「深井独裁体制では?」リスナーが突いた変化
今回の番外編は、リスナーが書いたコテンラジオへの感想がきっかけです。楊さんによると、その感想は「深井龍之介がコテンラジオの中で皇帝化しているのではないか」という内容でした。
感想の書き手は、コテンラジオが教養をエンタメ的に届けることで伸びてきた番組だと見ています。そのうえで、番組がだんだん深井さんの知性に寄っていき、深井さんを皇帝とした他の出演者が従属的になっていると指摘していました。
周りがヨイショする傾向とかが出始めて。
感想では、ゆる言語学ラジオとの対比も書かれていました。楊さんの説明では、ゆる言語学ラジオは水野さんと堀本さんがフラットな関係で、専門的になりすぎない砕けた回を定期的に入れているといいます。
一方のコテンラジオは、どんどん難しくなっていて、それを推し進めているのが深井さんの独裁体制だ、というのが感想の見立てです。
2人がフラットな関係で、専門的になりすぎない砕けた回を定期的に入れている
どんどん難しくなり、深井さんを中心とした体制で先鋭化している
深井さんは、話す内容を自分が決めていること、自分の発言が最も重要なものとして扱われる雰囲気があることも指摘されていたと補足します。企業のメディア戦略として深井さんがメディアに出て、権威づけされている点にも触れられていました。
だから発言に社会的責任が伴っちゃうから、僕たちがなかなか不用意なことを言えなくなって。だからその面白さみたいな掛け合いみたいなのがどんどん減って。
樋口さんはこの状況を、メジャーデビューしたバンドがコンプライアンスに気を配らなければならなくなるようなものだとたとえます。感想には「中国王朝末期の皇帝に群がる宦官じゃないか」という表現もあり、楊さんは株式会社コテンの朝会で三跪九叩頭の礼 ── 清朝の皇帝に対して行われた最敬礼で、3回ひざまずき、そのたびに3回ずつ頭を地につける作法。楊さんはこれを冗談として持ち出していますをしてから朝礼が始まる、と冗談で返しました。
歴史と同じ構造に絡め取られていた?
樋口さんは、コテンラジオが始まってから見てきたお便りの中でも、この感想は的を射た質の高いレビューだったと話します。最初から聴き続けたうえで変化を踏まえて書かれていると感じ、素直にありがとうと思ったそうです。
宦官じゃないかとか書いてあるけど、それを僕が読んで気分を害してるわけでもないわけ。
深井さんは、書き手自身が「ディスりではない」と書いていたことにも触れ、自分もまったくディスりとは受け取っておらず、こうした指摘が出てくるのが面白くて嬉しいと語ります。樋口さんは、そう受け止められるのは出演者が自分の人格とコテンラジオを結びつけていないからではないかと見ています。
楊さんは、この感想を読んで感じたことこそが歴史思考だと言います。歴史の王朝の挙動とコテンラジオの挙動が同じだと、外からの指摘で初めて気づけたというのです。
薄々ね、自分の立ち位置が変わってきてることはもちろん分かってたんだけど、これぐらいダイレクトに指摘してもらうと、あ、一緒やみたいな。
楊さんによれば、歴代の王朝も最初から皇帝独裁にして周りを宦官にしようと考えていたわけではありません。コテンラジオも最適化しようとすると、深井さんを押し上げる力がどうしても働くといいます。
深井さんはその理由を、深井さん本人、コテンという組織、構成メンバー、そして市場経済の中のメディアという、いろいろな立場にとって都合がいいからだと説明します。
最適化
組織や番組を伸ばそうと最適化を進める
都合のよさ
本人、組織、メンバー、メディアのそれぞれにとって深井さんを押し出すほうが都合がいい
押し上げ
自然と深井さんが持ち上げられる構造になる
皇帝化
歴史の王朝と同じ挙動として外から見える
深井さんは、この構造をメタ認知して3人の掛け合いだけを続けていたら、コテンという会社はどうにもなっていなかったとも話します。社会の期待に応えず、何の拡大もせずにステイし続ける存在の仕方は、竹林の七賢 ── 中国の魏・晋の時代に、俗世を離れて竹林で清談を楽しんだとされる7人の知識人。深井さんは世間から離れて閉じた集団のたとえとして使っていますのようになっていくと考えているそうです。
まあでもこれ(皇帝化)を続けちゃうと滅びるから、じゃあどっかのタイミングで転換しないといけないよなとか、そういうこと考えるわけじゃん。
社員と個人事業主、関係の変化を「問題」にしない
樋口さんは、コテンラジオが趣味ではなく、そもそも事業であることを前提に始まった番組だと指摘します。事業化していけば、自然と今のような構造になるのではないかという見方です。
深井さんは、コテンに社員が入ってきたことが大きな転換点だったと振り返ります。朝の会議には楊さんはいないのに、コテンラジオではコテンの人らしく話さなければならない、というずれが生まれているといいます。
