を渡ってきたとは思っていないのです。
自分たちの土地だと思ってるのに、所有している感覚は全くないっていう、ここがなんかちょっと面白いですね。
隠されていた文字と、触れるだけで勇気を示すクー棒
ネイティブアメリカンは文字を持たないと言われてきましたが、深井さんによると、実は絵文字のような文字にあたるものを持っていました。神聖なものだから、そして自分たちをばかにする白人に知られたくないから、隠していたそうです。
連絡手段にはのろしを使い、15キロ先からでもわかったといいます。熟練した人は、のろしまでの正確な距離を当てることもできました。他の部族とは、伝統的に手話やジェスチャーで意思を伝えていました。
武器はトマホークと弓です。狩りをする部族が多く、腕のいい人になると弓のほうが銃より強かったと深井さんは話します。
頭の羽飾りは、一部の部族では勇敢さを示す飾りでした。この飾りはスコア制でもらえるもので、そのスコアを稼ぐ道具がクー棒クー坊と呼ばれる飾りのついた棒です。
クー棒を持って敵陣に突っ込み、武器ではなくその棒で敵に触れて帰ってくると、スコアが貯まっていきます。そのスコアに応じて羽冠がもらえるのです。
倒すのはなんか誰でもできるみたいな。で、こう倒してねえのに触って帰ってくるのむずいから、それ(触って帰る人)が一番勇気があるみたいな。
5人触れば5ポイントというしくみに、楊さんは「なんじゃそりゃ」と驚きながらも、殺されずに触って戻ってくるのは確かに難しいと納得しています。
ジャーキーから「3つの兄弟」まで、多様な食と先進的な農業
ネイティブアメリカンの食事について、深井さんはまずジャーキーを挙げます。肉を細かく切って干したジャーキーは、ネイティブアメリカンの食べ物でした。
ただし食事は部族によってばらばらです。バッファローばかり食べる人たちもいれば、シャケ、シカ、クマ、ウサギ、鳥など、その土地で取れるものを食べる人たちもいました。ヤギや羊を放牧する部族もいたそうです。
味付けにはメイプルシロップやトウガラシが使われました。黒曜石のナイフ、木をくり抜いたボウル、動物の皮や胃袋を鍋にした煮炊きなど、調理の道具も多様でした。狩りをする人たちは生の肉を食べてビタミンを補給していたといいます。
農業をする部族は、トウモロコシやカボチャを育てていました。深井さんが面白いと紹介するのが、トウモロコシ、豆、カボチャの3つを同じ畑で育てる栽培方法です。
ネイティブアメリカンはこの3つの植物が助け合って育つことから、兄弟だと考えていたそうです。楊さんは、こうした組み合わせや土を覆う方法は今の農業でも普通に行われていると話し、かなり高度な農業技術を持っていたと評価します。
トウモロコシの品種改良も盛んで、調理法は40種類以上ありました。スープ、団子、プリン、パンなど、さまざまな料理にしていたといいます。
ヨーロッパ人がアメリカ大陸に入植して食べ物に困ったとき、ネイティブアメリカンにトウモロコシの作り方を教わり、飢えをしのいだ人たちもいたそうです。話の終わりには、三人でビーフジャーキーを買いに行こうという笑いも起きています。
頭皮を剥ぐ風習と、モヒカンの髪型の理由
映画などで描かれる、頭皮を剥ぐ行為も実際にあったと深井さんは紹介します。そうした部族は、剥いだ頭皮を戦利品として持ち帰り、装飾や呪術の道具に使っていました。
頭皮を剥ぐ行為はアメリカ人にとても恐れられました。深井さんは、そのまま殺された人も多く、生きたまま剥がれた人もいたと話しています。
一方、身近な話題としてモヒカンの髪型も取り上げられます。モヒカン族がサイドを剃っていたのは、弓を射るときにそこの髪が邪魔になるからだったそうです。
楊さんの「ちゃんと理由があったんや」という反応から、話は楊さんの髪型へ広がります。両側に髪があって上がないので「逆モヒカン」だと言われ、一番弓を引きにくいと笑い合っています。
「インディアン嘘つかない」は本当だった? 心に残る名言
ネイティブアメリカンには、クレイジーホースのように有名な人物が多く、その人たちの残した名言もたくさんあります。深井さんと楊さんは名言の本を読み、心に残った言葉を紹介します。
樋口さんが前半で触れた「インディアン嘘つかない」という言葉について、深井さんは、実際にそうした考えが語られていると紹介します。嘘をつくのは恥ずかしいことで、真実しか話すべきではないという教えです。
楊さんは、これが徳目として大事にされていたと補足します。深井さんによると、こうした教えはグレートスピリットの信仰にもとづく宗教教育として、子どもたちに伝えられていきました。
