採用を続けるステージに入ったCOTEN
この回のきっかけは、株式会社COTENが最近行った採用活動です。収録時点で募集は締め切られていましたが、選考プロセスはまだ進行中でした。
楊睿之さんによると、採用をリードしたのは社内の「才能博士」たかちんさんで、深井龍之介さんはカヤコさんの名前も挙げています。前回の採用はチサキさんのときで、半年から7ヶ月ぶりほどの採用だったようです。
樋口聖典さんが「なぜこの段階で採用するのか」と尋ねると、深井さんは社会からの反応に応えきれない人手不足を理由に挙げました。COTENは資金調達も進めており、今後は採用を継続的に行う段階に入ったといいます。
(社会から)いろんなニーズとかを持っていろいろ話しかけてくれたりとかすることもあって。自分たちの文脈の中で役に立てそうなことはやろうとするんだけど、人が足んないよね、やっぱりシンプルに。
深井さんによれば、社員だけでなく業務委託などで外部から参加する人も毎月のように増えており、COTENに関わる人の数はかなり多くなっているそうです。
社員とパートナーを分けるものは何か?
樋口さん自身も外部委託でCOTENに関わっています。そこで樋口さんは、社員とパートナーをどう定義しているのかを深井さんに尋ねました。
深井さんは、当初この区別はあまり重要ではなかったと話します。しかし組織化が進むにつれて、定義が必要だとわかってきたそうです。
深井さんが挙げる基準は、ビジョンとミッションを共通言語として使いながら会話するチームにいるかどうかです。COTENでは、何か起きたときにどう動くかを、社長が決めるのではなくメンバーが議論して決める流れがあるといいます。
その契約形態何でもいいと思ってるんだけど。究極的には(組織の)文化一緒に考えてるか考えてないかだと思う。
深井さんによると、「メタ認知のきっかけを提供する」というミッションを前提に会話を進められるかどうかで、話の内容も方向性も大きく変わるそうです。樋口さんは、組織の幹を固めていく段階だと受け止めています。
500人超の応募で選考はどう進んだか
今回の募集は、エンジニア、歴史調査チーム、アプレンティスと呼ばれる育成枠、データベースのデータ入力の4種類でした。応募はCOTENの予想をはるかに超えました。
五百何十人応募が来て、それは途中で止めてそれだったんだよね。危ねえから止めたわけ。もう来すぎて。
樋口さんは、本来なら人事部門を立ち上げて人員を配置する規模だと指摘します。楊さんも、人事部門のある会社なら2〜3人の専任を付ける規模だと言われて驚いたと話しています。
500人全員を面接するのは不可能なため、選考は段階的に進められました。職種ごとの選考フローは次のとおりです。
| 職種 | 選考の流れ | 見たもの |
|---|---|---|
| 歴史調査 | 書類選考→レポート課題→面接 | 実際の調査アウトプットから特性を見る |
| エンジニア | 書類選考→コードテスト→面接 | コードを書いてもらい技術力を判断 |
| アプレンティス | 書類選考→面接 | シンプルな書類選考と面接 |
深井さんは、こうした課題を通じて、今の段階のCOTENにマッチする人を選考していったと説明しています。
優秀な人ほど断らざるを得ないジレンマ
楊さんが最初に感じたのは、「こんなにも世の中に人材がいるんだ」という驚きでした。応募が最も多かったのは歴史調査チームだったそうです。
楊さんによれば、COTENがもっと大きければ一緒に働きたい人がたくさんいました。けれど、月にCOTENへ割ける時間が少ない人に仕事を小さく切り出して渡す余力が、今のCOTENにはありませんでした。
深井さんは、人文知 ── 哲学、歴史、文学など、人間や社会について考える学問領域で培われた知識の総称ですに関心を持つ人がやはり存在し、しかもかなりの確率で優秀だと話します。すでに別の業界で成功し、高い収入を得ている人も応募していたそうです。
当たり前だけど、人文知領域に優秀な人材を回したら金がいるんだよね。有料化しないといけなくなっちゃう。
深井さんは、そうした人に現在の年収に見合う報酬を出せず、年収ダウンになってしまうことを、市場経済上ちゃんと成り立っていない状態だと捉えています。