深井さんによれば、楊さんは個人事業主として参加しています。初期には何の問題もなかったことが、ステージが変わることでやりづらくなり、関係性を少しずつアジャストする必要が出てくるというのです。
で、おそらくこれを問題として捉えてしまうと、殺伐とした世界が出現するよ。
深井さんは、たとえば自分が「楊さんが社員かどうかが問題だ」と言い出すと、周りもそう認識するしかなくなり、ややこしいことが起きていくと話します。問題かどうかは倫理ではなく、目指す目標に合うかどうかで判断すべきで、合わないならメタ認知すればアジャストできるという考えです。
深井さんはこの感覚を、田んぼに水を引く用水路で、よそへ少し水が流れている箇所を扱うようなものだとたとえます。その水に向かって「何をしているんだお前は」と言い出すと、組織はバグってしまうといいます。
深井さんは、樋口さんはもともと別の会社の社長で、楊さんは最初から社員にはならないだろうと思っていたと話します。そのうえで、組織が育ってステージが変われば関係性の良し悪しも変わっていくとし、それを仏教の諸行無常と重ねます。
深井さんが言いたいのは、変化を寂しがったり過去の形に固執したりせず、形が変わったなら「今のベストはこれ」と自然に思えるようにしたい、ということです。樋口さんは「雨が降ったら傘を差すみたいな感じ」と受けました。
深井さんは今回の指摘から、組織に強烈な色をつけるために一時的に皇帝化して先鋭化させることは必要かもしれないと考えたそうです。ただし、その後に属人性を排することができなければ、裸の王様が社長をしている組織が生まれてしまうとも語っています。
メタ認知とか言いながら俺の言うことを聞けみたいな話をする組織が爆誕する。
プロとアマチュアのあいだに価値はある?
楊さんが感想の中で特に面白かったと挙げたのは、コテンラジオの出演者がアマチュアであるという指摘です。楊さんはその指摘をその通りだと認めつつ、大学、行政機関、民間企業を経験した立場から、知のあり方が硬くなっていると感じてきたと話します。
深井さんも専門家の意見はとても大切だとしたうえで、専門家の言うことが正しく、アマチュアの言うことはすべて間違っているとは限らないと応じます。楊さんは、プロとアマの二分法そのものがもう少し柔らかくなるのではないかと考えています。
ハイアマチュアとかミドルとかセミプロみたいな人たちが多分出てきてもいいし、そういった人たちの人材プールっていうのが社会の中でいると、(その人たちが)例えばアカデミックにも行くし、その産業にも行くし、行政にも行くし。
楊さんによれば、今は専門化が進みすぎて、一生その分野を続けている人でないと到達できない状態になっています。一度外に出ると、オーソドックスな学問に戻るのは難しいともいいます。
深井さんは歴史の例を挙げます。ニュートンは造幣局の人で、ライプニッツやジョン・ロックも専門家ではなかったといいます。キリスト教の権威が崩れたときに出てきた新しい人々は専門家ではなく、今の世界はその人たちが作ったものを専門家が研究している状態だという見方です。
一方で深井さんは、作法を踏襲していない知識を危ないものとして扱う現代のアカデミズムの姿勢も、その通りだと認めています。ただ、それを重視するあまり知性が細分化しすぎて、社会に応用するための横断知 ── 複数の専門分野の知識をまたいで組み合わせる知のこと。この回では、細分化した専門知を社会に活かすために必要なものとして語られていますが足りなくなっているといいます。
作法を踏まえて細かい領域を深く研究するが、細かすぎて社会に応用しにくい
専門家の知識を掛け算し、社会実装につなげる。セミプロのような人たちが担う可能性がある
話の中では、元学者が企業を作り、複数の専門性を掛け算して社会に実装するサービスを生み出す動きが加速するかもしれない、という見通しも語られました。コテンは、その中でも人文知を担いたいと考えているといいます。
人文知は社会実装すれば最も効果がありそうなのに、これまで無視されてきた、という問題意識も示されます。欧米のリベラルアーツでも孫子や孔子を学ぶわけではなく、西洋哲学に偏っているため、横断知とは言えないという指摘です。
深井龍之介は研究者ではなく「通訳者」
深井さんは役割の棲み分けについて具体例を出します。日本史研究そのものを深井さんが語るのはおかしく、それは学者が話すべきだと考えています。
その歴史で学んだことって、ビジネスマンってどういうふうに生かした方がいいんだっけ?とか、経営の現場でどのように実装する必要があるんだっけみたいなことを僕が喋った方がいいわけ。
楊さんは、それは棲み分けというより、翻訳や通訳のようにリンクしていく感覚だと補います。樋口さんも、深井さんはまさに通訳者のような存在だと感じていたと話します。
深井さんは、自分に学者の属性があるとは思わないものの、人文系の人たちの気持ちとセンスも、ビジネス領域の気持ちとセンスもわかると言います。その2つをつなぐことが価値だと考えています。
