2度目の来福、ゲスト若新雄純とは何者か
コテンラジオ番外編の今回は、若新雄純さんがゲストとして福岡に再び登場しました。2度目のゲストは青柳さんに次いで2人目だと樋口さんは話しています。
若新さんによると、周りの経営者の多くがコテンラジオを聴いていて、前回の出演時には大きな反響があったそうです。特に天皇体験の回が好評で、「コテンラジオの皆さんとどうやって仲良くなったのか」という問い合わせも多かったといいます。
前回の出演以降、若新さんと樋口さんは仕事でも組むようになりました。若新さんが地元の福井で手がける、山奥の廃校を活用したドローンスクール事業は、前年に日本一のスクールとして表彰されたそうです。
福井は冬に雪が降って開校できないため、若新さんは暖かい地域での展開を考えていました。そこで樋口さんの拠点である田川の廃校と人のつながりを活かし、九州校を今年から始めたところ、すでに軌道に乗っていると話されています。
深井さんとの思い出として若新さんが挙げたのは、経営者が集まる山奥の合宿での出来事です。合宿所に泊まらず個別にホテルを取っていた若新さんと深井さんは、輪から外れたところで2人だけの小さな輪を作っていたそうです。
改めて紹介すると、若新さんは慶應義塾大学特任准教授なども兼任し、人間関係やコミュニケーション、ライフデザインに関する実験的な企画や研究を行うプロデューサーです。全員がニートで取締役の「ニート株式会社」、女子高生が街づくりを楽しむ「鯖江市役所JK課」、週休4日で月収15万円の「ゆるい就職」などをプロデュースし、2022年には浄土真宗の僧侶にもなっています。
なぜ今、若新雄純が「老い」を考えるのか
今回の番外編は、本編「老いと死の歴史」の流れを受けたものです。若新さんはメットライフ生命と組み、「もしもわかしんが、100まで生きるなら。」という連載企画を続けています。
若新さん自身は人一倍若さに執着していて、老いはネガティブで考えたくもないものだったそうです。そこへメットライフ生命から、そんな若新さんだからこそ老いをポジティブに捉えられるか深めてみませんか、と提案されたといいます。
企画では大規模な調査を行いながら、テリー伊藤さんや、宇宙飛行士を引退した野口さんとの対話、哲学者との対話などを重ねてきました。その中で、老いを歴史から捉え直すと別の見方ができると考え、コテンラジオに相談したところ、ちょうど老いと死のシリーズを予定していたという流れです。
若新さんは、生命保険会社のサイトを見るのは年配の人が多いかもしれないとしながらも、人生の折り返し地点の人や、20代30代で体力の衰えを感じる人とも、長い一生とどう向き合うかを深掘りしたいと語っています。
樋口さんから、対談を重ねて老いへの印象は変わったかと聞かれると、若新さんはまだポジティブに捉えきれてはいないと答えます。そのうえで、簡単に変わらない問題も、頭の中で新しいコンセプトを作って書き換えるのが好きなのだと続けます。
若新さんは小さい頃から「頭の中で都合よく解釈しているだけ」と言われてきたそうです。けれど体の衰えのように逆らえない部分がある以上、自分にとって面白い解釈に作り変えることは人間に許された遊びであり、そのヒントの一つが歴史なのではないか、と話しています。
老いは現象ではなく認識の問題?