採用で見えた「使われていない才能」
楊さんが注目したもう1つの傾向は、優秀なのに、子育てや配偶者の海外赴任など避けようのない事情で、典型的なキャリアを歩めなかった応募者が多かったことです。
楊さんは、こうした人材が社会の中で余っているのではないかと感じています。COTENはリモートワークや柔軟な勤務時間、プライベートを犠牲にしないことを理念にしているため受け入れやすい一方、大きな組織では活かしにくいのかもしれないと話しています。
それもすごいもったいないなと思ったんですよね。すごくいろいろな社会の問題が見えてくるっていうか。
楊さんには個人的な思いもありました。30歳を過ぎてから就職活動を始めた楊さんは、就職サイト経由で約100件の書類を送り、返事が来たのは1件だけで、その面接にも落ちたそうです。
そのような人間がね、非常にね、なんか優秀で素晴らしい方を、その書類を見て課題を見て面接するみたいなのを、ほんとね、苦しかった。
深井さんは、楊さんの立場の逆転を「ゲームチェンジが起きている」と表現しました。COTENが世の中とは違うルールで運営しているからこうなるのだ、という見方です。
「人に動いてもらうには金がいる」経営者の実感
深井さんは、採用する側に回ると誰もが感じるジレンマとして、人を雇うにはお金がかかるという当たり前の事実を挙げます。
深井さんによれば、目の前に事業を前に進めてくれそうな優秀な人がいても、資金がないという理由で断ることがあり、そのたびに大きなチャンスを逃した感覚になるそうです。
楊さんは、若い応募者についても惜しさを感じていました。今は他の候補者ほどのアウトプットが出なくても、半年一緒にやれば十分に力を発揮しそうな人に投資する余力がなかったからです。
すげえ考えるわけだよね。自分の金だったら雇うのになって思うわけよ。
これに対して深井さんは、お金はリソースであり燃料なので、何かに使えば別の何かには使えないと返します。自分のお金でも、雇った結果生活できなくなるなら雇えない、採用とはずっとその選択の連続だという指摘です。
社長が最終面接以外に関わらなかった採用
深井さんは、小さな組織では社長が採用にどれだけ本気を出すかがとても大事だと話します。そのうえで、今回の採用では最終面接以外にまったく関わっていないと明かしました。
一次試験の内容を決める段階から参加せず、「この基準を重視してほしい」というメッセージも出していないそうです。フローも含めて、メンバーに自律的に決めてもらったといいます。
応募の多さから連絡が遅れるなどの課題も実際に起きているようです。それでも深井さんは、早い段階で自分の手から採用が離れたことを組織化が進んでいる証拠として喜んでいます。
僕じゃない(楊さん)とかが、まだ採用したことがなかったんだけど、採用活動を通じて、採用ってこんな感覚なんだなみたいなのを獲得していくみたいなことが今回だからいっぱい起こってるはずなんだよね。
楊さんは、世の中で才能が活かされていないジレンマを改めて口にし、深井さんは「みんなの才能を使う知性が社会に足りない」と応じました。COTENの使えるリソースは徐々に増えているものの、必要な量には足りず、そのために資金調達をしていると深井さんは話しています。
人文学は役に立つのか、という問いへの手応え
楊さん自身は、人文学が社会の役に立つかどうかという議論に、正直ピンと来ていない部分もあると認めます。「言うても役に立たない」という見方も、ある種の現実としてあるからです。
それでも楊さんは、応募者から伝わってきた喜びに手応えを感じました。人文学が役に立つかもしれないと示されたことで、これまで市場に出せなかった能力を発揮できるかもしれないという喜びです。
古典(COTEN)の取り組みは、それを状況をちょっとまた別のものにするっていうような試みだと思うんだけど、ぜひそれがもうちょっと社会の中で広がってもいいのかなみたいなのは思いますよね。
深井さんも、人文知領域はこれまで市場価値なしとされてきたと振り返り、楊さんの受け止めに同意しています。
なぜ日本人だけの組織を卒業したいのか?