ただし深井さんは起業家として、その個人的な属性を発揮し続けようとは思っていないと強調します。組織として、そしてサービスとして立ち上げることが次のチャレンジで、人文知とビジネスの掛け合わせを認知してもらうためにメディアに出ているのだと説明しました。
その時に僕が出てくるんじゃなくて、サービスやコテンっていう組織や、もしくはコテンという組織を見たことによって新しく組成された組織とかが出てくると、一つのムーブメントになるので。
深井さんが熱く語り終えると、楊さんが「その通りです、陛下」と返し、場が笑いに包まれます。深井さんは、ここで「うるせえ」と言う人がいたほうがいいのかもしれないと言いつつ、楊さんは組織の内外に諫める人がいればいい、とフェーズの話で受けました。
反射的に批判する人は必要か
深井さんは今回の指摘を「結構興奮した」と振り返り、こうした感想をもっと書いてほしいと呼びかけます。ただし、書かれた提案をそのまま実行するかどうかは別の判断だとも話しています。
それ(提案)を踏襲してなくても、その指摘は本当に正しいなって思って吸収してる可能性もあるし。
楊さんが「うるせえって思いながら読んでる可能性もある」と茶化すと、深井さんも「人間だからね」と認めます。そのうえで、ちゃんと聴いて見てくれている人の指摘はとてもよいと話しました。
深井さんは、聴かずにとりあえず批判する人がいるとしつつ、自分もそのタイプだと明かします。そういう人がいないと、組織の中の皇帝化は防げないのではないかという考えです。
樋口さんが、皇帝を諫める官職のようなものだと応じると、深井さんは諫議大夫 ── 中国の王朝で皇帝の過ちを諫めることを職務とした官職。君主の独断を抑える役割を持っていましたを挙げます。反射的に批判する人が10%くらいいないと社会のバランスが取れないのかもしれない、と深井さんは話しています。
皇帝化が終わるまでの道のりは?
樋口さんは、深井さんが皇帝化しつつあるとして、今後属人性をどう外していくのかを尋ねます。深井さんの答えは、しばらくは組織作りに取り組まなければならない、というものでした。
コテンでは、「会議とは何か」というレベルの概念からみんなで意識を合わせ、バリューも一緒に考えて決めているそうです。決めるプロセスを共有することで主体性が生まれると深井さんは考えています。
深井さんによれば、自分でエンジニアとして手を動かせるなら理念がなくても組織は作れます。しかしデータベースは深井さん一人では絶対に作れないため、最初に組織作りを固めることが急がば回れで、最も投資効率がいいと判断しているといいます。出資してもらったお金のほぼすべてが、そこに投じられている状態だそうです。
その成果として、採用はすでに深井さんの手をほぼ離れているといいます。コアメンバー8人の会社に500人の応募が来て、樋口さんは大企業の新卒採用並みの規模だと驚きます。
深井さんがいないところでも言葉の定義の議論や文化の話が自発的に行われているといいます。深井さんは、もともとそうした素養を持つ人を初期に集めたからだと見ています。
で、僕たち全員勉強してるから、誰が入っても勉強しないって選択多分無理ない、もう。
深井さんは、こうした文化が40人ほどの単位で少しずつ形成できてきたので、2年後ぐらいには皇帝化が終わるのではないかと語ります。それを終わらせられるかどうかが、深井さんにとって次のチャレンジです。
対外的にはメディア上で皇帝化し、組織にも強烈な色をつける
対内的に早く皇帝化をやめ、やがて対外的にも属人性を外していく
樋口さんは「皇帝化の後に一回天皇になって象徴になる感じか」と投げかけ、これから内乱が起きる可能性もあると笑います。深井さんは、メディアへの出方もすべて戦略に基づいているので、何に出ているかを見ればコテンの考えがある程度わかるとし、リスナーにぜひ観察してほしいと呼びかけました。
まとめ
リスナーから届いた「深井さんが皇帝化している」という指摘を、3人は否定せず、歴史の王朝と同じ構造に自分たちも絡め取られていた証拠として面白がりました。そのうえで、一時的な皇帝化から組織作りを経て属人性を外していく道のりと、プロとアマのあいだで横断知を担うコテンの役割が語られています。
- 深井さんの皇帝化は、本人・組織・メンバー・メディアにとって都合がいい構造から自然に生まれたと捉えられている
- 関係性の変化は問題として責めるのではなく、諸行無常としてメタ認知しアジャストする姿勢が大切だと語られた
- 専門家を尊重しつつ、細分化した知をつなぐセミプロ的な横断知に価値があるという見方が示された
- 深井さんは研究者ではなく、人文知とビジネスをつなぐ通訳者の役割を、組織とサービスに移そうとしている
- 組織作りを先に固めることで、2年後ぐらいに皇帝化を終わらせることが次のチャレンジとされている