本編を聴いた若新さんが最初に挙げたのは、「老いは現象より認識の問題だ」という言葉です。老いたという現象がはっきりあるわけではなく、社会の文脈の中で「あの人は老人だ」という認識が作られてきたにすぎない、という見方です。
若新さんは、その認識を作ってきたものが年齢だと指摘します。年齢が社会の都合で線引きされ、年齢区分によって勝手に「老人」にされている、という本編の話に強く反応したといいます。
実は若新さんは、アイドルでもないのに年齢を非公開にしています。新聞の取材を受け始めた頃から年齢を一切伏せるようになり、X JAPANのYOSHIKIさんが年齢を「X」と言い続けるスタンスが好きなのだそうです。
これまで若新さんは、年齢を非公開にする理由をうまく説明できずにいました。ところが本編の老いの歴史を聴いて、手続き上必要な場面で使うのはいいとしても、高齢化社会では年齢を社会から「滅して消す」ほうがいいのではないか、と考えるようになったといいます。
樋口さんは本編の内容を補足し、老いにはもともと個体差があると説明します。同じ60歳でもピンピンしている人もいれば、体が動かなくなっている人もいるのに、行政上のわかりやすさから年齢で区分してきた、という話です。
だから60歳でもピンピンしてる人もいるし、60歳で同じようにその60歳っていう年齢やけど、体が動かなくなってる人もいるしっていう。
「個性」より「個人差」がいい理由
若新さんが本編で「いい言葉だ」と感じたもう一つが「個人差」です。年齢を公開すると「その年ならこういう感じだよね」と勝手に思われるのが嫌だという話から、話題は個性という言葉に移ります。
若新さんによれば、個性という言葉には「差異の中からいいところを見つけなければいけない」「価値があるものでなければいけない」という色がついています。そのせいで、個性がない、自分の個性が見つからない、と逆に苦しくなるのだといいます。
一方で個人差は、誰にでも必ずあるものです。深井さんも、個人差がないことはないと頷きます。
確かに。個人差がないことないもんな。確かに。
樋口さんは、個性という言葉にはオリジナリティーや唯一無二のニュアンスが含まれていると整理します。若新さんも、他に同じ人がいたら個性と言えないのではないか、という窮屈さを指摘しています。
唯一無二や価値のある違いが求められ、「見つからない」と苦しくなりやすい
誰にでも必ずある違い。同じものを好きな人が大勢いてもかまわない
例として出たのが音楽の好みです。X JAPANを好きな人は何十万人もいるので「個性」と呼ぶと成り立ちにくいけれど、思春期にいろいろな音楽を聴く中で自分はそれにビビッときた、というのは個人差だ、と若新さんは話します。
樋口さんは自分はLUNA SEA派だと言い、深井さんは「僕マリリン・マンソンだったから」と明かして、3人の違いがそのまま個人差の実例になる場面もありました。
役割と文化的な寄与、価値の出し方は変わっていく
若新さんが本編で励まされたのは、役割があれば老人ではなかった、という話です。いつの間にか人は、主体的にどうありたいかより、社会の枠組みの中で受け身に老化していたのではないか、と若新さんは考えます。
若新さんは一つの選択肢として、「老いずに100まで生きる」という生き方も挙げます。見た目はずっと頑張っていて、実は90歳だったと後で驚かれ、ある日無理が来て亡くなる、そんな人がいてもいいのではないか、という冗談まじりの話です。
樋口さんは、それも個体差の一つだとしたうえで、自然に老いながら人生の目的をその都度変えていく道もあると話します。樋口さんにとっての老いの恐怖は、今の活動を続けられなくなることにあるそうです。
今この瞬間、僕41なんすけど、老いるってことってやっぱりちょっと恐怖とか嫌だったりっていうのがあるわけですよ。
でもそれってなんで思うかっていうと、今やってる活動が継続できなさそうっていう。
若新さんは、本編で出てきた「文化的な寄与があったか」という視点を挙げます。日本では60歳まで一つの仕事を続けるのが一般的だったけれど、年齢や状況ごとに最も文化的に寄与できるものへとコロコロ変えていくのは、とてもいいコンセプトだと話しています。
樋口さんは、10代の頃に目標にしていた「モテる」「重いものを運べる」「寝ずに動ける」といった価値と、今自分が出している価値はまったく違うと振り返ります。若い頃は時間と体と頭を使って働いていたのに、今は実績や責任が仕事をしている感覚があるそうです。
若い頃は、時間・体・頭を使って働くことで価値を出していた
今は、実績や責任が仕事をしているような形で価値を出している
で、それって多分ね、年を取った今じゃないと実感できないんですよ。若い頃って想像できないっていうのがあって。
熟成と発酵、深井龍之介が尊敬する3人のおじいさん