深井さんには、COTENの組織についてもう1つの強い思いがあります。日本という極東の少し変わった国から生まれるイノベーションには意味があるが、日本の中だけで完結させる意味はあまりない、という考えです。
人文知の社会実装は西洋でも進んでいるものの、深井さんの感覚とは良くも悪くも違う部分があるといいます。島国から出てくる人文知の活用方法を、押し付けるつもりはないものの世界にもあったほうがいいと考えているそうです。
やっぱりさっさと早い段階で、やっぱり日本人だけの組織というのを卒業しなければならないという強い思いがある。
現在のCOTENには、楊さんも含めてモンゴル、フランス、中国、日本といった国籍のメンバーがいます。応募者の中にも多様な背景を持つ人がいましたが、深井さんは、組織がすでに日本的組織として出来上がりつつあることに焦りを感じていると話しています。
日露戦争を学んで気づいた「自分たちも同じだった」
楊さんと深井さんは、COTENが無自覚のうちに日本的な組織の愚かさを踏襲していた、という「恐ろしい事実」に気づいた経緯を語ります。きっかけは、日露戦争 ── 1904〜1905年に日本とロシアが朝鮮半島や満州の権益をめぐって戦った戦争です。日本は多大な犠牲を払いましたのシリーズに向けた勉強でした。
どの文化圏にも得意なことと苦手なことがあります。深井さんによれば、日本文化の中で育った組織を作っている以上、すでに同じ落とし穴に落ちていることに、日露戦争を学ぶ中で気づいたそうです。
なんでこんなことがわからないんだろう、バカかなと思って。あれ?みたいな。そしたら自分がバカだった。自分たちも一緒だった。
深井さんが指摘する日本人の特徴は、コスト計算に対する執着がないことです。楊さんは、足りない部分を精神性でカバーしようとすると言い換えています。
深井さんによると、日本人は言語外の察知能力が高く、忖度で物事が回ってしまいます。仕組みが未完成でもうまく回るため、仕組みを作りきることへの執着が薄れ、それが大きな落とし穴になるという見立てです。
察知能力が高い
忖度で意図を読み取れる
仕組みなしで回る
未完成でもうまくいってしまう
仕組みへの執着が薄れる
仕組みを作りきらなくなる
落とし穴にはまる
コスト計算を欠き、頑張りで補おうとする
楊さんは、能力が高くやる気のある人だけを集めてもうまくいかず、かえって自分たちの首を絞めていくことがわかったと振り返ります。深井さんも、ビジネス書に書いてある「仕組み化」の理屈とは別のレベルの問題だと強調しました。
弾が足りない日本軍と、時間が足りないCOTEN
楊さんは具体例として、日露戦争で弾が足りなくなったことを挙げます。弾が足りなくなるくらい事前にわかるだろうと思っていたのに、COTENでも作業時間が全然足りず、複数のプロジェクトが止まる事態が起きていました。
頭の良い人たちがプレッシャー下でコストを見誤り、弾が足りなくなった
優秀でやる気のあるメンバーが頑張れば何とかなると考え、時間が足りずプロジェクトが止まった
深井さんによれば、事前にどれくらいコストがかかるかを徹底的に計算しようと言い続けていたのは、フランス出身のメンバーのサーシャさんでした。うまくいった場合といかなかった場合のシナリオも作ろうと提案していたそうです。
俺スタートアップ出身で、いや、もう動くの大事なんだよね。アクション大事なんだよねみたいな話で。動かないとわかんないこといっぱいあるじゃんって。それも正しいんだよ。
けど、確かに、もっと考えれるよ。全然もっと考えれる。コスト計算、あと1時間みんなで真剣に考えてたら多分できてた。
(サーシャさんは)10分で、10分でいいからちょっと考えようってずっと言ってたのに、その10分を惜しんでやべえことになってるんだよね。