ほかにも、自分たちがしてもらったように全ての人にしてあげなさい、グレートスピリットは全てを見聞きし何も忘れない、といった言葉があります。深井さんは「お天道様が見ている」と同じだと話し、楊さんも東洋人の感覚になじむと応じます。
土地を売れと言われたときの言葉も紹介されます。空気や雲や大いなる海も土地と一緒に売れというのか、これらはすべてグレートスピリットが子どもたちに使わせるために作ったものではないか、という内容です。
確かに雲を売るっていう感覚は僕たちにもないですよね。
深井さんは、雲は流れて形も変わるので、売っても意味がわからないと話します。ネイティブアメリカンにとって土地を売ることは、雲や海を売るのに近い感覚だったのではないかと考えています。
「我々は万物の一つであり、万物は我々の親戚である」という言葉も紹介されます。人間を自然の一部とみる考え方で、深井さんは万物を親戚だと思ったことはなかったと話し、楊さんは仏教的な感じもあると応じます。
楊さんが挙げたのは「持つにふさわしいものは自然とやってくる」という言葉です。
自分から求めに行くんじゃなくて、それにふさわしい段階になれば自然と向こうからやってくるという感覚みたいですよ。
楊さんはもう1つ、「太鼓が始まったらお祭りが始まる」という考え方も紹介します。祭りの開始時刻は決めず、人が集まったら始めるというものです。
多くの人は1日を24時間で区切り、何時に集合するかで生活を組み立てています。ネイティブアメリカンは、そうした時間の尺度とは違う価値観で動いていたと楊さんは話し、深井さんは今の沖縄にも近い感覚があるのではと応じています。
最後に楊さんが挙げたのは「自然から離れると人の心は固くなる」という言葉です。ルール化された都会と違い、複雑な大自然の中で生きることで、心も体も柔らかくなるという思想だと説明します。
深井さんは、この言葉には実感があると話します。故郷の出雲に帰って飛行機を降りた瞬間に森の匂いを感じると、ふだんは人間が生物として暮らす環境にいなかったと気づくそうです。
「掃除」と呼ばれた闘争と、ジェロニモの降伏
こうした世界観で生きてきたネイティブアメリカンのもとに、すでに銃を持ったヨーロッパ人がいきなりやってきます。楊さんは「これは話合わないっすよ」と反応します。
深井さんによると、ここから長いネイティブアメリカンとの闘争が始まり、明治維新の少し後まで続きます。最後にアパッチの英雄ジェロニモが降伏したことで、アメリカ人とネイティブアメリカンの戦争が終わったと言われています。
深井さんは、この闘争は虐殺に近いものだったと話します。アメリカ人はこれを「クリアランス」、つまり掃除と呼んでいました。
(アメリカ人は)掃除してる感覚でやってるんですよね。
ジェロニモ ── 19世紀後半に活躍したアパッチ族の戦士。メキシコやアメリカと長く戦い、1886年に降伏しましたは、アメリカ人ではなくメキシコ軍に母親と妻と子どもを殺され、復讐に燃えるようになったといいます。
楊さんは、国をつくるときにはこうしたことがどうしても起きると話します。深井さんは、アメリカのしたことを美化するつもりも非難し尽くすつもりもないとしたうえで、こうしたことはアメリカに限らず起きていると述べます。
楊さんは、当時のアメリカ人の感覚は今の自分とは違うはずだと想像します。深井さんも、同情的に見る人もいれば動物と同じだと思う人もいて、人によってグラデーションがあったと話し、それは差別する人もしない人もいる今と同じだと語ります。
深井さんは、今回はネイティブアメリカンがどういう人たちかを知ってほしかったと締めくくります。次回からは大航海時代に入り、そもそもなぜヨーロッパ人は新大陸へ向かったのかという話から始まります。
まとめ
今回のコテンラジオでは、ヨーロッパ人が来る前のネイティブアメリカンの姿が、映画のイメージとは大きく違うことが語られました。土地を所有せず、人間も自然の一部とみる世界観は、ヨーロッパ人との深い断絶にもつながっていきます。
- ネイティブアメリカンは1万4000年前ごろから大陸に住み、400以上の言語と約500の部族を持つ多様な人々だった
- 馬や鉄のトマホークは、もともとネイティブアメリカンにはなかった。北米の人口推計も、研究が新しくなるほど増えている
- グレートスピリットへの信仰から、子どもも土地も「誰かのもの」ではないと考えられていた
- ドリームクエストやクー棒、3つの作物を一緒に育てる農法など、独自の儀式と高度な技術を持っていた
- 深井さんは、異文化を野蛮とみなす見方を白人だけの問題とせず、人類共通の特徴として気をつけるべきだと話している