深井さんは、老いにはポジティブな面とネガティブな面の両方があると話します。顔が老ける、走れなくなるといったフィジカル面はネガティブで、この日もスタジオのある5階まで上がって息を切らしていたそうです。
一方で深井さんは、歴史を学んでいると、年を取らないとできないことが見えてくるといいます。深井さん自身も、論語や哲学の理解が年齢とともに深まっている実感があるそうです。
例えば論語とか哲学系のやつとかの理解度とかって、年取るごとに何か深みが増してる感覚あるんですよ、僕。
今37で、次40とか50とかになった時にどれぐらい面白くなってんだろうみたいな。ワクワクは実はある。
深井さんは、APU ── 立命館アジア太平洋大学の略称。大分県別府市にある国際色の強い大学で、出口治明さんが学長を務めていましたの出口さんや橋爪大三郎さんのような博学は、頭の良さより勉強の蓄積で生まれるものだと話します。70歳の自分が何を考えているかが楽しみだといいます。
若新さんは、野口さんとの対談で出た「人間の熟成」という考え方を紹介します。若い頃に稼ぎや仕事の規模が大きくなっても、同じコースをぐるぐる回って速度や高さが変わっただけかもしれない、一方で渋さや重みのような熟成は時間とともにしか得られない、という話です。
深井さんはそれを、楊さんがよく言う「発酵」だと受けます。なお、この日の収録に楊さんは参加していません。
続けて深井さんは、尊敬する3人のおじいさんとして、水木しげるさん、デヴィッド・ボウイさん、クリント・イーストウッドさんを挙げます。共通点は、何歳になっても挑戦し続けていることだといいます。
デヴィッド・ボウイさんは最後のアルバムを出して数日後に亡くなりました。深井さんによると、そのアルバムはほとんどの曲が「今死にそうだ」という心境を歌ったもので、しかも過去の作品とまったく違うスタイルに挑戦していたそうです。
クリント・イーストウッドさんも、高齢になっても映画を撮り続けています。深井さんは、世の中が歴史的には浅い年齢区分で「もう何歳なのに」と言っても、本人たちは気にせず、作りたいからやっている姿に希望をもらったと話します。
若新さんは、この挑戦の姿勢には子どもっぽさが関係していると考えます。経験が増えるほど人は結果を予想してやらなくなるけれど、熟成や発酵を得ながらも、結果を決めつけずに毎回遊べる状態をどう保つかに、今いちばん関心があるそうです。
アバターで年齢が見えなくなっても、老いは消えるのか?
樋口さんは、VTuberやブロガーのように、顔や素性を見せずに活動できる時代になってきた点を指摘します。メタバースが広がれば、80歳のおじいさんが若い女の子の姿で踊ることも可能になる、老いにとってそれはどういう意味を持つのか、という問いです。
若新さんの答えは、周りから年齢が見えなくなっても、本人が年齢を意識しすぎずにいられるかで決まる、というものでした。アバターの中に入っていても、自分は何歳でこれだけ経験してきたという自覚があれば、タメ口で話されてイラッとしてしまうかもしれないからです。
そのうえで若新さんは、「年齢区分を世の中から滅したい」という発言を言い直します。世の中から年齢は消えないので、正確には自分の中から年齢を完全に消すにはどうすればいいか、ということなのだそうです。
樋口さんは、見た目がヨボヨボになり、周りから「おじいちゃん、無理しなくていいよ」と言われるようになっても関係ないのかと重ねて聞きます。若新さんは、自己洗脳に近い形で「この人たちは見た目で判断しているだけだ」と思えるくらいでいたいと答えます。
若新さんが手本として挙げたのは、テリー伊藤さんや所ジョージさん、そして高田純次さんです。テリーさんの家はトイレまでピンクや赤、緑のメルヘンな壁紙に張り替えられていて、本人は「心は乙女」と話していたそうです。
高田純次さんについて若新さんは、散歩番組の純散歩を見て改めて注目したといいます。「もう俺も年だから」とは一切言わず、「木村拓哉です」とボケ続ける姿に、子どものようなボケと発酵した深みが合わさっていると感じたそうです。
若新さんは、自分の中で作る「こんなこと言っても仕方ない」というフレームと、社会が作る年齢区分のフレームが悪い意味で合致したとき、老いが加速するのではないかと考えています。そのフレームを内側から壊せれば、キュートなじいさんになれるかもしれない、と希望を語りました。
お笑い芸人はなぜ老けない?セルフイメージが体を変える
樋口さんは、お笑い芸人はあまり老けない、という話を持ち出します。若手として出ている芸人の中にも40歳を超えた人は多く、売れないうちは業界内でずっと若手扱いされるため、自己認識が実年齢よりかなり若いのではないか、という見立てです。