日露戦争の勉強で気づいたあと、メンバーはサーシャさんに「愚かだった」と謝ったそうです。楊さんは、言われていた当時は「そんなわかりきったこと、わかっている」と思っていたと振り返ります。
深井さんが気づいたのは、「これ以上考えても仕方がない」と判断するラインが、西洋と日本でまったく違うということでした。西洋ではそのラインがずっと先にあり、日本ではすぐ手前にあるといいます。
多様な文化背景を持つ組織の価値
楊さんは、サーシャさんの存在に救われたと話します。2人は、無知の知を語っていた自分たちが一番無知だったと気づいた瞬間を、一番面白かった出来事として笑い合いました。
深井さんは、日本陸軍を「人の命を使っているのに」とボロクソに批判していた自分たちも、命ではなく時間を使って同じことをしていたと振り返ります。
楊さんは、ここにこそ多様な国籍や文化背景を持つ人を組織に入れる価値があるのではないかと提案しました。深井さんも、文化背景による知性の偏りはあると同意しています。
深井さんによれば、社会との新しい関係を作る新規事業のフェーズにある会社や、メタ認知を扱おうとするCOTENのような組織にとって、複数の知性があることは特に重要です。それなのに、ダイバーシティの確保は思うように進んでいないといいます。
深井さんが挙げる壁の1つは、番組が日本語で配信されているため、日本語を理解できる人にしか届いていないことです。メンバーの多くはバイリンガルですが、英語話者は第二外国語を学ぶインセンティブが弱く、そこにも難しさがあると話しています。
「人の振り見て我が振り直せ」が難しい理由
深井さんは、自分の国の戦争を学ぶと学びがとても大きいと話します。他人から同じ指摘をされても、おそらく突っぱねていたはずだというのです。
深井さんの説明はこうです。歴史をケーススタディとして第三者の立場で見ると、意見を持てます。その意見が自分に跳ね返ってきたとき、自分が持っていた意見だからこそ抗えないのです。
日露戦争の陸軍を第三者として見て「愚かだ」と批判する
その批判が自分たちに返ってきて、反発できずに認知できる
これがさ、自分が発してない意見だと反発があるじゃん。愚かじゃない。だって考えてるもんって思うじゃん。それが跳ね返しちゃうじゃん。
楊さんは文化的な特徴として、何かを明確に決めないまま「なんとなくそういう雰囲気だった」で執行に進んでしまう点も挙げます。本来は議論、意思決定、合意を経て執行するべきなのに、意見交換の段階で執行が始まってしまうのです。
楊さんによれば、日露戦争ではやる気のある人がバタバタと死んでいきました。COTENのメンバーも、行動力があって偉いと思っていたところに同じ構造があったと気づき、2人は「わからないものだ」と話を締めくくっています。
まとめ
COTENの採用活動では、人文知に関心を持つ優秀な人材が社会で活かされていない現実と、資金や余力の不足というジレンマが浮かび上がりました。さらに日露戦争の勉強を通じて、コスト計算を欠き頑張りで補おうとする日本的組織の落とし穴に、自分たちも落ちていたことに気づいたと語られています。
- 500人を超える応募から、人文知に関心を持つ優秀な人材や、事情により典型的なキャリアを歩めなかった人材が多くいることが見えた
- 人を雇うにはお金がかかり、余力がなければ優秀な人やポテンシャルのある人も断らざるを得ない
- 社長が最終面接以外に関わらない採用は、組織化が進んだ証拠として語られた
- 察知能力が高く仕組みなしで回ってしまうことが、コスト計算を軽視する日本的組織の落とし穴になると指摘された
- 歴史への批判が自分に跳ね返ってくることで、他人の指摘では受け入れられない弱点に気づけると話された