若新さんはこの話に強く反応します。「永遠の中二病」や「永遠の19歳」のような自己認識は、これまで失笑されてきたけれど、今こそ見直されるべきではないかといいます。
若新さんの理屈はこうです。歴史的に見て老いを確定するものはなく、現象としても個人差があって決まらない。それなら、自分の状態を自由に捉える自己認識は、したもん勝ちだということになります。
若新さんは「年相応」という言葉にも疑問を投げかけます。60歳や65歳で亡くなる時代なら年相応でよかったかもしれないけれど、60歳以降に40年ある人生で「100歳相応」を求められても、どうすればいいかわからない、という指摘です。
樋口さんはさらに、セルフイメージが現実を作るという話は、スピリチュアルな引き寄せの法則とは別に、あながち非科学的ではないと考えています。例に挙げたのは、同じ80点を取った2人の小学生です。
A君
いつも100点を取る人だと思っている。80点にがっかりしてもっと頑張り、100点に近づく
B君
いつも60点しか取れない人だと思っている。80点をラッキーと思ってサボり、60点に近づく
芸人の場合
実年齢より若いと思っていれば、体が動かないと感じたときに鍛える、食事に気をつけるといった行動が出る
若新さんも、人生を変えるのは最後は具体的な行動であり、その行動につなげるための自由な自己認識が大事だと応じます。樋口さんは、自分では今21歳くらいのつもりだと明かしました。
絶対ありますよね。はい、だと思います。俺それでいうと、今俺21ぐらいだと思ってるんですよ。
若新さんはこれを自己肯定感と結びつけます。本当の肯定とは、無条件にそのままの自分を承認できることであり、自分への自由な思い込みを作り込める人が本当の意味で強い、という考えです。
若新さんが本編で励まされたのは、老いについて多くの本を読んでも確定的なことは何もわからなかった、という話でした。若いか若くないかすら本当は自由に捉えられたはずなのに、行政手続き的なルールの中で悩まされてきたのではないか、と若新さんは語ります。
サルトルに学ぶ、老いかどうかは自分で決める時代
若新さんは、前日に読んでいたサルトル ── 20世紀フランスの哲学者・作家。「実存は本質に先立つ」という言葉で知られ、第二次世界大戦後の実存主義を代表する人物ですが今の話に近いと話します。自分で本質を規定していくという考え方は、若いと自分で思えば若いという話とあまり変わらない、という受け止めです。
若新さんによると、戦後にこの考え方が流行したのはインテリ層だけでした。今は誰もがそれを考える時代になり、全員が哲学者のように自分の人生を作り出す主体性を求められている、と若新さんは見ています。
樋口さんは、そう考えないと辛い世の中になってきたとも言えると応じます。社会が規定してくれていた時代から、社会がもう規定してくれない時代になり、老いたかどうかも自分で決めるしかなくなってきた、という流れです。
年齢区分など社会の枠組みが、老いや生き方を規定してくれていた
社会が規定しなくなり、老いたかどうかも自分で決めることになる
樋口さんは、自分で決めないといけないと受け入れる人と、社会に決めてほしいと思う人では挙動がだいぶ変わるだろうと話します。若新さんは、自分で決めている人は幸せそうだと続けます。
若新さんは、かつて本で読んだ「自由とは選択肢があり、それを選べること」という定義を、自分なりに解釈し直します。これからは、自分で自由に自己認識できることこそが自由であり、それができなくなったときに人は不自由になるのではないか、という考えです。
若新さんは、自分の年齢はもう忘れたと言います。書類で年齢を書かされると、せっかく忘れていたのにと腹が立つそうです。
樋口さんが「若新」という名字そのものが若さを体現していると冗談を言うと、若新さんは本名で先祖からのものだと笑います。そのうえで、若いか新しいかは自己認識の問題であり、それが本当の新しい自由かもしれない、と前編を締めくくりました。
まとめ
前編では、本編「老いと死の歴史」を受けて、若新さんが老いを年齢という社会的な区分から切り離し、自分の解釈と自己認識で捉え直す考え方を語りました。樋口さんと深井さんも、価値の出し方の変化や熟成・発酵の視点から、老いのポジティブな面を掘り下げています。
- 老いは現象より認識の問題であり、年齢区分は社会の都合で引かれた線にすぎないという見方が示された
- 「個性」より、誰にでも必ずある「個人差」という言葉のほうが人を苦しめにくいと語られた
- 年齢とともに価値の出し方は変わり、熟成や発酵のように時間でしか得られないものもある
- セルフイメージは行動を変え、行動が現実を変えるという考えから、自由な自己認識の大切さが語られた
- 社会が老いを規定してくれない時代に、老いたかどうかは自分で決めるという考えがサルトルの実存主義と重ねて語られた




